9 絶望の洞窟

「ここは、どこだ・・・」


光に包まれ、元橋が目覚めたのは円形の洞窟のような場所であった。円形の頂点となる部分に大きな穴が開いており、そこからはうっすらとだが空と木の葉が見えている。空からの光でこの洞窟内はよく見えていた。地面を見ると腰ぐらいまでの高さの草が青々と茂っており、この洞窟の中心には大きな木が何本か生えていた。その木には美味しそうな瑞々しい桃色の果実が無数に生っていた。パッと見たら桃かな、と思う。


ドサッと音が中央から聞こえたと思うと、天井の大きな穴の外から鳥か何かの動物が落ちきて草むらに落ちた。落ちてからその後に動物の動きがない。


(死んでいるのだろうか?)


元橋自身も段々と視界が霞んでいく感覚を持ち始めた。元橋は自分の体を見ていると、少しずつだが痺れを感じ始めた。訝しりながら何かあるのかと思い、周辺の草を植物鑑定してみたら驚くべき事実が発覚した。


猛毒草(筋繊維系)

ーヴェノマイント含有

効能

・摂取後、体内の筋繊維が分解される。

・標準のヒト族の個体であれば、摂取後数時間で死に至る。

※毒性分解後、筋力の大幅な増加が望める。


猛毒草(神経系)

ーヴェノニューロント含有

効能

・摂取後、体内の全身の神経の機能が停止する。

・標準のヒト族の個体であれば、摂取後数十分で死に至る。

※毒性分解後、神経系の大幅な機能強化が望める。


猛毒草(知能系)

ーヴェノブレント含有

効能

・摂取後、脳機能が停止する。

・標準のヒト族の個体であれば、摂取後数分で死に至る。

※毒性分解後、脳の大幅な機能強化が望める。


猛毒草(魔力系)

ーヴェノマジカント含有

効能

・摂取後、体内の魔力の供給が停止する。

・標準のヒト族の個体であれば、摂取後数時間で魔力蓄積量はゼロとなる。

※毒性分解後、魔力の大幅な増加が望める。


(この洞窟はやばい・・・。しかもこの猛毒草は摂取しなくとも、少量でも空気中に成分が放出しているのか。この洞窟は死刑場。流罪地ではなく、確実に罪人を殺す場所じゃないか!?ここで何もせず漫然としていたら、数分で死ぬ。何とかあの天井の穴から脱出しないと・・・)


元橋の意識が朦朧としてきた。もともと、体も菅原の一撃のせいで、体内がボロボロなのだ。


元橋は意を決して地獄の草むらに入っていった。じっとしていれば死ぬ。


(動け!動け!)


しかし動けば動く分だけ、毒が体内を回っていく。元橋は自分の死を予感した。


やっとのことで、洞窟の天井に突き刺さるように生える樹木の元に到達した。これを登れば地上に出られる。樹木には果物が無数に生っており、これらも何か毒を含むのか、と思い元橋は自然と視界に入ってきた果物を植物鑑定した。


万癒の果実

ーキュアラント含有

効能

・摂取後、全てのダメージを即治癒する。

・ダメージの内容

毒・心身損傷・魔力損傷・呪術


(な!!!???)


絶句する含有成分だ。まさに、全てを治すエリクサーのような存在。


洞窟内の毒素で元橋の体は、どんどんと朽ちていくような感覚が広がっていた。


(もう何も考えられない)


痺れが全身を覆っていく。


魔力量も減っていく。


元橋はかすんでいく意識の中、一つの果実をむしり取ろうとするが、もうその力も残っていない。最後の力をふり絞り、彼はその果実に身を寄せて一口齧った。そのあと、意識を失っていった・・・。





                   ◇





気付けば、真っ暗闇の中で元橋は目を覚ました。


(ここが死後の世界か・・・。死ぬと、やっぱり何もない世界なんだな。天国や地獄があるなんて、嘘じゃないか)


しかし、妙なのはこの後の展開が全くないのだ。元橋は「おーい、ここに生きのいい死人が一人いますよ。早く対応してくださいー!」と心で叫ぶが、全く持って誰からの働きかけもなければ、動きもない。神様か閻魔様か、地獄の大魔王か、天使たちか、鬼たちかは、他の亡者への対応で忙しいのか?なんて、易もないことを元橋は考えていた。


(よく三途の川が見えるというが、僕の体は未だに痛くて怠くて動けない。僕は本当に死んだのか?普通は死んだら、このような倦怠感や痛みからは解放されるんじゃないのか?)


すると段々と思考がクリアになってくるのを感じる。視覚も回復してきて、段々と周囲の風景が分かるようになってきた。


(まだ僕は毒草に囲まれた環境にいるのか。この致命的なリスクのある場所なのに、まだ死んでいないのが不思議だが。あぁ、そうか。あの果実の効果か)


それでもまた段々と体が重くなっていっているような気がする。毒がまた回り始めているのか。元橋はまだ自分がこの瀕死の状態を脱していないことに気付いた。


(とにかくこの果実をまた食べないと・・・)


筋肉が張り裂けそうな痛みと、様々な内臓機能が動くことを拒否するかのような感覚に襲われながら、必死で一つの果実を毟り取り、何とか口に運んだ。味はなかなかいける。甘い。感触はまるで熟れた桃だ。これは正直とても美味しい。良かった。このような美味しい果実が、万癒の果物だとは。食べる度に体が楽になっていく。一つ食べ終わるころには内臓機能も回復し、思考も意識も明瞭になっていく。体は相変わらず激痛が走っているが、朽ちていく感覚はない。しかし、回復すればその先から朽ちていくように感じる。毒が周りに充満しているので、回復しても直ぐに毒で体が侵されていくのだ。


しかし、何とかこの命の危機がある状況を脱した。後は眠たくなっていくので、まずはあと万癒の果実を10個ほど摂取して寝よう、と元橋は決めた。


(多分これぐらい食べたら、万癒の効能が体に残り、毒からのダメージから守ってくれるだろう)


元橋は重くなる瞼で、この彼の命を守る木を見て、不思議に思った。


(食べた先から、どんどん小さな実が生り始めている。まぁ、ファンタジーの世界だもんな。何でも有りだな。ありがたいけど・・・)


そう思いつつ、疲労困憊の中で満腹感を感じながら、元橋はまた眠りに落ちた。

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