7 転移魔法陣

「ん?」


何か違和感を感じる。


前を歩いてエスコートしてくれる兵士たちに特段おかしな所はない。


後ろから付いてくる兵士たちにも何かあるわけではない。


しかし、何故かこの状況自体に違和感を感じる。


何か変だ。


何と言うか、案内というより逃げないように護送されているような感覚だ・・・


案内された部屋に入ると、そこには一脚だけ椅子が用意されていた。


「どうぞ、お座りください」


指示に素直に従い僕は座るのだが、真後ろに立つ兵士からの威圧感と違和感を覚えながら、次の指示があるのを待った。


「あのー、何かありましかね?真後ろに立たれると、すこーし威圧感があるというか・・・」


「勇者様にはここで、死んでいただきます」


と言い終わるか言い終わらない内に、剣を構え出した、ような気配を感じた。


(はい?)


殺すと言われて、その言葉をそのまま処理するのは簡単ではない。何度も言われた言葉だが、これだけ殺気がこもらず、淡々と言われたのは初めてだったので、どう反応したものかと、戸惑ったのが最初のリアクションだった。


首を少しだけ素早く動かし、後ろに目線だけで見やると、剣がもう0.5秒ぐらいで僕の首に当たるような状況だった。


ビュン!!


急いで椅子から地面に倒れ、頭の上を通り過ぎていく剣の音が部屋に響いた。


(は?どういうことだ?なんで殺されなければならないんだ?)


地面に倒れ込み、その兵士を一瞥した。どうやら避けるとは全く予想をしていなかったのか、剣を振った勢いで体勢を崩していた。


(な、何だと!?)


兵士は心中で大いに驚いていた。


(そんな馬鹿な!?あのタイミングで避けられる人間がいるわけが無い。完璧に不意を突き、防御や退避体勢が整えない状態で、地面に倒れ込むことなんてできる訳がない。偶然か?!でなければ、とんでもない反射神経だ!いや、ただの偶然だろう。俺も簡単な仕事と思って、気を抜きすぎた。斬撃の勢いで体をぶらせてしまった・・・)


元橋はこの瞬間、この兵士が明確に殺すことを目的に剣を振りかざしたのを理解した。頭が混乱するのだが、祖父のある言葉が脳裏を横切る。


人を殺す覚悟のある者は、同様に死ぬ覚悟をしなければならない。お前が自分の死を覚悟するのであれば、相手の命を奪っても構わない。その代わりその道は血塗られた地獄の道であることを心に刻め。


(あぁー、そうだ。この兵士は死ぬ覚悟ができているということなんだな。今まで散々にいじめてきた奴らは、僕を殺そうは思ってはいなかった。死ぬ覚悟まではなかった。だから、この古武術は使ってはこなかった。絶対殺してしまうから。じいちゃんの洗脳だな。けどもこの兵士は明確に違う)


頭がすぅと冷静になっていく。体の奥底が熱くなっていくのを感じる。防衛本能が呼び覚まされていく。


(これはいいんだよね?じいちゃん)


相手が体勢を立て直しこちらを振り返った。兵士が目の焦点を僕に合わせて、僕を視界に捉えようとする。しかし、その視界の中心に僕はいない。相手の死角をいかに付くかが、対人戦闘においては最も肝となる。


(これもじいちゃんの教えだな。視覚からの情報が70%ぐらいを占めている。情報を制する者が、戦いを制するんだよ!)


僕は既に倒れている場所から離脱していた。なぜなら相手はもちろん、僕が倒れているはずの場所を見直してくることは分かっていたからだ。そこからすぐに離脱し、相手の足元付近に素早く移動。0コンマの瞬間後に、兵士はこちらを視認した、


しかし、対人戦においてこの0コンマの遅れはまさに致命的。人体を潰す時の基本は正中線沿いに攻撃を加えること。鎧と兜で覆われていない体の部位が顔と首だったので、まずはそこを狙う。


僕はさっと飛び上がり、まずは相手の両目を素早く触る。目は何も潰す必要もないほど繊細な器官だ。神経が飛び出ている器官なので、触るだけで激痛が走る。一瞬たじろぐのだが、これもまた致命的。こんな0コンマの中で生死を分かつ状況であるのにたじろいでいる場合じゃない。素人か?


次に喉を狙った。喉を掴み思い切り喉を潰す。息が止まるような圧迫に驚き、声も出せずに兵士は倒れこんだ。僕は喉を手で押さえ、ヒューヒューと言いながら倒れ込んでいる兵士を見下ろした。


足の力は腕の力の2~4倍と言われている。僕のようなヒョロヒョロの体でも全体重と足の力を脊椎の一点に集中すれば、折ることは簡単だ。僕は足を上げて首目掛けて降ろそうと思った。


殺すべきか・・・

殺さざるべきか・・・


この一撃で確実にこの兵士の命は刈り取れる。


悩む暇はない。

悩むのは後でいい。

僕にその悩んだ『後』があるかないかも分からない。


一瞬戸惑い考える。


フッと僕は息を吐いた。




僕にはまだ人を殺す覚悟はない。




僕はそう自覚し、静かに上げた足を静かに下ろした。代わりに首を腕で羽交い絞めにして一瞬で兵士の意識を刈り取った。床には白眼をした兵士が泡を吹いて気絶していた。


この状態は、あまり幸運に幸運すぎた。僕の事をただの非戦闘員と思っていてくれたら、この部屋には1人の兵士しかいないのだ。このままここに残ったところで、僕は殺されるだけだ。逃げないと。けどどこに逃げたらいいんだ?この世界の事を何も知らない僕が、どうやって逃げて行けばいいんだ。もう万事というか全事が休している。


コンコン


静かにドアをノックする音が聞こえた。


「もう終わりましたか?入っていいですか?」


入っていいわけないのだが、兵士の声と僕の声では違いすぎる。繕うことはできない。どうすることもできず、僕はじっとそのドアを見続けるしかなかった。


≪メイド服≫

ートマトマの木100%


ん?植物鑑定ができてしまった。メイド服が1つドアの向こうにあることが分かった。この鑑定結果は有能すぎるんじゃないか?直接見なくても、その相手が植物性のもの着用していたら、ドア越しでも存在が分かるというのか。凄いな。


こんなことに感心している場合じゃない。これからどうするかを考えないと。もうメイド服の相手は、中の様子を疑い始めているんじゃないか?


コンコン


再度ノックがされる。


「入りますよ?よろしいですか?」


ガチャ、ギ―


メイド服の女が少し開いて中を警戒心を持って覗き込んできた。その瞬間。


ガン!!!!!!


思いきり僕はドアを蹴って閉めた。もちろんドアの間に顔を入れて覗き込んでいたメイドは、ドアに頭を挟まれて悶絶していた。


「ガッ!!」


バタンと倒れこんだメイドを中に連れ込み、腹を思い切り蹴とばした。


「グハッ!」


メイドの女は苦悶の表情をして、血を吐き出した。それで僕は、相手の背後に回りメイドの首を両腕で絞める形で話を聞くことにした。


「何がどうなっているんだ?何故僕は、殺されなければならないんだ?」


「し・・知りま・・・せん・・・な、何かの・・・ごがいでご・・・ざいま・・す」


明らかに動揺している様子だ。明確に嘘だろ。


「あなたはさっき、『もう終わりましたか?』と言っていました。あの横で転がっている兵士が僕を殺そうとしました。これは計画された行為だと思うけど、どうなのでしょうか?知っていることを話をしてくれれば、僕も貴女を殺したいとは思ってない。素直に話をしてくれたら助かるんですけど・・・」


「キャーー!!!!!!」


振り返ると後ろでまた違うメイドが入ってきており、僕がメイドを羽交い絞めしているところを目撃して、絶叫を上げていた。


(くそ!!!)


僕は一気に女の首を絞め上げ、手元のメイドの意識を奪い、ドアのところにいたメイドを押しのけ、部屋から飛び出した。


≪学校の制服≫

ー⚫▲◇◎⬜▷

ー綿50%


悲鳴を聞いてか、30個ほどの学校の制服がこちらに向かってくる様子が分かった。みんなだ!別の部屋に行っていた生徒たちが、元の部屋に戻ってきたんだ。またその部屋には兵士が何人か待機していたようで、こちらを睨みながら駆けてきた。


「おい、元キチ、何があったんだ?騒がしいぞ」


「菅原さん、こいつらやばい!こいつら!僕を殺そうとしきたんだ!」


僕も咄嗟に何を伝えたらいいのか、分からずただ喚いていただけになってしまった。


後ろのメイドは、「人殺し!!!」と叫んでいた。


兵士たちは僕を拘束しようと駆けてくる。


僕はみんなのところに駆けていった。みんなと一緒にここから脱出しないと、彼らも危ない目に遇ってしまう、と思ったからだが・・・


「おい、元キチ、あのメイドさんが、お前を人殺しと言っているが、何をしたんだ?」


「勇者様、その者はこちらの兵士とメイドを殺しています!危険ですので、近付かないでください!!!」


菅原は冷静に俺とそのメイドを見比べながら言った。


「と、言っているが、お前は何か心当たりがあるのか?」


そして菅原は僕に近付き、さっと僕の胸倉を掴んだ。


「勇者様、この者の話を聞いている場合ではありません。一旦、その者の身柄をこちらに引き渡してください」


「待ってくれ、菅原さん!これは嘘とかじゃないんだ!僕は誰も殺してはいない!あの部屋の中を見てくれればいい。気を失っているだけだ!僕は誰も殺してはいない!!僕は殺されそうになったんだ!!君たちも危ないよ!みんな逃げないと!!」


王女が騒然としている中に姿を現し、事態の収束を図るように静かに声をかけていった。


「勇者様方、これは何かの行き違いなのかもしれません。是非落ち着いて下さい。一度、話をさせて頂きたいと思います。」


ドン!!!!!!

「ぐふっ!!!!!」


「俺は至って冷静だ。まずはこの錯乱している猿のような奴を黙らせるのが先決だ」


菅原は僕の胸倉を掴みながらほぼゼロ距離での拳の押しで、僕を壁に吹き飛ばしていった。僕の服は破れていた。拳の押しだけでここまでの威力・・・攻撃力100倍の人間だ。凄まじい力だ。


そんなことを空中を飛ぶ僕の脳裏に掠め、僕の体が壁に直撃すると壁が粉砕され、その向こう側にある違う部屋の中を無様に転がっていった。


「きゃーーー!!!!!伸城君!!!菅原君、なんてことするの!!!???」


三原さんは叫ぶようにして、菅原を非難した。


赤石さんも「キャ――――!!!やめて!!!!」と叫ぶ声が遠くに聞こえる。


「悪い悪い。俺もあんまり力をコントロールできないから、少し当たってしまったんだ。死んでいないだろう。まぁ、これであいつも少し黙るんじゃないか?」


兵士たちは大きな穴の開いた壁に駆け寄り、僕を探そうとする。まずい。ここで捕まればもう一巻のお終いだ。菅原の一撃で、あばら骨は何本か折れていた。肺にもすこし傷がいったのだろう、喉から血が込み上げてくる。


周りを見渡すと、紙が散乱していた。何かの倉庫の中に飛ばされたんだろうか。倉庫の中の紙を見ていると、何かが僕の鑑定にひっ掛かった。


≪流罪地への転移魔法陣≫

ーナルミ100%

使用法

・魔力を通すことで、魔法陣が起動

・起動回数1回


転移?ここから違う場所に移れるということか?また起動回数が1回というのがまた良い。しかし、流罪地・・・


「勇者様!!どちらですか?大丈夫ですか?」

「勇者様、是非出てきていただけませんか?お話をしましょう」


お話って・・・冗談だろ。もう考えている場合じゃない。こちらは動けないし、満身創痍だ。心も体も。


魔力は通すことで、魔法陣が起動・・・


僕は今の極限状態で、全ての神経が鋭敏になっていくのを感じる。ドクドクと血液の流れも感じるが、それ以外にも脈打つ流れがある。


これが魔力??


そうか、この体の中を流れる動きが魔力か!感じる!


じゃあ、注入してやるよ、この紙に!!ここで死ぬぐらいなら、まだ流罪地の方がまだマシだ!


「あ、おられました。勇者様、どうぞこちらにお越しください。そんなところに座っていないで。何かの行き違いがあったのかもしれません。姫様もお話をと仰せられています。どうぞこちらへ」


もう十分な魔力を転移の魔法陣に注入していると思うが、まだか?


「こちらへ・・・。勇者様、お手元に何をお持ちになっているのですか?光る紙・・・?魔法陣・・・?ま、まさか。何か魔法を起動させている!!!早く取り押さえろ!!!」


「へぇ~、分かるんだ。これに何かの魔法が入っているということが。だんだんと景色がぼやけてきたね。転移しているのかな?とにかくここから逃げられたのなら、まだ九死に一生を得られるのかな・・・?」


光が僕の体を包み込み、僕をその場から消していった。


そこには、紙が散乱しているだけであった。


「いやーーーーーーーー!!!!!!伸城くん!!!!!!」

「きゃーーーーーーー!!!!」


「おいおい、アイツ消えちまったぞ。何がどうなっているんだ?」


「・・・」


多くの生徒たちは呆然としながら、事の推移を見守っていた。


そして、僕の姿は消えた。

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