4 転移の間にて

気付けば、さっきまでいた教室ではなく、まるで何かの魔法が書かれたような文字が足元に描かれており、幾何学模様が不気味に光っている部屋で倒れていた。


いつつっ・・・


頭を擦りながら、一体ここはどこかと周りを見回すと、クラスのみんな全員が、ここにいる。落ちたのか?移動させられたのか?


まだ気を失っている生徒もいれば、既に意識を取り戻している生徒もいる。目を覚ましている生徒たちは、動揺しながら、


「い、一体、ここはどこだ。。」

「何が起こったんだ。。。」

「何がどうなっているんだ。」


などと、覚醒しきれていない意識の中で周囲に声かけたり、呟いていた。


凜先生もちょっと前に起きたような様子で、何が何やらと周囲をキョロキョロと見渡している。


「みんな、落ち着こう・・・。まずは気を失っている友達を起こしてあげてくれ。」


クラスのリーダー的存在の、春日翼がみんなに優しく、言葉をかけていた。所々で「起きろ」とか「大丈夫か」などの言葉が聞こえ出した。僕も周囲の生徒たちの様子を見ながら、腕時計を確認する。現在3時13分となっている。どうやら5限目のチャイムが聞こえたのが最後の記憶なので、あれからだいたい2時間程経っている計算となる。


起こされた生徒は、他の生徒に「何があったんだ?」などの質問をするが、誰もが当惑した表情で「分からない」や「何があったんだろう」とそれぞれがそれぞれの思いを吐露していた。


先ほどあった、ざわめきも段々と無くなり、周囲の生徒たちは、自然と春日翼に注目し出し、彼の次の言葉を待つように、静かになっていった。


「焦っていいことは、一つもない。まずは周りの状況を把握しよう。」


とても安心できる声が響き、皆は冷静さを取り戻し始めていった。その時、凛とした女性の言葉が部屋の中に響いた。


「大変申し訳ありません。勇者様方。このような場に皆様を突然、お呼びだていたしまして。」


透き通るような声をした方に皆が振り返る。そこには、透き通るような印象を与える、絶世の美女と言ってもいい、女性が1人、落ち着いた色合いでありながら、威厳を湛えた、白と青を基調としたドレスを着て、佇んでいた。青色の髪の毛を、腰まで伸ばし、綺麗な顔立ちをしていた。静かに佇むその神々しい姿は、まさに女神と言ってもいいと、誰もが思ったことだろう。


「勇者の皆様、私たちの世界をお救いください。」


クラスの皆は、何の事を言っているか分からず、唖然として彼女を見ていた。春日はクラスの代表として、冷静さを保ちつつ、声を発した。


「それは、つまり、あなたが、俺たちをここに呼んだという事ですか?」


「はい、そうです。私たちの国の魔法師たちが、魔法陣を描き、勇者を召喚する儀式を行いました。その勇者様が、皆様です。私も、どのような方々が召喚されるかは、この瞬間までわかることはありませんでしたが、私たちの話を是非聞いていただきたいのです。」


真摯な姿勢と、必死さを感じさせる声のトーンで話しかけるその姿に、クラスの皆は困惑した。話を聞くべきなのか、激昂すべきなのか、逃げ出すべきなのか、どうすることが一番正しいのかもわからず、ただ、その女性と春日を交互に皆見ていた。誰もが固唾を飲んで、続く言葉を聞こうと思っていたが、その時。


「ちょっと待てよ!」


クラスで常に反抗的でありながら、大きな影響力を持つ、巨体の菅原光輝が、ドスの効いた声を出して、その女性が次の言葉を発する前に、女性の言葉を止めた。


「何かよく分からんが、どうして、わざわざお前の話を聞かなければならないんだ。ふざけるのも大概にしろ。俺は忙しいんだ。事前に話をして、相談して、俺が了承しているなら、話を聞いてやらんこともないが、『お願いがあるから、呼んだ』とか訳のわからないことを言いやがって、いい加減にしろ。俺は全くお前の話を聞く気などない。他の連中は知らんが、とにかく俺を元の場所に戻せ!」


凄むように、菅原は殺気を溢れさせながら、その女性に言い放った。


「勇者様方、一度話を聞いてもらえませんか?」


僕たちの横から懇願の声が聞こえてきた。ハッと見ると、そこには、僕たちを取り囲むように、鎧や剣、槍などで武装した戦士たちが、整然と隊列を組んでいたのだ。


囲まれている!?どういうことだ!?


その中の1人の戦士が、一歩前に足を踏み出し、こちらに声をかけてきたのだった。


目の前のお姫様のような可憐な女性に目を奪われていたために、周囲の状況を確認していなかったが、どうやら、この武装集団が僕たちを取り囲んでいる。もしかして、僕たちが非協力的な態度であった場合を想定して、ここに待機しているのか?


もしかしたら、僕たちのような非武装の人間たちが、召喚されないケースもあるんだろうか?召喚されるのが、戦闘集団であり、非協力的ではなく、暴動を起こす場合でも、即刻制圧できるように準備しているのかもしれない。


何なんだ一体、この人たちは?勇者とは何だ?魔法師って何だ?


とにかく、この人たちが話をするということであれば、また、この人たちが話が通じる人たちであれば、事情を聞いてみるのもいい気がするが、唯我独尊を地で行く、菅原はそんなことで納得する人間ではない。


「ふざけるな!!俺が言っているのは、筋を通せと言っているんだ!勝手にこんなところに連れてきやがって、『それで話を聞け』とは、かなりな言い分だと自覚しているのか?!」


「はい、勇者様。よく存じ上げております。今までもこのように激昂される勇者様にも丁寧に話をさせていただいています。皆様最終的には、納得をいただいて、協力をを申し出ていただいています。」


その言葉に一同驚いたが、菅原はその言葉を即理解し、怒りの声をあげた。


「他の人間にも、こんな誘拐まがいのことをしているのか?!お前ら信じられないぞ!?お前らは何かの犯罪集団か!!?」


怒り心頭の菅原に対して、春日は窘めるように言った。


「菅原、一回静かにしてくれないか。確かに犯罪に類する行為なのかもしれないが、そうであれば、すぐに俺たちは、拘束をされていたり、殺されていたりするのではないか?しかし、この女性は、まぁ、周囲に武装した人たちはいるのだが、話し合いを持とうとしている。話をして、事情を説明しようとしているのだから、一度話を聞いてみてから、今後の身の振り方を決めてもいいんじゃないか?お前の言う通り、確かに犯罪集団なのかもしれないが、こちらが感情的になったりすれば、彼らが、お前が言う、本当に犯罪集団であれば、俺たちは制圧され、殺されるだけだ。完全に不利なのは、すでに俺たちじゃないのか?交渉の余地があるうちに、話を進めた方がいい。」


「ちっ。お前の言う通りだな。もうすでに不利な状態ってわけか。ちっ、胸糞悪りな。わかったよ。春日、お前がこのクラスの頭だ。話を通せ。」


「クラスの頭か知らないが、まぁ、皆のために話をするよ。」


「何度も申し上げますが、大変申し訳ありません。こちらもやむを得ぬ事情があり、このような行為に及んだことを深くお詫び申し上げます。是非、話を聞いていただければと思います。」


「とにかく、あなた達が話をしたいと言うのであれば、一旦話を聞きたいと思いますが、決して、あなたたちを信頼しているわけではありません。一体この状況はどういう訳か説明していただけますか?」


「はい、ありがとうございます。その前に、落ち着いてお話ができますように、こちらに椅子とテーブルを用意しております。こちらにお座りになっていただいてもよろしいでしょうか?」


このクラスは生徒35名、そして凜先生を合わせて1名加えて、36名がこの場にいた。皆が困惑した状態で不気味に光る幾何学模様の上で、座り込んでいた。気が付けば、教室内にあったはずの椅子や机は無くなっている。ここに呼ばれたのは、あくまで、僕たちだけのようだ。春日が表立って話を聞いていたが、生徒たちのそれぞれの顔には不安感が溢れ出ていた。その女性に促されるままに、壇上の端にある階段を降り、壇上の横にある大きな広間に巨大な1つの楕円形のテーブルと多数の椅子が並べられていた。テーブルには木製のコップと水のような透明の液体がセッティングされていた。皆は徐に席についていった


「まずは、自己紹介からさせていただきます。わたくしは、この王国「ファーダム」の第一王女であります、サリナ・フォン・サステールと申します。サリナとお呼び下さい。そして、私の横におりますのが、この国の王であります、トーマス・フォン・サステールでございます。トーマス王とお呼び下さい。また、話の都合上、皆様のお名前もお聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」


そこから質問も交えて1時間ほど、話を聞いた。姫様の話をまとめると、以下の様になる。


この世界は、「ガーデニア」」と言われる。このガーデニアには、4つか5つの大陸があると言われているが、よく分かっていないとのこと。正確な世界の形は不明らしい。計量方法はあるようなのだが、そもそも戦争状態が続いているため、簡単に大陸の形は分からないらしい。この姫様がいる国「ファーダム」は、ヒト族の国で、王政でこの国は治められている。人口は1000万ほどらしいが、スラムなどが城外に広がっているため、詳しいことは正直分かっていない。僕たちの世界でいえば、フィジーやら、カタールぐらいの規模だろうか。産業は、農業を中心とし、鉄、銅、銀、金などの鋳造も行われ、産業レベルは、イメージ的には、日本の室町時代か鎌倉時代と考えていいだろうか。今まで勇者が召喚されてきたのだから、科学技術がもっと発展してもいいと思うのだが、直近の召喚が行われたのが、100年ほど前で、勇者召喚ができるのも、30名程度らしい。その地球人たちが元世界の知識をこの世界に伝える事も可能だったのだろうが、この世界には僕たちの科学技術を必要としない理由があった。魔力の存在だ。魔力は、僕たちが現代社会で行っていることの色んな事を既に可能にしているので、わざわざ僕たちの知識を必要としなかったようだ。驚いたことに、他言語を話す種とも、魔力を持って話すことができるとのこと。彼女の話の中で1番驚いたのは、この世界にはヒト族、獣族、エルフ族、魔族、などの生物が存在するのだ。確かに、周囲を見渡してみると、武装している集団の中には、明らかに人間ではない犬のような顔の二足歩行している存在がいる。猫のような顔のようなヒトもいる。このヒトたちのこともヒト族の分類に入る。獣族は四足歩行が基本で、知性があれば、獣族と分類される。知性がなければ、ただの獣となるようだ。何故、知性のある獣と知性のない獣が、2種類あるのか、よく分からないが、そういうことらしい。獣族は文字を使わない種族であるのだが、基本全てを魔力で情報を伝達、蓄積しているとのこと。凄い世界だ。


春日は、だいたいのこの世界と王国の基本情報を聞いた後に、王女に質問をした。


「それで、サリナ姫、私たちは元の世界に戻れるのですか?」


「はい、戻れます。しかし、問題がありまして。」


「何でしょうか?」


「膨大な魔力により、皆様の元の世界への転移が可能になるのですが、それは、魔族の持っている魔鉱石を使わないといけないのです。」


「魔鉱石?何でしょうか、それは?」


「魔族は、非常に野蛮な気質を持ち、他の種族と相容れないのです。先ほどもお話ししたとおり、ガーデニアは、さまざまな種族が調和を持って共存していますが、今から1000年前より魔族の侵略が始まりました。各種族は、それから戦争と停戦を繰り返し、今また50年前より、再度戦争が始まり、この状況にいたります。」


「ちょっと待ってください。魔族というのは、何ですか?何となく獣族やエルフ族なんかは分かりますが、魔族というのは、一体。。。」


「魔族とは、魔力を基本的なエネルギー源として、生きている存在です。魔族は、他の生物の『魔力』を食べる存在の事を指します。」


「他の種族を食べる、と?」


「その通りです。私たちの体の中に、魔力を生成する器官が存在します。それは、魔力に何度も触れる中で、体の中の心臓の部位にある器官が作られます。この仕組みは、特に勇者様方を召喚するようになって分かるようになりました。勇者様方のように、魔力使用のない世界の方々は、魔力に触れていない為に、心臓が私たちヒト族とは構造が違います。しかし、魔力に触れることで、1~2時間ほど経つと、心臓のある部位に変化を起こし、器官がすぐに発達するようです。それに合わせて体も徐々に変容するようです。もう既にその変化を感じてい勇者の方々もおられるのではないでしょうか?」


「た、確かに、先ほどよりも体が軽い感じがします。」

「ほ、本当だ。脈にしても、以前よりも遅いように感じる。体も速く動けるように思う。」


「皆様は、既に魔力を有している体に変容されています。」


「それは、分かったが、では、何故、ヒト族のあなたたちは、俺たちのような別世界の人間を召喚しているんだ?自分たちで、その魔族と戦えばいいじゃないか?」


「それは単純な話です。『単純』というと、皆さんには大変に申し訳ないことなのですが、現在、私たちが呼ぶ『ハウディア』、皆さんが呼ぶ『地球』という世界ですが、そこに住む方々は、我々ガーデニアに住む種より、身体能力、魔力などが数段高いことが分かっています。それが理由です。故に、私たちは、憧れと羨望を持って、皆様方の事を『勇者』と呼ぶようになったのです。」


「俺たちには、そんな大それた力があるようには思えないけども・・・先ほどの話だったら、俺たちの心臓の部位に魔力を使う器官ができており、俺たちはもう魔力は使えるのか?」


「実は、もう既に使っておられます。この会話自体は、皆さんとは魔力を使って行われています。皆様が気を失っている間、この魔法陣の上で、魔力を皆さんの体に浴びせておりました。既に皆さんの体内には、魔力を供給する器官が発達しているのです。体の中の血液を感じることができないように、魔力を感じるのには少し時間がかかりますが、それを動かすように訓練をすれば、自由に使えるようになります。今は、こちらの魔力で、私が伝えたいメッセージをイメージ化して皆様と共有しております。同様に、皆さんが仰られる言葉も、こちらに魔力を通して、イメージ化され届いていますので、言葉は分かるようになっています。」


「凄い。まるで翻訳機が頭に埋め込まれたような感じだ。」


「そうですね。魔力を上手く使えなかった、2000年ほど前は、お互いの言葉を学んだりしたようですが、この魔力が使えるようになってから、それぞれの種は、お互いの言葉を学ばなくても、コミュニケーションを取れるようになりました。それでも、種内だけで存在している言語は未だに使われています。文化と言語は切っては切り離せない存在ですので。私たちが皆様と話す際には、魔力を通して、イメージをお互いに伝達して、そのイメージを皆さんは脳内で、皆さんの言葉として理解しているようなものです。なので、この「ガーデニア」の世界では魔力を使えない種とはコミュニケーションは取れませんし、魔力の供給が無くなってしまうと、また意思疎通ができなくなります。」


「な、なるほど。凄い機能を魔力が果たしているのは、分かりました。それで、魔族とは一体?」


「はい、魔族は他の種の魔力を糧に生きています。すなわち、他の種の特に心の臓を食べることを一番のエネルギーの源としています。もちろん、魔力自体は、血液のように体全体に行き渡っていますが、一番濃い魔力を発するのが心臓に位置しますので、魔族は、特に他の種の心臓を食べることを好んで行っています。」


「その魔族と現在戦争をしている最中だというのですか?」


「はい、魔族とは対話を行い、交渉を行い、妥協点を見つけ、停戦条約を何度も結んできた歴史があります。しかし、残念ながら、相手の横暴さは計り知れず、50年ほど前より交戦状態に入ってしまいました。魔族は、魔力を蓄えれば蓄えるほど、力を増し、こちらの兵士たちも善戦はしておりますが、全く手に負えない力を持つ個体が、最近になり多数目撃されるようになりました。今、ヒト族の国防ラインは日に日に後退を余儀無くされており、私たちが住む王都にもその勢いは届くばかりです。私たちは、他の種族と同盟を模索しながら、起死回生の一手を打つべく、勇者召喚に踏み切ったのです。」


「滅亡の危機に瀕しているということですか?」


「はい、その通りです。私たちは、蹂躙の憂き目に遇っています。もしこの勢いのままに魔族が攻勢を強めて行けば、後100年もすれば、この地上にはヒト族もエルフ族も獣族も全ての種族はいなくなってしまうことでしょう。」


人類存亡の危機が、まさに起ころうとしている話に、誰も頭の中で処理することはできたものは、いなかった。


「そ、それは、大変なことじゃないか!?100年。。。長いようで、短い期間だな。。。同じヒト族の人たちが苦しんでいる。なら、俺たちも手伝うことも藪坂じゃない、よな?」


春日は振り返り、皆の反応を見た。それに対して、菅原もこの重さに動揺しながらも、反論を口にする。


「おい、春日、ちょっと待て。その結論には直ぐには達せられないだろう。こいつらは、俺たちを、自分たちの代わりに殺し合いの場に連れていく為に、こちらに拉致してきた奴らだぞ。どうしたらこんな奴らのことを信頼できるんだ?今の話も全て、本当とは限らないだろう?!」


「戦力として大切だということは、この世界において、俺たちの力は大きな力を有しているはずだ。サリア姫、そうだろ?」


「はい、その通りでございます。」


「だから、その力があるなら、この世界を救うことこそが、正義じゃないか。少し考えようによるが、俺たちにしかできないことがあるなら、それに応えるのが、人間としての生き方じゃないのか?」


「更にこちらからは、勇者様方に『スキル解放』をお手伝いさせていただいております。この『スキル解放』をもって、勇者様方は、絶大なる力で人々の救世主として、歴史の中で語られていくことは間違いないと確信いたします。


『その者、勇気の力をもって、闇を晴らし、世界に再び光を蘇らせる』


とは、私たち、ヒト族の世界の言い伝えでもあります。また、皆様の祖先の方々もこちらの世界に残られ、その子孫の方々もおられます。その子孫の方々も、こちらで根を張り、長年に渡り、このファーダムの王政を支えてくれております。」


「つまり、彼らは元の世界に戻れなかった、ということですか?」


「残念ながら、そうなります。魔鉱石は、魔族の中の上位魔族が有している、魔力が結晶化され、体内に存在する器官のことです。これを何百個と集め、その魔力をもって、時空を超えて、そちらの世界に皆様方を戻すことが可能になると言われています。こちらに呼ぶことは、可能なのですが、そちらに送り返すには、呼ぶ魔力の数千倍もの力が必要だと言われています。まだ勇者の皆様を元の世界に戻せたとの実例はあったことはありません。」


「なるほどな。では、その上位魔族たちを倒し、体内の魔鉱石を集めることができれば、そもそもこのヒト族の世界は救われ、俺たちも元の世界に戻れる、というわけか?」


「左様でございます。私たちの力では、限界があり、平和を乱す魔族たちに蹂躙されるこの状況を何としても、平安の世に取り戻すために、魔族たちの殲滅を何卒お願い申し上げたいのです。もちろんこちらの生活は、すべて何不自由なく保証させていただきます。戦闘ができるように補助もいたします。もし戦闘ができなくなった時にも、不自由なく暮らせるように、保証もしてまいります。どうぞ、このヒトの世を守るために、お願い申し上げます。」


王女ともども、兵士たち、王も深々と頭を下げるのだった。


「もう一つ、説明を付け加えさせてもらいたい。」


姫様の隣に王様が静かに口を開いて、話し出した。


「勇者様たちのそもそもの戦闘能力は、この世界では群を抜いています。こちらの戦闘能力でいえば、戦闘経験なしで、冒険者ランクCの力を備えているようでございます。それに加えて、今から『スキル解放』の儀式をいたしますと、その力は、すでにランクAに届く力となります。」


「先ほどから話にできる、『スキル解放』とは一体何ですか?」


「各人、自分たちの奥底に備わる、潜在的な能力のことを『スキル』と呼んでおります。その『スキル』は、本来は、魔力を洗練させ、多くの魔力を蓄積し、自身の存在の奥底を見定め、得られる達人の力を、『スキル』と呼んでいるのです。自己の修練のみで、この『スキル』の解放を行うことも可能ですが、この『スキル』解放に必要な魔力は、上位魔族が持つ魔鉱石を数十個集める程の力が必要になるようです。しかし、その力を、我々は解放する秘術を開発することに成功しました。国家機密でありますので、この解放に関しては、一切口外は厳禁といたしますので、ご了承願いたい。勇者の皆様が協力を約束していただけるのであれば、魔契約をすることで、『スキル解放』を行い、この世界の頂点に達する力を授けることを約束いたしましょう。しかし、その代わり、ヒト族への攻撃を不可とする魔契約を結んでもらうことになります。いかがでしょうか?」


「いや、そのスキル解放の話をしている段階で、私たちに選択肢はないんじゃないかな?」


「いや、魔契約をすれば、その話をすること自体を禁止することができますから、この場で私たちの要請を断ることも全く問題ありません。もし、スキル解放を拒否し、市井に下り、この世界で安穏とした生活を望むのであれば、魔契約後に、それも保証いたします。こちらの身勝手な要求で、こちらに転移させているのですから、拒否する権利も、勇者様たちにはあるべきことであります。しかし、できるだけお願いはしたいと思います。どうでしょうか?世界のため、ヒトの世のため、その稀有な力を振るっていただけませんでしょうか?」


春日は、王様と王女様の言葉にとても感動し、また自分自身の立場が、突如として世界最高峰に跳ね上がったことへの高揚感で、自然と笑みが零れた。

「なるほど、俺は別世界からの人間かもしれないが、存亡の危機に瀕している同族の人たちを守りたいと思う。なぜなら、俺たちにはその力があるからだ。みんな、どうだろうか?このままこの場所を立ち去るのは簡単かもしれない。何もしないでいるのも可能なのだろう。保証されている。突然、拉致された不満もあるだろう。しかし、ここは、この人たちの言うとおりにする以外に進める道はないように思う。どうだろうか?」


菅原は、耳を掻きながら、発言した。

「まぁ、俺はこいつらを救う救わないの前に、まずは、その『スキル解放』をさせてもらい、俺の奥底に秘めている、その力とやらを引き出してもらいたいな。それからでも判断は遅くないだろう。」


春日の『同じ人間が苦しんでいるのなら助けよう』との人道的な考えに共感する生徒たちと、菅原の『まずは、力をくれるなら、まずはその力をもらってから考える』、との実利的な考えに納得する生徒たちがおり、みな、それぞれの納得、理解する理由で、積極的にうなづくものや、消極的に周囲の状況を見極めようとするものがいた。


僕は、いったんは相手の言う通りにするしか、どれだけ文句を言ったところで、どうしようもない、と思ったので、相手の要求は呑もうと思った。要は、凶悪犯に拉致られて、拘束されて、お前たちに力を与えてやるから協力しろ、と言われているようなものであるなら、まずは進めるところまで進んでみるのが一番であると僕も思う。


一人一人が席を立ち、順番に水晶のある所に出るように言われた。


まずは、春日が一歩力強く踏みだした。


「さぁ、やってみせてくれ、この俺にどんな力が宿っているのかを見せてくれ!」

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