2 家庭での日常
「じいちゃん、もっとお手柔らかに頼むよ!」
「馬鹿者!古武術は精神と肉体を鍛え、人生のどんな難関も乗り越える全てが詰まっているのじゃ!人生の荒波を越えるのに、わしぐらいの攻撃に耐えられなければ生きていけないぞ!さぁ、もう一度構えなさい。ゆくぞ!」
じいちゃんは僕の家の近くで古武術の道場を経営している。空手や柔術、拳法なんかの始祖となる武術らしい。両親が忙しいので基本学校から直帰すると、じいちゃんのところに行って時間を過ごし、ご飯も食べさせてもらっている。小さい頃から古武術の手ほどきをしてもらっているが、全く僕はやる気はない。僕自身が暴力を振るう気が全くなく、この令和の世界にあってもっと大切なことはあるだろうと思っているので、古武術に魅力を感じないのだ。スポーツとしてやる分には構わないだろうし、考え方には共感することはある。けども決してその思想を拳に乗せて伝えるものではないだろう。古いよ、考え方が。
じいちゃんは、習うより慣れろ、をモットーにしている。『思想は行動の中でしか存在しない』と言っている。まぁ分からんでもないんだが・・・とにかく、暴力には反対だ。
じいちゃんと正対した。だいたい2メートル先でじいちゃんは構えている。右手を顎辺りに、左手を前にしながら下にだらんとぶら下げている。とてもリラックスした構えだ。両肩ぐらいの幅で両足のスタンスを取り、軽快に少し跳ねている。
そう思っていると、一足飛びで僕の目の前まで矢のように飛び込んできた。思い切り左足を踏み込み、右正拳突きが僕の鳩尾に向けて放たれる。僕はその突きの勢いを殺すことなく、右手でじいちゃんの正拳突きを右に逸らして、やり過ごす。
相手の踏み込まれた左足が動いていないことを目の端で確認し、次に右足からの足蹴りが来ることを予想。連続した攻撃であることを事前に察して、一歩バックステップを踏む。これでじいちゃんの間合いの外に出る。そして、僕の動きを予測していたじいちゃんは、更に左足を前に進めて、僕を足蹴りの間合いの範疇に捉えた。これでじいちゃんの蹴りが届く位置になる。この距離だと、蹴りの中で一番リーチの長い中段蹴りの一択だ。じいちゃんは綺麗に膝を折りたたみながら前に出し、鞭のように下から足の先端が僕に襲いかかってくる。
僕は右半身を前にして半身になり、足蹴りを避けながら前に一歩踏み込み、それと同時にじいちゃんの顔に掌底を牽制気味に打ち出した。じいちゃんは右足の蹴りが避けられた瞬間に膝を空中に止めている状態で、僕の方向に向けて膝で僕の脇腹を強く打った。
「ぐっ!!?」
僕はせめて相打ちと思い掌底が当たることを願ったが、その膝蹴りと同時に、じいちゃんは上半身を後ろにスウェイして、僕の掌底を躱した。
(本当に、なんて身体能力なんだ?!)
僕は僕の脇腹に刺さっているじいちゃんの膝を持って、一気に足固めで潰そうとしたが、どんな脚力をしてるのか、後ろに倒れ込む勢いをそのまま使い、左足で僕の頭部を狙って蹴りを放ってきた。視界の端で、じいちゃんの左足が高速で近づいていることを確認し、咄嗟にじいちゃんの膝を抱えていた手に力を入れて、じいちゃんの体を後ろに押し出した。
じいちゃんの体が後ろに流れた為に、足のリーチ外に僕の体が外れた。
微かにじいちゃんの左足が僕の胸を掠るが、なんとか避けられた。じいちゃんは、後ろに放り投げられたような形だったが、上に蹴った蹴りの勢いを使って、サマーソルトしてバク転。両手で床に着地して、そのまま僕に正対して構えた。また2メートルほど先で構えている。
振出しに戻った。
この一連のやり取りで、僕は脇腹をやられて、胸が少し痛んだ。相手はというと、アクロバティックな動きをしたので、少しスタミナを消費したんだと思うが、ほぼ誤差のようなものだろう。平然としている。
そのあとは、じいちゃんが打ち込んでくるのを予測しながら避けながら反撃しながら、組み手の訓練をしていく。
かれこれ2時間ぐらい経って、僕はもう正直ボロボロだ。じいちゃんも結構疲れているはずだが、全然そんな感じを見せない。じいちゃんの体力は底なしだな。
時間も経ち、徐々に夕方の稽古を受けにきている練習生が集まってきていた。結構盛況なんだよね、この道場は。
「まぁ、こんなものじゃろう。伸城、大した動きだ。何度も言っているが、その力は絶対に私生活で使うことは厳禁じゃ。分かっているな」
当たり前だ・・・
使えるわけがない。この古武術の破壊力は絶大なのは分かっている。だから私生活の中で使おうなんて、これからの人生どうやっても思わないだろう。
そもそも僕は暴力反対なんだ。
「僕も同感かな。いつもありがとうね。良い運動になったよ」
「良い運動!?伸城!わしはこれは良い運動でやっているのではない!古武術は人生で必要な考え方を・・・」
僕はじいちゃんの話を右から左に流して時計を見た。
気付けばもう夜7時だった。クラブに入らず学校から帰って、道場で時間を潰す。
こんな過ごし方をかれこれ15年間ほど過ごしている。僕の遊び場であり、心の居場所がこの道場であり、僕の唯一の友達がじいちゃんだったりする。
じいちゃんには感謝の思いでいっぱいだ。
そのあとは、隣接しているじいちゃんの家に行き、シャワーを借りてご飯を食べさせてもらって、家に帰る。これが僕の毎日のルーティンだ。
じいちゃんは僕に口酸っぱく言ってくるのだ。
「決して、この古武術を外で使ってはならない。これは禁じ手だ。陸の黒船だ。絶対じゃぞ」
「はいはい」
そう言われ続けているせいか、僕の頭には常に暴力否定の考えが根付き、決して相手に逆らうことはない精神性が深く浸透してしまっていた。
よく、家で一人になったときに、菅原の顔が思い出す。脳内シミュレーションで、学校でアイツと組み手をして潰す。憎悪が心を満たしていき、そのようなシミュレーションを何度もする。実生活で菅原のあのような巨体から繰り出される拳や蹴りを躱せるだろう。一度、あいつがブチ切れて、僕は徹底的に叩きのめされたことがある。僕はじいちゃんの言いつけを守って、抵抗せずにやられるがままだった。
拳を握る度に脳裏を過ぎる言葉・・・
『この力は決して私生活では使うな』
あの時、抵抗すれば何とかなったのだろうか・・・
そんなことが頭の中を毎日グルグル回っている。
こんな悶々とした日々は2年間続いている。
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