制服だからできた恋

駒野沙月

制服だからできた恋


『レイちゃん、久しぶり~!』


 ある日の夕方、机に置いていたスマホが震えた。画面に表示されたそんなメッセージからは、元気いっぱいな声が聞こえてくるようだ。

 送り主は高校時代の友人の一人。最近全く連絡を取っていなかった彼女からの、随分久しぶりの連絡だった。


 とりあえず「久しぶり、元気だった?」と返せば、すぐに返信が返ってくる。


 その後は、しばらくお互いの近況について話していた。

 …といっても、主に彼女が話しているのを、私が相槌を打ちつつ聞いているだけだったけど。私から話すような近況なんて特にないし。


 進学先の大学のこと、向こうでやっているバイトのこと、高校時代から続いている彼氏のこと等々。久しぶりに話す彼女は色々な話を聞かせてくれた。

 元々口下手だし、昔から人の話を聞くのも苦にならない質だったから、私が聞き手に回るのは自然な流れだ。それに、恋バナは嫌いじゃない。高校時代にも何度か相談された彼氏との惚気なんて聞かせられようもんなら、私の中の野次馬精神がむくむくと湧き上がってくるというものだ。


 色々と聞かせてもらった後、『そういえば』と彼女は突然話題を変えた。


『レイちゃん同窓会来る?』


 …あらやだ唐突。

 などと一瞬思いはしたものの、そういえばそんなお知らせが来ていたなと思い出す。1月の成人式に合わせて集まろう、と有志が企画してくれたようだ。


 今時はすごい。同窓会の日程調整もその伝達も全部、LINE等のSNS上で全て済まされてしまうのだから。田舎にしては割と人数も多い学校だったけれど、同窓会の計画はいつの間にか進んでいた。あとは参加者を把握するための投票だけだ。

 かつて実家の両親宛に届いていたような、「参加する・しない」の書かれた葉書なんかはもう使われないのだろうか。それはそれで有難いけれど、なんとなく残念な気もする。


 技術の発展が凄まじいよなあ、などと思いつつも「どうしようかなあって思ってる」と返しておいた。


『えー、来ないの??レイちゃんに会うの楽しみにしてたのに』


 彼女のそんな答えと、一緒に送られてきた残念そうな表情のクマのスタンプに思わず苦笑してしまう。相変わらず、嬉しいことを言ってくれるものだ。もしかしたら社交辞令なのかもしれないが、だとしても嬉しかった。


「もうちょっと考えるよ」とでも返しておこうと、私はキーボード上で指を滑らす。

 だが、その途中で、先に向こうからメッセージが送られてきてしまった。



『石川くんも来るって言ってたよ?』



 彼女の方が文字の入力は速い。だから、それ自体はよくある事なのだけれど、無意識に目に入ったその内容に、思わず指が止まっていた。


 この場に出てくるのは避けられないだろう、とは予想していた。けれど、実際にその名前を出されてみれば、私は狼狽せずにはいられなかったのである。


「ああ、あの人も来るんだ」

『参加するの方に投票してたと思うよ』


 とりあえず打ちかけていた文面は消去して、無難な返事をしておく。

 文面上は普段通りに。何も気にしていないように見えていればいいのだけど。



 彼女が告げたその名前は、私たちの高校の同級生にして、私の数少ない男友達の一人。……なのだけど。


 それと同時に、私の想い人でもあったから。



 私の場合、高校そのものに関してはともかく、彼や友人たちのおかげで高校生活はそれなりに楽しかった。20年弱しかない私の人生の中でも、何も考えずに過ごせていた幼少期と同じくらい…いや、それ以上に楽しかったと言えるかもしれないくらいには、私にとって大切な時間だった。

 それにも関わらず、私はその同窓会に行くかどうか悩んでいる。私が出不精だからというのも否定はできないが、一番の理由はこちらのほうだった。


 会いたくない訳ではない。決して。

 ただ、今の私を見られたくないのだろうと思う。高校生のあの時と全く変わらない自分を、変化を恐れるこの自分を、見せたくない。

 だから、私は迷っている。


『絶対レイちゃんも来ると思ったのになあ。え、もしかして今付き合ってるとかじゃないよね!?』

「んなわけあるかい」


 当時私が彼に向けていた想いについて、彼女には話してある。だからこそ、避けられないと思っていた訳だが。


 にしても、彼女の突拍子もない発言には軽く呆れた。…んなわけあるかい。

 今は高校を卒業して1年と少しくらい経ったが、その間、私と彼は一度も会っていない。彼のインスタは一方的に見ていた(別に変な意味ではなく、私は基本見る専だからである)から、元気にしているのは知っているけれど、今彼がどんな姿をしているかなんてほとんど知らないのだ。


 思い返してみれば、私の想いなど可愛いものだった、とつくづく思う。それこそ、恋と呼んでいいのかすら疑問になるくらいには。

 だって、学校外で会ったこともないし、そういう雰囲気になったこともない(友人各位からは「そうにしか見えない」と言われた気もするが)のだから。そのくせ、いつか付き合えるのではないか、なんていう甘い夢を見ていたとは、昔の私は脳内がお花畑すぎる。

 そもそもあちらさんは多分、私のことなんかなんとも思っていなかった。それは間違いない。


 でも、当時の私からしてみれば、あれは紛れもない恋だった。

 今メッセージを交わしている彼女や他の友人たちと、恋バナをして盛り上がって。彼の一挙一動に一喜一憂して。


 上手く言えないが、制服だからできた恋、なのだと思う。

 彼と同じあの制服も脱ぎ捨て、言外に大人になることを強要されている今の私には、絶対にできないもの。若さ、いや、幼さ故の純粋で「綺麗」な想いだった。


 私ももうすぐ20歳になる。世間一般から見れば、もう成人だ。お酒だって飲めるようになるし、結婚だって法律上はできるようになっている。

 それでも、私は何も変わらなかった。そりゃあ、高校時代に比べれば、私を取り巻く環境は大きく変わっている。生活も、交友関係も、何もかも。


 それでも、私の根本を構成する要素は何一つとして変わっていない。性格も、思考回路も、─彼への想いすらも。


 だから私は、彼に会うのが怖いし、今スマホの向こうにいるであろう彼女にだって、正直会うのは怖い。

 変わろうとしている世界の中で、変わらないことを望む私が取り残されるのが、怖いのだ。


「とりあえず、もう少し考えることにするよ。行けたら行きます」

『それ行かない人の言うやつでしょ』


 分かりにくいボケも拾ってくれる友人はありがたいものだ。とりあえず適当なスタンプで謝れば、あちらからもスタンプを返してくれた。じゃあまた、と残して、彼女とのLINEは終わった。


 彼女とのLINEを終えた私は、スマホの電源を切って机に置いた。

 投票の「参加しない」のボタンを、押すこともなく。

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