緑間葉子と葛西夏乃1

「苺は――」

 インタビューで何度も同じ話をしていると、また同じ話をしているなって思う。で、また同じ話をしているなって思うから、ちょっとずつ話し方が変わっていく。それでちょっとずつ、その時の感情も変わっていく。

 どんどん話がなめらかになって、どんどん本当の本当はどうだったのか、が思い出せなくなる。そうしてまた同じ話をするときには、前に話したことを事実として思い出して喋るから、なんだか全部の記憶と感情がはっきりとしていて、ほんとうなのに作り物みたい。

「夕陽と花梨はなぁ、なんだろう? あのころにくらべると」

 頭の中で結成したばかりのころの二人の顔を思い浮かべていると、目の前の机の下からぴょこぴょこと明るい髪色の頭が二つでてきた。インタビュアーが「わ」と小さく声をあげる。二人はそんなのおかまいなしで、いつもの大きな明るい声をだす。

「夕陽はかわいくてしょーがないと思っている!」

「花梨はいつも元気をくれてありがとうって思ってる!」

「いざというとき頼れて最高!」

「すぐお菓子をあげたくなっちゃう!」

「ちょっと、今、個人インタビューだから! わたしの、大事な!」

 まとわりついてくる二人をあしらいながら言うと、インタビュアーの顔がまんじゅうみたいに丸くなったように見えた。本当に仲がいいですよね、という言葉が次にくるのはわかっていて、それを見越してわちゃわちゃと騒ぎ立てることに自覚的である瞬間が、この仕事をしていると何度も訪れる。

 仲がいい。それは本当のことだし、外の人たちが思っているようには本当じゃない。私たちはアイドルという仕事をしていて、仲良く、楽しく、きらきらとするのが勤めで、個人的な友愛でさえ、仕事の一部なのだ。

 だから、仲がいいという言葉には違和感がある。そんなものじゃない。そんな、ふわふわとした柔らかくて甘ったるい関係では、決して。

 でもどんなに知ってもらいたいと思っても、私たちの本当の仲の良さを知ることができるのは、私たち以外にはありえないのだ。

「みどちゃん一人じゃさみいんじゃないかなって」

「そーそー、だからきてあげたの」

「大丈夫、ぜんぜん平気だから。君たち撮影時間じゃないの?」

 もうおわったーと口を揃えて、花梨と夕陽は同時にテーブルの上のお菓子に手を伸ばした。インタビュアーがお茶を用意しようとしてくれたので、慌てて止める。

「いいですいいです! このあと二人で食レポでしょ? お腹いっぱいになるよ」

「だいじょーぶだいじょーぶ」

「ちょっとだけちょっとだけ」

 そういって結局二人とも全種類のお菓子を開けて、食べて、大人がピリつきはじめる本当にぎりぎりのラインまで私の横に居座ってインタビューにちゃちゃをいれた。そうして立ち去る寸前、インタビュアーが書類を整理する一瞬の間をついて、耳打ちをしてくる。

「やっぱり声、でないみたい」

 本質的な話を始めるのはいつでも夕陽が先で、そういうとき、花梨は安全なところでだまっている。けれどそれは臆病なのではなく、単に誰よりも感覚が鋭いから、人一倍強く予感に体を刺されているだけなのだ。でも最近では大人になってきたのか、すぐに安全な場所から外へと浮上してくる。

「夜、事務所集合だって」

 花梨は暗く短く鋭利な言葉を吐いてから、ぱっと顔と声を空気の色を変えて続けた。

「みどちゃんこのあとデートだからはりきって仕事終わらせないといけないもんね!」

「ねー! 私たちは仕事なのに!」

 ひときわ鮮やかな光彩を放つ撒き餌に、インタビュアーが顔つきを変えたのがわかった。自然な顔の強張りとそれを取り払おうとする不自然な表情筋が戦って、奇妙に間抜けな顔になっている。だから私も慌てたふりと本当の焦りをないまぜにして、手をぶんぶんとふった。

「ちがいますよ! デートっていうか、だから、さっき話した元メンバーと会うってだけで、ちょっと二人とも変なこといわないで!」

「花梨たちお邪魔虫みたいだからお仕事してくるねー」

「みどちゃん、しっかりお喋りしなきゃだめだよ」

 じゃねー、と言って進出色たちは四方八方に色を散らしながら去っていった。たくさんの大人、たくさんの他人、たくさんの外側の人たちの間をぬって、わたしには光る魚が泳いでいくように見える。

 どんな雑多な場所でも、誰かが動けばどこにいるのかすぐわかるのは、私たちがメンバーだからだろうか。それとも、私たちがアイドルだから?

「元メンバーっていうのは、結成前のグループの?」

 インタビュアーの顔はもう柔らかな仕事人のものに戻っていて、それに引きずられて整理されていない感情も一緒に勝手にしまわれていった。自分の本当の感情が、こんな風にいつでも簡単に引っ込んでいくようになったのはいつからなのだろう。それに苦を感じないようになったのは、いつごろからだったんだろう。

「そうです、当時一緒に活動してた人で」

 それでも、ふとした瞬間、体の奥の奥へ仕舞い込んだものがどうしようもなく溢れてくることがあった。とめどなく、整理もつかず、原色のままのぐちゃぐちゃで、明るいような、暗いような。

 きっとこれは、これだけは、誰にも変えることのできない、飾りのつかない私だけの感情だ。

「彼女は私の永遠のアイドルなんです」

 けれど、外からみたらそれは私が今まで話してきたほかの話とまったく違わない、外側へむけた言葉になのだ。

 そうなんですね、と軽い調子でインタビュアーは笑い、ごく自然に私の言葉は取りこぼされた。アイドルの仕事は一瞬一瞬が取捨選択なのに、こちらが選択することはごくわずかで、ほとんどずっと選択される側だ。取られるか、捨てられるか。選ぶことはできない。

 そうして私の永遠のアイドルの話は切り捨てられていく。

 外に出す必要のない、不要なものとして。

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