第8話

 いや、え、なんで泣いてんの?


「ど、どうしたのリメル? どこか痛いの? 刻印を消したらペナルティがあるのかしら……」


 心配になってリメルの体をペタペタ触るけど、おかしなところは見当たらない。

 すると、体を触っていた手をパシリとリメルに掴まれた。


「心が痛いです。ヴィナ様が僕を捨てようとするから……」

「す、捨てるだなんて。あなたには自由に生きてほしくて……」


 一体何を勘違いしているんだリメルは。

 どこをどう解釈したら私が子犬を捨てるような酷い主人みたいな扱いになる?

 どう考えても籠の鳥を野生に帰してあげる優しいご主人様でしょう!


「僕はヴィナ様のモノです。ヴィナ様なしでは生きていけません」


 私の手をぎゅうぎゅうと握りしめながら、跪いたリメルが涙目で見上げる。

 その破壊力たるや。


 いや、そんなことより困ったな。

 まさか長年偽りではあるけど主従関係を築いてきたせいで、そういう思考に洗脳されてしまったのだろうか……?

 私の命令に従うことが当たり前だったから、私なしでは生きていけないと思い込んでるのかな……。


 どうしよう……まさか奴隷の刻印がこんな副作用を引き起こすなんて思いもしなかった。

 刻印から解放したら全て解決だと思ったのに、思い通りにはならないものね。


 でも、リメルを逃亡に巻き込むわけにはいかない。

 これからは常に危険と隣り合わせだろう。

 一族の内部事情を知り尽くしている私をお父様がみすみす逃すとは思えない。

 どんな手を使ってでも捕まえようとするはずだ。

 捕まってしまったら、良くて監禁、最悪の場合は殺される。

 リメルは奴隷だったから、確実に殺されるだろう。

 ここは何としてでも別行動一択である。


「ごめんなさい。あなたを連れていくことはできないわ」

「……ッ、何故ですか……!」

「大丈夫よ、私がいなくてもあなたはやっていける。元は王子様だったんでしょう? その誇りを思い出して、強く生きてちょうだい」

「嫌です! 納得できる理由がないと引き下がりません!」


 くっ……ここまで言ってもダメなんて……。

 どうしよう、こんなことしてる場合じゃないのに。

 もうお父様が眠りについてから2時間は経過している。

 さすがにそんなすぐには目が覚めないと思うけど、このままじゃ埒があかない。

 そうこうしている間にお父様の目が覚めて逃げ出せなかったら、16年間の努力がパアだ。

 明日になったら地獄が始まってしまう……。


 リメルのこの様子を見た限り、危険だから、なんて理由じゃ諦めないだろう。

 ここは嘘をついてでもリメルが納得のいくようなことを言って引き下がってもらわないと!

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