第7話
本当は今すぐにでも逃げたいけど、その前にやることがある。
リメルがいる部屋を訪れた。
普通奴隷は地下牢に入れられるが、これも私がお父様を説得して狭いながらも普通の部屋で寝泊まりさせている。
「リメル、怪我はどう?」
「勿論完治しました。手加減しすぎですよ。そんな遠慮しなくてもいいのに」
「ふふ、あなたを思ってのことなのに、相変わらずおかしな強がりを言うのね」
「……え?」
私が初めて“本音”を話すと、ピタリと動きを止めたリメルがパチパチと目を瞬いて私を見た。
「ヴィナ様……? 今なんて……」
「今まで、私の言うことを聞いてくれてありがとう。おかげで今日まで無事生き抜くことができた。本当はあなたと出会ってすぐに逃がしてあげたかったんだけど、あの頃の私は無力で……何年もこの家に縛り付けることになってごめんなさい」
深々と、90度腰を曲げて謝罪する。
ずっと言えなかったことが、ようやく言えた。
今まで誰にも本音を打ち明けることがなかった。
それは思っていた以上にストレスとなって私の心を蝕んでいたみたい。
頭を下げている中、心がどんどん晴れやかになっていくのを感じていた。
「ヴィナ様……急にどうしたんですか……?」
私のスッキリした気持ちとは反対に、リメルは戸惑いが隠せないようだ。
まあ今まで散々ツンデレ発言していたものね。
リメルからしたら手のひら返しもいいとこだろう。
「別に。最後くらいは本音を話そうと思って」
「“最後”……?」
そこでようやく、微動だにしなかったリメルがピクリと反応した。
でも相変わらず表情は固まったままだ。
……いや、心なしか眉間に皺が寄っている?
「ええ、今夜この家を出るわ」
「……ッ!!」
特に気にせずに告げると、今度こそリメルの表情は驚きに染まった。
目を見開いて、青い瞳がこちらを射抜く。
この家にあるどんな宝石よりも美しい彼の瞳を、もう見れなくなると思うと少し残念だ。
「僕を置いて家を出る……? 主人を失った奴隷にどうやって生きていけと……?」
ぶるぶると肩を震わせながら、怒りを耐えるように言葉を紡ぐリメル。
ああ、屋敷に取り残されると思ってさっきから様子がおかしかったのね。
最初に言ってあげるべきだったかしら。
「心配しないで。あなたを置いてはいかないから」
「え……それって……!」
「ええ。ついに奴隷の刻印を消す方法を突き止めたのよ。これであなたは晴れて自由の身。何処へだって逃げれるわ。能力の高いあなたのことだから、一人でも生きていけるでしょう」
そう、6年もの間、ただ魔法の腕を磨いていただけではない。
こっそりと刻印を消す方法を調べていたのだ。
屋敷の中にある誰も使わないような古い書庫にあった、これまた古い書物に方法が記されてあった。
どうやら、刻印は第6段階以上を使える者しか解除できないみたい。
これは刻印を開発した当時の魔法師が第5段階だったからだ。
それを上回る使い手でないと効果は打ち消せない。
今まで誰も刻印を消そうとなんて思わなかっただろうから、私以外は知る由もないだろう。
私を抜いて唯一サクマーレ家で資格があるお父様は絶対そんなことしないしね。
そんな理由もあって、私は第6段階が使えるように必死になって魔法の腕を磨いたのだ。
リメルの手を取って自分の手をかざし、書物に書いてあった長ったらしい呪文を唱える。
すると、一瞬だけ鈍い光を放って、見事刻印が消え去った。
おお、こんなにもあっさりといくとは。
本当は屋敷にいる奴隷全員解放してあげたいけど、さすがに時間が足りないな……。
申し訳ないけど、自分の命最優先でいかせてもらいます。
とにかくリメルだけは救ってあげれて良かった……そう思ってさぞかし喜んでいるだろうリメルを見れば……
「やっぱりヴィナ様は僕を捨てるんですね」
何故かリメルは涙を流していた。
え……なんで?
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