記憶解析

天窓から差し込む分厚い雲越しの朝日が私の目を開いた。正立方体の部屋にはもう飽き飽きしている。重い体をなんとか起こし、鏡台の前まで足を動かす。鏡に写る惨めな姿を見るのはとても辛い。最後に外の空気に触れたのはいったいいつだろう。貴方なら答えてくれるのかな。


今日は久しぶりに貴方に会えた。一週間ぶりくらいかな?人と話すのは楽しいと気づかせてくれたのは貴方だっけ。


私がこの気持ちに気付いたのはこの部屋に来てからすぐだった。常に白衣を着ていて、背が高くて、綺麗な黒髪を耳の後ろ辺りで纏めてる。顔は少し険しいのに、可愛らしく笑う。出会ったその時から、貴方は私の全てになった。


ドアが開く音が私の意識を引っ張った。ソファベッドの枕元に貴方が立っていた。そばにある机にはたくさんの器具が並んでいる。今日は検診の日か。


貴方は私の名前を呼んでくれない。貴方にとって私はただの数字なんでしょ?貴方にとって私は、ただの患者なんでしょう?


貴方の香水の香りを思い出すだけで頬が熱くなるのを感じる。貴方がいなくなった後の部屋が好き。もちろんいてくれる方が嬉しいけど。


最近は毎日来てくれていたから期待してたのに、今日は来てくれなかった。ただそれだけなのに涙を堪えられなかった。私って重い?


来てくれた!でもすぐに帰ってしまった。でも声を聞けただけでもすごく嬉しい。毛先を指に絡める仕草、足を組みかえる動き、答えに詰まった時の唸り、笑った時に輝く三つの瞳。今まで死ぬほど嫌っていた注射も少し好きになってしまった。でも一度たりとも目を合わせてくれたことはないね。

来てくれなかった。貴方の夢を見た。夢の中の貴方は私を優しく抱きしめてくれた。細くて白い指で撫でてくれた。目が覚めた時、まだ貴方の匂いがした。体を引きずって鏡台の前に腰を下ろした私は涙の痕に気付いてもう一度泣いた。


たった二日貴方に会っていないだけ。それだけ。なのに私の胸を刺す寂しさはなんでこんなに鋭いんだろう。


貴方が出てきた夢が忘れられない。貴方の肌はどんな感触なんだろう?貴方の温もりを感じられるのなら、私は何もいらないのに。窓すらないこの部屋で、私には許されないこと。それは分かってるのに。一回一回私を苦しませるこの鼓動は諦めることを許してくれない。


ソファベッドの上で一日を過ごした。部屋の中も、視界も、胸の内も空っぽ。なのに頭の中は貴方でいっぱいになっている。心は、ただ痛んでいる。


ドアの開く音に飛び起きた。入ってくる貴方は少し疲れているように見える。貴方の後ろには同じ白衣をきた人間が何人か並んでいる。あの人たちは、誰?貴方の仲間なの?あの人たちにとって私と貴方は一体なんなの?


昨日貴方が置いて行った本を呼んでいたらいつの間にか寝てしまったみたい。微かに漂うあなたの残り香のせいで内容が入ってこない。でもこの本、貴方がくれた初めてのプレゼントだ。大事にしなくちゃ。


希望は枯れ果てたのに、涙だけはいくらでも出てくる。涙は出るのに、貴方に会いたいの一言は口に出せない。胸の高鳴りと鉛を飲み込んだような息苦しさは一緒にやってくる。貴方はやってこない。


息ができなくて目が覚めた。貴方の匂いのしない部屋で起きるのはこれで何日目だろうか。貴方が部屋の中にいる、それだけで私は全てがどうでも良くなってしまう。自分の感情に殺されてしまいそう。


貴方の中での私って私にとっての私よりもマシなのかな。そうだといいな。なんでもいいから会いに来てよ。


本当にこの涙だけは無くなることがないんだ。暖かな気持ちは冷ややかな絶望を抱えてるんだね。貴方もこんな感情になることがあるの?私が生きてるのは貴方に会うため、それだけのため。私が貴方の恋人になるなんてありえないのはわかってるよ。でもね、諦めきれないの。一緒にいたい。一緒にいてほしい。


一日中吐き気と闘っていた。何を吐き出したいのか分からないまま力尽きてしまった。寂しさが首にまとわりついて、泣きたい気持ちが喉の奥で暴れてる。この世の全てがたまらなく憎くて、狂おしいほど美しい。貴方が私を変えてしまった。貴方は私をダメにしてしまった。私はもう元には戻れない。


最近布団を抱きしめて眠っているみたい。寒くて目を覚ますと決まって貴方の声を思い出す。貴方の気配を思い出す。それなのにいくら目を擦っても貴方の姿は見えないまま。どれほど歩き回っても、目を合わせてくれるのは鏡の中の私だけ。どれだけ叫んでも、聞いてるのは壁に埋め込まれた吸音材だけ。どれだけ願っても、叶うのは意識を手放すことだけ。


死のうと思い立つのはこれが初めてじゃない。だけど一人の人間にここまで追い込まれている自分のことが少し怖くなる。私が死んだら貴方は悲しんでくれるの?これも毎回思ってること。そんな勇気は私にはないけど。少なくとも今夜の私には。


もう耐えられなくて、机の下にある道具箱から鋏を取り出し首に当てがう。けど刃は私の皮膚にすら傷をつけることができなかった。鋏を持ったまま鏡台に向かい、鏡の部分を叩き割った。良さげな破片を握りしめ全力で手首に叩きつけた。鋭利だった鏡の残骸はより細かくなった。私の手には失望だけが残った。台に張り付いたままの破片の中でもう一人の私が舌を出した。


私の様子をカメラで見ていたらしき白衣の男が新しい鏡台を持ってきた。私は彼に問いかけようとした。その時初めて私は貴方の名前を知らないことに気付いた。床に散らばった私の涙はそのままに、彼は出て行った。床に横たわり目を閉じる前に、ドアの側の水滴に気づいた。


貴方に会いたい、私はそれだけのために生きてるのに。私の思いが届いていればいいのに。貴方のことを思うとき、この部屋は広すぎる。


やっと。やっとだよ。貴方が扉を開く音で目覚めたのは。額に何か当たってる?貴方の顔がすぐ近くにある。最後に見た時からさらにやつれたみたい。大丈夫?なんで貴方が泣いてるの?あ、貴方の後ろに鏡を持ってきてくれた人がいる。なんで右手を上げてるの?その後ろには…警察?軍隊みたいな人たちが…え?「ごめん」?今更謝ったってもうおsえ?何この音?すごく大きな、金属的な、、なにこの痛みは?ねえ、なんなの額が割れるように痛いああもう頭がああああっけむりん押し雨匂いがするうっが買い物が飛び散ってるのは割った水のちなの?力が入らなw狗亜wなってきたあああああっっそういうことか貴方は和w多脚に抜けて引き金ウィヒアhふうたbんだあ、今後ろのあの男が手を振りっgtyx下ろしrた最後に意合う貴方に羽田さあもう目がファjhgyわhtじゃしが、與氏が終わるのが、‘ソアの弾丸が見えるjふいsh。、





遺言

 私が決別の右手を振り下ろした時、彼女は彼に向け決死の右手を伸ばしていた。その手を私は10の弾丸で吹き飛ばした。身を灼く痛みと薄れゆく意識の中彼女の頭の中にあったのは彼のことだけだったのだろう。この役職についている限り避けられぬ試練であり地獄なのはわかっている。それでも耐え難いことに変わりはない。その手を受け止めるのは私であるはずだったのに。職権を用いてできるだけ引き離してきたが、やはり人間の感情を操るなどできるはずがない。幸せならばいいと何度自分に言い聞かせただろう。恋は盲目とはよく言ったものだ。私にはもうこの感情の出どころも、行先も、何一つわからない。たとえ操られているとしても後悔はない。仕事一筋だった私に知らない世界を見せてくれた(能力の一部である可能性は高いが)彼女には感謝している。さらに言えば彼女の発現を誘発したのは私ということになるだろう。これは全て私が責任を取るべき事案なのだ。引き継ぎの必要がないのは唯一の幸運かもしれないな。

                        サイト300管理者 櫻葉慚愧

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