記録

2001年9月29日 茨城県鑑市鳴蛇村 応神祭


事前記録


鳴蛇村について

 鳴蛇村という名称に関しての事前知識は皆無である。日本には古来よりみずち信仰が点在していることは確かであり、地名に蛟または蛇が含まれることはあるだろう。しかし、現在まで存続している市町村に蛇が冠されているのは異常である。蛟信仰があるのだろうか。それに加え、鳴くとはどういうことなんだろうか。蛇が鳴くとでも言いたいのか。それとも、別々の意味を持っていて、それらを組み合わせているのか。なんにせよ、鳴蛇村という名称がこの祭りに関係しているのは間違いないだろう。


応神祭について

 こちらも事前知識は皆無である。唯一疑ったのは応神天皇についてだが、天皇家、皇族に関する祭りが茨城県の山奥で行われるとは思えないため、関係はないと思われる。漢字から推測できるのは、次の二つの可能性である。一つは神の応えを求める祭りであること。もう一つは神に応える儀式であること。ただし、当て字である可能性も否めない。いずれにしろなんらかの神を崇める神事であることは確かだろう。


事後記録

 鳴蛇村は市街地から車で二時間ほどの場所に位置する。山の中に民家が点在する比較的よく見られる部類の村で、寂れてはいるが立派な神社があること以外特筆すべき点は見当たらなかった。今回祭りへの参加を許可してくださった村長の小林さんは60代くらいの男性で、私に村を紹介してくださっている最中よく転びそうになっていたのが頭に残っている。道などなく、草が膝まで伸びている。草の露がしっとりと服と靴を濡らしてくる。一年に一度しか通らない道なのだから、おかしくは無いのかもしれない。小径の両側にはとぐろを巻いた蛇を模したように見える小さな石像が点在していた。やはり蛟信仰があるのだろうか。祭りは日中に執り行われるため、準備に取り組んでいる村人の姿が多く見られた。その後小降りの雨が降ってきたためほとんど完成していた祭壇はテントで覆われることになった。


 つい先刻真っ暗な曇天の下、応神祭が終了した。村の人たちのほとんど(子供とその世話をすると思われる数人以外)が参加している様子だった。神事は村人の中から選ばれた者が務める仕組みのようだ。用意されたものから神道の地鎮祭に類似するものである可能性に気づいたのだが、その通りだった。少し期待はずれだった。しかし、明らかにおかしいことが一つある。通常の地鎮祭は開式の後、まず降神之儀を行いその土地の氏神を、特殊な例として大地を司る神(大国主大神)を降ろし、酒や果実を献上し、祝詞を唱える。鍬入之儀を行い、供物を回収してから昇神之儀をもって終了する。これが大まかな流れである。しかしこの応神祭はこの流れを逆から行うのだ。つまり昇神之儀から始まる。全くもって理解できない。初めに神を昇らせてしまってはなんの意味もない。それ以前に何故自分達が住んでいる土地なのに地鎮祭を行う必要があるんだろうか。また、神事を務めていた老人が木彫りの面をつけ、さらに短刀を帯びていたのも不自然だった。


 村長に呼ばれた。儀式はまだ終わっていないそうだ。もう意味がわからない。


 二つ目の儀式が終わった。会場は先ほどと同じ。行われたのは、神事が祭壇の前にある塚(先刻の鍬入之儀で崩されている)に大きな木槌で金属製の錆びた杭を打ち込むことだけ。この行動に明確な名称はないようだ。この儀式に村人は一人も参加していなかった。ただ、会場までの道ですれ違った村人が神事と同じような白装束を身につけていたような気がする。山の更に奥へ向かっているように見えた。村人でさえ目にすることのない儀式に私が参加してもよかったのだろうか。謎が残るばかりだ。帰宅し次第考察してみようと思う。陽が落ちて闇に覆われた村は、家々の明かりが煌々と輝いていて、山の中に切り取られた星空があるようでとても綺麗だった。神社の社務所にも電気がついており、それには違和感を覚えた。



考察

 なんとか帰宅した。山道はいつになっても疲れるものだ。応神祭に関して、考察すべき点は尽きないが、いかんせん材料となる情報が少なすぎる。実際に体験したのにも関わらず、核心に迫ることができない。逆さまな地鎮祭が表すのは常にあの村には氏神がいるということで、二つ目の儀式(神事の言葉を借りると呼神祭)を行うことによってその神を打ち付け、捉えている。これが私が現状思いつく唯一の可能性である。ただ、地鎮祭を逆にすることに関しては、本来とは逆の意味を表している可能性は否めない。ただし、その場合呼神祭の意味がわからなくなってくる。神を殺そうとする儀式は少なからず存在する。しかしそれを毎年行うだろうか。更に応神祭という名称がついているのにも意味があるはずだ。一体どんな。

 また、他の例と照らし合わせても杭を打ち込むだけで神格存在を葬ろうとするのは異常だ。もしも本当に杭を打ち込んで神を屠ったのなら、口伝なり何なりで伝えていけばいい。同じ行動を毎年させるのは一体どんな意味があるのだろうか。また、金属の杭を使用する儀式は西洋でよく見られる。鳴蛇村に国外との繋がりを示す証拠は何一つなかったし、あんな山奥の村と海外との交流は考えにくい。どうしても情報が欲しい。ここまで強く感じるのは初めてだ。無断でもいい、もう一度訪れてみよう。墓地のはずれに裏口らしきものがあったから、そこに行ってみよう。心の底で蛇がのたうち回っている。


 二日後、私は無断で鳴蛇村を訪れた。基本的に事前に連絡を取っているものしか入れない村(とても妙だ)とはなんとも不便なものだ。その理由も調査したかった。







 以上が考古学者、叢雲氏の記録である。彼は二千一年拾月に保護区域寅にて保護された。以下は叢雲氏が保護された際所持していたボイスレコーダーに録音されていた音声を文字に起こしたものである。


現在は9月35日の22時。鳴蛇村のはずれにいる。事前の申請はしていないから、忍び込む。天候は霧。濃い霧が辺りを覆っている。夜の森特有のどんよりとした生ぬるい空気がまとわりついてくる。夜露が少しずつ靴を濡らしてくる。気持ちが悪い。時折する物音が異様な響き方をするせいで、喋っていないと気が狂いそうだ。懐中電灯を持ってきて本当によかった。この山は眩しすぎる。

(後言動に反し四分二十八秒間発言はなく、草の擦れる音と呼吸が次第に荒くなっていく様子が確認できる。)

ひっ、なんだフクロウか驚かせやがって。

(二分五秒静寂。足音は確認されていないが、かなりの距離を移動したような趣旨の独り言が録音されていた。この時点で叢雲氏になんらかの影響が及んでいると考えられる。)

いけどもいけども墓だ、忌々しい

カメラがおかしい。壊れたのか?墓場で?なんだってんだ

さっきから猫のやつが脅かしてきやがる

人骨が転がっていたが特に何も感じなかった。これが成長ってやつなのか?それか、

大きな蜘蛛。自転車くらいか?まだ小さい方でよかった。

この墓場いつまで続くんだ?こんなに死人を出すにははいったい何年かかる?

そろそろ幽霊でも出る頃じゃないか?

こういうこと言ったら出てくるもんだろうが

ん?今白いものが見えたか?やっとお出ましか、待たせやがって

ああ、一番一般的なやつじゃないか、白装束におかっぱの女の子だなんて

勿体ぶった割にはオーソドックスなやつが出たもんだ

にっこり笑ってやがる。何か特徴とかないのか?

おい

聞こえないのか?

お前だよ

はっ

(約三十秒間ガサガサという雑音に混じり氏の悲鳴が聞こえる。)



やるじゃないか


(硬いものが砕ける音、粘性のある液体が地面に滴る音、布の破れる音などが連続する。約二分間。)


くそったれ


(女性のものと思われる絶叫。四分間続く。時折叢雲氏うの笑い声が聞こえる。)

その程度か?

おいちょっと待てそれは

は?

(地響きと女性の声。なんと発言しているのかは判別できていない。認識災害の可能性があるため注意が必要。)

なんだってんだ?


えっと、こんなに困惑するのも久しぶりだ。お化けのイメージそのものみたいな少女を追いかけていたのだが、、あり得ないことに、何もなかった森の中の開けた場所に、日本家屋が現れたんだ。これも幻なのか?

(約二十秒間足音と甲高い笑い声)

いや、実体がある。どうなって

(突如音声が途切れ、二分間ほど無音の状態が続く。)


この化け物ども

(氏の息が上がっている事から何らかの不運な出来事に見舞われたと推測できる。)

くたばれ

(録音はここで終了。発言の直後家屋の床に鋭利なものを突き立てたと思われる鈍い音声が録音されていた。)


以上の音声からも容易に想起できるが、保護された際額に刻まれていた図案二六(通称蛇目)より氏が監視対象二五七及び二八一と接触したと判断した。氏には記憶処理が施され、先日解放された。今後は要観察人物として監視を行う。

しかし不安定期とはいえ一般人に監視用結界への侵入を許したのは重大な失態である。今回は叢雲氏に先天的な幻術耐性が備わっていたことが発覚した為処分には値しないが、一層の警戒が求められる。気を引き締めよ。

全ては祖国、母なる大和のために。




追記 保護区域寅「鳴蛇村」主任研究員、沢上佳仁太郎

鳴蛇村の蛟信仰に関して叢雲氏は気づきはしたようだが、実際の信仰対象が神格的存在◾️◾️◾️であり、◾️◾️◾️とは【情報削除済み】であることに関してはなんの関心も向けていない。また、山奥へ向かう村人の姿になんの疑問も抱いていない点も気にかかる。おかげで本来の儀式を完遂することができたわけだが、本当に気づいていないのだろうか?どちらも理解できていないのならば私の杞憂で済むのだが、全て認知した上で鳴蛇村を訪れているとすれば、それは重篤な情報漏洩、「結界」の機能不全を示す。早急な全結界及び監視地区、宝物殿に存在するすべての情報の確認を推奨する。まあ、責任を取る気は無いので、誰か代わりにやっておいてくれ。頼んだ。

ところで、◾️◾️◾️用の儀式で消費される所謂「幼子」が毎年途切れないのは何故なんだ?                     

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