第31封 思うより、算段①






 マウラバルが手配してくれた髪結い師に散髪され、胸の辺りで綺麗に揃った髪を揺らす。

 侍女長は渋い顔を崩さなかったが、テトラは満足であった。


 城下に行くリナンが、髪を下ろしたままにしておけと言うので、テトラはカチューシャのようにリボンを結んで、馬車に乗り込む。

 後から乗り込んできたハンバルが、土気色の顔でテトラを凝視し、次いでリナンに視線を向けた。

 顎で前の座席を示す主君に、従者はぎこちなく腰を下ろし、扉が閉まったと同時に素っ頓狂な声を上げる。


「こっっっ、これっ、はっっ! 外交問題になりますよ、殿下!?」

「だろうな」

「レベリカ王女殿下はいったい何をしてくれてしまっているんですか!?」

「そうだな」


 テトラとしてはあの高飛車皇女に、一杯食わせてやったぞと清々しいが、ハンバルは泡を吹きそうだ。

 まぁ王家に仕える貴族としては、こちらが妥当な反応だろう。


 馬車は迷いなく進み、リナンが目的地に告げていた、バードレイン宝石店に到着する。

 昇降台を先に降りたテトラとシラストを、裏口から顔を見せたレヴィンスが出迎えた。


「お待ちしておりました、閣下。本日もご足労いただきまして、誠にありがとうございます。ご要望の商品の準備は済んでおります。さぁ、二階に……、……おや?」


 ニンマリ顔の店主の視線が、リナンの後ろに下がったテトラを捉える。

 男は目を丸くした後、恭しく礼をして、柔和な笑みへ表情を変えた。


「これは……、心機一転でしょうか? よくお似合いです」

「ありがとうございま」

「妹に切れと命じられた」


 テトラの謝辞を遮り、リナンが言葉を発する。

 驚いて彼を見れば、同じく顔を見つめたレヴィンスが、ポカンと口を開けた。

 そして一つ咳払いをすると、曖昧に口元を引き攣らせて、首を傾ける。


「……おやおや、……ふむ、それは……ご冗談を……」

「冗談でそんなこと言うか。力を貸してほしい、


 (おじうえ?)


 聞き捨てならない単語が聞こえたが、テトラは一瞬、意味が理解できず目を瞬かせる。

 店主は閉口し、みるみる顔色を変えると、即座に背後へ振り返り従業員へ声をかけた。


「この後の商談は、全て日程変更の連絡を。それから、店内のお客様へは、他の者が対応してください。二階へは誰も通さぬよう」


 テキパキと指示を飛ばし、従業員は必要事項を手短に聞いて、それぞれの仕事に移っていく。さすが王族御用達だ。教育が行き届いている。

 レヴィンスはモノクルを指で持ち上げ、リナンに向けて軽く片手で手招いた。


「来なさい」


 状況に全く頭が追いついていないテトラは、リナンが歩き出すと条件反射でついていく。

 サロンに通され、扉の前で立ち止まったシラストと同じく、テトラも足を止めて姿勢を正した。リナンはソファーに腰を下ろし、その後へハンバルが付き従う。


 程なくして、大きめの封書を携えて戻ってきたレヴィンスが、リナンにそれを差し出した。


「預かった売買契約書を精査しました。正規の金額は難しいですが、手を回したので多少、追加の支払いがあるでしょう」

「悪い、ありがとう」

「それより、どう言うことです? 説明しなさい、リナン。なぜ、の愛してやまない婚約者が、レベリカに髪を切られたという話になっているのですか?」


 リナンの向かい側に腰を据えたレヴィンスに、テトラは背中へ冷や汗が流れ落ちる。

 剣呑な表情で第三皇子を見る姿は、とても平民の風格ではない。

 成人にしては背が低く、三白眼が胡乱げな印象を与えていたが、そんなものは些事であった。


 足を組んで細めた瞳が向くだけで、その場の全てが支配される。

 テトラが幼い頃から、父の背を追いかけ学び続ける、強者の風貌だった。


 (…………本来、人の上に立つかたなんだわ。……おじうえって、事は……つまり……)


 隣にいるシラストが、背中に回した両手を握り締め、汗のかく顔を必死に上げている。リナンが座るソファーの後ろでも、ハンバルが青褪めた顔で唇を引き結んでいた。

 テトラは唾を飲み込み、緊張で乾いた口内を湿らせる。


 デビュタントを迎える前、一攫千金狙いの目ぼしい婚約者候補について、周辺状況も調べていた。

 ギンゴー帝国皇帝には兄がいて、臣籍降下をすっ飛ばし、市政に降りた異色の人物である。ということは、確かに知識として頭にはあった。

 しかしまさかリナンが懇意にしているとは、見当もついていなかったのだ。


 (……この方が、アルヴァジリアス・ナルツシード皇兄おうけい殿下)


 平民に降った今もなお、帝国に住まう多くの貴族が敬う、風変わりな元王族。


 (すごいわ、さっきまでと、全然違う。気安さがないし、迂闊に声が出ない。……これが畏怖と、言うのね)


 流石にリナンは身内だからか、それほど表情に変化はない。

 けれども眉を顰めて数秒沈黙し、今朝あった出来事を簡潔に説明した。


 口を挟まず耳を傾けていたレヴィンスは、テトラが王女として断髪したくだりで、片手で顔を覆ってしまう。

 そして甥が話し終えた後もそのまま、天井を振り仰いで──悪態をついた。


「馬鹿者があの愚弟……! だから甘やかすなと常日頃遠回しに説明してやっていたと言うのに!!」

 


 


 

 


 

 


 

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