第28封 一手を打ちに行こう③





 再びテーブルを叩いて立ち上がるレベリカに、テトラは微かに眉を寄せる。

 皇后がすぐに嗜めたので着席したが、怒りで燃える瞳の奥に、確かな焦りを感じさせた。


「なんだレベリカ。俺は父上と話をしている」

「ダメよお兄さま! お兄さまにはちゃんと侍女がいるじゃない!」

「じゃあ、僕のところに来て欲しいな。アレほどの美人なら箔もつくし」

「帝国にあんな女、要らないでしょう!?」


 ヘラヘラと笑い話に乗ってくる第二皇子に、レベリカの声量は更に大きくなる。

 

 各々が主張し、皇后が食事の席だと叱責したかと思えば、皇帝は途中から無視を決め込んでいた。使用人が己の仕事を淡々とこなす傍らで、第一、第二皇子の侍女たちは真顔になり、第一皇女の侍女たちはオロオロとしている。

 リナンはすっかり我関せずで、テトラが料理長に掛け合って提供された、野菜が多い朝食を食べすすめていた。


 いや、混沌カオスすぎる。


 テトラは些か遠い目をしながら、リナンが傾けたグラスに水を注いだ。

 すぐに水分を口に含む彼に、ふと目を瞬かせて皿を一瞥する。


 (殿下の好みに合わせてもらったのに、食べる速さが遅いわ。水もいつもより飲んでる。……あまり居心地が良くないものね)


 そろそろ離席するかと思い、水差しを置きながら再び近寄ったところで、レベリカがテトラを指差した。


「アレはどうせんだから、リナンが持っていればいいの!」


 あまりに言い合いが下らない為、半分も聞いていなかったが、テトラは思わず目を見開く。

 兄二人や皇后は、その精妙さに気がついていなかったが、皇帝がかすかに視線を上げた。そして何事か思案する素振りを見せ、ベルを鳴らす。

 やや強めに鳴らされた甲高い音に、言い合いをしていた兄妹が口を噤んだ。


 足音も少なく側に寄った使用人へ、リナンの前方を指先ながら指示を出す。


「リナンはもう、食事を終えた。下げろ」

「なっ──!?」


 思わず声を上げかけたテトラの腕を、リナンが即座に掴んだ。

 冷ややかな双眸が第三皇子に向き、皇帝は顎で食堂の出入り口を指し示す。


「そうだな? リナン。お前が居ると、我々家族の調和は乱れる。食事を終えたなら早く行け。でも見てきたらどうだ」

「……ご親切にどうも」


 リナンは椅子を引いて立ち上がり、他へは一瞥もせず食堂を出ていく。

 シラストが慣れた様子で一礼し、テトラも慌てて姿勢を正し頭を下げた。


 あまりに誰も動じないことに、テトラだけが焦って唇を震わせる。


 (なんてことなの。リナン殿下は何もしていないのに、どうして殿下が調和を乱すのよ!)


 リナン自身が面倒だと思い、食事の席を離れる事はあっただろうが、きっとそれだけではないのだ。

 我の強い他の兄妹たちは、リナンに対して嫌味の応酬を繰り返し、争うばかり。皇帝夫妻はリナンにそれほど興味がないので、状況に嫌気が差すと、リナンに責任を押し付けて、さっさと家族の輪から外してしまうのだ。


 (っこんなの、あんまりだわ。何も返す気がないなら、殿下だって、それは無気力にもなるし、やる気もなくなるでしょう)

 

 憤慨に唇を噛み締めていると、食堂から離れて人の気配が無くなった廊下で、リナンが振り返った。


「……まぁ、初日はこんなもんで良いだろ」

「殿下。ごめんなさい、わたし、もっと上手く出来たはずなのに」

「あぁ? 別にお前は普段通りで良いっつってんだろ。余計なマネすんな」

「でも……」

「それに、やっぱりレベリカが、あのクソ王子と何かしら取り引きしているようだって事は、確信した。あいつは矜持だけは空を越えるほど高いから、クソ野郎に何か言うだろ」


 リナンがもう敬称すら付けなくなったシェルパの、勝ち誇ったような歪な笑みが浮かぶ。

 彼はテトラが国を救うため、ハルベナリア国に嫁ぐと信じ疑っていない。レベリカは先にテトラを追い出したいので、二人の思惑は合致している。

 レベリカが勝手に、リナンとテトラの様子を誇張し話してくれれば、あの男は目の色を変えて行動に起こすはずだ。


 テトラは意気消沈しながらも、再び歩き出すリナンに付き従い、足を踏み出した時だった。


「待ちなさい!」


 背後から複数の足音が聞こえ、シラストが間に入る。

 現れたのはレベリカで、憤慨し真っ赤になった顔で、その後ろには侍女三人が控えていた。

 王女らしからぬ感情豊かな少女だなと、テトラは自分のことを棚に上げて少々感心する。


「なんだ、レベリカ」

「今はその女は侍女なのでしょう? 生意気よ、帝国の資産を食い潰しているくせに!」

「はぁ? こいつの労働に対価を支払っているのは、俺個人の資産だ。父上に聞いてんだろ? 耳の穴、開いてねぇのかよ」

「なんですって!?」


 鼻で笑うリナンは、明らかに挑発しているのが、テトラでも感じ取れた。

 レベリカが激情的になるほど、シェルパには湾曲した情報が伝わると踏んでいるのだろう。

 流石に直接的な表現ではないが、三重くらいに包まれた罵詈雑言の応酬を、テトラは右から左に聞き流す。


 (……本当に、その……仲が悪いのねぇ……)


「うるさい! お父さまにもお母さまにも見向きもされない、この国に必要のない人間のくせに! そうよ、そこの侍女、髪を切りなさい、リナンには不揃いで醜い姿がお似合いだわ!」


 もはや脱帽の域まで仲が悪い兄妹だな、と。

 テトラが呑気に思っている間に、レベリカがさやに収まる短刀を床に叩きつけた。

 

 


 





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