第27封 一手を打ちに行こう②
シェルパがテトラの小屋を訪れたあの日から、思っていた事がある。
誰があの男に、城の奥まで出入りすることを許可したかだ。
第三皇子の配下という扱いであるテトラは、当然、リナンの権力の庇護下にある。
つまり同じ王族でなければ、あれほどの接触は許可できないということだ。
テトラを伴いリナンが食堂に入れば、一瞬のうちに静まり返る。
皇帝はまだ来ていないようだが、その他は揃っているようだ。
兄二人は惚けた顔で心ここにあらず、皇后は一瞥して眉根を寄せ、妹が唖然として口を半開きにしている。
それぞれ背後に控えている侍女たちも、狼狽える者や、顔を見合わせる者など、反応は様々であった。
彼女は気にすることなく進み出て、料理長から事前に聞いていたリナンの席に行くと、そっと椅子を引いて彼を座らせる。
ナプキンを首に巻き、カトラリーを見て少し位置を直した。
(まぁ相変わらず良い食器! シルバーも素敵ねぇ。……っと、水が欲しいのね)
リナンの視線が空のグラスを見たので、テトラは近くの水差しを取ると、そっと水を注ぎ入れる。
水差しを戻しながら、控える位置まで下がると、ようやく第一皇女がテーブルを叩いて立ち上がった。
「ちょっと! 誰よ
コレだのソレだの酷い言われようである。内心の腹立たしさを隠し、テトラは目を細めた。
使用人が困惑している中、リナンは水を一口飲んで顔を向ける。
「ウルセェな、レベリカ。自分の侍女を側に置いて、何が悪い?」
「なっ、何よリナン! 今まで連れてきたことなんてないじゃない!」
「作法や生活に慣れない人間を連れてきたって、仕方がねぇだろ。慣れたから連れてきた、普通の侍女だ。
レベリカ皇女の顔に、カッと赤みがさす。
背後で煌びやかなドレスを纏う、侍女三人もだ。
レベリカ・ナルツシード第一皇女殿下は、リナンの双子の妹である。この間、同時にデビュタントを迎えた一人だ。
容姿は皇后によく似ていて、手入れの行き届いた肌と髪には艶があり、お姫様然とした風貌である。
そして今、リナンが最も怪しんでいる、シェルパの協力者疑いの人物であった。
マウラバルやハンバルの情報から、レベリカはリナンに対し、強烈な劣等感を抱いているという。
第一皇女として、蝶よ花よと愛され、何不自由ない生活を謳歌する彼女。
美しい自分に相応しい美しさを求め、ドレスや宝石、使用人や侍女を含めて、欲しいままに買い与えられている。
しかしどう足掻いても、兄妹で一番の美貌を誇るリナンには、及ばないのだ。
男女であるため、比べられる事はない。しかし来賓客がリナンを一目見れば、皆が麗しい容姿を褒め称える。
そして極め付きは、婚約者テトラの存在である。
気に入らない双子の兄が連れてきた、あまりに美しい、テトラ・オービス第一王女
連邦国会議で顔を出せば、神々しいまでの佇まいに誰もが振り返る、オービス国王夫妻の愛娘。
艶がなくても、触れてみたいほど柔らかなペールオレンジの髪。国王譲りの甘いメイズの瞳。顔の造形は、傾国の美女と謳われる王妃そっくりで、国王の血が流れる分、より洗練されている。
年相応のあどけなさの上に、生まれながらに次期女王を望まれる、気品ある眼差し。
レベリカにとってテトラは、気が狂いそうなほど優麗なのだ。
テトラはまさに、第一皇女の劣等感に対する、唯一無二の
レベリカは憤怒の形相で、テトラを指差し、皇后に訴え始める。
「お母さま! アレを早く出すよう、言ってください!」
「……レベリカ、落ち着きなさい。リナンの連れる侍女でしょう。むしろ他の侍女が、余計な労力を割かなくて良いわ」
「でも、他国の王族なのですよ!?」
意外にも皇后は、レベリカを宥めてくれている。
流石に皇帝の公務を手伝っているだけあり、他国が絡む問題を
その間に皇帝が到着したようで、使用人一同、一斉に頭を下げた。
テトラも倣って頭を下げていると、扉の前で足音が止まっている。
「……オービス国王の娘か」
「はい、父上」
答えたのはリナンだ。
テトラは今、侍女であるので声は発しない。
「そうか。……リナン、お前たちの婚約披露宴は、
「初めからそのつもりです」
おおよそ喜ばしい親子の会話とは思えない、事務的で淡々としたやり取りだ。
テトラもこんな義親なら、披露宴で祝いの言葉などいらないと、バッサリ切り捨てて緩やかに顔を上げる。
朝食が運び込まれて始まった食事の席は、緊張と困惑に包まれている。
テトラが時折、リナンの求めに先回りして応じていると、全く食事が進んでいない第一王子が、上擦った声を上げた。
「リ、リナン、お前の侍女は本当に、美しいな? 父上、俺の侍女にするよう進言してください。俺が彼女を側に置いておきたいのです」
ぱき、と。リナンが片手に握っていたナイフに、細かいヒビが入る。
テトラは息を吸い込み、予想通りだが予想以上の食いつきぶりに、内心でドン引きしながら口元を引き結んだ。
皇帝は不機嫌そうに目を細め、嘆息して顔を左右に振る。
「馬鹿なことを言うな。リナンとオービス王の娘は、婚約している。侍女であるのは、リナンが支援する故の対価だ。それに……」
「そうよお兄さま!! だめよ、こんな、あの女を側に置くなんて、絶対にだめだわ!!」
皇帝の言葉を遮る金切り声が、食堂に響き渡った。
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