第24封 思いもよらない真実





「……鉱物資源?」


 聞き慣れない単語を、父が怪訝な顔で繰り返す。

 リナンは頷きつつハンバルを一瞥した。

 第三皇子の従者は背筋を伸ばして進み出ると、一礼してからメガネの縁を押し上げる。


「誠に勝手ながら、以前、オービス国王陛下が城を売却した話を聞き、調べさせて頂きました」


 リナンは金鉱山を所有する関係で、個人的に鉱物関係の専門家を抱えているらしい。

 すぐに伝手つてを頼り、ナンフェア王国の城で使われている石を取り寄せ調べたのだ。

 それは昨今、鉱物学者の間で話題になっていた石で、結果はすぐに分かったという。


 ハンバルは客間を見渡して、壁に近寄り、そっと白い壁面に触れた。


「こちらもそうですが、砕いて燃料に使用できる、人体にも非常に無害な物だったのです」

「具体的には……何に使用できるのでしょうか?」

「……そこが問題なのです」


 困惑する母に、ハンバルの表情が険しさを増す。


 例えば湯を沸かしたり、馬車を動かしたり、調理の際に火をおこしたり。

 考えうる用途として幾多も挙げられるが、現状、想定した使い方ができるのは、たった一国に限られているのだ。

 アマリリス連邦内では、せいぜい中に含まれる水晶を、装飾品に加工するくらいが関の山なのである。


 テトラは次第に話の筋が読め、愕然としながら呟く。


「……ハルベナリアは、この石が欲しいのね」

「その通りです」


 技術大国ハルベナリア。

 世界一の先進国とまで言われるあの国は、他国と動力源からして異なっている。

 リナンが依頼している調査隊によれば、鉱物はハルベナリア国でも出土するが、技術革新にまったく追いついていないらしい。

 

 そこで目をつけられたのが、アマリリス連邦内小国、ナンフェア王国なのだ。

 

 ナンフェア王国で出土する同鉱物は、非常に純度が高く、ハルベナリア国産と比べられないほど良品だという。

 しかし王国では建材に使用したり、少量の水晶に加工したりするだけで、技術がない為に燃料として使用できない。 


 ハルベナリア国は裏から手を回し、子飼いの業者を操って、オービス国王を誘導したのである。

 最も純度が高い鉱物で建造された、を手放すように。


 父は顔面蒼白で沈黙し、ややあって、慎重に口を開いた。


「……ちなみに、本来の値打ちは、いかほどに?」

「私も専門家ではありませんが……」


 問いかけにハンバルの視線が迷い、リナンに向く。静かに頷く様子を確かめてから、ハンバルはひと区画あたりの値打ちを口にした。

 それはまさに、売買契約書の金額から三桁以上も違う、テトラの人生でお目にかかれないほどの値打ちであった。


 安く買い叩かれたなどと、慎ましい言葉で表現して良いものではない。

 盗まれたのだ。ほとんど。嘲笑うような手切れ金だけを置いて。


「っ……あに、あっ、あの、第三皇子殿下! そ、その事実を知った時、どうして教えて下さらなかったのですか!? もし教えてくだされば、少なくとも、もっと……!」


 狼狽えるルーヴァロが、無意識にリナンへ縋ろうとするのを、テトラは咄嗟に割って入った。

 背中越しに震える弟を宥め、彼女も顔色悪くリナンを見つめる。

 第三皇子は目を細めると、片手に持つ売買契約書に視線を落とした。


「国王陛下の署名を持って、契約が完了してしまっているからだ」

「そ、──それ、は」

「それに俺からすれば、この鉱物がナンフェア王国の、新しい特産品になるとは到底思えない。鉱物資源は有限だし、宝石に加工したって、ごく僅かだ。アマリリス連邦内で流通も難しい。連邦への加盟条件から外れて、ハルベナリア国とだけ貿易したって、いずれ売る物がなくなる。そうしたら、今よりももっと生活は苦しくなるだけだ」


 リナンの指摘に、ルーヴァロは押し黙る。


 正規の値段で取り引きできるようになったとしても、莫大な資産を手に入れられるのは一瞬だ。

 事実、建造物に利用するため掘り起こされ、今は鉱物の数も減っている。皆で力を合わせて耕す農作物と違い、特殊な鉱物は自分たちで生成出来ないからだ。

 ここで目先の欲に眩んでは、将来的に立ち行かなくなる。王国を案じた彼はだからこそ、余計な口を挟まなかったのだ。


 テトラはリナンの言葉に納得し、だが、妙な引っ掛かりを覚えて、許可を得てから口を開く。


「……その、こんな状況になったから、父は城を手放しました。ハルベナリア国は、我が国が衰退していくのを好機として、付け込んできた、という事でしょうか?」

「…………」


 リナンは渋面を作り、唇を引き結んだ。視線がテトラから外れて、返答を渋るように揺れ動く。

 沈黙は肯定だとよく言うが、彼女は血の気の引いた顔を小さく左右に振った。


 テトラはリナンの傍にいる間、彼の侍女として上手く立ち回れるよう、つぶさに観察してきた。だからこそ察してしまい、膝の力が抜けてその場に崩れ落ちる。

 しかし細い体は、咄嗟に腰を浮かせたリナンに抱き止められ、テトラは婚約者の肩にしがみついた。


 彼はテトラに嘘をつきたくない、臆病で不器用な、優しい人である。

 沈黙は肯定ではなく、──断定できないから、口を閉ざすのだ。


 

 あまりにもハルベナリア国に、現状に。


 

「……違うのね」


 テトラは震える膝を叱咤し、リナンを支え、彼に支えられながら、床を踏みしめる。

 心臓が早鐘を打つのは、リナンに抱きしめられているからでも、彼の鼓動を衣服越しに感じるからでもない。

 あまりにも悔しい真実を、突きつけられたからだった。


「っ……ハルベナリア国が、害虫を、この国に持ち込んだのね……!?」


 沸々と湧き上がる怒りによって、メイズの瞳が燃えるような輝きに包まれる。

 

 リナンはテトラを抱きしめたまま、何も答えない。

 今度こそ沈黙は、雄弁であった。


 


 


 

 

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