第19封 に、余地もない





下手へたを打ちましたねぇ」


 鑑定書に印を打ちながら、些かのほほんと言われた台詞に、リナンは片眉を上げた。


 王族御用達のバードレイン宝石店。

 二階に設置されたサロンの廊下には、兵士が二人陣取り、物々しい雰囲気を漂わせている。

 リナンは三人掛けの長椅子に座り、テーブルの向こう側にいる店主を見据えた。

 レヴィンスが書類をテーブル上にまとめ、トレーにペンを置くと、従業員が厳かな様子で運んでいく。


 リナンは今日、テトラに購入したイヤリングを受け取りに来ていた。

 柔らかな金と緑を揺らす装飾品は、確かに美しいが、やはりどこか気に入らず閉口する。


「婚約者を連れて我が店に来たというのに、世辞の一つも言えないとは。状況は聞いておりますが、下手したてに出過ぎでしょう」

「……身につける全部、テトラに見劣りすんだから、どう世辞を言やぁ良いんだよ」

「はっはっは! 確かに貴方にとって、オービス第一王女殿下は宝石以上に美しいのでしょう。あの方を引き立てるのは、胸元にあった水晶くらいでしょうか。いやぁ、初めて見ましたよ。天然石であれだけ美しいカット。物の価値が分かる人間コレクターからすれば、喉から手が出るほど欲しいでしょうね」


 心底愉快げに笑う店主に、リナンはますます渋面を作る。

 何かと便宜を図ってくれる相手だが、こういう所がイケすかないのだ。


 店主は運ばれてきた紅茶に砂糖を溶かしつつ、モノクルの向こう側からリナンを眺める。

 ニンマリとした三白眼は、どこか冷たい色を宿していて、リナンは眉を寄せたまま双眸を細めた。

 長椅子の背後に立ち、黙したままでいるシラストが、緊張に表情を強張らせて拳を握りしめる。


 レヴィンスは紅茶を一口飲むと、従業員を全員、部屋から下がらせた。

 そしてカップをソーサーに戻し、目を眇める。


安牌あんぱいをとりましたね、

「…………」

「貴方が、王女殿下に嘘をついていないのは、分かります。信頼する侍女が欲しい気持ちも、愛する王女を囲いたい気持ちも汲みましょう。ですが、金銭を必要としている相手と分かりながら、愛の言葉ひとつ伝えないとは。流石にただの腑抜けでしょう」

「…………伝えたところで、面倒な事態になるだけだ」

「確かにオービス王女殿下からすれば、どっちに転んでも、金をチラつかせる貴方はクソ野郎です。しかし後々、気持ちがあるとないとでは、物事の些事加減は変わるのですよ」


 はぁ、と盛大な溜め息をつかれ、しかしリナンは言い返す言葉もなく、渋々口を引き結んだ。


「私がせっかく、可愛い甥の恋路を応援しようと、色々情報を提供しているというのに。伯父上は悲しい」


 宝石店を営み、自らも宝石商として各国を回るレヴィンス。その身分を殆どの人間が知っていながら、冗談だと思っている。

 それはひとえに、その容姿が、ギンゴー帝国の皇帝と似ても似つかないからだ。


 レヴィンスは正真正銘リナンの実父、現皇帝の兄だ。その昔、皇帝という身分は面倒だと嫌い、デビュタントを迎える前に王位継承権を返上し、王族の血すら放棄して平民になった異色の男であった。

 両親と不仲なリナンの事を昔から可愛がってくれ、外部の情報機関として頼りにしている、胡散臭い顔の伯父である。


 この宝石店が王家と懇意にしているのも、そういった事情があるのだった。


「全部終わったら、ちゃんと改めて伝える」

「おや、改めてということは、伝わってはしまったと」

「……………………同じ空間にいて、どうにかなりそうだっつーことは」

「まったく、面倒ごとを嫌うくせに、我慢が下手くそですねぇ。余計に印象が悪いでしょう」


 相手は身分的には平民なのだが、ボロクソな言われようである。

 テトラやナンフェア王国に限らず、の情報収集を依頼している件もあり、リナンは反論も許されず口をへの字に曲げた。

 レヴィンスを慕い、個人的に協力する高位貴族が多い中、機嫌を損ねるのは得策ではない。


 再びカップを持ち上げた伯父は、そういえば、とリナンを一瞥する。


くだんのオービス王女殿下は、今はどちらに?」

「披露宴の前に家族と話があるっつって、ナンフェア王国に。ハンバルと侍女長を同行させている」


 リナンも腕を伸ばし、少し冷めた紅茶に口をつけた。

 知らず緊張に渇いた喉を潤していると、レヴィンスが指先を口元にあて、思案げに目を伏せる。


「……なるほど。こちらの情報より、王女殿下のお耳に入る方が早かったようだ」

「なんだよ?」


 独り言混じりに呟かれた台詞に、リナンは怪訝な顔を隠さず、伯父を睨みつけた。

 

「リナン。向こうは幾分、上手うわてのようです。オービス第一王女殿下に、ハルベナリアの第一王子が求婚しました」

「…………は?」

「正式にオービス国王陛下へ書状が行ったようですねぇ。おそらくその家族会議でしょう」

「俺と婚約してんのに?」

「だからこそ今なのです。婚約であればまだ破棄ができます。王女殿下が本当に欲しいのは、愛でも金でもなくですからね」


 あまりにも現金すぎる現実に、リナンは半目で沈黙する。


 あらゆる問題に囲まれて、テトラはほぼ八方塞がりだ。

 その一端を担っているのが自分だと思うと、酷い胸糞悪さに落胆する。

 それでも手放す選択肢を潰そうとするのだから、リナンは自身が大層面倒な性格をしている自覚があった。

 

 眉根を寄せて視線を向けてくるシラストに、彼は盛大に悪態をついて立ち上がる。

 ニンマリ顔のまま、無言で焚き付けてくるレヴィンスを睨め付け、片手を軽く振ってサロンを後にする。

 

 シラストは慌てて一礼し、テトラに贈るイヤリングの箱を従業員から受け取りつつ、馬車に乗り込む主君を追いかけた。

 

 

 

 


 


  

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