第16封 デートであれば急接近④
一ヶ月と少し、リナンと過ごすようになって、多少、彼の口の悪さには慣れたつもりである。
気安い関係であるシラスト相手のように、テトラにも少し、心を傾けてくれている気がしていた。
だからこそ、今の発言は本心なのだろう。
(……分かってるわ、そんなこと)
自身の両手を見下ろし、テトラは眉を下げる。
婚約披露宴でいくら見栄を張っても、所詮、テトラがリナンに返せるものは、侍女としての仕事だけだ。
壊れては修理を繰り返し、苦心して動かすオンボロの馬車に乗って、安価の生地を継ぎ接ぎしながら仕立てたドレスで、社交界で指を差されるだけの王女など、リナンは歯牙にも掛けないだろう。
(……ダメダメ、悲観になっちゃ。殿下の言葉は最もなんだから。自分の身は自分で守らなくちゃ、
じわ、と浮かんだ涙を慌てて拭い、テトラは何とか顔を上げると、苦笑混じりの笑みを貼り付けた。
「そうかもしれませんね。でも婚約披露宴で、ただでさえ貧相な女を隣に置いていたら、殿下の評判にも差し障るかもしれませんよ?」
「貧相って、胸が?」
「はっきり言わないでください! これでも気にしてるんですから!」
「別にお前の体型なんぞ、どーでもいいんだが。つーかマジで時間の無駄じゃねぇの。
「もう、だから、どうしてそんな言いか…………ぴぇ?」
思わず変な声が漏れた。
リナンの爆弾発言を反芻しようとして、しかしうまく脳内でまとまらず、テトラは自身の婚約者を凝視する。
彼は硬直したテトラの様子に目を瞬かせ、訝しげに眉を寄せた。
「なんだよ」
「えっ……と、あの……? 先ほどの発言は……」
状況が全く把握できず聞き返そうとしたが、レヴィンスが戻ってきたので、咄嗟に表情を取り繕う。
リナンが適当に返事をしながら対応しているのを、テトラはどこか遠く、夢見心地で聞いていた。
◇ ◇ ◇
テトラの情緒がそれどころではなくなったので、ドレスはまた後日、という事になった。
ネックレスとイヤリングを揃いで購入した装飾品は、淑女相手にはちょっと言えない値段だったようである。馬車の中で繰り広げられるハンバルの小言が、それはそれは凄まじい物だった。
しかしテトラ自身、全く聞いている場合ではなく、両手で侍女服を握りしめて俯く。
(……もしかして、わたし、褒められたの?)
宝石の方が見劣りする、と、言ってくれたような気がする。
リナンは結局、帰り際、テトラが見ていて反応が良かったものを、片っ端から指差し包んでもらっていた。
猫背な店主レヴィンスのニンマリ顔が、もはや発光しそうなほど輝いていたくらいである。
ちなみに購入した宝石類は、テトラが寝起きする小屋ではなく、リナンが預かってくれるそうだ。
城に戻ってからも、テトラの心はここにあらずだった。
何せ性別を問わず、同世代から褒められることなど、ほとんど経験がない。
王女のくせにと蔑まれ、王女のくせにと嘲笑されたことは数多くある。いちいち傷付いていられないので、特に感慨もないが、褒められることは別であった。
(不思議な感じ……。殿下の言い方は、悪い方に勘違いしそうでどうかと思うけど、褒められたのはすごく嬉しいわ)
表現できない暖かさが、胸をくすぐってこそばゆい。
リナンが湯を浴びて戻ってきた部屋で、テトラはいつも通り掛布を整えて、ヘッドボードの横に立った。
「……気味が悪いくらい、上機嫌だな」
「ちょっと! いい気分に水を差さないでください! わたしはいま、殿下に褒められて機嫌がいいんですから!」
「はぁ?」
「褒めて下さったんでしょう? 違うんですか?」
ふふ、と片手で口元に押さえて笑えば、リナンは半目で頭を掻いて、ベッドに腰を下ろす。
「お前が美人なのは事実だろ」
「ありがとうございます。家族以外に初めて言われました。お世辞でも嬉しいです!」
高揚した気持ちで声を弾ませたテトラは、次いでリナンの双眸を見つめ返した。
照れ臭さに頬が赤くなるが、それすらも気分が良くて、はにかんだ笑みを向ける。
「……本当に嬉しいの。ありがとう、リナン殿下」
感謝が伝わればいい。
その思いを込めて、テトラがメイズの瞳を細めた瞬間、腕が強引に引っ張られた。
視界が一回転して、軽い衝撃が背中に伝わる。
リナンによってベッドへ背中から倒されたらしい、と意識が追いつく前に、彼は扉の前にいるシラストに顔を向けていた。
シラストは主君の突然の挙動に、片足を一歩踏み出した格好で素っ頓狂な声を上げる。
「殿下!? いくらなんでも段階を飛ばしすぎでは!?」
「ウルセェぞシラスト。顔面を潰されたくなかったら、すぐに廊下で控えてろ」
「あ、これはガチですね、すみません。何かあればお呼びください」
普段より数段階は低いリナンの声に、シラストが真顔で頭を下げると、即座に扉を開けて身を翻した。
テトラはポカーンと口を開け、ベッドから立ち上がったリナンを見上げる。
寝巻きにガウンを羽織った姿の彼は、部屋の隅に置かれている化粧箱を取ると、リボンを外して中から小箱を取り出した。
帰り際に購入した装飾品数点を、次々と開封しては、そのままベッドに運んでくる。
硬直するテトラの地味な侍女服の上から、オレンジ色が可愛らしいネックレスを置いた。甘い色合いが揺れる、大粒の真珠のイヤリングを耳に当て、リナンは彼女の上に乗り上げる。
そしてどこか悔しそうに、何かを探るように、テトラの片手に己の手を重ねて、指を絡ませた。
「……ほらみろ、全然、どの宝石も駄目だ。ドレスもそうだ、全部気に入らねぇ。……全部
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