第15封 デートであれば急接近③




 テトラは初っ端から、今回の見栄は失敗だったと、思わざるを得なかった。


 (どうしましょう、宝石の良し悪しが分からない……!!)


 リナンのおかげで無事に入店できた、バードレイン宝石店。

 正門から裏に回った、お得意様専用の小さな玄関にて、正装した従業員に出迎えられた。

 二階のサロンに案内され、美味しい紅茶をご馳走になっていたところで、店主が姿を見せて挨拶し、テーブルには次々に煌びやかな宝石が運び込まれてくる。


 色も形も大小もさまざま。

 宝石の周囲を彩る細工も繊細で、ネックレスからイヤリング、指輪に髪留めまで、数種類ずつが並ぶ様は圧巻である。

 テトラの目からすれば、どれも等しく素晴らしい。


 (でもきっと、こういう時って、向こうも客の良し悪しを見極めているのよね……)


 テトラは三人がけの椅子に座り、隣で腕も足も組んで、背凭れに体を預けているリナンの横で、冷や汗を垂れ流していた。


 レヴィンスと名乗った店主は、やや猫背で身長の低い、モノクルをかけた男だ。

 ニンマリと笑う三白眼が不気味な印象を与えるが、漆黒の燕尾服から見えるシャツにはシワひとつなく、テトラは姿勢を正して顎を引く。


「本日もお立ち寄りいただき、誠にありがとうございます。いやぁ、がまさか、これほど美しい婚約者様をお連れになるとは。私共々嬉しい限りでございます」

「……別に。こいつの買い物に付き添っているだけだ」

「仲睦まじく、何よりでございます」


 レヴィンスの視線が、テトラに向いた。

 王族御用達の宝石店店主であれば、おそらくテトラの話も、さわりくらいは聞いているのだろう。随分チンケで貧相な、場違い娘が来たものだと、早々に思われていないか心配である。

 そんな内心を隠しながら、彼女は優美に笑みを浮かべた。

 

「この度は披露宴に向けて、宝石をお買い求めになりたいと伺いました。ささ、選りすぐりの品をご用意致しましたので、どうぞ、お手にとってご覧ください」


 変わらずニンマリ顔で、ローテーブルの向こう側にレヴィンスが腰を下ろす。

 テトラは生唾を飲み込み、じっとテーブルの上を凝視した。


 リナンの横顔に視線を向けて、気怠げな様子を目に留める。

 癖のないさらりとした、艶のあるセピア色の髪。長い前髪の奥から覗く、白緑の瞳。

 ほぼ籠城と変わらない生活故に、日焼けのない肌は色白で、テトラよりよほど美しい。


 (……そんな殿下の隣で、自己防衛できる宝石……)


 テトラは再度宝石を見つめ、幾つか手に取った。

 彼女が気になった宝石は、即座にレヴィンスが説明を加えてくれる。どこの地方で取れた物か、世間での評判、逸話など、聞いているだけで楽しい時間が過ぎた。


 しかしテトラは、宝石とリナンを見比べながら、合致する感覚をもてずに意気消沈する。

 どれも良い品物で、どれもしっくりこない。眉を下げたテトラは、手に取っていたイヤリングを箱に戻した。


「ご満足頂ける品はございませんでしたか?」


 レヴィンスの三白眼が、礼を失しない程度にテトラを見る。


「ごめんなさい。どれも素敵なのですが……」


 慣れない物を見すぎて、逆に分からない。


 いっその事、リナンに選んでもらおうかと口を開きかけた矢先、レヴィンスが従業員を数名、呼びつけた。

 テーブルに広げられていた品々が、すぐに箱に仕舞われ、片付けられていく。

 唖然として目を瞬かせると、席を外したレヴィンス自ら、トレーに小さな宝石箱を乗せて戻ってきた。


 店主はそれをテーブルの上に置き、手袋をはめた指先で留め具を外して、テトラの前に中を見せる。


「…………きれい」


 小ぶりで透明な、薄い緑色の石が連なる、ネックレスだ。

 よく磨かれた金の鎖は、光を反射して解けるように輝き、宝石の存在感を増している。

 レヴィンスはテトラの側でかしずき、床に膝をつくと、恭しく辞儀をした。


「第三皇子殿下が所有する、金鉱山で採取した金を使用しております。中央を連なる、この植物の新芽を思わせる宝石は、数ある宝石の中でも、大変希少な石にございます。割れやすい物ですがどうぞ、ご覧ください」


 テトラは吸い寄せられるように、ネックレスを持ち上げた。

 宝石には触らぬよう気を配りつつ、目の高さに掲げると、金色が眩しい。

 そして思わず、こちらを眺めているリナンに顔を向けて、まじまじと瞳を覗き込んでいた。


 (……殿下の瞳より明るい緑色だけど、でも、きっとこれなら、……)


 リナンに助けは求められなくても、テトラを守ってくれるだろう。

 

 ふにゃ、と気が抜けて相貌を崩したテトラが、レヴィンスに伝える前に、リナンがネックレスを指差した。


「それでいい。買って帰る」

「えっ」

「かしこまりました。披露宴までに同じ宝石を使用した、揃いのイヤリングもご用意可能ですが」

「それも買う。請求は俺宛にハンバルへ回せ」

「へっ?」

「ありがとうございます」


 少々昂揚してさえ見えるレヴィンスは、テトラからネックレスを受け取ると、宝石箱に仕舞って立ち上がる。

 深く頭を下げて部屋から下がった店主に、テトラは目を丸くしながら、リナンに視線を戻した。


「あの、でん」

「時間かかりすぎなんだよ。いつまでウダウダ悩んでんだ?」

「うっ、それは申し訳ありません。で、でも! さっきのネックレスを見るまで、どれもしっくりこなかったんですよ!」

「何だっていいだろ、迷ったなら全部買ってやるよ」

「そういう問題でもなくてですね……!?」


 さらっととんでもない発言をされ、テトラは青い顔を引き攣らせる。やはり大富豪国の皇子は違う。生まれてから死ぬまで、テトラとは物の価値観が違いすぎる。

 リナンは肘置きに凭れ掛かり、盛大に溜め息をついて足を組み換えた。


「宝石一つで悩んだって、仕方がねぇだろ。お前が着飾ったところで、何も変わらねぇんだから」


 ヒュ、と。

 喉が不自然に鳴った、気がした。








 

 



 

 


 



 

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