第13封 デートであれば急接近①




「いつも言っておりますが、どうして殿下が、わざわざ城下に出なければならないのです。購入したいものがあれば、商人を呼ぶのが普通でしょう」


 四人座っても余裕がある馬車は、悠々と城下へ向かう道を下っていく。

 今日も絶好調に不機嫌なハンバルが、メガネを布で拭きながら苦言を呈した。

 リナンの隣に座って車窓を眺めていたテトラは、目から鱗で思わず感心してしまう。


「確かにそうですね。わたしも母国では買い物に出ていたので、考えが至りませんでした」

「貴女と殿下を一緒にしないでください!」

「リナン殿下はいつも、城に商人は呼ばないんです。何かと厄介な事もありますから」

「そうなんですか?」


 向かい側の席に座るシラスト曰く、他兄妹間で色々と派閥があり、商人一人呼ぶにしても、しがらみが付き纏ってくるらしい。

 リナンとて居住スペースに呼んだ方が、遥かに楽なのは承知している。しかし重い腰を上げてでも城下に出たほうが、後々面倒ごとに巻き込まれず自衛できると言うのだ。


 不仲な兄妹とは大変だと、テトラが目を丸くして聞いていると、リナンが大きな欠伸をして彼女に寄りかかった。

 腕も足も組んで目蓋を閉じる彼に、テトラは体重を支えながら視線を向ける。


「重いですよ、殿下」

「ウルセェな。眠いんだよ」

「また夜更かししたんでしょう? 膝枕ならいいですよ、肉付きが悪いので硬いですけど」

「んー……」

「こら!! なにを破廉恥な誘いをしているんですか貴女は!! 殿下もそこで本当に寝ないでください!!」


 キーキー騒ぐハンバルに、リナンは表情を顰めて片手を払った。

 臆面もなくテトラの膝に横顔をつける彼に、テトラは笑って指先で前髪をすいてやる。


 ギンゴー帝国に来て、一ヶ月と少し。

 今日は予定を調整して得た休暇を使い、リナンの付き添いで買い物だ。

 本当なら三人で良かったのだが、テトラが置き場所に困っていた宝石類の換金と、母国へ送金する手続きの為に、ハンバルにも付いてきてもらっている。リナンの資産は口煩いこの男が管理しているので、手続きも仲介が必要らしい。


 王家の紋章を隠したお忍びの馬車を使い、リナンとシラスト、そしてハンバルも、普段より楽な装いへ着替えていた。

 事前に設定を教わったが、どこかにある公爵家の子息と従者、という事にしているらしい。もちろんテトラは侍女である。


 行儀悪く窓枠に靴の踵をのせ、リナンが寝返りを打った。髪の毛が服に当たってくすぐったい。

 薄らと目蓋が開いて、テトラを見上げる白緑の瞳に、テトラもメイズの瞳を細めて笑みを返した。


 侍女業に従事して一ヶ月と少し。リナンはテトラが思う以上に、グータラであった。

 仕事以外の時間は日がな一日、本を読んでいるか、寝ているか、とにかく私室や執務室から外に出ない。テトラが用意する軽食も、うっかり目を離せば長椅子に寝転がって食べ始め、時折熱中して本を読んでいたかと思えば、簡単に食事も抜いてしまう。

 

 同年代で婚約者なのに、二人目の弟が出来たような気持ちである。まぁ実弟のルーヴァロは、働き者なのだが。

 なのでつい、姉目線の対応をしてしまいがちであった。


「ちょっと顔色が悪いですね。馬車酔いかな。停車したら少し風に当たって、飲み物を用意しましょうね」

 

 今も普通なら、甘い雰囲気を醸し出すところだろう。しかしテトラの対応はどう見ても、年下を相手取るような言い方である。

 リナンはやや微妙な顔でテトラの手を押し除け、しかし膝に頭を置いたまま顔を背けた。



 ◇ ◇ ◇



 莫大な資産によって潤う帝国は、平民の賃金も他国に比べて高いのが特徴である。

 それに加え、被服産業が盛んであることも後押しし、周辺国と比べて既製品の種類が豊富であった。平民も購入できる、比較的安価で仕立ての良い服が、数を揃えているのである。


 テトラは店内に並ぶ、仕事着という名のドレスたちに、目を輝かせた。


「すごい、こんなにいっぱい……!」


 華やかだが上品な型や、可愛らしいフリルやレース。刺繍も鮮やかに彩り、どれもが夢のように美しく心が躍る。

 城下でも珍しい、侍女や下女など、働く女の為に用意された衣類が並ぶ店内は、圧巻の一言であった。


 リナンの許可をもらい、嬉々として店内を物色して回る。

 個人の買い物など数年ぶりだ。どれもが新鮮で、目移りしてしまう。

 リナンは初めからテトラの買い物など、さらさら興味がないようで、奥まった場所にあるソファーに腰を下ろしていた。


 シラストは変わらずリナンの側に立っているが、ハンバルは流石に尻込みしたらしい。

 彼は、テトラが宝石を詰め込んだトランクをぶんどると、一人でそそくさと出ていってしまった。


 (どうしましょう、全部素敵だわ。お母さまも連れてきてあげたい! これも刺繍が素敵だし、こっちも布地に柄があって……)


 夢見心地で見ていれば、テトラはふと、足を止める。

 視線の先でトルソーが来ている衣服に、すっかり目を奪われてしまっていた。


 濃紺だが、パニエで膨らんだ裾の広がりが上品で、白い襟や袖元もよく映える。カフスは金のボタンが彩り、スカート部を背後から見ると、フリルが段を作る遊び心が可愛らしい。

 そして何より、胸元を飾る細やかなレースのリボンが、繊細で美しかった。


 (素敵……)


 思わず近寄りうっとりと眺め、生地を良く見よう手を伸ばす。

 しかしその手が届く前に、テトラは己の指先を見つめて、些か窮屈な現実に引き戻された。

 

 


 

 

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