第2封 金のなる皇子さま①



 アマリリス連邦で唯一、金鉱山を所有する国。ギンゴー帝国。

 世界でも名だたる大富豪国家で、その資産はナンフェア王国のうん十、いやうん百倍以上だと、テトラは試算している。


 第三皇子リナンも、同世代としてデビュタントに参加していることは、事前調査で把握していた。

 先ほどの会場でお近づきになりたかったが、まさかこんな場所で声をかけられるとは、夢にも思わず棚ぼたである。


「ご挨拶申し上げます、リナン・ナルツシード第三皇子殿下。ナンフェア王国第一王女、テトラ・オービスと申します」

「ああ、やっぱりそうか。会場にいねぇから探したぜ侍女殿下」

「まぁ申し訳ございません。それで、ご用命は……?」


 至極面倒そうな面構えなのと、侍女殿下というのは他国が噂する蔑称なので、あまり好ましくないのだが、探したと言われれば話は別である。

 テトラの小さな胸は、再び大いなる希望に満ち溢れた。

 デビュタントの会場、つまり半お見合い会場で探していたなら、そう悪い話ではないだろう。

 リナンが口を開こうとした時、背後の強面な近衛騎士に何事か囁かれ、ひとまず場所を移動する事になった。


 客人用に開放してある応接サロンに入り、窓際の席を陣取ると、リナンは気怠げな様相を崩さず、言葉を発する。


「侍女殿下に婚約を申し入れたい」

「やりましたぁ!! いえ、あの、ごめんなさい、まずは詳細をお伺いしても?」


 思わず両手もろてを上げて喜んでしまい、我に返ったテトラは咳払いをして、至極真面目な顔を取り戻す。

 皇子が座るソファーの後ろに立っている近衛騎士が、つい吹き出してしまったのだが、大目に見てもらう事にしよう。


 リナンの方はたいした感慨もなく、肘置きに頬杖をついて話を続ける。


「誤解されると面倒だから言うが、婚約といっても、侍女殿下に求めるのは伴侶としての役割じゃない。侍女としての待遇だ」

「……ええと?」

「ガキの時のトラウマがあって、複数の女を侍らせたくない。まとめて全部引き受けてくれる女を探していてな。侍女殿下が適任だと思って、声をかけた」

「トラウマ、ですか」

「簡単に言や、ブチ犯されかけた」

「赤裸々ですね!?」

「俺が悪いわけじゃねぇのに、隠す話じゃねぇだろ」


 いや、淑女相手には隠してほしいところだが。

 

 リナン曰く彼は幼少期、お付きの侍女だった女の不貞により、貞操を脅かされかけた。

 それゆえ、女嫌いとまではいかないものの、複数の異性を控えさせる事に抵抗があるのだという。

 そこで、自分の配偶者としても、侍女としても働いてくれる異性を探していた、と言うのが話の魂胆であった。

 

 率直に言えば、無茶苦茶である。

 声をかけた相手がテトラでなければ、扇子で乱れ打ちされていたことだろう。


 テトラは唖然としながらも、ふむ、と頷いて姿勢を正した。


「第三皇子殿下。ご存知の通り、わがナンフェア王国は害虫被害により、財政難に陥っております。わたしが精一杯、婚約者兼侍女として勤めたとしても、婚姻すればいずれ、殿下には王配となって頂きたい希望がございます」

「まぁ、だろうな」

「正直に申しますと、わたしは非常に、とっても、チカラいっっっぱい、このお話をお受けしたいのですが、殿下に対する旨みに乏しいのが現状です」


 リナンは金のなる皇子殿下だ。彼個人も金鉱山を所有していると聞く。

 そのおこぼれに与れるなら嬉しい限りだが、ナンフェア王国に政略的な旨みがない事も、また事実であった。


 眉を下げるテトラに、リナンは白緑の双眸を細めて、軽く片手を振った。


「政略の意図なんざねぇよ。俺個人の意見で、お前に婚約を申し込んでる」

「個人……」

「大富豪国の皇子なんざ言われるが、俺は所詮、第三皇子だ。臣籍降下して、高位貴族の口煩ぇ令嬢と結婚するか、他国に婿入りするだけ。父上も母上も、俺のトラウマには理解があるし、好き勝手する許可ももらってる」


 リナンの婚約条件をのめる高位貴族など、片手で数えられるくらいだろう。それでも彼は、何人か候補を上げていたらしい。

 その中で財政難とはいえ、小国の第一王位継承権を賜る予定のテトラは、現王妃の侍女役という立場も相まって、最優良物件だったのだ。


「それに侍女殿下としても、俺との婚約はそう悪い話ではないと思うけどな? 困っているのはお互い様だ。資金の提供は惜しまねぇ」


 さらりと揺れる前髪の向こうで、無気力にすら見える相貌が、テトラを見つめていた。──否、足元をみられていた。


 第一王女として、この婚約の良し悪しを考えれば、悪しである。

 ナンフェア王国が弱小国で、ギンゴー帝国が大富豪国だとしても、あまりに軽視されている。デビュタントの会場で、遠回しだろうが直接だろうが、嫌味を言ってきた他国と根底が変わらない。


 だがそれを踏まえても、ナンフェア王国には利点がわんさかある。王族の矜持など、明日の飯にもならないクソくらえであった。

 

「その通りです。リナン殿下のご意志とあれば、わたしとしても憂いはございません。ぜひとも、末長く、よろしくご支援お願い申し上げます!」

「じゃ、決まりだな」


 リナンはソファーの背にもたれると、数歩先にいるデビュタント主催国の使用人を呼び、紅茶の用意を言いつける。

 鈍色の短髪をした近衛騎士が、何事か言いたそうに視線を向けてくるが、テトラは微笑みを返した。


 色々、双方で話し合わねばならない事はあるが、ひとまず、デビュタント最大の目的は達成されたのである。

 帰って父母と弟に報告できると、テトラはウキウキしながら表情を弾ませた。


 



 

 

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