【$20kPV感謝!】この婚約は一攫千金です!第一王女侍女殿下の貧乏さらばな玉の輿婚

向野こはる

第1封 毛が生えた程度のドレス




 テトラの、大いなる期待に膨らんでいた小さな胸は、やはり見た目通り萎んでしまった。


 今日の為に、父と母が奮発して仕立てたドレス。

 柔らかなギャザーが寄った胸元に、袖と裾を彩るフリル。腰の切り替えから裾まで伸びるレースは、国イチの針子に頼んで縫ってもらった。

 だが、安価で手に入る生成りの布は、やはり全体的にぼやけた印象を残し、胸元を彩る宝石の数も少ない。

 せめて髪だけは、と意気込んで自ら結い上げたペールオレンジの髪も、周囲から見ればどうしたって見劣りした。


 テトラは柔らかなメイズ色の双眸に、落胆の色を滲ませる。


 (……まぁ、分かってはいたものの……、実際に目の当たりにすると、へこむわねぇ……)


 シャンパングラスに入った、薄らと色のついた果実水を揺らし、彼女は壁に寄りかかって周囲を見渡した。


 各国から主催国に集まった、デビュタントを迎える同世代たち。

 誰もが将来を見据え、人脈を作り、婚期に浮き足立ち、華やかな空間に溶け込んでいる。

 テトラもこの会場に到着した時は、強い意志を持って、映えある舞台に挑んだつもりであった。


 だがいざ会場に入り、この絢爛豪華なる集団を目前にして、流石のテトラも場違い感に戦慄した。

 

 目が合った異性は、まるで知らぬ存ぜぬと顔を逸らし、集団で扇子を構える同性たちは、内側で見下したように笑い合っている。

 先ほどなどわざわざ目の前にきて、随分だと笑われたものだ。

 

 こんな貧乏国筆頭王女では無理もない。

 テトラは自らを見下ろして、数えるのもやめた溜め息を吐き出した。





 テトラの故郷、ナンフェア王国は、財政難だ。


 元々痩せた土地であった場所を先祖が開拓し、細々と穏やかな王国を築いてきたのだが、近年、害虫による被害が多発しているのだ。

 外来種であることは間違いなく、どこから持ち込まれたのか分かっていないが、主要輸出品の穀物に大打撃を受けている。

 これにより輸出産業が滞り、他に大した郷土品がないナンフェア王国は、あっという間に国力が低迷してしまったのだ。


 それだけで? と思われるかもしれないが、王国の立場があまり良くないのが、一番の原因である。


 王国は、20近くの小国からなる、アマリリス連邦の一つだ。

 アマリリス連邦は自由貿易を謳っていて、その中で売り買いされるものは、関税が撤廃されている。

 慎ましい暮らしのナンフェア王国は、そもそも財源が少ないのだ。輸入に頼っているところもあり、この制度に非常にあやかっていた。


 だがこの関税の撤廃制度も、アマリリス連邦に所属しているからこそ。

 主産業が滞っている今、ナンフェア王国は連邦除籍の危機に直面しているのであった。





 国によって多少差はあれど、十代という若い未婚の男女が集まるデビュタント。

 連邦のデビュタントは他国と違い、裕福な主催国に方々から人が集まり、連邦全体として祝福されるのだ。つまり、大規模な社交場も兼ねている。

 商談や密会に限らず、婚約者探しも、新たな成人たちの大事な仕事であった。

 

 適齢期のテトラも例に及ばず、貧しい自国を立て直すべく、玉の輿婚を狙って意気揚々と参加した一人だ。

 だが冒頭通り、彼女はすっかり出鼻を挫かれてしまった。ナンフェア王国が財政難であると、他国に知れているのも要因が大きいだろう。


 それにテトラは第一王女。王国は王位継承権に性差がないので、順当にいけば彼女が女王になる。

 わざわざ貧乏王国に婿入りし、細々とした生活を強いられたいと思う、奇特な異性は少なかった。


 テトラはひとまず、デビュタントでの婚約者探しを諦め、会場を出る事にした。

 給仕にグラスを返しつつ、品の良いお仕着せに、ほう、と感嘆の息をつく。


 (裕福な国家は、やっぱり違うわね。さっきのグラスも曇り一つないし、配膳の配慮も行き届いている。置いてある調度品も趣味がいいわ。シャンデリアも埃っぽくない。それになんて侍女服が可憐なの! わたしのドレスより立派だわ!)


 王座の脇に控えている侍女たちは、主催国の王妃の配下だろう。

 深みのあるアイビーグリーンを基調としたドレスだが、けして老けた印象を与えず、金色が縁取る裾や襟元が清楚で美しい。

 所作一つとっても気品に溢れていて、テトラは横目に見ながら会場を後にした。


 (婚約者はひとまずとして、給仕や侍女の様子は勉強になるわ。しっかり目に焼き付けて帰らなくちゃ!)


 テトラは気持ちを切り替えると、表情を明るめ、邪魔にならぬようそっと様子を見て回る。


 ナンフェア王国でのテトラは、第一王女でありながら、半分は王妃付き侍女だ。

 地味な侍女服で駆け回り、炊事洗濯、掃除や買い出しまで行い、時には付き添って父母と共に出掛けていく。


 第一王子である弟は、国王を補佐する宰相の真似事をしているし、父母も自分で出来ることは全て自分で行っている。

 特に父は料理が得意なので、公務が立て込んでいなければ、家族に手料理を振る舞ってくれていた。

 ちなみにどれも絶品である。

 

 本来なら王族としてあるまじき振る舞いだが、少しでも節約し浮いた金を、民の生活に役立てたいのだ。王家に金がなければ、経済を回すことも出来ない。

 それに実際のところ、害虫被害によって人の流出が後をたたず、王族の侍女や使用人に相応しい人材が居ない、という事も関係していた。 


 暫く歩いていたテトラが、夜空の下に揺れる中庭を見つめ、植木の剪定について考えていた時だった。


「お前がナンフェア王国の、殿か?」

「はい?」


 突然、横から声をかけられ、テトラは顔を上げた。

 そこには、柔らかで深いセピア色の髪の男が、近衛騎士を引き連れて立っている。

 癖のない、さらりとした長めの髪に、気怠げな白緑びゃくろくの瞳が目を引く美丈夫だ。

 テトラは息をのんで目を見開き、しかしハッと気がついて、慌ててドレスの裾を持ち上げる。


 この顔、このあらゆる方面に面倒そうな態度、間違いない。

 連邦内でも大富豪と名高い、ギンゴー帝国の第三皇子、リナン・ナルツシード。


 婚約者になりたい候補筆頭の、一攫千金皇子殿下である!


 

 


 

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