敗北の意味とは

 結局俺はその後築いたリードを食い潰し、大集団プロトンの最後方にぶら下がってのゴールとなった。

「優勝はスプリントでメルクスを下したベルナール! ツール・ド・フランドルの歴史上初めての、黒人の勝利です!」

 フランス語、オランダ語、イタリア語、スペイン語、最後に英語で繰り返されるアナウンスが、弔いの鐘のように俺の脳を揺らす。

「な、東郷? だから言ったろ。勝負所まで脚を温存しておけば、こんな無残な負けはなかったんだよ」

 チームの中では俺以外に唯一完走した三浦が、得意げにヘラヘラ笑って肩を叩いてきた。確かに着順すうじだけ見ればこいつの方が俺より上だ。

 だが。

「2位は負け犬リストの筆頭」

 それが自転車ロードレースの鉄の掟。レースで何をするでもなく、ただ走っただけで得た中途半端な結果まけには何の意味もない。

 そしてその掟は俺にも跳ね返ってくる。

 序盤から先頭に加わり続け、勝負所コッペンベルフまで生き残ったとはいえ、結局は集団に飲み込まれての無残な負け。そんな走りレースに目を留めてくれる、どんな一流メジャーチームもない。

「自転車の女神は勝者と敗者を等しくたたえる」

 シーズン納めのメジャー・レース、ジロ・デル・ロンバルディアではそんな言葉が伝えられている。

 そんなのは嘘だ。敗者を称える、どんな言葉も自転車競技このせかいにはない。勝つ者だけが、戦える者だけが生き残り、栄誉と富を得て、負けた者、戦えない者はひっそりと消え去っていく弱肉強食の生存競争。それがこの競技の真実だ。

 勝者ベルナールを称える歓声に背を向けて、俺は背中を丸めて会場を後にした。

 今日、俺は死んだ。チャンスをつかめなかった。

 これでまた当分は格式の低いレースでもがき続ける日々が続く。底辺での戦いに目を向けてくれる物好きな一流メジャーチームなんて、一体どこにいるだろうか。

 あるいはこんなチームでは、そこでさえ満足な結果を残せない可能性だって、大いに考えられる。

「君はまだ若い」

 そう言って慰めてくれる人はいるかもしれない。だが俺にしてみれば、ひとつ負けるごとに、残された時間は少し、また少し、確実に削り取られていく。自分が成長途上でいられるうちに、果たしてあとどれだけこんなチャンスが巡ってくるか。あるいは夢を果たせぬまま、俺の選手寿命は尽きてしまうのではないか。

 先の見えない明日が、またやってくる。

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