第3話
「あ、え!? はい! 九榎でし!」
なんという奇跡! グループごとの会話になっているクラスの空気からこんな風に声をかけてもらえることになるなんて! この奇跡があるなら思わず言葉を噛んでも気にしない! それよりもこれからの会話が重要だから!
「ごめんね、急に声かけて」
急な声のトーンの高さに挙動不審な印象を与えてしまったかもしれない、という焦りが更に挙動不審を呼ぶ。それに対して近付いてきたクラスメイトは思っていた以上に冷静だ。
「あ、いや、急どころかいつでも声かけてもらって大丈夫です。準備運動もしていますし!」
完全にやらかしている。なんだよ準備運動って。自分が変な言動になっているのはわかっている。わかっているけどこうなのだ。人付き合いに慣れていないのでろくな会話の返し方が出来ない。声をかけてくれた女生徒は僕の目の前の席に座って、それに気づいた時にチャイムが鳴る。
「せっかく前後の席になったから」
と、やや引いた様子ではあるけどその子は微笑んで僕にそう言ってくれた。
「さっき自己紹介で凄い放心していたからちょっと気になって。私の名前わかる? 自己紹介さっきしたんだけど」
あ、やばい、全然覚えていない。血の気がひく。
「あはは、放心状態だったもんね九榎君。私、
でも幸運なことに木野瀬仁美と名乗った彼女からは悪意とか敵意とか見下しの感情は見られなかった。
純粋に交流をしようという合図としてのあいさつ、そんな言葉をかけてくれていた。
「あ、ありがとうございます。き、木野瀬さん」
人と会話をするのが久しぶりだったものだから僕の声は震えていたし、吃っていた。でも、今日学校へ登校して初めての人付き合い、交流らしい交流の糸口だったと思う。
「あはは九榎君緊張しすぎだって! 私も緊張してるのに、逆に冷静になっちゃうよ」
さっきまで色々な意味で伊橋さんで頭がいっぱいだったものだから対照的とも言える木野瀬さんの雰囲気に僕は思わず癒されてしまう。
この学校の制服の黒塗りのセーラー服に身を包んで、髪は肩ぐらいまででしっかりと整えられている。落ち着いた印象だけど、今少し話しただけで彼女は僕みたいにキョドキョドしているタイプではなくて、初対面の人と丁寧に会話の出来る真っ直ぐな人だと僕は思う。
「そ、それは何よりです」
「まぁ、一ヶ月くらいはこの席順でウチのクラスはやっていくみたいだからよろしくね」
ありがとう。木野瀬さん。今のやりとりだけで家に帰ったら大反省会しそうな受け答えだけどそれでも今日人と関われなかったと頭を抱えることだけは回避できました。ありがとう、ありがとう、ありがとう……。
そんな話をしていると教室にまた先生が入ってくる。今日は基本的にガイダンスがメインの一日になりそうだけど、何事も最初が肝心だ。入学前の資料だけではわからない雰囲気のようなものを知るチャンスだ。僕もようやく調子が戻ってくる。
でも、先生が何かを話す中、僕の視線は右斜め前。僕が最初に声をかけた彼女、伊橋朱音さんを見てしまう。いつの間にか教室に戻っていて、淡々とした様子で授業を受けている。彼女は休み時間、一体何処にいたんだろう?
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