第2話
その会話の後の僕はもう完全に抜け殻だった。勇気を振り絞ってコミュニケーションの全力投球をした結果、完全な大暴投。友達を作るどころか真っ当な会話すら成立しなかった。もしかしたら彼女は中学校からの友達グループがいて、新たに友達を作る気なんてサラサラなかったんじゃないだろうか。それともあれだけオーラがある感じだ、鼻っから一人でも孤独なんて感じないタイプなのかもしれない。
僕は自分のクラスである1年2組の教室に行って、名前順に配置された席で自分の席を見つけて座って完全に放心状態に突入。あまりの放心状態に「よっしゃ話しかけてみようかな」と人に思わせるようなオーラはちっとも出ていなくて、僕の周りだけが新たな人間関係構築に勤しむ始末。何やら皆に演説するように話している人もいるけど僕の耳には届かない。
僕は「この人は別に友達とか作ろうとしていないのかな」と思われるようなテンションで自分の机にあった落書きをじっと見つめて高校デビュー失敗に「ふへへ」と自虐的な笑みを浮かべて人からドンドン浮きまくる。そろそろ成層圏に突入しそう。
さっきの彼女は何だったんだろう、と他のことを考える気にもなれなくて繰り返し考えようとする。僕の頭は完全にショートしていて「何だったんだろう?」→「何だったんだろうなぁ」みたいな繰り返しをするだけでただ時間が過ぎていく。
そんな風に過ごしているうちに担任の教師がやってきて生徒たちの自己紹介の時間がやってくる。
「じゃあ出席番号順に自己紹介をお願いします」
そうメガネをかけた教師が言う。
よおし、ここからだ。僕は気を取り直す。そうだ! そうなのだ! これまでは前哨戦。学校の全ての人間関係はクラスでの自己紹介、ここから始まると言っても過言ではない。むしろこれまではコミュニケーション強者によるボーナスタイムでしかない。公式戦はここからだ。僕のような人付き合いに慣れていない人間はここから始めるべきだったのだ! 入学式に全てを賭けていた僕は当然のように自己紹介も数週間前からバッチリ用意。「初めまして。九榎悠です。趣味は映画を見ることだけど小説とか漫画も好きです。高校入学をきっかけにスポーツでもなんでもチャレンジしてみたいと思っています。友達が欲しいのでみなさんぜひ仲良くしてください」これだ! 僕はどちらかというと文化系の人の方が仲良くなれそうなので自分の趣味を出しつつ、運動にも興味があることをアピールして運動系の部活に興味があるけど、全国大会を目指しているわけではないくらいのクラスメイトから「良かったら、一緒に体験入部してみようぜ?」と声をかけやすくする取っ掛かりを用意! そして友達が欲しいとストレートに自分の気持ちを言ってダメ押しをしていく!
中学三年間を孤独に過ごした結果、辿り着いた一つの真理――素直だ。素直こそが最強。素直は神。素直に生きることこそが遠回りのようで楽しいスクールライフへの最短の道なのだ……。と気を取り直そうとしていると教師の言葉を受けて僕から見て教室の右端の席の生徒が立つ。
再び、僕の思考は停止する。入学式の後、僕が声をかけた少女がそこにいた。
「伊橋朱音です。よろしく」
そう一言。彼女は誰にもリアクションをされずに次の生徒の自己紹介へと移っていく。
「ええ!?」
思わず声をあげる。
教室中の視線が集まる。そのうちの一つの視線は今の彼女のものだ。
さっきの鋭い視線とは打って変わってまんまるのギョッとしたような瞳で伊橋朱音と名乗った彼女は僕を見ていた。
いやどう考えても特殊なオーラを放つ彼女をスルーするのはこのクラス胆力がありすぎだろ! この簡素な自己紹介は却って目立つだろ! と全員にツッコミを入れたくなるけど、その伊橋さんの視線も相まって僕は何も言えなくなる。
「あ、いえ、うへへ、シ、シャーペン落としてしまいましてうえへへ」とキョドりまくってクラスはなんとも言えない空気になる。
教師の僕のリアクションに変に触れないという善意によってその後の自己紹介は滞りなく進んだけど僕の頭は真っ白フリーズ状態。用意していた自己紹介は盛大に吹っ飛んだ。名前は言えた気がするけど「友達が欲しい」という最重要の言葉すら言い忘れてしまって僕はさっき以上の燃え尽き状態で自己紹介タイムを経過してしまった。
その後のガイダンスはよく覚えていない。ただわかることは休み時間になって、クラスメイト達がいくつかのグループになる中で僕は何処にも属していないということだった。体育会系、文化系、特にどっちと決めているわけでないけど集まれる系、そんな人たちのグループがある中で僕は完全に一人になってしまった。
どうしてこんなことに!
そして僕は教室の真ん中あたりに位置する自分の机から、右斜め前を見る。伊橋さんの席。休み時間の今、彼女の席には誰もいない。彼女もまた何処のグループにも所属していなかった。
でも、僕と伊橋さんは違うと思う。集団に属することに失敗した僕と、きっと自分から属すことを望んでいない彼女。それは天と地ほど違うと思ったのだ。
「ねえ、九榎君だったっけ?」
次の休み時間はトイレにでもいって暇を潰そうかな、そう思っていた時、僕にかかる声があった。
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