どうしてそうなったんだよ その2
「あ、いたいたー!さっきのやつ、やっぱむぐっ」
「
「だからその話はうちらだけでやるって言ってるでしょ!」
「……アウトじゃね?」
「いや大丈夫だっていけるいける」
「自分の妹を信じろ」
なお、先程盛大に妄想を炸裂させていた少女漫画が大好きらしい子は、それはもうニコニコ笑顔だったが。ある意味二人の生死を握っている緑の妹は、冷静に暴走者を止める方にまわっていたし、何より彼女はむしろ二人が付き合っているのでは?という意味不明な方向性で邪推をしてきていたので、緑が危ぶむような方向性の勘違いをすることはないだろう。
……別の意味で、危険な気はするが。
しかし、この状態の緑はそれなりに面倒である。果たしてどうやって緑の追及から逃れるか、と青仁は頭を回していたのだが。
「そう言うけど、元はと言えばあんたらが悪」
「ねえお兄ちゃん、あとちょっとで、波のプールで波が始まるんだって。みんなで一緒に行こうよ」
「よーし聞いたかあんたら!何ぼさっとしてんだよさっさと行くぞ!!!」
タイミングバッチリな緑の妹によって、熱い手のひら返しが行われた為、考える必要がなくなった。流石緑、お前そういう男だよな。
「……ねえ、なんかあの子一瞬俺らのこと見てなかった?」
「都合の悪いことは積極的に見なかったことにしていけ」
……まあ、正直二人からすれば、緑の妹が緑に声をかけた直後、ちらりとこちらに目配せしてきたことの方が気がかりなのだが。彼女の中で一体どんな盛大な誤変換が行われているのか定かではないが、とりあえず触れたくないので思考を「波のプール楽しみだな〜!」と平和な方向へと無理矢理吹き飛ばした。
そんなやり取りを経て辿り着いた、奥に行くにつれ水深が深くなっていく、実際の海と同じ構造をした波を発生させる装置がついているプールは、これからイベントである波の発生が起きるからか、人でごった返している。そんな中、浮き輪を構えて青仁たちはずんずんと奥へ向かっていった。
「ちょっと待ってそんな奥に行くのか?!俺が流されちゃったらどうするつもりなんだよ?!」
「お前の身長なら波が来ても足がつくって、何回言ったら理解できる訳?つかこれもさっきから言ってるけど、いざとなったらオレらで助けられるし」
「足がついても怖いもんは怖いんだよ!あとあんたらに助けられるのもなんか嫌だ!」
なお約一名程無様に抵抗している緑がいた気がするが、きっと気のせいである。ゴツい浮き輪を装備しているのだし、自分から来たのだから潔く諦めた方が良いと思う。
「萌黄のお兄さん、見た目はかっこいいけど……なんか、情けなくない?」
「そうかも」
「萌黄?!」
なんて、青仁が思っていると、女子小学生達の心無い一言により、ビビりが一瞬で黙らされる。流石妹、緑の扱いを熟知しているようだ。頼もしい限りである。これのせいで先程の発言がどうにも二人を庇ったようにしか聞こえなくなってしまったことを除けば、だが。
「よーし浮き輪にも乗ったし、準備万端だな!お前もしっかり掴まっとけよー」
「わかってるって。てか俺も波乗りやりたいし、あとで絶対交代しろよ?」
「あったりまえだろ!」
流石に人が多過ぎて一番波が激しい地点まではいけなかった為、それなりの奥にまで辿り着いた後、体勢を整える。
こちらには青仁がレンタルしてきた浮き輪ひとつしかない為、交代制ということになった。とちつことで、梅吉がボード型の浮き輪に寝そべっている脇に、転覆しない程度に青仁がしがみついている。
「よ、よよよよく考えたらあんたらがいるんだから、俺陸地にいればよかったじゃん!なんで俺素直に中まで着いてきちゃったんだよ?!」
「あやっと気づいたんだアホ」
「お前絶対誤解をどうにかしようと考えるのに必死で抜け落ちてたんだろ馬鹿」
「気づいてたらなら言ってくれね?!」
なお緑が完全に今更過ぎる発言を発しているが、取り合う気はない。情けない悲鳴に応じてやるような慈悲はない。友情ってそういうものだろう(偏見)。
「くっここから脱出するには……!」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「なっななななななああああああんでもななななななあああいよ?!?!なっ波のプール楽しみだな!な!」
それでもどうにか逃走手段を探していた緑であったが、何も知らない無垢な妹の発言を受け、自ら退路を塞いでいった。愉快である。
「あいつって妹絡むとあそこまでバグるんだな。おもろ。今この場にスマホがあれば録画したんだけどなー」
「わかる。クラスL○NE辺りに流して遊びたい」
「あんたらそれ盗撮って言うんだぜ知ってっか?!」
誰だって、いじられキャラのくせに普段案外飄々としている奴が思いっきり挙動不審になっていたら、面白がって他人に共有しようとするだろう。つまり二人は悪くない。高校生として正常な反応である。
「何言ってんのかわかんねえなあ!お、波始まるみたいだぜ」
「いよっしゃー!」
さらりと緑の発言をスルーした二人は、波の発生源である奥の装置が動き始めたことに意識を向ける。ついにメインディッシュが始まるのだ、と期待に胸を躍らせていると。上下に動き、盛り上がった水は波と化し、コースロープをぶわりと持ち上げ、ついにこちらに向かってきた。
「えっ待ってくれよなんか俺が思ってたより全然波強くないかこれ?!」
「当たり前だろ、波乗りごっこができるぐらいに波が来なきゃ意味ないんだから」
「ちょっと待てうわー?!」
「うおおおおお!」
「うわ勢いすっげえ!」
どおん、と来た波に揺られ浅瀬の方へと押し戻される。そしてよりにもよってその第一陣で、運が悪かったのか緑が大分後方へと流されていった。流石緑、一切抵抗できていない。もうちょっとどうにかならなかったのか。
「緑……お前の犠牲は忘れないよ。三秒ぐらい」
「脱落が早すぎるだろ。小学生ズの方が全然元気じゃん」
雑に手を合わせる梅吉の脇で、視線を少し遠くに向ければ、女子小学生たちが波を前にきゃっきゃと揺られている。彼女たち以下とは、流石運動神経クソ雑魚具合に定評のある緑だ。
「ま、どうせ足つくんだし、浅瀬のほうに行く分には安全だろ。オレらはオレらで楽しもうぜ」
「だな」
「いやにしても波大分激しいな〜!前来た時もこんなんだったっけ?」
「わかんねえけど楽しいから良し!」
「だな!」
さして気にするべき話でもないと、雑に話を流す。しかしこの雑さ加減が妙なフラグをたてたのか、それとも単に青仁の間が悪かったのか。
「……あれっ?!」
背中で結ぶタイプの青仁の水着は、今までの激しい動きによりその結び目がほどけかけていたらしく、追い打ちをかけるような波のせいでらほろりと解けてしまった。
そしてここは波のプール。一旦外れてしまった水着は、波に流され瞬く間に遠くへと行ってしまう。
「青仁どう……は?!」
「……ッ」
青仁の悲鳴を聞き付けて、梅吉がこちらに視線を向け……流石と言うべきか、その視線は完全に青仁の露出してしまった乳房へと固定された。青仁の頬にさ、と朱が点る。
反射的に動いた手はどうにか胸元を隠そうとするも、たっぷりとした巨乳にはさして効果はなかった。むしろ、自らの柔らかいそれに指が食い込み、むにゅりと変形する様と、抵抗しているそぶりも相まって、余計に背徳感と羞恥と認識したくない情動が強まる。そのせいでらパニックが頂点に達した思考は使い物にならず、ただ混乱を露呈していく。
しかし、当の梅吉は思いの外冷静だった。
「……お前は肩ぐらいまで水に浸かっとけ。見えてるのが肩だけだったらぱっと見オレみたいに肩出しの水着に見えるだろ。オレは探しに行ってくるから、浮き輪は任せた」
目の前の美少女の姿をした友人は、真顔どころか、むしろ若干不機嫌そうにすら見える。その様子は、青仁の思考から現状への危機意識と羞恥を吹き飛ばしてしまうには、充分で。
「……えっ」
目を大きく見開いて、梅吉を凝視する。信じられなかった。お前、本当に梅吉なのか?と場違いな感想すら浮かぶ。だって、これはない。
もし逆の立場だったら、おそらく青仁は理性と本能を戦わせた後本能が勝つ為、暫くガン見した後死ぬ程慌て始めるだろう。平静なんて、保てるわけがない。そしてこれは当たり前だが、梅吉にも言える事である。
「確かあっちの方だよな?」
それなりに相手のことを知っていると認識している友人の不可解な言動に、青仁の思考は混乱に困惑を重ねていく。お前なんか変なものでも食った?と場違いにアホみたいな問いすら浮かぶ。しかし、時間は待ってくれやしない。
「……大丈夫か?黙ってるけど」
「……だ、大丈夫、だから。それよりあの、多分梅吉が言った方向であってると思う、から」
茫然とした様子で突っ立っている青仁を案じる様に、梅吉が声をかける。流石にそれに返事をしないと余計に怪しまれると思って、とにかく場を受け流す為だけに、停止しかけていた頭を回し、言葉をひねり出す。
「わかった。行ってくる」
温度のない生真面目な言葉を最後に、梅吉は浮き輪から降りてこちらに渡し、波に逆らうように泳ぎながら、流されてしまった青仁の水着を探しに行く。その一瞬、ちらりと青仁の胸元に視線を向けられたことに、いつも通りだと妙な安堵を覚えてしまう程に、青仁から見た現状の梅吉は異常だ。
言葉通り、梅吉は青仁の水着を取りに行ってくれているらしい。人混みに紛れていくその姿を、青仁は呆けた面で眺めていることしかできなかった。
だってこれは、明らかにおかしいだろう。特になんで奴が苛立っているのかがまるでわからない。むしろそこはちょっとテンションが上がったりするものではないのか?しかし実際の梅吉は、それの真逆を行くような冷静さを保っている。正直、まるで理解できない。いっそ一言ぐらい、こちらを揶揄う言葉でも言ってくれた方が安心できる気がする。友人から向けられる劣情に安寧を覚えたくはなかったが、それ程までに今の青仁は混乱しきっていた。
淡々と、ひどく不機嫌そうに効率を突き詰めて動く梅吉は。青仁の知らない友人の姿そのものだったから。
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