どうしてそうなったんだよ その1

「いややっぱここのスライダーは最高だなー!めちゃくちゃ種類あるし!」

「正直もう一周したい」

「だよな。この後時間あったら行くか?」


 最初の交渉通り、梅吉と青仁は女子小学生達と一緒に一通りウォータースライダーを堪能し終えた。二人の前方では、同じように彼女達も楽しそうに話している。


「行く行く。そしたら俺、今度こそチュービングのやつでちゃんと前に座るから」

「あ?許すかよオレはまだお前の乳を堪能し終えてねえんだよ!」


 とはいえこの通り、浮き輪に乗って滑るタイプのスライダーで色々とあったのだが。具体的に言うと、二人乗りの浮き輪でどちらが前に乗るかで揉めたのである。

 前に乗っている人が後ろに乗っている人にしがみつく、という構造から、前に座れば相手の乳房を己の背中で味わえるのでは?という終わっている発想にどちらともなく行き着いてしまったので。


 とはいえこの通り、このしょーもない争いの勝利は「早くしてくれませんか?」と圧をかけてきた係員のせいでなあなあになった結果、梅吉にもたらされてしまったのだが。

 そして青仁は全力で背を逸らし、どうにか奴の背中に胸を当てずに済まそうと必死になり、対する梅吉は全力で背中を倒し胸に押し付けてくるとかいう最悪の絵面が展開された。正直スライダーの楽しみ方として完全に間違えているとしか思えないのだが?スライダーを純粋に楽しめなくなるとか、やはり性転換病は悪でしかないのでは?


「は?あれで十分だろ次は俺の番だっての」

「冷静に考えて欲しいんだけどさ、おっぱいを堪能することに十分って概念とかあるか?ないだろ?むしろ一生かかったって堪能しきれないものじゃないか?」

「それとこれとは話が別だろ」

「ちっ騙されなかったか」

「この程度で俺を騙せると思うなよ!」


 ふふーん、と胸を張りながらドヤ顔を浮かべる。梅吉が長文でなんか頭の良さそうなことを言っている時は、十中八九バカの理論を振りかざしているだけなのだ。青仁もよく同じことをやるから、その辺りはよく理解している。


「お前そういうとこでアホ面しちゃうから、お姉さん系美少女が台無しになってる訳だけど、自覚ある?」

「はあ。もしかして今俺遠回しにアホってdisられてる?後お前も台無し具合は似たようなもんだと思う」

「いやお前よりはマシだっての」

「じゃあ今その手にあるのは何なんだよ」


 じとりとした視線を、梅吉の手元に向ける。先程スライダーを終えた帰りに、小腹が空いたし何か食べたいな、ということで女子小学生たちを連れて売店に寄ったのだが。そこで購入された産物は、当然のように大問題だった。


「は?フランクフルトだけど」


 なにせフランクフルト(やけにデカい)(五本)(既に一本棒だけになっている)なので!


「そうだなフランクフルトだな!でもちょっと本数がおかしいと思うんだよ!これ間食だよな?昼飯じゃないよな?」

「当たり前だろ。何言ってんだ」


 これでフランクフルトが一本だけだったら、棒状のものを咥えている美少女というちょっとした背徳感が漂う感じになってくれる気がするのだが。残念ながら、五本も抱えてたらギャグにしかなり得ない。アホエロとはアホとエロの塩梅がほんの少しでも崩れてしまえば成立しなくなってしまうものなのだから。過ぎたるは及ばざるが如しという言葉は、きっとこの手の状況に用いるために生まれたのだろう。


「なら当たり前のようにフランクフルトを五本注文し全部自分の分として受け取っているゆめかわ系美少女を見た時の売店のおねーさんの反応を思い返してみろよ!」

「あんなにギョッとした目で見ることないと思うんだけどなー」


 何故こう言う時だけ、奴は完全に素で不思議そうにしているのだろうか。正直青仁からすればそっちの方が不思議でたまらない。アホと言われがちな青仁ではあるが、梅吉も大概なのではないか。


「てか、オレのフランクフルト事情はどうだって良いんだよ。青仁、気づいてるよな?」

「お前のフランクフルト事情は結構重要なんだが?……まあそりゃあ、あそこまでわかりやすけりゃな」


 普段ならば話を逸らすな、と噛みつくところだが。残念ながらそうもいかないことに二人は気がついていた。


「あれナンパだよなー……見えねえのかなあ明らかに小学生連れなの」

「関係ないんじゃねーの?多分。こう、小学生だけで遊べるだろうし、子供のお守りなんて退屈でしょ?俺らと一緒に遊ぼーよー的な」

「あーうん。オレだったらそういうこと言うかもしれない。否定できない」


 二人の後方に、先程からちらちらとナンパの機会を狙っている男達がいる事に。


 まあ、正直それ自体はなんら不思議ではない。むしろ今までよくナンパされなかったなと言うべきだろう。というか、少し小学生達と距離を置き、緑がトイレに行っており不在なだけでこのザマか。わかっていた事だが、美少女と化してしまった己の外見は凄まじい。


「どうする?女子小学生の群れに飛び込んでったら逃げると思う?」

「あー……どうだろうな?それで逃げなかったらあの子達を巻き込む事になるし、下手に巻き込んだら、それこそオレらが緑に殺されないか?」

「あそっか俺ら緑に殺される可能性も考えなきゃなのか。うっわめんどくさ!」

「むしろナンパより緑の方が怖いまであるだろ」


 それだけ、妹が絡んでいる時の緑は恐ろしいのである。具体的には、仲の良い女の子が二人っきりで話し込んでいるところに、男子が無遠慮に話しかけてきた時の一茶と同程度だ。それ程までに、妹が絡んだ途端奴は特級の危険人物と化す。


 ちなみに食が関わるとお前ら二人も大概危険人物だよな、的なことが以前同学年の男子が全集合しているグループL○NEで話題になっていた気がしないでもないが、きっと目の錯覚である。


「どうすっかなあ……オレもまだ死にたくないし……って、あ」

「どうした?って、お」


 梅吉が声を上げた方向に、反射的に視線を向ける。そして梅吉が何を見てそのような反応をしたのか、青仁は一瞬で理解する事になった。


 二人が視線を向ける先は、ちょうど前方である。もっと言えば、話題の人物が向かったトイレに近い場所で。話題の人物こと緑が、梅吉が好きそうなえっちなおねーさん達に絡まれていた。


「──青仁。オレが今から何をしようとしているのか、当然理解してるよな?」


 逆ナンを視界に入れながら、自分好みの美少女フェイスから、ロクでもないことを考えている時の凶悪な笑みが出力される。

 無論、青仁の返事は聞かれるまでもなく決まっていた。


「あったりまえじゃん。お前と何年つるんでると思ってんだ、俺を舐めるなよ」


 この手の状況で梅吉の言外の意図を読み、合わせることなんて青仁には造作もないことである。梅吉と同じように、お姉さん系美少女の顔面から繰り出してはいけない類の笑みを浮かべて。


「おーい小学生ズ、ちょっとオレらあそこで絡まれてる緑を助けに行ってくるなー!」

「そういうことだから、気にすんなよー!」


 前を歩く女子小学生達に一声かけた上で。二人はビーチサイドを他人様のご迷惑にならない程度に全力で走り抜ける。無論、目的地は決まっている──奴の、両脇だ。


 つまりは左サイドで青仁が、右サイドで梅吉が、がっしりと奴の横を固めた。この時点で、二人が何故阿吽の呼吸を見せたのか、一目瞭然であろう。すなわち。


「も〜緑くんってば〜!おっそ〜い!フランクフルト、せっかく売店で買ってきたのに、食べ終わっちゃうとこだったよ?」

「そうよ。全然戻ってこないわねって思ってたら、こんなところで油を売っていただなんて。私達、あなたの言うことを聞いて大人しく待ってたのに」


 緑を二股クソ野郎に仕立て、二人に目をつけていたナンパ野郎と緑に絡んでいるおねーさん達、双方をどうにかする作戦である!


 決して緑の隙を見つけたから、面白そうだし突撃してみようとか、そんなことは思っていない。いや嘘、七割ぐらいは思ってた。残り三割は純粋に両方解決できて一石二鳥!って思っているので、許して欲しい。

 突撃された緑は、大きく目を見開いたままフリーズしている。奴にしては珍しい反応に、二人は調子に乗った。具体的に言えば、奴の腕に自分達の腕を絡めて。


「この後は〜わたしと一緒に、流れるプールに行くって話だったじゃん。ね、行こ?」

「違うでしょ?私と二人っきりで、あっちにある波が起きるプールに行くのよね?緑のことだから、忘れているとは思わないけど……」


 双方ともに彼氏にねだる彼女のような、なんかそれっぽいムーブで緑を責め立てた。当然、相手方からすればそんなことをされてフリーズしている緑は、ただの二股クソ野郎でしかない訳で。


「ちっ彼女持ち?てか二股?うわ無いわ〜」

「こんな奴放っておいて別のところ行こうよ」


 ゴミを見るような目で緑を見放し、梅吉が好きそうなおねーさん方は去っていく。ついでに周囲を見渡せば、二人を狙っていた輩も姿を消していた。これにて、ミッションコンプリートである。


「くっそオレはあんな可愛いおねーさん達にナンパされたことなんかないのに……!緑テメエ……!じゃなかった、助けてやったんだから一食ぐらい奢ってくれたりしても良いんだぞ?」

「取り繕えてないぞお前。そういうこと言われるとお礼言う気失くすんだけど?」

「緑元気そうだね。ちょっとぐらい俺らにその逆ナン分けてくれたって良いんじゃない?緑の爪の垢煎じて飲んだらいけるかな……いやその程度じゃ足りないから爪剥ぐか」

「秒でB級ホラーに走るのやめてくれないか?」


 ようやっと動揺から帰ってきた緑が苦言を呈す。折角助けてやったと言うのに、素直じゃない奴である。まあ青仁も多分逆の立場だったら、緑と似たようなことを言うだろうが。


「……まあ、死ぬほど腑に落ちないけど助けてもらったのは事実だしな。……ありがとう」

「男のツンデレってこの世で一番需要なくないか?」

「しかも緑だしな。マジでいらねえ」

「あんたら真面目にやったら死ぬのか?!つーかそんなことはどうでも良いんだよ、妹たちも一緒にいたんだろ?さっきの見られてたんじゃないか?……なんだその目は」


 結局真っ先に心配するところがそこなのか、と二人が呆れた視線を送っただけだったのだが。流石緑、一切ブレない。でもそこだけは絶対もう少しブレというか、幅を持たせるべきだったと思う。


「オレらもお前に殺されたくないから、ちゃんと緑を助けてくるって言ってるっての」

「ならまあ……大丈夫、か?本当に?」

「念押しされたところで、最終的な判断はできねえよ。俺よりお前の方が詳しいんだから」

「そうだけど、俺だって妹の全てを把握できてる訳じゃないし。いくら兄妹だからって、たとえば学校に行ってる最中の事とかはもうどうしようもないからなあ」


 真っ当なことを言っているように聞こえるが、「実の妹のことが好きなのに、他のやつに興味があると思われたくない」という話題なので何もまともではない。

 緑がぐじぐじとやっていると、女子小学生たちがこちらに追いついた。

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