盛り上がったから仕方ない
「なんでオレら、プール入る前からこんなに疲れてんだ?」
「それな……まさかこの俺が、初手でスライダーに行かず流れるプールで漂流してるとは……」
女子小学生(特に緑の妹)相手に盛大に勘ぐられ、妙な疲労感を得てしまった梅吉と青仁は、きゃっきゃとはしゃぐ少女達の後方で、死んだ魚のような目をしながらプールに流されていた。
「あんたらがそこまでになるって、マジで更衣室で何があったんだよ」
ちなみに、流れるプールはギリいけるとのことで、珍しく緑が二人の側で浮かんでいる。まあ、その両手は情けないぐらいガッチリと浮き輪を握りしめているのだが。お前余裕で足つくだろ。
「お前の妹の友達が、オレらが緑取り合ってるって誤解してたんだよ。まあ冷静に考えりゃ、そう見えても仕方ないかもしれな」
「あ?!んなわけないだろ何がそうなったらそういう発想に至るんだよ?!」
今回最も二人に多大なる心労を抱かせた緑の妹の誤解については、流石に口にする気にはなれなかった。ということで、緑も絡んでいる話を上げる。
まあ、肝心の本人は誤解された理由を一切理解していないようだが。
「だめだこいつ」
「よくよく思い出して欲しいんだけど、今のお前って傍から見たら美少女侍らせてる男子高校生なんだわ。殴られても文句言えないし、オレだって赤の他人だったら殴ってたぞ」
「でも俺だぞ?」
「うん、俺らもそう思う。でもな、それは俺らがお前のことを知ってるからそう思うのであって。実はな、他人の性癖って別に周知の事実じゃないんだぜ?知ってたか?」
「そういえばそうだったかもしれない」
「そうでしかないんだよ」
一年の宿泊学習の時、何故か深夜テンションで猥談という名の性癖暴露大会が開催されてしまった結果、この通り緑が学年で最も性癖がヤバい男認定が下っている訳だが。普通、そんなものが開催されない限り、他者の性癖は周知の事実になったりしないのである(一部SNSを除く)。
「く、俺からすれば俺が同年代に興味ないことなんて常識なのに……!え、ってことはまさか萌黄も誤解してたのか?!ち、違うよなそれはないよなそんなことがあってしまったら俺はどどどうすれば」
雑な納得を見せたかと思えば、緑がある意味当然たどり着くべき思考に辿り着いていた。珍しく緑がわかりやすく挙動不審な方向性でバグっているので、面白おかしく観察したいところではあるが、あいにくそうもいかないのである。
だってこれ、放置してたら絶対言葉と言う名の暴力が飛んでくるので。森野緑とは、そういう意味では友人にも等しく平等な男なのだ。
「いやお前の妹はその手の誤解はしてなかったよ、うん」
「まあ、そうだな。誤解、誤解は……無かった、な」
この通り、二人揃って否定しておいた。若干遠い目をしていた気がするが、きっと気のせいである。
「え、なんだその煮え切らない答えは。おいマジで何があったんだよ、洗いざらい吐けよ」
「いや〜それはちょっと〜オレらにもプライバシーってもんが〜」
「あんたらのプライバシーとかいうくっだらないものより俺の恋路の方が重要なんだよ!」
「お前それシンプルにクズの発言だからな?」
堂々と最悪の発言をしてのける、そこに痺れないし憧れない。
ちなみにこの男、こんなくだらない話をしながらも、視線は一切ブレることなく妹に固定されている。なんなんだよお前、キモすぎるだろ。
「とりあえず、お前の恋路にはなんの関係もない話ってことだけは確かだよ。てかお前の恋愛って実ったところで結局社会的な立場とか倫理的な問題とかどうする訳?」
「倫理なあ。遺伝学的に近親交配がよろしくないっていう意味ならわかるけど、倫理的にアウトってのはマジで意味わからうぼごあっ?!」
本格的に気持ち悪いことを言い始めた為、制裁代わりに緑の浮き輪に思い切り体重をかけ、奴を沈めにかかった。
ちなみに、今回の梅吉は身軽さを重視して浮き輪は持ってきていない為、先程から緑の浮き輪に掴まって流されている。
そして、青仁はその横でボード型の浮き輪にうつ伏せになっている。視線を向けると、絶妙に押し潰されその柔らかさを示すかのように形を変えたおっぱいが見えて眼福である。
「おいマジでやめろ俺はこの深さでも溺れられるんだぞ?!」
「やーい緑弱すぎー」
「そこはヤジ飛ばしてないで助けてくれよ?!ヒィっ無理死ぬ溺れる無理!!!」
「ここで助けたら友達じゃないじゃん」
「言ってることの何もかもが間違ってんだよなあ!!!!!」
種類は違うかもしれないが、これも立派な信頼だろう。多分。知らんけど。と、青仁に見捨てられた緑相手に、更に体重をかけ、浮き輪をひっくり返した。
「ぼごごごごごごごごご!ぷはっ、死、死ぃ!死ぬ!無理!」
「そんなに?明らかに足ついてるじゃん。行けるって」
「確かに足はつくけど!そのうち流れに攫われて死ぬんだよ!」
とはいえ流れるプールの水深なんてたかが知れている。たかが浮き輪をひっくり返された程度じゃ、大したことにはならないのだ。まあ、それでも緑は叫んでいるが。
「大丈夫大丈夫、いざとなったらオレらが死なない程度に助けるから」
「そういう問題じゃないんだよ……!あー怖かった……」
緑がまたがっちりと浮き輪に体をはめ、安堵の息をこぼす。よし、これでひとまず第一ノルマは達成できたことだろう。ならば次は。
「もしかしてお前ってビビり?」
「これは別にビビリとかそういう問題じゃねえだろ。俺、マジで泳げないんだってば」
呑気にボード型の浮き輪に寝そべっている青仁を、プールに叩き落とすしかないだろう。
「なんで緑ってそんなに運動音痴なの?」
「そういうこと言うなら俺の模試の結果持ってくるけど」
「別ベクトルで殴るのやめろ」
青仁と緑が話しているのを確認しながら、梅吉は気配を消し、とぷりと体を水に沈める。そのまま他人に踏まれない程度に底へと潜り、目標地点である青仁が乗っている浮き輪の真下へと回り込み。
「うおりゃー!」
ざばーん、と勢いよく浮き輪を持ち上げひっくり返した。これで、無様にプールへと落下していく青仁が見れる、と梅吉がニヤニヤと笑みを隠せないでいると。
「隙あり!」
「うおっ?!」
プールへと沈み込む勢いをそのままに、青仁に腕を思い切り掴まれた。そのまま思い切り体当たりをかまされて、青仁共々梅吉もプールの中へと落ちていく。
──まさか、このオレが嵌められただと?!
「
水中なので何を言っているのか全くわからないし、ついでに視界も不明瞭なので状況は定かではないが。どうせしてやったり的な顔で、ロクでもないことを言っているのだろう。
しかし、これだけはわかる。奴の白く細い腕が、明らかに梅吉を水中へと押し込んでいることは!
「
「
逃れようと体を捻るも、相手の方が位置的有利を保っている。すぐさま上から押さえ込まれてしまう。やられっぱなしは性に合わないので、何とかして反撃したいのだが。
というか、双方共に水着姿だから仕方ないのだが、奴が梅吉を押し込むために触れている箇所は腰であり、ついでに言えばそこは完全に素肌なのだが?水中とはいえなんかゾワゾワするからやめて欲しいし、むしろオレがそっち側に回りたいんだが?なんでお前だけ美味しい思いしてる訳?
「
色々考えていたら腹が立ってきたので、もう周囲への迷惑が必要最低限ならいいか、と投げやりな気持ちになってきた。よし、全力で青仁を引き摺り込もう。というかそろそろ奴も息継ぎをしないとマズイだろうし、ここらで仕切り直しと行こうじゃないか。
ならばまずは水面に顔を出さないと、と梅吉が体を起こそうとした事により。予想外の動きに戸惑った青仁の手が腰から外れる。それでも奴は諦めが悪いらしく、何とかしてこちらに手を伸ばそうとして。
──むにゅ、と梅吉の乳房を思い切り鷲掴んだ。
「?!?!?!?!」
反射的に青仁を振り払い、水面に顔を出す。青仁の方に視線を向ければ。「あやっべ」とでも言いたげな顔で固まっており、見事に目だけが梅吉から逸らされた。
「……辞世の句は詠んだか?」
「えっと……鳴かぬなら、焼いて食べちゃえ、ホトトギス?」
「妙なアレンジを加えるな!つかそもそも辞世の句じゃねえよ!!!これより処刑を執行する!!!!!」
「おいバカやめろ公共の場うぶっ?!」
ごもっともな断末魔をあげようとしていた青仁を今度こそ沈める。確かに、お子ちゃまがたっぷりと生息している週末真っ昼間のプールで、こんなことをするのは問題かもしれない。が、水中とは案外他人から見えないものなのである。
──聡明な紳士淑女の皆様ならば、このあと何が起きたのかなんて、火を見るより明らかだろう。
「
青仁の頭を片手で思い切り水に沈め、もう片方のてでさりげなく乳房に触れる梅吉が爆誕した。
なんだかんだでラッキースケベが度々発生していたり、自らにもでっかいおっぱいがくっついてしまった関係で、梅吉は童貞(故)ながらもそれなりにおっぱいを揉む経験を積んできている。だがしかしそれはそれ、これはこれだ。何回揉んだっておっぱいは揉み足りないし、何より公衆の面前かつ水中で水着越し、というのも妙な背徳感がそそられる。
「ぷはっ、お前、お前さあ!そこまで遠慮ゼロでやらなくたっていいじゃん!俺そんなねちっこくなかったよ?!」
どうにか梅吉の魔の手から逃れ、水面に顔を出した青仁が叫ぶ。その顔は隠しようもなく紅潮していた。原因が自分だと思うと、言いようのない優越感が湧き上がる。そのまま梅吉はニヤリと笑って。
「うるせえ知らん、オレはオレのやりたいようにやり返した、それだうぶっ」
「黙れ!」
無事、青仁に水底に沈められた。
やり返し合戦が始まってしまったら何が起きるのか?そんなことは決まっている。終わりのない泥沼の戦いだ。最早衆目なぞまるで気にせずに、息が切れては水面に顔を出し、それを攻守交代の合図と言わんばかりに状況は目まぐるしく切り替わっていった、のだが。
「……あんたら、何してる訳?俺一周しちゃったんだけど」
「んぶっ」
「あっ」
抵抗する力もないせいで、ぷかぷかと流れるプールに流されていた緑に発見され、中断を余儀なくされた。
その結果正気に返り、いかに自分たちがやべえことをしていたのかやっと気がつく。気が付いてしまった、とも言う。
「い、いやー遊んでただけだぜ?沈めあったりするじゃん?」
「そうそうそう!お前は泳げないから知らないかもだけど、これ鉄板の遊びなんだよ!知っといた方がいいぜ!」
我ながら無様以外に言いようのない、あまりにもしどろもどろな言い訳しか出てこない。実際沈めあうのは割とよくある話だろうが、それがセクハラ合戦に発展するのは全然ない話である。
「小学校の時、プールの中に謎のプラスチックばら撒いて潜って集めに行く遊びあっただろ?そう言うのの延長線だってば!」
「青仁、話せば話すほどなんか怪しくなってるからちょっと黙れ」
「なんで?俺らこんなにも純粋無垢でまっしろしろすけなのに?」
「いやオレらはどう足掻いてもまっしろしろすけにはなれないだろ。無垢を名乗るにはオレたちは知りすぎたんだ」
「下ネタを?」
「おい馬鹿やめろ。今そんなアホな流れじゃなかっただろ。せめてそこは現実とか世界の闇とかもっとカッコいいこと言ってくれよ」
無理矢理誤魔化そうと話題を変えたら、なんかとんでもない方向に話が飛んでいってしまったが、大体いつも通りな気がする、と思いながら梅吉が緑へ視線を向けると。
「あー……」
奴は、なんとも形容し難い微妙な表情を浮かべ呻く。そして。
「うん、ツッコむの面倒だし別にいいや。つかあんたら、浮き輪放置していなくならないでくれるか?俺が回収してやったんだぞ」
「……そうだなー」
「……うん」
不穏極まりないが、これ以上追及したらこちらが被害を負いかねない、嫌な塩梅の言葉を口にしやがったので、これ以上何も言えなくなってしまった。
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