盛大に誤解されてる その2

「なっ、なんでもないよ〜!お、わ、わたしはちょーっと、こいつとお話してただけだから!な!」

「そ、そうだったかもしれない」

「いやそこは肯定しとけよ何曖昧な返事してんだてめえ、余計ややこしくなるだろ」

「うるせえ俺はお前みたいに器用じゃないからアドリブ向いてねえんだよ」


 白々しいにも程があるが、やらないよりはマシだ、と見ぐるしい言い訳を重ねていく。しかし女子小学生の一人はそれを見て、不思議そうにポツリとこぼした。


「お姉さんたち、仲良しなんだね。あたしてっきり、萌黄のお兄さんむぐっ」


 どうやらそれは、言ってはいけないことだったらしい。呟いた少女は、他の少女たちに勢いよく取り押さえられた。そしてそのまま、失言をした少女に文句をぶつける。その光景を、二人は首をひねりながら眺めていた。


「ちょっと!それは言っちゃだめだってばー!」

「それはみんなであとでちゃんと見よーって話だったじゃん!」

「ぷはっ、ごめんって!でも気になるじゃん、だって二人ともめっちゃくちゃ可愛いし!」

「そうだけどさ〜」

「……ええっと。その、なんかあったのか?」


 完全に主語が抜け落ちた、どう聞いても内輪向けの話に首を突っ込むことは良くないことだとは梅吉だって思うが、それに自分達が巻き込まれているらしいとなれば話は別である。仕方ない事だ、と梅吉は申し訳なさを全面的に押し出しながら、彼女達に問いかけた。


「ほ、ほらあ!バレちゃったじゃん!どうすんの?!」

「うう、ごめんって言ったじゃん……」

「ど、どうすれば誤魔化せるかな?!」


 問われた女子小学生たちはバツが悪そうな顔で、先ほどの梅吉達のように顔を見合わせ、どうにか場を収めようとする。その様は見ていて少々良心が痛むものだったが、正直追及した方が良い気がするので、追及を取りやめる気はなかった。なんとか折り合いをつけて、言える範囲でこちらに教えてくれるだろう、と梅吉は呑気に考えていたのだが。

 どうやら女子小学生ズには、伏兵がいたらしい。



「お兄ちゃんだけじゃちょっと不安だから、女の子のお友達を二人を呼ぶって聞いて、この三人がもしかしてわたしのお兄ちゃんを狙ってるんじゃないか勝手に盛り上がってたの。最近クラスで流行ってる少女漫画に、そういうのあったし、あり得るんじゃないかって」

「萌黄?!」



 淡々と、緑の妹たる少女が真相をぶちまけた。


「は?緑?なんであいつ?」

「いやそれはない」


 完全に予想外のオチに、二人揃って少女達の夢をばっさりと切り捨てるような発言が溢れる。いや実際ありえないだろう、だって緑だぞ、男だぞ?しかも性癖が終わってるんだぞ?その手の対象として見る訳がないだろう。


「え、えぇ……違うの?」

「絶対そうだと思ったのに!だって萌黄のお兄さんかっこいいじゃん!それでこんなに可愛い女の子が二人もいたら……漫画だったら、絶対二人でお兄さんを取り合う展開なんだもん!」

「ごめんね、この子、少女漫画めちゃくちゃ好きで」

「ちょっとー?!あたしだけじゃなくてみんな好きじゃん!なんであたしだけが悪いみたいになってんの?!」

「あー……」


 それはもう熱心に語る女子小学生の姿に、なんとなく一茶をダブらせながら。最近の小学生がマセているのか、いつの時代も女子は色恋沙汰に目覚めるのが早いのか定かではないが、ひとまず事情は把握できた。

 まあ確かに、言いたいことはわかる。友人の兄が、美少女二人を友達として連れてきたらまあ、その手の邪推は起こりうるだろう。むしろ梅吉だって、第三者としてこの状況を見たら、とりあえず緑を殴ろうかなって思う。


 だが、それはあくまで第三者から見た話なのである。


「マジでただの友達なんだけど。だよな、青伊」

「っ、そうだな。というか、俺たちもだけど、緑も俺らのことそういう目で見れないだろうし」


 性転換病の結果美少女と化した元男子高校生二人組とロリコンの間に発生する恋愛なんて、存在するわけがないのだから。


「そ、そんなに?!そんなにありえないの?!」

「ありえる訳ねえだろ気持ち悪い」

「友達としては良いけど、恋愛はいらない」

「それ。オレそれが言いたかった」


 もしこの世界が小説以外の媒体であったのならば、ガーン、とでも効果音がつきそうな勢いで女子小学生が落ち込む。が、そんなしょうもないことで落ち込んでいる少女にかける慈悲など、この世に存在しているわけがないのである。


「友達として良いならさ〜恋人としても良くない?!だってあんなにかっこいいんだよ?!」

「良くない。それとこれとは話が別」

「そんな〜……」


 誰だって友達になりたい相手と恋人になりたい相手は別だろう。もし違うとしたら、ラブコメ的にはなんとも美味しいかもしれないが、別に梅吉の現実はラブコメではないので、そんなことがあるはずがない。

 なんて、メタ的に見ると盛大なブーメランでしかないものを梅吉が放り投げていると。


 梅吉や青仁と同じように、水着を既に中に着ていたらしい萌黄が、ストン、と履いていたショートパンツを床に落としながらぽつりと呟いた。



「ふうん、そう。じゃあ、やっぱりお姉さんたち二人で付き合ってるってことなんだ」



 いやそうはならんやろ、なっとるやろがい!的なノリツッコミでもかまして全力でお茶を濁したくなるようなことを。


「……?!」


 ぎょ、としたような顔で青仁がこちらに向く。見開いた目が雄弁に「ねえこれどうすればいいの?!」と叫んでいた。

 気持ちはよくわかる。今手元に鏡がないので確証はないが、きっと梅吉だって似たような顔をしていることだろう。


 ちなみにどうすれば良いのか?!という青仁の切実な願いには当然梅吉は答えられない。それがわかったら苦労しないので。なんだったら即座にスマホを開いて意味のない検索をキメてしまいたい程である。これは梅吉の勘だが、性転換病患者あるある!みたいなサイトに二人の現状への対処法は確実に載っていない。


 というか彼女は緑から二人の実態を聞いているのではないか。なら尚更何故そんな発言が飛び出て来る。常識的に考えて、元男子高校生現女子高生と元男子高校生現女子高生の恋愛が成立するとは思えないだろう。……いやまあ、性愛は成立しまくっている気がするが、それはひとまず置いておくとして。


「も、ももももも萌黄ちゃん?どっどどどどうしんぶっ」

「ごめんなーこいつすーぐ挙動不審になるからさー!」


 自律式失言装置こと青仁を止めねばならない。こんなしょーもない所でボロを出されてはたまったものじゃない。背後から青仁の口を全力で塞いでいると、緑の妹は不思議そうに首をかしげた。


「別に、無理に隠そうとしなくていいよ」

「だからオレらには隠すような真実はなんもないんだけど?!」

「んむぶーっ?!」


 何故、梅吉は女子小学生に慈愛を込めた眼差しで見つめられているのだろう。おかしくないか、百歩譲ってせめて逆だろう。なんで梅吉が慈しまれてんだ。


「あのな?オレも青仁も緑も恋愛とかなんも関係ないからな?ただの友達だからな?」


 しかし相手は女子小学生、こちらより圧倒的に弱い立場故に、世間というある意味最強の存在を味方につけているのだ。更に言えば彼女の背後には緑とかいうロリコンシスコン併発者が構えている。下手に高圧的な態度を取って仕舞えば、一瞬でジ・エンドになりかねない。

 故に梅吉は、懇々と緑の妹に誤解であると説いていたのだが。


「あ、そっか。まだ両片思いだったんだ。ごめんなさい、間違えちゃった」

「むー?!」

「まだじゃない!!!何がどうしてそうなった!!!!!」


 ものすごい勢いで飛躍していく女子小学生の妄想力を前に、梅吉の忍耐力は無力だった。


 本当にどうしてそうなった、先ほどの少女漫画が大好きと言われていた少女の方が、極端とはいえまだ理解できる。だが緑の妹の思考回路だけはわからない。いくら二人が元男という特殊事情を知っていたとしても、知っているからこそ、そのような可能性に至らないものだと思うのだが。


「ぷはっ、おま、お前さあ!!!!!息止まっちゃうだろ?!?!俺が死んじゃったらどう責任取ってくれるんだ?!?!」

「うるせえ、大人しくエラ呼吸でもしてろ」

「ここ陸!エラ呼吸できない!あとう……お前は知らないかもだけど、俺実は人間だから呼吸するためのエラがなかったりするんだよ!」

「えっお前ジュゴンじゃなかったの」

「ひとっ飛びに元ネタ疑惑かかってる方に行くな、そこはせめてオーソドックスに人魚にしとけ!あっでも人魚も嫌だな、だってあんな常時上半身下着姿がデフォのエロ種族に自分がなりたくはないわ。ただただ傍観者でありたい」


 だって青仁だぞ、口を開かせたらこんなことしか言わないんだぞ。こんな奴相手と本気で恋愛とかないない。エロというか、利害関係の一致による恋人(仮)はあるが、口に出したら最後絶対に劣勢になるであろうワードなんぞ出してたまるか。

 ちなみにジュゴンは肺呼吸なのでなにもかもが間違っているが、脳直トークにそんなツッコミは野暮である。


「……?よくわかんないけど、お姉さんたち、やっぱり仲良しなんだね。じゃあやっぱり」

「だからどうして恋愛の方に行くんだよ!おいお前の方からも言ってやれよ!」

「俺らともだ……友達か?人のことエラ呼吸する生命体って認識してるやつ、本当に友達って呼んでいいのか?」

「こ、恋人って呼んだ方がヤバいから友達でいいんじゃね?」

「そ、そそそそそれもそうだな!」


 恋人。改めて思うと我ながら正気を疑う思考であったが、色々と美味しい思いもしている為、最近そこまで特別話題にも上らなくなってきたそれに、ふと意識を向ける。


「なんか焦ってるみたいだけど」

「き、気のせい!気のせいじゃないかなーあはははははは!!!」


 横目で緑の妹に詰められている青仁を眺めながら、梅吉は思う。


 ……なんとも奇妙な関係になってしまったが、まあ今のところ都合は良いし、現状維持のままがベストだろう、と。


「おーあんたら遅かったなー。俺と萌黄の友達の浮き輪はもう膨らませちゃったけど、あんたらは……って、なんでそんな疲れてんの?」

「オレは浮き輪持ってきてないし、使わないから気にすんな。あ、あと疲れてんのは多分七割ぐらいお前のせいだから。なあ青仁」

「本当、マジで疲れた……緑マジでさあ……あ、俺は浮き輪レンタルだから。変な浮き輪借りてくるわ」


 その後、更衣室でのやり取りで色々と気力的なものを持って行かれた二人は、わかりやすくはしゃぐ女子小学生ズの横で、死んだ魚のような目をしていたとかなんとか。

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