盛大に誤解されてる その1

「俺思うんだけどさ、背中で二箇所もちょうちょ結びする必要がある服って、控えめに言って欠陥品なんじゃないかって。もしくは人間生活上級者向け」

「そんなに?」


 緑達との待ち合わせ場所である駅で、青仁は朝っぱらからボロボロになりながら、悲しいことを言っていた。やったことはないが、梅吉は多分簡単に出来ると思う。


「いやいやいや、お前はやった事ないからそういうこと言えるんだよ。お前も一回ぐらいやってればわかるって」

「良いけど、確実にお前よりは苦戦しないと思うぞ」

「器用貧乏め!!!!!」

「だからそれ悪口だからな?つか、そういうこと言ってるってことは、中に着てきたのか。ちっ」

「おいなんだその不穏な舌打ちは」


 何を言っているんだ?そんなことわかりきっているだろう。結べないんだけど?!とキレ散らかす青仁に善意で手を差し伸べるという構図で、女の子の素肌に触れる権利が得られなかったことに対する舌打ちだが?不穏でもなんでもないんだが?正当な権利なんだが?

 ……まあ、結局青仁があの水着を着てきたらしい事については、嬉しさ半分、もやもや半分なのだが。


 だって今から行くのは夏場の浮かれぽんち大集合スポットとして名高いプールだぞ、絶対にろくなことにならいだろう。


「舌打ち?こんなに可愛い美少女がそんなことするわけないだろ、幻聴じゃないか?」

「こんなにも鮮明な幻聴があってたまるか。って、着いたみたいだぞ」

「あー、あれか。確かにあれはすぐわかるな。目立つし」


 くだらないことを話していたら、待ち合わせの相手が到着したらしい。流石に女子小学生四人と男子高校生一人の集団は、遠目からでも簡単に見つけられる。


「ていうか取り繕わなくて良いってマジ?本当に?」


 青仁が不思議そうに首をかしげる。二人は基本このように素で常々生きているが、当然取り繕わないとマズそうな場面で、最低限勘ぐられない程度の振る舞いは可能である。というか、可能にならなきゃ生きていけていない。

 しかし、今回のように長時間取り繕い続けるのは(特に青仁は)苦行である。故になんとかならないか、と事前に緑に相談していたのだが。


「あーなんか『一番手っ取り早そうだから、高校生にもなって変な感じに厨二病拗らせてる可哀想な奴って説明した』って緑が言ってたぞ」


 紆余曲折あって、なんだかとても情けない手法に行き着いていた。


「……なんか、それはそれで大分アレじゃないか?」

「小学生に生ぬるい舐め腐った目で見られることになると思うけど、そもそもただ着いてくだけで話すわけじゃないから大丈夫だろ、多分」

「多分じゃん」

「あ、でも流石に名前はアレだから小学生ズには戸籍名の方伝えるってよ」

「まあそこは誤魔化せねえもんなあ。仕方ねえか。じゃあ俺延々とお前さあ、だけで全部押し通すから」

「実際それが一番安牌だよな。あとこれはあんま関係ないけど、別件であいつの妹には性転換病云々を説明済みだってよ、なんかたまたま話題に登ったからって」


 梅吉だって小学生に舐められ、可哀想なものを見る目で見られたくなどない。が、これしか対策がなかったのだから仕方ないだろう。

 そんなことを思いながら一応付け足した補足に、青仁がふ、と遠い目をした。


「あいつの妹、か……」

「……まあ、うん。どんなんなんだろうな」


 青仁の言いたいことはとてもよくわかる。故に梅吉も遠い目をしながら頷いた。


「可愛くは、あるんじゃねえの?あいつの妹だし」

「それはそれで複雑じゃね……?」

「やめろ」


 緑の妹。それは奴の話にちょこちょこ登場する、奴が恋煩いをしている相手である。隠しているのかなんなのか知らないが、細かなことはほとんど知らされていない奴の妹は、正直怖いもの見たさな好奇心を抱かざるを得ないのだ。

 いや妹は全く悪くないのだが。悪いのは緑なのだが。


「おーいたいた」


 そんなことを二人が話していると、緑が女子小学生の集団を引き連れて、こちらにやってきた。

 なお字面の犯罪臭が半端ないが、法は犯していない筈である。多分、きっと、おそらく。


「あんま来たことないから、一瞬どっち行けば良いかわかんなくってさ。あー、みんな、この二人さっき話してた俺の友達。更衣室とか行く時はこの二人について……どうしたんだ?あんたら」


 緑が女子小学生四人組に向けて、淡々と二人のことを説明する。しかし正直、二人はそれどころではなかった。


「いやー……」

「お前ってやっぱ、やべえ奴だったんだなって」

「何の話?」


 二人揃って、とある一方に視線を向けて言葉を濁す。とはいえ正直青仁の発言が全てを物語ってはいるのだが。


 珍しく揃った視線の先。そこにいるのは、四人組のうち一人である。将来有望そうな整った顔立ちをしている彼女だが、無論梅吉と青仁にとってはその手の対象にはなり得ない。というか、問題はそこではなかった。


 何せ彼女は、緑に説明されるまでもなく「ああ、この子が緑の妹か」とわかってしまう程には、緑と似ていたので。


「ガチじゃん」

「怖っわ……」

「あんたらマジで何の話してんだ?」


 無論緑は、二人がドン引きしているだなんて知る由もなく。不思議そうに首を傾げている。お前本当にそういうところだぞ。


 世間一般的に実妹ガチ恋勢の兄の実妹が、兄にそっくりだったらなんかうわあって思うだろう。いや実妹ガチ恋勢の時点でうわあではあるんだが。


「説明する方が面倒。だってお前絶対理解しないし」

「それよりも早くプール行こうぜ」

「お、おう……?」


 とはいえ上記の理由により、二人は追及する気はさらさら無いのだが。したところでこちらがダメージを受けるだけなのだ。こういう時は盛大に無視するに限る。

 なお女子小学生ズは全員不思議そうに首をかしげていたが、そもそもあまりこちらに興味がないのだろう、すぐさま内輪で話に花を咲かせ始めた。






 さて、無事にプールに辿り着き、入場券を購入した梅吉達は、一旦緑と別れ女子更衣室へと向かったのだが。

 ところで梅吉と青仁は、体育着へ着替える方向性の更衣室は体験済みだが、水着へ着替える方向性の更衣室は初体験だったりするのである。


「どうしたのー?」

「どっどどどどどどどどうもしてないぜ!なあ!」

「ししししっししししししてなぁぁぁい!」


 それはもう見事な挙動不審を発動し、女子小学生達に防犯ブザーを鳴らす対象を見る目を向けられていた。

 聡明な彼女たちのそんな対応は、女子小学生と生きていく上で何も間違っていない。女子更衣室に童貞(の成れの果て)が異物混入しているのは事実なので。不審者を正確に見分ける能力という意味ではむしろ優秀ですらあるだろう。


 更衣室内部とはいえ、ポンチョ型のタオルなどで体を覆い着替えている者も多い。しかしタオルだって万能では無い。ずり落ちてしまって、あっ、と慌てて押えたり、なんて光景もそれなりに視界に入ってくる。その上これは合法なのだ、見てしまっても後ろ指を刺されることが無い。これが合法って法律がおかしいのでは?


「絶対なんかあるじゃん」

萌黄もえぎのお兄さんが連れてきた人達、なんか変じゃない?」


 あまりにも冷静な女子小学生達が恐ろしい。梅吉達の頃から大概小学生は男子より女子の方が圧倒的に知性的に活動していたが、それは今も変わっていないようだった。


「お兄ちゃんがちょっと変わった子って言ってたから、それかも」

「も、萌黄それで終わらせていいの?」

「うん」


 こちらの事情を知っているからか、淡々と問いかけを切り捨てる。頼もしいと言うべき、なのだろうか。


「う、ううううめき、あっやべ違、これ俺らどうすれば」


 混乱を極めた青仁が、申し訳程度に声を抑え話しかけてくる。当然だろう、予測可能回避不可能と言うやつだ。しかしだからと言って、何も対処しなかったらそれこそジ・エンドである。


「知らん。着替えろ。オレなんか物理的に上半身の水着中に着てこれなかったから、お前と違って脱ぐだけじゃねえんだよ。つか脱ぐだけなんだからとっとと脱げ。周りを視界に入れるな、挙動が不審すぎたら女子小学生に吊られると思え」

「もしかして今の俺らって、人狼ゲームの人狼ポジだったりする?」

「よくわかったな、つまりそういうことだよ」

「……オレハジンロウジャナイデス」

「よろしい」


 セルフで状況の理解に最適な例えを持ってきた青仁を肯定してやれば、片言でこちらに背を向け、もそもそと着替え始めた。それで良いのだ、こんなところでいつまでもぐだぐだやっていても、遊ぶ時間が短くなるだけである。何より女子小学生からの印象が、いよいよ完全に不審者になってしまう。


「……言ってて思ったけど、人狼ってさ、とりあえず初日にリア充を吊るゲームだからなんか違う気がする」

「それオレらがやってるからそうなってるだけだと思うぞ」

「えっ。定番じゃないのか?初日って正直情報ないから適当に吊るしかないこと多いし、んならじゃあリア充吊るかーって」

「オレもそう思ってたけどどうやら違うらしいぜ」


 話しながら連想したのか、はたまた気を紛らわす為か、関係ない話題が飛び出してくる。ちなみにこの件のソースは、たまたま話に出たので姉に話したら、「そんなのじゃゲームにならないでしょ」と言われた梅吉である。


「マジかよ。もしや世間様の常識と俺の常識って結構ズレてたり……?!」

「今更気づいたのか?まあいい、そうだな。お前の常識は大分おかしい。具体的に言うとお前の食ってる物は世間の常識から見れば大半食べ物ではな」

「いや俺は俺が楽しいと思った物を食ってるだけだから。何言ってんのお前」

「食べ物選ぶ基準に楽しいが入ってる時点で終わってるんだよなあ!」

「人のお着替えシーンガン見してる奴のが終わってると思う」

「あ゛?」


 いやだって見るだろう、お姉さん系美少女の脱衣シーンとか。中身の種類なぞ関係なく、脱衣シーンであるだけで一見の価値はあるのだから。

 ここで色気なくぽぽぽぽーん!と、豪快に脱いでいたりしたら話は別だろうが、青仁はそんな事をしていなかった為、梅吉にとっては普通に見るべき代物である。間違ってもイカれた食べ物を好き好んで食べる狂人と同列に語られたくはない。


「オレはただ常識的な行動をしているだけだが?お前こそ見栄張ってんじゃねえよ」

「は?見栄じゃないし?俺は紳士だから紳士として適切な行動を取っているだ」


 ……ところで、二人にとって、ゆめかわ系美少女が最悪の凄みを見せつけ、お姉さん系美少女が自分のことを紳士とか言っているのは、もはや見なれた日常のワンシーンであったが。世間様の常識は当然、二人の常識とはズレており。


「えっと、お姉さん達?何してるの?」


 世間の常識に近しい場所で生きる女子小学生ズにとっては完全に常識外だったので、普通に怪訝な眼差しを向けられていた。

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