外野がなんか言ってる その1
「ってことで調査してきたんだが」
「主語を抜かすな主語を。なんの調査だよ」
「でもこいつのことだから絶対ロクでもないって」
用事があるから放課後しばらく教室に残っていてほしい、という一茶からのL◯NEを受け取った梅吉と青仁がその通りに教室で待っていると、随分と楽しそうな一茶がやって来た。この時点で嫌な予感しかしないし、そもそもL◯NEを受け取った段階でシカトするべきだったかもしれない、と梅吉は既に思い始めている。
果たして告げられた主語は、以下の通りであった。
「美少女と化したお前らに対しての意識調査」
「解散」
「帰るわ」
話ぐらいは聞いてやろう、なんて慈悲の心は持つだけ無駄だったようだ。とりあえず秒速でゴミ箱の中にぶち込んだ。まあ考えてみれば野郎相手に慈悲なんて不要だと、定期的にクラス内で開催される裁判という名の処刑(九割方緑が被告)が証明しているのだし。持ってしまった二人が馬鹿だった。
「まあ待て、話ぐらいは聞いてけよ」
「今聞いたから帰るわ」
「梅吉ー、なんか飯食いに行く?」
「行きたいけど今オレの財政状況ちょっと大分ヤバいんだよな」
「おい何人の話を華麗に無視してるんだ帰さねえぞ。あと梅吉の財政状況は僕よりはマシだろ」
「そりゃ誰だって万年金欠財布ガバガバマンと比べたらマシだっての」
終わってる奴を比較対象として扱わないでほしい。
「だって貢ぐのって最大の愛情表現だろ。僕が金欠ということはすなわちそれだけ愛を捧げているというだけだ」
「こういう奴が将来キャバクラとかに走るのかな……」
「キャバクラってお金払ったら僕そっちのけで女の子と女の子がいちゃいちゃしてくれるのか?それなら行くけど」
「お前マジでちょっとはブレろよ」
そんなところまで性癖に一貫性を持たせなくても良いだろう。一体奴はどこに向かっているのだろうか。
「というか僕の将来は女子校の壁って決まってるんだからそんなどうでも良い話は実現しないんだよ。そんなことより意識調査の話だが」
「マジですんの?」
「誰も幸せになれないからやめようぜ」
良い感じに雑談で話を逸らせたと思っていたのだが、事は上手く運ばないらしい。何故話は戻ってしまうのか。何故逃走は成功しないのか。それがわからない。ついでに言えば意識調査の存在意義もわからない。
「そう悲観するなって。件の調査だが、対面で突撃した方がいい結果が得られそうだったから、ちゃんと聞きに行ったぞ。まあ僕はあまり顔が広くないから、精々一部の一年と三年、二年の男子の八割ぐらいにしか聞けてないがな」
「こんなクソみたいな催しに参加するやつ、うちの学校にそんなにいるわけ?」
「終わってんな……」
「ちなみにお前らのクラスの男子は全員快く協力してくれたぞ。まあ緑の回答は結果から省いたけど」
「せんせー、それ不正って言うんだと思いまーす」
「僕がルールだしあいつを一般的な男子高校生に含めたいと思うなら不正って訴えれば良いと思う」
「反論しにくいこと言わないでくれるか?」
一切隠す気もなく不正を堂々と表明していくその姿勢、あまりにも清々しい。それはそれとして間違いなく不正は不正であるし、緑云々はこちらも何とも言えない。
「お前らも事実だと思ってんならそれで良い。というか、僕としてはちょっとこれあんま人数集められなかったなって感じなんだが」
「どこがだよ」
「いや本当は三学年全員に聞きたかったんだよ。その方が面白そうだし。ただ協力してくれる奴が少なくてな。部活の奴に声かけたんだけど、後輩は何故か半泣きで逃げるし、先輩にもドン引きされるし、部長はんなことしてねえで練習しろってマジギレするしで、結局全面的に協力してくれた奴が一人しかいなくてな」
「お前の部活の奴らの方が正常だし、むしろ全面協力者の方が頭おかしいだろ」
「この学校の未来は真っ暗だな」
正直一人でもいたのか、という驚きの方が強い。そしてどうやら奴が学校へへばりつくための命綱としている柔道部は、存外に真っ当な組織であったようだ。正直そっちで手綱握っとけよ感が強いが、以前から数回体を張って一茶を引きずっていく部長とやらを梅吉は目撃している為、あれでも相当頑張っているのだろう。一茶がアレすぎるだけで。
「いや引っ張ってきたの、去年辺りに生物系の全国規模のコンテストで一番上の賞取ったとか何とかで表彰されてた奴だから、むしろあいつが未来を明るくするんじゃねーの?実績的な意味で」
「なんでそんなめちゃくちゃ頭良い奴が協力してくれちゃったんだよ!」
「やっぱこの学校の未来は真っ暗だわ」
どう考えたってこんなアホな試みに巻き込むにはオーバースペック過ぎる人員だろう。何故巻き込んだ、というか何故巻き込めた。あれか、馬鹿と天才は紙一重というやつか。名前も知らぬ人物だが、今後絶対に関わらないことを今決めた。
「まあそんなくだらないことはどうでも良いだろ。それより結果だ」
「ある意味一番重要じゃね……?」
「ええっと。よし、出せた」
鮮やかに青仁の真っ当な指摘を無視した一茶は、徐にスマホを取り出して、机の上に横向きでことりと置いた。そこには情報とかで作らされるものよりも大分見やすい、整えられたスライドが表示されている。
ご丁寧にタイトルとして『当校に在学している性転換病患者に対しての意識調査』なんて書かれていた。は?
「なんでそんなプレゼン資料があるんだよ。お前絶対そんなん作れないだろ」
少なくとも梅吉が知る限り、一茶は作るという発想自体はできても、実際に実行できる技能を持ち合わせているタイプではない。一体そんなものどこから調達したのだ。
「さっき言った協力者に作らせた」
「だからマジで何者なんだよそいつ!」
「えーと確か、タップしたら画面が切り替わるんだったか。お、行けた」
「無視してんじゃねえよ!」
強引に話を進めていく一茶に噛み付くも、その程度で奴は止まらない。無意味にハイスペックな協力者という謎を残したまま、カスみたいな意識調査の全貌は明らかになってしまった。
87票:デマだと誤解していた
以下参加者の声抜粋
・え、あれマジなの?本人が流したネタじゃないの?
・むしろデマって疑わない奴は普通に馬鹿
・あの二人揃うと火力が二乗になる馬鹿共が可愛い女の子なはずがない
・絶対信じてないやつめちゃくちゃいるって。特に一年
・ていうかデマだと思いた……証拠写真を出すんじゃねえよ木村ァ!
「もしかしなくてもこれオレと青仁への悪口調査だろ」
梅吉はとても頭が良いため、早々にこの調査の本質を悟り始めていた。
「だよな。何で俺ら友達が勝手に集めてきた悪口を聞かされてんの?」
「知らねえよ。つかオレ前どっかで見たんだけどさ、『◯◯があなたの悪口を言ってたよ〜』的なこと言ってくる奴とは縁を切れって。つまり今が一茶との縁の切りどころってことじゃね?」
「確かに。一茶、今までありがとうな、お前は面白おかしい奴だったよ……」
「おかしい馬鹿をなくした……」
「それ僕死んでる」
どさくさに紛れて一茶の存在をなかったことにしようとしたのだが、事はそう上手く運ばなかったらしい。ちっ。
「あれ?幻聴かな……オレ、なんか一茶の声が聞こえた気がしたんだけど?」
まあ梅吉は諦めが悪いので、その程度で抵抗を止める気はないのだが。
「う、梅吉そんな怖いこと言うなよ……!一茶は、もう」
「だから何故僕が死んでる前提で話を進める?」
「うわまた聞こえた。オレ疲れてんのかも」
「そうだよ。お前今までのストレスでッ?!」
ドガンッ!っと明らかにヤバい音が鳴り響き、二人は反射的に音の発生源へと振り向く。そこでは一茶がそれはもうにっこりと笑顔を浮かべながら、拳を机に叩きつけていて。
「で、話の続きだが。悪口調査と化してるのは七割だけだから、そこんところは心配すんな」
「こいつ……こんな見た目でそこまでの馬鹿力をどうやって捻り出してんだマジで……」
「てか半分以上悪口だったんならそれはもう立派な悪口調査なんだよ」
「正直僕もここまで酷いとは思わなかった。お前ら人望無いんだな」
「いやこれは人望じゃなくて、シンプルに知り合いの中身が美少女って現実が受け入れられないだけじゃねえかな……」
人望はあまり関係ない気がする。確かに元々二人の人望が高いとは流石に思えないが、低い訳でもないと思うのだ。多分。
というか例の悪口調査の上から三番目なんて、性別関係ないただの悪口だろう。そんなことまで言われるような事をした覚えはないのだが。
「まあ実際の理由はそれだろうな。調査してる間もそういやつ多かったし。安心しろ、現実を直視できてない弱者には、きっちり現実を叩きつけてきたから」
「梅吉ー、これって俺ら一茶に感謝するべき?それとも怒るべき?」
「まあ現実を見てる奴が増えることは良いことなんじゃないかな。知らんけど。だって正直そんなの関係ないじゃん。これを機にまともに会話できる男子が増えるとも思えないし」
「それはそう。ちょっと現実を見たぐらいでどうにかなったら苦労しないよな」
そのあたりはお互いがお互いに対して痛い程実感している。いくら正しく認識できていようとも、どうにもならないことはこの世にいくらでも存在しているのだ。それだけ、人間とは見た目に左右される生き物なのだから。
未だに梅吉と青仁への対応が色々とぐちゃぐちゃな男子(緑除く)に色々と思うことはあれど。致し方ないということぐらい二人だって理解している。少々の寂しさを覚えていることも事実だけれど、望むだけ無駄だろうなあ、という諦めもまたひとつの現実である。
と、ここまで考えて梅吉はふと気がついた。
「そういえばお前も大概女の子相手にまともに話せないくせに、何でオレらとこうして普通に話せてる訳?」
いつか、青仁しに対しても感じた疑問を。
「あっ。言われてみれば。お前だって俺らと大差ないじゃん」
「だよな。でもオレがこうなってから初めて会った時、大分いつも通りだった気がするんだけど」
「あーでも、俺の時は、一茶が俺ってこと知らなかったらか結構ビクビクしてたよ。でも俺って教えたら爆速でなんだお前か、みたいになってたからなあ」
実際の状況は梅吉はその場にいなかったので知らないが、なるほどありそうな話である。それで即座に態度をいつも通りに戻せる手腕は流石としか言えないが。逆の立場だったら梅吉は絶対にできない。絶対にしばらくぎくしゃくし続けている。
「なるほどな。で、実際のとこどうなんだ?って……」
「あれ、なんか死んでる?」
「……」
青仁と好き勝手話していたら、いつの間にか一茶が机に沈んでいた。一体どうしたのだろう。特段奴が心に傷を負いそうな話はしていないのだが。
「……お前ら……黙ってれば好き勝手言いやがって……」
「あっ再起動した」
「一茶おはよー」
低い声で呻きながら、一茶がよろよろと起き上がりこちらを睨みつける。
「あのな……僕がどれだけ頑張ってどれだけビジュアル上美少女でも中身はお前らだって言い聞かせてると思ってんだよ……そうじゃなきゃ普通に会話もままならねえぞ……」
「あっ」
「が、頑張ってんだな一茶」
どうやら別に何も無事ではなかったようだ。まあ考えてみれば当然ではある。梅吉も青仁も目撃したことがあるが、女子と話している一茶なんて大体カ◯ナシみたいなものなのだし。そうなってない時点で、何かしらの要因があると最初から推察するべきだった。
「そうだよ僕は頑張ってんだよ」
「うん、マジで今までで一番お前のことすげえなって思ってるから。いや本当に。だってオレだったらいくら気合い入れてもそんなこと絶対できないし」
「俺も。絶対空回りして自己嫌悪で落ち込んでるだけだから。お前マジですげえよ。よくやってんな」
流石にあまりにも可哀想なので、珍しく二人の口から素直な同情と称賛があふれる。
普段の言動がぶっ飛んでいるせいで忘れがちだが、こいつは真っ当におっぱいを素晴らしいと感じ、同年代の女の子にその手の欲求を抱く男なのだから。むしろ美少女と化した二人に思うところが無い方がおかしいのだ。
「つか僕はあくまで百合がいちゃついてる部屋の壁になりたいだけであってTSっ娘の親友ポジにはなりたくねえしそのポジはどっちかってとあのロリコンだろうし元はと言えば仲人ポジの女子を生み出せないほど対女子コミュ力が壊滅してるお前らのせいだしそもそもお前らをお前らのまま原材料としてではなく百合的な目で見れてしまうこと自体も僕として色々と思う所があるんだよどこぞのロリコンみてえに身近な人物を一切の罪悪感無くアレな目で見れるほど僕はまだ落ちぶれちゃいねえし」
「ちょっと何言ってるかわからん」
「日本語で喋れ」
まあその後高速詠唱していたよくわからない話は、二人には理解できなかったが。十中八九どうでも良いことを言っているだけなので、聞き返す気はない。
「……お前ら。もう少し僕を労わろうとか思わないのか」
「勝手に悪口調査をやった上に定期的に壁になろうとする無機物志望者にかける労りって何?さっきので十分だろ」
「それはそれ、これはこれ」
日頃の行いが悪すぎるのだ。そこまでの優しさを求めるならば、素行を改善する努力をしてもらいたい。
「そういうこと言うんだな……そういうこと言うなら、僕にも考えがあるぞ?」
うっすらと疲労感を滲ませながら、一茶がスマホを手に取る。どことなく嫌な予感がするのは気のせいだろうか。いや絶対に気のせいじゃない。奴のことだ、絶対にろくでもない事を企んでいる。
「お、おい待て一茶。お前何するつもりだ?」
「ちょっと順番が前後するだけだ。最初っからこっちが本題だったし」
「本題なんていらねえしさっきまでので十分本題だったろ?ほらスマホから手を離せよーしよし」
二人揃って必死に一茶に抵抗するも、それが聞き入れられることはなく。
「その程度で僕が止まる訳ないだろほらこれを見ろ!」
ついに一茶がスマホを二人に突きつける。視界に入れるまいと抵抗した二人だったが、一瞬チラリと飛び込んできた文字列のせいで、反射的にぐるりと目を向けざるを得なかった。何せ。
25票:当人同士でくっついて欲しい
以下参加者の声抜粋
・だって百合はこの世に一輪でも多く咲いていて欲しいから……
・ビジュアルだけなら完全に目の保養だし。ビジュアルだけなら。
・お似合いじゃん
・えっ付き合ってなかったの?
・世界平和
・元々仲良いし別に良くね?
・破れ鍋に綴じ蓋
「お、おおおおおおお前ななななななななんちゅーもんを?!」
「ふっざけんなよお前マジで本当にさあ!!!!!!!」
なんかとんでもない事が書いてあったので!
「何を言ってるんだか。今日僕はお前らにこれを見せるために呼び出したんだから」
「胸張って言えることじゃねえんだよ!」
「自発的に特級呪物錬成しやがって!」
青仁と二人で一茶に噛み付くも、当の一茶はそれこそすっきりした、という感情を隠しもしない清々しい笑みを浮かべている。ふざけるなよ。お前マジで何を思ってこんなもんを本人に見せてるのか。
「特級呪物?どこがだ。これは単なる意識調査の結果の一部に過ぎないってのに。まあそんなことはどうでもいい」
「どうでも良くねえよ!」
梅吉の叫びをいなして、一茶はしたり顔で二人に問う。
「で、ご感想は?」
「……」
「……」
それはもう見事に黙り込んで、梅吉と青仁は顔を見合わせた。というか、そうすることしかできなかった。
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