茶番は正直結構へたくそ
もはや互いに「頼むからお前が折れろ」と願っているような有様であったが、そこで折れられたら苦労しない。
「あっ。ねえねえ、駅前に新しくできた喫茶店とかどう?あそこ行った事ないからさ〜」
「い、良いわね。行きましょ?」
ひとまず衆人観衆の中で美少女ムーブを続けるには、梅吉の心臓は脆すぎるので、適当な理由をでっちあげて青仁を誘導する。
なお双方既に気がついているが、この喫茶店に二人は行ったことがあるし、なんだったら別に新しくできてもいない。完全に精神がすり減り気が動転し、なんかそれっぽい言い訳を、互いに虚言であるという前提の上で吐いているだけである。
さて、無事に入店した二人だったが。先に行動を起こしたのは青仁だった。
「梅は何を頼むの?」
青仁はさりげなくスマホを片手に微笑みながら、もう片方の手で机に広げたメニュー表を指す。とはいえそれはあくまで表面上の行いであり。
『もう勘弁してください』
奴のL◯NEは、それはもう見事に弱音を吐いていた。
「えーっと何頼もうかなあ〜。あっ、本日のおすすめコーヒーとかあるんだ!これにしよっと!」
梅吉も表面上はキャッキャとしながらも、机の下に右手を引っ込め、太ももの上にスマホを置いて返答する。
『オレも早くやめてえよ』
『でもお前表面上でもオレが先に折れたら煽るだろ』
ちなみに梅吉はこの店に本日のおすすめコーヒーというメニューがあることは知っているし、なんだったら普通に頼んだことがある。その時は確か中々にごついプリンアラモード目当てで店に突撃したので、飲み物にそこまで気を配らなかったが故の選択だったが、今回においては完全なる思考停止である。
「あら、そんなものがあるのね。私もそれにしようかしら」
チラリとスマホを見た青仁はぴくりとこめかみを震わせつつ、あくまで口では美少女ムーブをし続ける。……とはいえ既に体裁をかなぐり捨てているスマホ上では、その限りではなく。
『当たり前だろ』
『何言ってんだ梅吉』
『そこで当たり前だろって言っちゃうから嫌なんだよ』
『じゃあ今から一緒にいっせーのでやめようぜ』
『お前絶対に裏切るから嫌だ』
それはもう見事にいつも通りのやり取りが繰り広げられていた。
どうやら不可抗力的に始まってしまったこの戦いのルールは、如何に表面上は美少女としての体裁を保つという名の茶番を繰り広げつつ、水面下(L◯NE)で相手を出し抜くか、なのである──!
要は、いつの間にかアホな催しに帰結していたのだ。正直いつものことかもしれない。
『何言ってんだ裏切らねえよ』
『何時何分何秒地球が何周回った時に俺が裏切ったし』
『懐かしいなそれ』
『今時の小学生は言わなそう』
『マジ?これって指スマ並に小学生が絶対通る道じゃねえの?』
『指スマって何』
『オレそれ知らないんだけど』
正直既に限界が近いせいか、口頭での会話以上にL◯NEが盛り上がっているが。
「あれ?どうしたの青伊ちゃん。黙り込んじゃって」
その隙を見逃す梅吉ではない。ここぞとばかりに、スマホに熱中している青仁を突いた。
「おっ、おま……!」
「おま?」
梅吉が思いつく限りの可愛げを乗せて、ちょこんと首を傾げる。おそらく梅吉の容姿と相まったこの手の挙動の破壊力は、端的に言って半端ないものであるはずだ。
「……な、なんでもないわよ。ちょっとL◯NEの通知が貯まっちゃってただけ」
「そっか〜」
取り繕うことには成功していたが、一瞬勢いよく目を見開いた瞬間を梅吉は見逃さなかった。大人びた美少女の童貞丸出しの瞬間、あまりにも間抜けで可愛すぎる。
……ん?なんか今ヤバい思考が混じらなかったか?
『おまねひ』
『おめ』
『お前お前お前お前お前』
『お前〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!』
なおL◯NE上ではもはや取り繕う必要などありはしないと言わんばかりに、誤字を大量製造し大暴れしていたので、そのギャップと相まって余計に愉快ということもある。
『ウメェ!吉 がスタンプを送信しました』
『ウメェ!吉 がスタンプを送信しました』
『ウメェ!吉 がスタンプを送信しました』
とりあえず、爆笑しているスタンプを三連打しておいた。
「で、でもさっき梅だって」
「すみませ〜ん!ご注文、お願いできますか〜?……青伊ちゃん、どうしたの?」
「な、なんでもないわよ」
そういえば注文していなかったな、と思い出し店員に声をかければ、青仁が無事再放送じみた挙動になりつつあった。いつかに見た光景である。こいつ、動揺パターンの引き出しが少なすぎやしないか。そんなんでは社会でやっていけないだろう。社会の実態なんて一介の高校生である梅吉は知らないが。
「お待たせしまた〜!ご注文、お伺いいたしますね!」
「ええっと〜本日のおすすめコーヒー……青伊ちゃんもそれだったよね?」
「う、うん」
「じゃあさっきの二つ!それとプリンアラモード一つ!」
「かしこまりました〜!ご注文は以上でよろしいですか?」
「大丈夫です〜」
店員との会話となれば、この奇妙な茶番のあるなしに関係なく、取り繕いは必須である。とはいえいつものそれより五割増しで女の子ムーブをしてはいるが。正直大分しんどいし、奴に至ってはもう完全に猫から青仁がはみ出ている。一応流石にこの状況で高速でスマホを操作し続けるのは色々よろしくないと理解しているらしく、L◯NEは沈黙を保っているが。心なしかスマホを握りしめる手が震えている気がする。
そうして注文を終え、店員が去っていった後。
『よしわかった』
『俺の“奥の手”ってヤツを見せてやんよ……!』
何故か青仁が妙に小物臭い発言をし始めた。それ絶対奥の手を出した直後に爆速で退場する主人公の最初の対戦相手の噛ませ犬でしかないだろう。
『中学二年生に退行したのか?』
とりあえず適当にツッコミを送信しておいたのだが。
「なんで私コーヒー頼んでんだろ。前ここ来た時普通にメロンソーダフロートに突撃してたはずなのに。絶対さっきの私頭おかしかったよな」
「はいレギュレーション違反〜!即刻退場してくれ!」
マジの奥の手を繰り出して来やがった為、梅吉は爆速でレフェリーと化したのであった。
「なんでだよ。何も禁止事項じゃねえだろ。つかルールを明文化してないんだから私がルールだし、お前の方が明確にルール違反だろ」
「は?お前の方が先に破って敗北してんだからオレはもう関係無えんだよ。自分ルールとかお前ガキかよ」
「そっちこそ自分ルールぶちまけてんだよなー!」
「うるせえ黙れ。オレがルールだ」
「お、じゃなかった私のセリフパクんないでくれます〜???」
お互いもはや茶番をする必要はないと、遠慮なしの罵り合いが発生する。それはもう先ほどまでの美少女っぷりが完全に無に帰す程のキャラ崩壊っぷりではあったが仕方ない、先ほどまでがキャラ崩壊で、むしろこちらが二人にとっては正常なのだから。
決して、逆作画崩壊に類する何かではない。
「……なんか、疲れたな」
「わかる」
とはいえ、二人は真剣に口論をする気力すらも先程の無意味な意地の張り合いで消費してしまっていた為、すぐさましょーもない勝利への執着は投げ捨てられてしまったのだが。
「俺やっぱ追加でメロンソーダフロート頼もうかな」
「頼め頼め。オレも多分足りないから追加でなんか頼むし」
「……やっぱさあ。あの手の茶番、できなかないけど。こうも長時間になると完全に我慢大会になるな」
「わかる。短時間なら面白いんだけどな」
「でも長時間できなきゃ意味がないって言う」
「この世、やっぱ正気の沙汰じゃ無えよ……」
先ほどまでの威勢が嘘のように、二人揃って喫茶店のテーブルに沈みながら話す。
「なんか、練習した方が良いのかな」
「えー……やりたくねー……もうお前がオレをおちょくる時みたいに、最悪一人称だけ変えりゃどうにかなるだろ……」
「そうか?そうかも」
「はいそれで解決」
「お前もう何も考えたくないだけじゃん」
「それはお前も同じだろ」
練習?そんなもの絶対にやりたくない。十中八九いつかの対女子対話訓練みたいな目に梅吉が一方的に遭って死ぬだけである。それこそフェアじゃないだろう。
「まあ一緒にいる分には何も取り繕わなくて良いんだし、うん」
「露骨に面倒臭がってるじゃん」
「そりゃ面倒に決まってんだろ。てかお前がさっき言ってた指スマってマジでなんなの?」
いつまでも暗い話題を話していてもつまらないので、先程から地味に気になっていた謎キーワードの意味を問う。少なくとも梅吉はまるで聞き覚えがないのだが。
「えっお前マジで言ってたの?あれこそ小学生共通言語だろ。これだよこれ」
そう言って青仁が両手を握り込み、両手の指をぴたりとくっつけて、握った上面に親指を乗せ、こちらに見せつけた。
「……あー!これか!!!懐かし!!!」
「やっぱ知ってんじゃん。突然知らないとか言い始めたからマジでビビったんだけど。これ知らなかったら俺お前のこと小学校エアプって呼んでやるとこだったぞ」
「それ指スマって言うんだな。これやりたい時、手の形作って見せてこれやろうぜ〜って言ってたから名前知らなかったわ」
「マジで?」
何故か妙なところで異文化交流が始まってしまった。通っていた小学校こそ違えど、二人とも生まれも育ちも同じ市内の筈なのだが。案外妙な地域差は存在していたらしい。
「なんか指の形作ってたらやりたくなってきたな。久々にやるか?さっきの勝敗も結局決まってないし」
「やる。今度こそ俺の勝ちを何の文句のつけようもなく成し遂げてやるからな」
「言ってろ。オレが勝つに決まってるからな」
完全に小学生の行動パターンだが、男子高校生(願望)は定期的に年齢が退行するものなのである。致し方ない。ということで指スマ(暫定)で決着をつけることになった訳なのだが。当然二人であの手遊びをやると一瞬で終わってしまう為、やれ三番勝負だ五番勝負だと続いて行き。
「クッソまた負けた!えーとなんだこれ、百番勝負だから!まだ俺は負けてねえ!」
「往生際が悪すぎないか?てかオレもう自分が何回勝ったか覚えてねえんだけど」
「うるせえ黙れほらもう一戦!」
無事小学生レベルの遊びにマジになる女子高生という絵面を店員に目撃されることになったが、また別の話である。
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