一応魔の手はあるらしい その2

「人数多い方が楽しいでしょ?ほら行」

「──あのさあ、邪魔しないでくれる?」


 男の声を遮るように、梅吉はじろりと睨みつけながら言う。上背という単純ながらも便利な武器を失ってしまった今、それに大した効果があるとは思えないが、それでも保険は重要である。


「……えっ」


 絡まれている青仁の腕を掴み、引き寄せる。惚けたような奴の間抜け面を一瞬視界に収めつつ、改めて梅吉は男に向き合った。



「わたし達、デート中なんだけど。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえって言葉、知らない?」

「……?!」



 じっとりとした非難するような視線を思い切り浴びせながら、梅吉はそう言い切った。


「……へ?」


 結果、二人に声をかけてきた男たちは、面白い程ポカンとした間抜け面を浮かべた。どうやら梅吉の試みは無事成功したらしい。


「〜〜〜〜ッ、ぁ、ぇ?」


 とはいえ肝心の男達よりも引き寄せた青仁の方が驚いている気がするが、無視。混乱しているその様子は、それこそ誰の視界にも入らないように、腕の中に閉じ込めてしまいたい程の可愛さだったけれど、残念ながらそれを堪能しているような暇は無いのだ。


「ほら、行くよ青伊」

「あ、ちょ、ちょっと待」


 ひとまずこれで隙は作れた、と動きの遅れた男たちを置いてけぼりに、梅吉は青仁を引きずり走り出した。

 地元からは数駅離れているとはいえ学校の周辺だ、二年間も通っていればある程度の土地勘は形成される。細い道をいくつか経由して回り道をすれば、駅に辿り着けるだろう、そう思っていたのだが。


「あやっべ。ここどこだ」


 そういえば梅吉は普通に極度の方向音痴道覚えないマンなので、普通に迷子になったのだった。


 とはいえナンパは振り切れたようなので、ひとまず良しとする。青仁の手をぱっと離して、スマホを取り出した。

 ちなみに、梅吉のこの手の地図アプリとの和解成功確率は三割ほどである。ちょっと触るとぐるぐる回って意味が分からなくなるような、操作性☆1のアプリと和解できる筈もないので当たり前だが。


「……はあ。コンビニ?無えよそんなもん。嘘つくな。ここにあるのは家と家と家だけだってのマジでどうしろって」

「……お前」


 梅吉がいつものようにスマホをぐるぐると回したり拡大したりと格闘していると、何故か妙にぐったりとした様子の青仁が、呻くように口を開いた。やっとこさ正気に戻ったらしい。遅すぎないか。


「やっと復活した。お前も頑張ってくれない?これオレじゃ無理だわ。逃走は頑張ったんだから、帰るのはお前が頑張ってくれよ」

「……」

「おーい青仁。お前まだ死ぬの?やめてくんない?お前に死なれたらオレ家に帰れないんだけど」

「……やる」


 のそのそと青仁がスマホを取り出す。ひとまず動ける程度にはなったらしい。一体何が原因でそこまで動揺しているのかさっぱり見当がつかないが、まあ家に帰れるなら何でも良いだろう。


「……お前さあ」


 なんて思っていたら青仁が地図アプリを操作しながら、ぼそりと梅吉を詰り始めた。


「何。お前を助けてやった分際でオレに文句を言う訳?」

「いや文句っつーか……お前の、そういうのそつなくできちゃう所……マジで本当、さあ……」

「はあ」


 なるほどよくわからないが、梅吉がナンパへの対処をさらっとできてしまった事に思うところがあるらしい。確かに今思い返してみるとアレはまあ、青仁の性癖に刺さるかもしれない。鉄板ネタだし。


「大変だなあ、お前」

「なんでそんな他人事なんだよ……」

「いやだって」


 きょとんと首を傾げながら、梅吉は言う。


 想像する。『私、今からこの子とデートなのよ。だから邪魔しないでくれる?』と言って梅吉を抱き寄せる、梅吉好みの美少女──青仁の姿を。確かに、そんなことをしてもらえたら梅吉はそれはもう満面の笑みで天に召される事だろう。


「お前、ああいうのできないだろ?絶対に起こり得ない事に思いを馳せてもなあ」


 そういったことは、青仁には期待していない。いや完全に期待していない訳ではないのだが、無理なんだろうなあ、とぼんやりと考えている。

 先日の記憶から抹消したい一件から考えるに、どうやらピュアすぎて絶叫したくなるような甘々対応は奴にも可能なようだが、それとこれとは違うだろうし。できないことを求めたところで意味なんてないだろう、そう梅吉は判断していたのだが。


「……」


 スマホに死んだ魚のような目を向けていた青仁の手が、ぱたりと止まる。どうにも澱んでいるように見えるそれは、梅吉を一瞥した後。


「ふうん……そっか。そういうこと、言うんだ」


 低い声で、梅吉の死亡フラグを成立させた。

 そりゃあもう青仁なんて目じゃないほどに勘の良い梅吉は冷静に「あっこれオレ死んだな?」と判断すること自体は間に合ったが。残念ながら逃走するには時間も土地勘も足りなくて。踏み出そうとした瞬間、にっこりと笑った青仁に手首を掴まれる。



 ──目だけが笑っていないように見える笑みで、梅吉好みの美少女が笑っている。刺々しい視線が降り注ぐ中、お前そんな器用な真似もできたんだなあ、と現実逃避そのものな思考を回した。

 そうでもしないと、正気を保てなかったとも言う。


「梅が言ってたじゃない。私たち、デート中なんでしょ?」

「……っ」


 わざとらしく女の子としての方の名前を呼んでくる青仁から視線を逸らす。とはいえそんなちっぽけな抵抗は最早手遅れである。あ、これやばいな、と他人事みたいな感想が脳裏をよぎったところで、梅吉はやっと青仁の心情に気がついた。

 どうやら奴は馬鹿にされたとでも捉えて、キレているらしい、と。


「ほら」


 青仁がそう言って、有無を言わさず梅吉の手をひく。なるほどそういうことをするならば、こちらにも手はある。ついでに言えばきっと、自分の方がそういう意味では有利だ。

 どうせあいつのことだ、ここまで全てアドリブの、衝動に任せた行いであることは想像に難くない。付け入る隙はいくらでもある。


 だから梅吉は、覚悟を決めた。


「もう、急に引っ張らないでよ〜……青伊ちゃんだから、良いけどさ」

「……ッ」


 奴が好みそうな女の子の素振りを、全力で行う覚悟を。

 認めたくないが、己の「それっぽい女の子ムーブ」はそれはもう見事に奴に刺さるらしいのだから。ならば利用するしかあるまい。既に微妙に調子を崩しつつある青仁を視界に入れながら、梅吉は釣り上がりそうになる口角を押さえた。


 喧嘩を売ってきたのなら、こちらも全力で受けて立とうじゃないか。はてさて、奴はどこまで耐えられるのだろうか。


「……なら良いじゃない。それに私だって、突然デートだって言われて驚いたのよ?」

「でも〜、青伊ちゃんはオッケー出してくれたじゃん」

「勿論。梅の誘いを断らないわけないでしょ?」

「知ってる!」


 互いに相手の名前をわざとらしく呼びながら、それっぽく振る舞う。とはいえ既に二人の口角はぴくぴくと震え、視線は定まらずあちらこちらをふらふらと彷徨っている有様だ。案外勝敗は早く着くかもしれない。


 と、思っていたのだが。


「ねえねえ、この後どこ行く?」

「え、えっと……ど、どこにしよっか〜?か、考えてなかったから」

「まあ突然だったもんね〜。ん〜、わたしもノープランだからなあ」


 お互いうっすらとボロは出つつあるものの。二人が駅に辿り着いてもなお、この奇妙な猫被りの我慢比べは継続していた。

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