予想外から襲い掛かるのマジでやめろ その2

「ほら、いつまでも階段でだべってるのもアレだしとっとと行くぞ」

「お前がやったんだろ」

「お前にこれがそこまで刺さるとは思ってなかったんだよ」

「うるさいな。私にだって性癖ってもんがあるんだよ」

「だからそれやめろって言っただろ!」


 この世は結局不意打ちが一番強いのである。さらりと攻撃を仕掛けてきた青仁に怒鳴りながらも、梅吉は階段を登り切った。その後ろを青仁が付いてくる。そのまま自室へと足を踏み入れた。

 自分達以外誰もいないのはわかっているが、それでも一応としっかり扉を閉める、またの名を逃亡防止策と言う。絶対に逃しはしない。


「さあて青仁、先攻後攻、どっちだ?」

「後攻」

「よっしゃわかったお前が先攻な」

「は?なんで聞いた?もしかしてお前言語って概念がない未開の地出身?」

「生まれも育ちもお前と同じ市内だが???」


 なお当然といえば当然だが、この辺りできっちりと一悶着あった為カットである。


「クッソ……あの時オレがグーを出していれば……!」

「いよっしゃああああああ!!!!後攻!!!!」


 お互いがお互いにとって有利な状況に持って行こうとする醜い争いを繰り広げた後、最終的にじゃんけん一発勝負というしょうもないもので雌雄は決された。梅吉が先攻、青仁が後攻である。嫌な予感しかしない。

 それでもやるしかないのである。例えこの後の梅吉の命が保障されていなかろうとも……!


「ま、まあいい。どちらにせよやることは変わんねえからな!それと青仁、ちゃんとオレの指示通りにしてくれたんだな。偉いぞ」

「もうオチが見えてるんだけど……まあ、着てきたよ」


 青仁が不服そうにしながらも、露出した自らの生足に目を向ける。本日の青仁はシンプルなトップスにショーパンを組み合わせた格好だった。梅吉はあの後タイトスカートと黒ストッキングを提案したのだが受け入れてもらえなかったらしい。流石に警戒されていたようである。


「良し。じゃあそこに正座な。絶対に動くなよ」

「その頑なに言わないスタンスなんなの?」

「良いからはよやれ」

「えぇ……」


 わかりやすくたって良いじゃないか、それでこそ健全な男子高校生(元)と言うものだろう。と勝手に自己正当化を終えた梅吉は、やる気のない青仁を急かす。


「はあ……早くしろよ。俺も色々やりたいんだから」

「んじゃ遠慮なく」


 俺は呆れています、と完全に顔に書いてある奴がのそのそと正座をする。それを確認した梅吉は、青仁の太ももに頭を預け、寝転んだ。


 すなわち、膝枕である。


「………………ここが理想郷シャングリラ、か」

「黙れ」


 人生初膝枕、その感想たる第一声がこれであった。なんかノイズが混じっている気がするがきっと気のせいである。梅吉の理想を体現したかのようなお姉さんは黙れなんて言わない。


 最初に特筆すべきは何てったってその柔らかさであろう。すべすべの白いもっちりとした太ももが天から贈られし至高の一品であるということはこの世の絶対的な真理の一つであるからして。そんなものを枕にしてしまったら、それはもう最高以外の形容詞が消失してしまう。

 更に言えばほんのりと人肌の温もりがあることも、今己が体重をかけている対象が女の子であるということを如実に語っており、心地よさに拍車をかけている。


 そして──見上げた時に見える絶景も、膝枕を語る上で外せないだろう。何せ今梅吉が膝枕をしてもらっているのは、それはもう大層立派なおっぱいをお持ちになっている美少女である。視界に物理的に襲いかかってくる巨乳という名の幸福に満ちた質量、それを享受するのもまた、膝枕の醍醐味だろう。

 ていうかこれも本題だよな?と圧倒的胸派・赤山梅吉(17)は思う。


「お前今絶対やべえ顔してるだろ」

「知るかんなもん。誰にも見えないんだから良いだろうがよ」

「恥とか無いのか?」

「そんなもの、欲望を実行する邪魔にしかならないだろ」


 上から青仁の呆れたような声が降ってくるが知ったことではない。こちらからも青仁の顔は見えていないので良いだろう。流石巨乳、一種の目隠しとしても機能するとは。有能すぎる。


「つーかこれでも色々諦めたんだからな」

「何言ってんだお前。何も諦めてないだろ、性癖全開だろ」

「いや本当はこの状態で耳かきしてもらおうと思ったんだよ。でもお前不器用だから勢いよく鼓膜破りそうだなと」

「否定できない。ていうか多分任せられてたら拒否ってたわ。責任が重すぎるだろそれ」


 誰だってエロのために負傷はしたく無いのである(一部の特殊な変態を除く)。主にその後の病院での事情説明が恐ろしすぎるので。そうでなきゃ転んだ拍子とかに偶然ケツに異物が入ったとか言いながら病院に行く輩は現れまい。


「だろ?あ、ちなみにここで『梅吉くん♡お姉さんの太もも、どうかな?』とかって囁いてくれたら百点満点なんだけど」

「い、言えるかそんな小っ恥ずかしいセリフ!!!羞恥で死ぬわ!!!!!」


 割と本気の要望だったのだが、食い気味に拒否されてしまった。


「え、ダメなのこれ。別に良くね?」

「良くねーよ!おいお前俺のターンの時似たようなこと言わされても文句言えなくなるってわかってんのか?!?!」

「別にこれぐらいは言ってやっても良いけど」

「……」


 まあ完全に恥ずかしく無いとは言わないが、ここまで全力で抵抗するほどの内容でも無いだろう。そもそもの話、と梅吉は首を捻りながら口を開く。


「ていうかさ、前ふざけて『お姉さんに甘やかしてほしいんでしょ?』ぐらいは言ってただろ。後オレといちゃらぶセックスしてえとか。そういうこと言えるならこんぐらい恥ずかしくなくないか?」

「〜〜〜〜〜ッ?!」


 がた、と勢いよく青仁が揺れ、露骨に動揺を示した。


「うわおま、急に揺れんなよびっくりしただろ?!……おーい青仁」

「……」

「返事しろよ、黙りとか卑怯じゃねーの?」

「……」


 一体何をそんなに慌てているのだろうか。梅吉には特段青仁を動揺させる気はなかったのだが。不思議に思いながら梅吉は頭を動かし、胸の隙間から青仁の顔を見ようと模索していたのだが。


 ぷるぷると震えながら両手で顔を覆い隠して、耳まで真っ赤に染め上げた青仁が、そこにはいた。


「……マジでどうしたんだお前」


 流石に様子がおかしい。いやこいつの様子がおかしいのは元からだが、これは梅吉にとっても初見の反応であった。梅吉が困惑していると、白く柔らかな指の隙間から、聞き逃してしまいそうなほどか細い声が溢れた。


「……ぁ、の、そ、れは流石、に、言えない、というか」

「はあ。なんで?」

「~~~ッ」

「言葉にしてくれないとわかんねえんだってば」


 いまいち要領を得ない。とりあえず青仁が現在何らかの形で凄まじい羞恥心に襲われているということだけはわかったが、その羞恥の理由がわからなければ話にならないだろう。


 そうして何も理解していない梅吉は青仁に無邪気に問いかける。自らの外見が、声が、言葉が、その全てが青仁に対する羞恥プレイに拍車をかけていることに気が付かぬまま。

 人間、意識をしていない相手だからこそ言えることがあると言う真実は。残念ながら梅吉は知らなかった。


「……とにかく今は無理っつってんだよそれぐらいわかれよばーかばーか!!!!!梅吉のにぶちん!童貞!彼女いない歴=年齢!!!」


 しかし諸々の耐性が死んでいる青仁が長く耐えられるはずもなく、ついに青仁が盛大に爆発した。


「お前はお、オレがいるから一応もう彼女いない歴=年齢なんじゃ無いと思うけど?」

「マ゜っ」

「……あれ?マジ死?死体処理とか面倒くせえからやりたく無いんだけど」

「お前ちょっと俺の膝から降りろ!!!無理!!!もう勘弁して!!!」


 とはいえ結局のこの世は無知こそが最強なので、青仁と違ってまだ色々と自覚していない梅吉が負けるはずもなく。淡々と青仁に正論を突きつけ、無事青仁は死亡する羽目になった。

 勿論梅吉は状況に理解が及んでいなかったので、元気に首をひねっていたが。


「なんだ元気じゃん。なら良くね?オレはまだお前の膝枕を堪能し切ってねえんだよ」

「俺は天才だからわかっちゃうんだけど、その堪能するまでの時間って多分無限だよね」

「よくわかってるじゃねえか。っていうかお前がこの後何をするかが怖い」

「いや俺は梅吉みたいに鬼畜じゃ無いから。そんな酷いことしねえよ」

「は?鬼畜?何言ってんだお前」


 梅吉はむしろお姉さんに翻弄されたい側である。ただ今目の前にいるド好みの美少女の中身が、あまりにもこっちを翻弄してくるお姉さん属性に向いおらず、満足にできていないだけで。


「さっきの大分鬼畜だったぞ……」

「だからどこがだよって言ってんだろ」

「……とりあえずさ、もう俺のターンに行って良くない?」

「だから嫌っつってんだろ。まだ顔面を太ももに埋めるっていう重要任務が残ってんだから」

「おい待て」

「?」


 膝枕をやってもらえるとなったら、それだけは絶対にやらねばならないだろう。何を言っているのだろう。


「何キョトンとしてんだよそのツラで全てが誤魔化されると思うなよ?!」

「あ、後おっぱいを顔面に浴びたい」

「っ?!」


 ば、と青仁の腕がたっぷりとした乳房を隠すように抑え込む。その仕草が逆にそそられるとわかっていてやっているのだろうか。だとしたら相当な策士だが、まあそんなことはまずあり得ないので普通に素だろう。かわいいなお前。


「だからお前は何をそんなに抵抗してるんだ。お前だって逆の立場だったらオレにやって欲しいだろ」

「じゃあ逆に聞くけどお前はこの羞恥プレイに耐えられる訳?!」

「諦めの境地」

「足掻けよお前だって男だろ?!」

「外見はどこからどう見ても立派に女の子だから説得力がカスなんだよなあ」

「くっそ」


 こうして無駄口を叩いている間も膝枕は続行されているのである。ついでに言えば少し青仁が上体を動かす度に、ちょこちょこおっぱいが梅吉の顔面に直撃して幸せな気持ちになれるので、梅吉には徳しかないのだが。


「も、もう二度とやらねえ……!」

「いやそんなに?ていうか、そんなに嫌ならこっちにやり返してくれてもいいんだぞ?流石にそれぐらいは覚悟してるし」

「それやったらさっきの自分がフラッシュバックして素直に膝枕を味わえなさそうだから嫌だ。あ゙ー!、お前本当マジでなんつーことしてくれやがったんだよ!」

「だからお前がそこまでぶつくさ言ってんのが一番意味わかんねえんだって」


 結局太ももに顔を埋める許可が出なかった梅吉は、一応顔面でおっぱいは味わえたしまあいっか、とひとまずの納得を見せていた。

 ちなみに青仁はいまだに顔を真っ赤にしてぶっ倒れている。


「で、次はお前の番な訳だけど?」

「……ちょっと、休憩させて」

「何に休憩が必要なのかまるでわかんねえけど好きにしろ。オレはおやつ取ってくるから」

「行ってら〜」


 力の抜けた見送りの言葉を背に、梅吉は自分の部屋を後にして、キッチンの方へと備蓄しているおやつを取りに行く。ついでにコップを二つ取り出して麦茶を注ぎ、お盆に乗せた。本当は何かジュースがあれば良かったのだが、うっかり買い忘れてしまったので仕方がない。


「おーい戻ったぞー。って、何してんの?」


 梅吉が色々と抱えて再び自室に戻ると、ぐったりと横たわった青仁がスマホをぽちぽちと操作していた。他人の家とは思えないくつろぎっぷりである。まあ別に咎めたりはしないが。

 しかし美少女が自分の家で気を許しているという視覚情報は、男として色々とクるものはある。まあ結局中身は青仁なので嬉しさ半減なのだが。


「たまに広告で流れてくる、試験管に入った色水を仕分けるゲーム」

「それ気がついたら時間溶けてる類のやつだろ。せめてもうちょっと有意義なやつやれよ」

「普段は普通にア◯プラとか見てるよ。たまたまスマホに入ってて目についたからやってただけ」

「お前が入れなきゃ入ってねえんだよ」


 そんな青仁の側に座り、ついでにその横に持ってきた諸々を並べた。ちゃんとポテチをパーティー開けで開封し、ちびちびとつまむ。


「んで、結局お前はオレに何するつもりなんだ?」

「別にそんな身構えなくても。俺はお前と違ってそんな特殊なことしねえよ」

「オレが特殊性癖みたいに言わないでくれるか?お前だって膝枕好きだろ」

「好きだけど、お前みたいに耳かきって発想はなかった」

「えっ定番じゃねえの。一昔前は耳かき屋さん?とかあったらしいし」

「それ大分いかがわしい奴だろ」


 そりゃあ身構えるだろう、あれだけ好き勝手やったのだから。いや梅吉としてはこれでも大分控えめのつもりだったのだが、青仁の反応が尋常ではなかったのでそう判断している。あと耳かき云々は結構王道ではないのか。


「いや十八歳未満(高校生含む)お断り、って感じではないだろうし大丈夫だろ、多分」

「それが出てくる時点で大丈夫じゃ無えと思うんだけどなあ。つか耳かきの魅力がわからん。何がいいんだ」

「は?お前ちょっと一回Y◯utubeでASMRって調べてみろよ、飛ぶぞ。健康になって彼女もできて人生が薔薇色になるぞ」


 一緒に持ってきたキ◯ラメルコーンとポテチを交互に食べながら、適当にそう返す。でも後になって思えば、その時の梅吉は完全に選択肢を間違えていたのだろう。


「俺詳しくないけどそのえーえす?ってやつもしかしてシャブと同義だったりしないか?まあでも」


 突然だがこの手のスナック菓子をボリボリと食べると結構な騒音が発生する。そしてこれは完全に言い訳だが、この時の梅吉の意識はほとんどおやつに向かっていた。

 つまり、何が起こったのかといえば。



「俺っていう彼女ができたんだから、そこだけは本当なのかな」



 背後から囁く声が、梅吉の耳に直撃し、背中に柔らかな二つの膨らみが押し付けられた。

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