予想外から襲い掛かるのマジでやめろ その1
「えー……俺の家?絶対やめた方がいいよ。そんなたかが『ちょっと気になる』程度のテンションで突撃しちゃだめだって」
先日のクソみたいなホラー映画鑑賞会から数日後、梅吉は早速青仁に一泡吹かせる為の計画を行動に移していた、のだが。
この通り場所の確保に苦戦していた。
「そんなに?」
「そんなに。いや真面目な話、うちのオカン結構な確率で土日も家にいるからさ。その隙間を縫うって考えると、結構厳しいんだよ」
「お前のお袋やっぱやべえのか。まあお前のお袋だしな、うん」
「なんだその納得の仕方は。ヤバいのは否定できないけど」
「否定できねえのかよ」
深いことを考えずに、完全なる好奇心で青仁の家に行ってみたいと発言しただけだったのだが。ご覧の通り色々と難しいらしい。まあ、梅吉も風の噂程度に青仁の母親の最強具合は聞いているので、何故これほど警戒されているのか、ある程度は理解しているつもりなのだが。
「あとこれは俺の完全な予想だけどさ。オカン、変に勘が良いようで良くないから、多分今のお前を見たら秒速で俺が彼女作って来たってご馳走作り始めるぞ。下手したら親父まで呼んで顔合わせが始まるぞ」
「よしわかった行くのやめるわ」
「だろ?」
ちょっと空島家のヤバさを舐めていたかもしれない。梅吉は流石にそこまでのリスクは負えないので、おとなしく引き下がることとした。となると、梅吉の家で開催すべきなのだが。
「……オレの家、もなあ。姉貴の動きって、中々読めないし」
「大学生ってそんな感じなのか?つか、なんで家に行く話になってるんだ?」
「少なくともうちの姉貴はそんなんだな。出かけてる日もあれば家で二日酔いで死んでたりする日もあるし。ってそういえばお前に本題言ってなかったか」
純粋な好奇心、という方向性から話を進めた方が了承を得られそうだったのでわざと口にしていなかっただけなのだが。そんな都合の悪いことは表に出さずに、さも今気が付いたかのように振る舞いながら、梅吉は口を開いた。
「おうちデート第二弾、開催しないか?」
「乗った!ヤるのか?!ついにヤっていいむぐっ」
「馬鹿お前声でかいってか教室でんなこと口走るなや!」
大声で歓喜の叫びを上げた青仁の口を塞ぐ。こうなるのが目に見えていたから言いたくなかった、と言う節も多分にあった。
それにしても、無邪気にキラキラと目を輝かせてそんなこと言う様はなんとも心臓に悪い。全く、自らの外見を省みるとかしないのか(ブーメラン)。
「いやーついにか!ついに俺も童貞そつぎょ」
いまだに残酷な真実に気がついていないらしく、これでもかと調子に乗っていくアホに、梅吉は容赦なく突きつける。
「は?何言ってんだお前。オレらにはもう童貞を卒業するためのちんこが無えんだぞ。そんなんでどう卒業するつもりなんだ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
青仁が衝動に任せて机を叩く。いくら美少女になってしまったとはいえ大元のスペックがそこまで悪くないので結構な轟音が鳴り響き、クラスメイトの注目が二人に集まるものの、発生源が青仁であるとわかるとすぐに平常運転へと戻っていった。
どうやら童貞を捨てる権利すら奪われた、惨めな元男子高校生、現女子高生(美少女)の奇行は日常扱いのようである。
「つかさ、オレがここで仮にヤっていいって言ったとして、お前はどうやってヤるつもりなんだよ。……まさかちんこを使わない童貞の卒業方法があるのか?だとしたら是非ともご教授願いたいものだなあ!」
「お前慈悲とかないのか?!死体撃ちはしちゃダメって小学校で習わなかったのか?!?!」
「んなこと教える小学校があってたまるか」
冷たい眼差しを向けながら、梅吉はさらに青仁に追い打ちをかける。今日も元気良く喚いているが、乗ってやるつもりは無かった。乗ったら話が進まなくなりそうだったので。
「やり方わかんないって思うなら大人しく諦めとけ。今回はそんなことしねえからな。あくまで健全に、具体的に言うと恋のABCD未満だ」
「恋のABCDって古くね?つかそれ基準大分曖昧だろ。人によって変わるし」
「うるせえ黙れ。自分で納得できるヤる方法が思いつかない奴に発言権は無えんだよ」
「……」
青仁が黙り込む。それがわかったら苦労しない、と目だけで語っていた。全く器用なことである。
……まあ、わかったところで今の梅吉がそれを了承できるのかと言われれば。なんとも考えたくない、頭の痛い話ではあるが。ある意味わからないことこそが、梅吉にとっての幸運なのかもしれない。
「別に健全範囲でも色々できることはあるだろ。今回オレはそれをしたくて提案してるわけで。あ、流石にオレがお前にやってほしいこと要望するわけだから、対価としてオレもある程度お前の要望聞くつもりだぞ」
「……へえ。最近のお前、あんなに自分が対価を提供するの渋るくせに。やけに素直だな」
「HAHAHA何を言っているのか正当な労働には正当な対価を!これ社会の常識だろまさかこの社会性の塊のような存在であるオレがその大原則を無視するなどあるはずがな」
「いやそうやって口を回してんのがめっちゃ怪しいんだけど」
「……」
梅吉は沈黙した。人間、都合が悪い時は余計に話すか黙るかの二択なのである。
「イヤ、ソンナ、タイシタコトカンガエテナイヨ。ソリャア、ヤッテホシイコトハアルケドサ。ギャクニイエバソレイジョウノコトハナニモ」
「まあ面白そうだから別にいいけど。てか結局場所の確保どうすんの?」
そういえばこいつは青仁だった、と梅吉は今更ながらに思い出した。深いことを考えているようで考えず、目先の利益に飛びつくタイプなのである。まあその辺りは梅吉も大概なので、あまり他人のことは言えないのだが。
「まあオレの家だろうなあ。ちょっと姉貴にいつ家にいないか聞いてみるわ。お前はなんか直近で予定ある?」
「特には。ていうか早くやんなきゃぼちぼち期末テストだし早くやろうぜ。つかなんでそんなにお姉さんがいるかいないかを気にしてんだ?」
「そういえばそんなもんもあったな。よっしゃじゃあそんな感じでできる限り早く」
「おい何スルーしてんだ、質問に答えろよ。俺はこれからどんなやべえことをさせられようとしてんだ?」
青仁に肩を掴まれ、じろりと睨まれる。そりゃあ何をさせたいのかと言われれば、万が一姉に見られたら反射的に切腹しかねないような行為をさせたいのだが。そんなことを素直に言えるはずもなく。
「胸に手を当ててみて考えろ、お前だって万が一自分の身内にそういうこと見られたら爆発四散するだろ」
「おい馬鹿やめろ!なんつーホラーを考えさせるんだ!うちでそんなことしたら爆発四散どころか『籍はいつ入れるの?』とか言われかねないんだぞ?!」
「やっぱお前んちシンプルにヤバくないか?」
流石にそこまでのヤバさは想定していなかったのだが。やはり青仁の母親とやらにはなるべく遭遇しないほうが良いらしい。となると、梅吉が青仁の家に突撃することはなさそうだ。ちょっと行ってみたいなあと思っていたので、素直に残念である。
なんてことを梅吉が考えていると、青仁が元気に自分を棚に上げた発言をし始めた。
「俺の家がヤバいんじゃない、俺のお袋だけがヤバいんだ。俺と親父は普通だよ……」
「いやお前は限りなくそのオカン寄りだろ……まあいいや。あ、当日は絶対ミニスカとかショーパンとか、生脚が露出する服着てこいよ」
呆れたように返しながら、梅吉はさりげなく要望を混ぜ込んだつもり、だったのだが。
「……俺、今のでお前が俺に何をさせたいかちょっとわかったんだけど?」
「うるせえ黙れ鉄板だろ」
速攻で思惑が看破されてしまったので、どうやら今回の梅吉はかなり不運らしい。全く先が思いやられる。
さて一番の難関かと思われた場所の確保は、姉による「土日?今週の土曜は丸一日出かけてるけど、日曜日は多分家にいるかな。それがどうかしたの?」という発言によりあっさりどうにかなった。
というわけで思いのほか早く梅吉の思いつきは開催されたのだ。
「お前すげーよな。一回来ただけの場所の道順を覚えてられるとか」
「いやまあ、正直ここら辺ってそこまで複雑じゃないし。あと梅吉の方向音痴道覚えない度は異常だから一般基準にしちゃダメだと思う」
特に案内したわけでもないのに、普通に梅吉の自宅のインターホンを押してきた青仁と共に自宅の階段を登る。
妙に視線が定まらず、「俺は動揺しています」と全身でアピールしている青仁を鮮やかにスルーして、梅吉は務めていつも通りに話し続けた。
「むしろオレからすりゃその一般が異常だと思うけどな。すごすぎだろ」
「そうかあ?……つか、あの、その」
ぴたり、と背後から聞こえる足音が止まる。随分と言いにくそうにしている様に、口角がにんまりと釣り上がっていくのを押さえ込んで、梅吉は平然とした顔で青仁の方に振り返った。
「なんだ?青仁」
「……っ」
視線のやり場に困っているらしい、いつも以上におどおどとしたそれは、しかし梅吉から逸らされたかと思えば一瞬で戻ってくる。そこはもう潔くガン見してしまえば良いのに、とは思うものの。それができたら二人ともこんなことにはなっていないだろう。
それに、そうでなければやりがいがない。
「言いたいことがあるんだろ?早く言っちまえよ、なあ。そうしたらきっと、楽になれるぜ?」
くすくすと笑いながら、青仁を煽る。ああ全く最高だ、楽しすぎる。自らの言動一つに翻弄される、自分好みの美少女が眼前にいるのだ。これ以上の幸福はないだろう。
屈辱だ、と言わんばかりに青仁の顔が歪む。その表情の作り方は完全に見知った友人そのものであり、中々に微妙な気持ちになるが。取り繕う余裕すらないと捉えれば、それすらも愛しいものに見えてくるのだから不思議だ。
「っな、なんで、い、いつもみたいな」
「うん」
でもこのもどかしくも甘美な停滞は、もうすぐ終わってしまうらしい。絞り出すように発されていく青仁の声を、梅吉は階段の上段から見下ろすように聞いてやる。
擬似的とは男だった頃から慣れ親しんだ身長差が逆転した中。青仁がついに、言葉を並べ切った。
「なんで、いつも見たいなふわふわな感じじゃなくて、お、男だった時の服に近い格好してんの……?」
「……」
ニヤリ、と梅吉は笑う。その通り、今の梅吉は姉セレクトのゆめかわ系美少女を体現した服装ではなく、随分とボーイッシュな格好をしていた。──それも、青仁の言う通り梅吉が男だった時の服装を。
「いやまあなんつうか、嫌がらせ的な?でも結構苦労したんだぜこれ。今のオレ、マジでこういうの似合わねえんだもん。お前が全然違和感なかったからいけるかと思ったんだけど、やっぱ方向性ってあるんだなあ」
「……な、なんの話?」
いくら美少女だからってなんでも似合うというわけでもないらしい。オーバーサイズ気味の半袖のパーカーこそ、正真正銘梅吉の前々からの私物だが、その下のハーフパンツは流石に女の子になってしまった後に購入したものだ。髪型だって軽くお団子風の結び方になっている。
実のところ本来の趣旨から外れてしまったなあ、と梅吉は若干思っていたのだが。まあ効果はあったようなので良しとしよう。
これから何をされるのか、まだ理解していないらしい青仁に。梅吉は優しく、質問に質問で返した。
「どうだ?お前だってこう言うの好きだろ?好きだよなあ?」
「ッ、?!」
答えなんて分かり切ってはいるが、それでも奴の口から聞きたいのだ。
なんというか最近の梅吉は青仁に好き放題されすぎだと思うのだ。ちょっとぐらい、こういう意地悪をしたってバチは当たらないだろう。いやむしろそれぐらいしないと割に合わない。
「……っ」
顔を真っ赤にした青仁は、ぱくぱくと口を動かしている。どうやら奴からまともな言葉を聞き出すにはもう少しだけ時間がかかるらしい、相変わらずだな、と梅吉が思っていると。
「……ど」
「ん?もうちょっとでかい声で言えよ、それじゃ聞こえねーぞ?」
何かに耐えるように震える手でスカートの裾を握りしめて、青仁がぼそりと呟く。その仕草の時点で梅吉からすれば百点満点だったが。
それだけでは、終わらなかった。
「〜〜〜っ、
完全に羞恥心に脳みそをやられ、ボリューム調整機能が壊れてしまった青仁による絶叫は、面白いほど階段で響いた。
「お、お前そ、それは反則だろいい加減にしろ!!!」
どうやら完全に何も考えていなかったらしい。ショートした思考回路で出せるだけ対抗策は捻り出したようだ。まあ今回はその対抗策がものの見事性癖にクリーンヒットしてしまった訳だが。一人称を変えるのはやめろと言っただろ。結局中身は青仁でしかない美少女に対しての認識が狂ってしまう。狂って、どうしようもなくなってしまう。
「反則?お前だって反則みてえなもんだろ?!なんだよその不意打ちは!!!つか俺がそう言うの弱いって情報手に入れたんだよ?!一茶か?まあ十中八九あいつだろうけどさあ!!!!!」
「い、いや一茶云々は知らねえけど。これは単に、前休みの日にお前に会った時のちょっとした仕返しというか……深い意味なかったんだけど」
完全に青仁の勢いに押されながら、梅吉はネタバラシを行う。本当に大したことはなかったのだ。それこそ完全に前座のつもりでしかない。
青仁が脳死で選んだと思われる格好をしているのにちょっと可愛いな、って思ってしまったことがなんとなく癪に触ったから、じゃあ自分がやったらこいつはどうなるんだろう、程度でしかなかったのだが。梅吉側から誘った理由の一端であるとはいえ。
「えっ。何それ。俺なんかした?マジで心当たりないんだけど?」
「いやあったじゃん。お前がめちゃくちゃ気の抜けた服で映画見に行ってた帰りに遭遇したやつ」
「……は?そんなことあったっけ」
「あったんだよ思い出せ。その足りない頭を全力でひねれば一ミリぐらいは思い出せるだろ」
「もしかしてお前俺の事稀代のアホだと思ってる?」
「うん」
真顔で頷いたら拳が飛んできた。解せぬ。
「……あーでもなんか、そんなことあったような?えってことはこれもしかしてお前目線だと俺の自滅?」
「だからさっきからそう言ってるだろ」
「……待って現実を認めたくない。そうか、これ俺の自滅か……過去の俺何してくれやがったんだよ……」
「そんなに?」
「そんなにだよ!!!!!あーもう……」
何故か本気で過去の自分を呪っているらしい青仁に首をひねる。そんなにだろうか。確かに梅吉も青仁の取り繕いゼロの私服姿を好ましく思ってしまい、なんか微妙な気持ちになったからこそやり返したので、完全に青仁が理解できない訳ではないのだが。そこまでだろうか。
青仁がぶつくさと呪詛を吐き続けるだけになってしまったのは、青仁自身が梅吉の男性的な側面に興奮してしまう事を先日の一件で自覚してしまっているが故に、目の前の自分好みの美少女の中身が間違いなく男であると思い知らされて性癖に突き刺さってしまったからなのだが。無論そんなことを色々と自覚していない梅吉がわかるわけがなく。
「クッソ〜……いつかわからせてやるからな!」
「何をだよ」
「ん?でもこれが仕返しってことはお前も俺の私服姿ちょっとは良いなって思ったんだ?」
「……ま、まあ」
そういえばネタバラシをしてしまった時点で、それについては自分から言ってしまったも同然だった。なんとなく気恥ずかしくてそっぽを向きながらも、梅吉は肯定する。流石にここで足掻くほど往生際が悪くはないので。
「ふーん……後一歩か」
「なんか言ったか?」
「いやあ何も?」
なんともまあ、見事にろくでもない笑顔を浮かべていたので。不純な思考を抱いていることは確定なのだが。まあ思考回路が不純なのはお互いに今に始まった事ではないか、と梅吉は流した。
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