他人を巻き添えにするな その2
ていうか、誰だって常日頃から事故に見せかけておっぱい揉みたいって思っているだろう。梅吉は悪くない。悪いのは梅吉を惹きつけてやまないおっぱいである。
しかしこんなふざけた空気は、長くは続かなかった。
「まあそういうことだから、是非とも頑張ってくれ。あと僕はお化け屋敷にぶち込まれたら120dbぐらいの絶叫を出した上で縋りついた相手の腕の骨を折る自信がある、ってことでよろしくなみどっあ゛っ!!!!!!!」
「有言実行は美徳だが早ければ早い程良いって訳でじゃねえんだぞ木む痛い痛い痛い無理無理ギブ!」
「ひっ?!」
そう、青仁セレクトのホラー映画鑑賞会は、既に始まっているのである。会話に集中していたため何が何だかわからないが、突然血まみれのおどろおどろしい女が大画面に効果音と共に表示され、現場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化したのだ。
ちなみに120dbの騒音の具体例としては、飛行機のエンジン音やドラムの音、近距離での落雷音などが挙げられる。
「うっひょー!いやあこれこれ!こういうのが良いんだよなあ!最高!」
「な、何が最高なんだよなあだよふっざけんな!」
青仁は加速度的にテンションを上げ、梅吉は安定的に悲鳴を上げ、現状最大のクソビビリ野郎である一茶は緑の腕を粉砕せんとし、その痛みで緑が絶叫する。画面の中とはまた別ベクトルの地獄絵図が、狭いカラオケの一室内にて展開されようとしていた。
「ま、まあいい。一茶の提案に素直に乗るのは癪だがなあ!オレにもメリットが提示されたんだ、やってやらあ!」
「えっマジで俺のおっぱい揉むの。おいちょっと待て、ねえ」
この場には一茶という女子同士恋愛至上主義者がいる関係で、席順は最初から梅吉と青仁が横並びで、机を挟んで緑と一茶といった形になっている。まあつまりは、こうして青仁にちょっかいをかけるには最適な配置である訳で。
先程までの心底楽しそうな様子からは一転して怯える青仁に、梅吉はじわじわと距離を詰めながらニヤリと笑って告げた。
「お前だってオレの悲鳴を楽しみにやってきたんだろ?ならオレがお前の乳揉んだってなんの問題もないよなぁ?!」
「くっ、なら俺もどさくさに紛れてお前のおっぱいを揉んでやる……!」
「は?お前はビビリじゃないんだろ?そんなことしたら自分からオレはビビリですーって言ってるようなもんじゃないのか?いやー血が出れば出るほどしゃぐようなイカれ野郎(笑)は掌返しがすんげえなあ!オレにはついていけねえよ!」
「……は、謀ったな?!」
「いやこの罠用意したのオレじゃねえし。何言っちゃってんのお前」
やっとこさ状況を理解したらしい青仁がこちらを睨みつける。そう、状況は既に青仁の持ってきたホラー映画に怯える会では無くなっているのだ。
すなわち──いかにしてなんかそれっぽく青仁のおっぱいを揉めるかを競う会であるッ!
「いけ!梅吉!そのまま青仁のおっぱいを揉め!あっ待てよ今なんか一瞬お化け的なサムシングがいやそんなまさか僕は知らなあああああああああ?!?!?!」
「あんたマジでちょっと黙ってくれねえ?!俺の鼓膜が死ぬんだよ!!!」
まあなんか外野がうるさい気がするがご愛嬌だろう。是非ともこの調子でホラーをいい感じにぶっ壊してもらいたい。流石の一茶も無意識にある程度は手加減するだろうし。多分、おそらく、きっと。
「でもお前だってきゃっ、こわーい的なのが味わえんだから良いだろ、ちょっとぐらいおっぱい揉まれたって」
「それのどこが対等な取引なんだって俺は言ってんだよ!」
「覚えておけ青仁、真の平等なんてこの世には存在し無え、なにせ現代はぱっと見平等っぽいが内実は……な資本主義全盛なんだからなあ!」
「なんかそれっぽく言ってるけどおっぱい揉む揉まないの話だからなこれ?!」
その辺りについては全面的に青仁が正しいだろう。しかし今の梅吉はこの手のふざけた会話をやめる訳にはいかないのだ。
「い゛っななななーんで全身に血ぃ被った女が包丁持って徘徊してんのかなあ?!」
「だってこれそういう趣旨の映画だし」
この通り、ホラー映画に飲まれて素で怖がってしまうが故に!
「ストーリーとしては結構ありきたりなんだけどね、若者がノリで深夜のぼちぼち取り壊されそうな廃墟の団地に突撃するっていう。あ、ほらそこ、錆びた遊具が不自然に動いてるだろ?あれよーく見ると実は子供の幽霊が」
「なんで解説した?!なんで解説した?!?!」
「み゜ィっぴぎゃあああああああああああああああああ?!?!」
「あんた火に油注ぐのがそんなに楽しいのか?!?!腕の痛みと戦ってる俺の気持ちとか考えてくれないのか?!」
せっかく自分の好きな分野について語れる機会なのだから、と言わんばかりに楽しそうに解説を続ける青仁の言葉に反射的に従ってしまえば、言葉通り半透明の子供がいた。ただし人体がつくってあそぼ(意味深)の題材になってしまったかのような悲惨な有様になっている、ホラー仕様に見事チューンアップされた子供だったが。現代技術どうなってるんだ進化しすぎだろ、CG様様だな、なんてズレた思考で必死に恐怖を紛らわせる。
当然梅吉と似たような行動を取ってしまった現場は大変なことになった。ていうか一茶は宣言通り既に泣いている。いくら本人がビビリと言っていたにしても早すぎないか。まだ開幕二十分も経ってないぞ。
そしてそんな一茶の主な犠牲者たる緑も半泣きだった。ただしこちらはおそらく痛みで、である。
そんなカオスな状況で梅吉が何をしたのか?それこそ答える必要がないぐらい明白だろう。
「おい待てそこの梅吉!何さりげなく俺の二の腕に手があるんだ?!さするな撫でるな手付きがキモい!」
「こういうのがやられたかったんだろ?いいじゃん別に。いやーしっかしすべすべだなー最高」
おっぱいに手を伸ばそうとして失敗したので、青仁の腕を精神安定剤代わりにずっと触っていた。別に梅吉はそこに極端に興奮する質ではないが。誰だって美少女の素肌には触れたいだろう。そういうことである。
「お前の辞書にすがりつくのとセクハラは別物だって刻んどけ!二度と消すなよ!!!」
「大体似たようなもんだろ」
「ちげーわアホ!お前脳みそ入ってんの?!」
「お前よりは入ってるわ」
「……最高っ……!」
なお音声をカットすれば、ほんのりと情欲をにじませた若干不格好なニヤけ面で、美少女の腕に頬ずりしてしまいそうな距離で触れ続ける美少女と、それに抵抗しつつも薄らと瞳に情欲をくゆらせる美少女という素晴らしい絵面だった為、一茶は死にかけながらもサムズアップしていた。そのまま溶鉱炉に沈んどけ。
「おーいあんたら良いのかー。完全にこいつの思惑通りだぞー」
「み、緑もっと言ってやってくれ!こいつセクハラすることしか考えて無え!」
「いやそれはお前も同じだろ。オレが『きゃっ?!』とか言ってるところが聞きてえんだろ?なあ?」
「くっ……!」
そこで覗き込むような体勢で問いかけた梅吉と目を合せられないから、青仁は青仁なのである。
まあ、至近距離でそんなことしてくる自分好みの美少女という概念の火力に梅吉が気がついていないが故に、梅吉はそんなことを思えているだけなのだが。
「な、なら俺が受け入れても良いと思えるぐらい良い悲鳴を上げてみろよ!あ、喘ぎ声でもいいぞ。ていうかむしろそっちの方が」
「誰がホラー映画見て喘ぐか!百万歩譲って喘ぎ声望むんならせめてAVもってこ、ひッ?!」
「おあ゛っ」
「あっやべ」
ホラー映画の方がホラー要素をいきなりぶっ込んできたため、反射的に触れていたものを強く握りしめてしまった。つまりは、青仁の腕である。どうやら梅吉もあんまり一茶の事を言えないらしい。
ちなみに無事描写外で一茶と一茶にやられた緑の悲鳴が上がっていたが、二人には関係のない話である。
「す、すまん青仁。いやほら怖くなるとさ、こう、手近なものに捕まりたくなるというか。ほらジェットコースターとかも手を放そうと思っても富〇急レベルのやべえ奴だと安全バーを握りしめちゃったりするだろ?それだそれ」
ぱ、と青仁の腕から手を離す。なお現在進行形でホラー映画は元気にホラーをしている為、青仁の方を向いているように振る舞いつつ、視線を逸らした。
「お前女になっても結構な馬鹿力だよな……まあそれは俺もか。まあいい、謝罪する心があるなら良い悲鳴上げろ」
「いやんなこと言われたって自発的にできないから。後オレにはどさくさに紛れてお前のおっぱいを揉むっていう重大任務があってだな」
「宣言してる時点で何もどさくさに紛れて無えんだが?!」
そんな都合の悪い事は知らない。というかむしろ正々堂々と悪事を行おうとしている時点で、梅吉はむしろ善良なのではないか?
「うるせえ。オレはなあ!こんなえっぐいホラー映画見せられて!割り勘できないからちょっとしかポテト食べられず!もうそれぐらいしか楽しみがないんだよ!!!」
「お前がビビりなだけだろ」
「だからオレは普通だっつってんだろ!そこの緑と一茶も死んでるじゃねえか!」
「だって一茶は自分からビビリ宣言して爆発してったじゃん。あいつマジで何がしたいの?」
「それはそう。自爆に他人を巻き込まないで欲しい」
こうやって口を回している間はホラーから意識を逸らせるので、意識的にくだらない会話をし続ける。というかホラー映画以外に定期的な効果音として緑と一茶の悲鳴が響いているので、余程のことがない限りそこまでホラーは意識せずに済むのだが。
流石青仁セレクトの映画、と言うべきか。こうやって中途半端な視聴の仕方をしていても話の流れが──怖さが理解できる作りになっていたらしい。
映画の終盤にて。それはもう青仁が大好きそうな、最恐とかいう枕詞をつけても許されそうなホラー展開が襲いかかってきた。
「ひ、ぁ」
ぐちゅ、がん、と肉をえぐる音と包丁が振り下ろされる音がカラオケの性能の良いスピーカーから流れる。防音・遮音性能がそれなりに仕事をしているのかそれ以外に音が存在しない上、カラオケという空間は外よりは薄暗い故に、余計深夜の廃墟というシチュエーションに現実味を与えてしまう。
そしてホラーに置いて、現実味というものは効果覿面なのである。
「……ぁ」
さあ、と梅吉の顔から血の気が引く。先程まで威勢の良い悲鳴を上げていた一茶と緑すらも静まり返っていた。おそらく、悲鳴を上げる余裕すらないのだろう。それ程までに、画面の中では目もそらせないような恐ろしい光景が繰り広げられていた。
そして、画面の中でひたすらに廃墟の侵入者たる主人公御一行を切り刻んでいた女が、ギロリ、とこちらに振り向いて。
次はお前だと言わんばかりに、包丁が、向けられた。
「〜〜〜〜〜ッ?!」
当然悲鳴なんて出ない。とにかく恐怖を紛らわせたいという衝動のまま、梅吉は手頃なものに飛びついた。ぎゅう、とそれを握りしめ──
「……ぁ、え?お、オレなにし、て」
「それは、こっちのセリフなんだけど?」
梅吉の途切れ途切れの言葉とは対象的に、やけにはっきりとした声で青仁は答えた。そう言う奴の顔が、くっついてしまいそうなほどすぐ近くにあって。ほんのりと朱に染まっている。
ほんの少し下に目を向ければ、二対の膨らみ同士が互いにむにゅんとその身を押し付けあって、そ柔らか形を歪めていた。端的に言って、絶景である。……自分が関与していなければ、だが。
「俺に抱きついてくるとか、そんなに怖かったの?」
へらり、とからかうように笑いながら問いかける奴の言う通り。あろうことか梅吉は恐怖で気が動転したまま、青仁に胸を押し付けるような形で抱きついていた。
「ち、ちちちち違う、し!こ、これはだな、おっぱいとおっぱいを押し付け合うことによる……えーと」
ば、と弾かれたように後ずさり、青仁との距離を十分に確保した上で必死に弁解を叫ぶも。完全に苦し紛れの言い訳をしている人でしかなかった。いや実際に言い訳なのだし、もはやどうしようもないことであることはわかりきっているのだが。それでも、抵抗せずにはいられなかった。
だって認めたくないだろう、自分が恐怖を紛らわせるために青仁に抱きついてしまった、なんて事実。女の子じゃあるまいし。
「はいはいそうだなー」
「お前絶対信じてないだろ!あーもうやらかしたー……」
「いやー良いものを見れたなー!」
「なーにが良いものを見れたなーだよ!クッソ、お前だけ得しやがって……絶対いつかやり返してやる」
「お、期待してるぜ?梅ちゃん(笑)つか最近は俺がやられっぱなしだったしこれぐらいのご褒美があったって良いだろ」
「その名前で呼ぶな!あとお前言うほどやられっぱなしか?!」
それはもうご満悦と言わんばかりに嫌な笑みを浮かべる青仁を前に、梅吉は決意を新たにする。そうだ、少し前に思いついた私服作戦なんて今やるべきなんじゃないか。よしやろう、絶対にやろう、と脳内で作戦を練り上げていると。
「うわあ……」
何故かドン引きという言葉を体現したかのような表情を浮かべている緑と。
「……」
その足元でぶっ倒れている一茶が視界に入った。
「え、なにこれ。一茶ついに死んだ?おい見ろよ青仁、なんか一茶が倒れてるぞ」
「知らん。本人が自己申告でビビリって言ってたんだし、それ関連じゃねえの?っていうか緑は生きてるのか。耐えれたんだな」
それはもう安らかな顔で気絶している一茶を指差しながら、青仁とああだこうだ騒ぎ立てる。しかしそれを凪いだ目で眺めていた緑は、そこに参加する気配を見せず。
「いやそういうことじゃなくて、あー……もういいや、うん。知らぬが仏って言うしな」
妙に不穏なことを言って、話を終わらせた。どうにも嫌な予感がするのだが、問い詰めても緑は口を割らず。かと言って二人で首をひねった所で、答えは出てこなかった。
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