他人を巻き添えにするな その1

「なあ梅吉。俺たちは元々、お互いの事を理解しているからこそ好き勝手やれる、そう言う名目だったじゃないか」


 青仁がやけに真剣な顔でそう語る。どうやらここ最近おざなりになりがちな恋人関係(仮)について奴は言及するつもりらしい。なお梅吉は奴が手にしている画面がチラリと見えてしまった結果。既にこの後奴が切り出す本題のネタバレを喰らっていた為、見事なまでの半眼を向けていた。


「ってことで映画館デートって鉄板だと思うんだけどその辺ど」

「この時期にお前が誘ってくる映画は絶対ホラーだから絶対嫌だ!!!!」


 身の危険を察知していた梅吉は、青仁の言葉を遮るように絶叫した。


 現在、ぼちぼち夏の足音が聞こえてくる頃合いである。つまりはホラー映画の季節であった。青仁が毎年大はしゃぎしている季節である。なお青仁の基準は壊れている為、絶対について行ってはいけない。

 というか既に青仁のスマホに、どう考えてもヤバい感じの映画が表示されていた。あれを見たら梅吉どころかこの世の大半の人間は死ぬだろう。ていうかさりげなくR15って書いてあったような。それって死と同義では?


「やーいビビり」

「ビビりじゃねえよお前の基準が世間から見て圧倒的にイカれてんだよいい加減認めろ!オレは普通だ!つかわざわざオレを誘うんじゃねえよ一人で勝手に行って来い!」

「映画館デートってものをしてみたくて……」

「かわいこぶるならせめてホラー映画じゃなくて恋愛ものにしろ。そういう事言うやつはR15の映画なんぞ勧めてこねえんだよ」

「は?ラブロマンスとかいう見知らぬリア充のイチャコラを見せつけられる拷問を誰が好んで見に行くかっての」

「はえーよせめてもうちょい取り繕え」


 早々に本性を出しやがった青仁をじろりと睨む。逆ギレ速度が早すぎやしないか。


「俺はなぁ、ビビって『きゃあ!』とかいうお前が見たいんだよ!」

「いやそんな悲鳴あげねえけど……」

「またまたあ。この前イイ感じにやってただろ。雷こわーい!って」


 青仁がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ迫ってくる。いつもの梅吉ならこの辺りではまだ全力で否定していたところではあるが、生憎状況が状況なので、プライドなんていう窮地の際には真っ先にポイ捨てされるようなものにかまっている暇は無かった。


「マジレスするとお前が見せてくる映画マジのガチでやべえから、お前が期待するような可愛い悲鳴は出せないと思う。人間って本気で怖い時声出なくなるらしいから」

「え。そなの?」

「そうだよ知らねえのか。小学生の時なんで防犯ブザー持たされてるのか習わなかったのかよ。ほら、丁度そこに鳴らされる側の専門家がいるんだから聞いてこい。めちゃくちゃ丁寧に教えてくれると思うぞ」


 そう言って、びし、とそこら辺で優雅にいちごミルク(紙パック500ml)にストローを突き刺して飲んでるロリコンを指差す。


「まだ鳴らされたこと無えから!」

「そこ?鳴らされる予定でもあんのか?」

「まだとか言っちゃうからお前はだめなんだよ」


 必死に抵抗しているが、発言内容が一から百までアウトである。常人ならばまず専門家という点を否定するだろう。そこを飛ばして鳴らされていないと言ってしまう辺りが緑が緑たる所以である。


「いや鳴らされる予定とか無いっての。俺無理矢理は趣味じゃねえし、防犯ブザーにはそこまでの趣を感じてないし」

「本当か?」

「あれ、一茶いたんだ」


 緑の背中からにょき、と一茶が生える。どうやら丁度隠れる位置にいたらしく、二人からは見えていなかったようだ。というか、何気に一茶がこちらの教室にいるのは珍しい気がする。


「本当にそう思うならちょっとこれ見てみろ」

「何これ」


 一茶がおもむろに緑にスマホを差し出す。スマホが楽○カードマン!とか言っているので十中八九Y○utubeだろう。一体何を見せているのだろうかと梅吉が考えていると、本題の音声が流れ始める。あまりにもわかりやすいそれに、梅吉は瞬時に一茶の思惑を察する事となった。


「一茶なんでこんなの知ってんの?」

「前バズってただろ」

「そういえばこの踊り見たことある気がする」


 サビでチビキャラが妙にクセになる踊りを踊っている、歌詞が大分アレなロリコンが防犯ブザー鳴らされる感じの某曲であった。


「いや俺ロリにいじめられる趣味はないし、そもそも妹一筋だから他の子には興味無いんだけど……ていうか歌ってるの普通に女性だろこれ。そもそも対象外だっての。ああでも、かけてるってのはわかってるけど9さいっていう表記と年齢は最高だな」

「うわキモ」

「緑覚えておけ、真面目な顔でそういう事を言うからお前はキモいんだ」

「なんで俺こんなにボコボコにされてんの?」


 何故そこで無邪気に首をかしげられるのか。己の胸に手を当てて考えて見てほしい。もしくは股間でも可。


「ていうかお前らはなんで防犯ブザーの話なんかしてるんだ」

「人間本気で怖い時は声が出ないから防犯ブザーがあるんだろって話をしてたんだよ」


 そういえばいつの間にか本題から盛大に逸れていた。何故青仁の怖さ指標がぶっ壊れている話から防犯ブザーの話に繋がるのだろう。不思議なこともあるものだ。


 ところで、全く関係ない話から集まってきた奴らだが。これは梅吉にとって都合が良いのではないか?


「ああそうだ、青仁がホラー映画見たいって言ってるんだけど。こいつの基準ぶっ壊れてるからオレ一緒に行きたくないんだよね」

「いや壊れてねえし。俺が普通だから。梅吉がビビりなだけだから」

「じゃあお前今年見たい映画の予告かなんか出してみろよ。それであいつらがビビったらオレが正しいってわかるだろ」

「よしわかったやってやろうじゃねえか」


 そう、嫌なことは他人に押し付ければ良いのである。我ながらナイスアイデアでは。そんな梅吉のしょーもない挑発に見事に乗った青仁は、スマホを操作し始める。


「梅吉、お前意外とビビりなんだな」

「は?んなわけないだろオレは普通だ普通。あいつの基準がイカれてるだけだ」

「ふうん……」


 どうやら青仁のイカれ具合を知らないらしい、一茶が呑気なことを言いながら、何やら思案する素振りを見せている。


「ちょっと便所行ってきていい?」

「は?ちょっとぐらい我慢しろ。ガキじゃ無えんだから」

「いや怖すぎるとチビるかもしれねえじゃん……どうすんだよここで俺が漏らしたら」

「は?野郎の失禁なんぞ一ミリも価値がないが?死ぬ気で我慢しろ。我慢できないなら死ね」

「俺逃げたいって言ってるだけなのになんでこんな酷い目にあってんだ?」


 ちなみに緑は知っている側だったようで、秒で逃げようとした為梅吉は奴の腕を全力で掴んで捕獲した。一茶からも最悪の援護射撃が飛んでくる。

 いやしかし状況的に梅吉は予告編を見ないで済む上、見せた奴らを味方につけることができる。もしかして梅吉は天才なのではないか。我ながら素晴らしいプランである。


 なお誰も「じゃあ逆に野郎以外の失禁だったら価値があるのか?」と突っ込んでいない辺りが男子高校生クオリティである。


「よーし開けた、これで」


 意気揚々とこちらにスマホを向ける青仁。しかしそこに、待ったがかかった。


「ちょっと待て青仁。僕に一つ提案があるんだが」

「?」


 何故か一茶が口を挟んだのだ。一体何をするつもりだ、先ほどの意味深な態度といい、そもそもの一茶に対する信用度といい、ろくな予感がしないのだが。梅吉が固唾を飲んで見守っていると。



「布教の手順を考えろ。布教ってのは段階を踏んでじわじわと沼に沈めていかないといけないんだよ。いきなり映画館に誘うより、カラオケとかでテレビにスマホ繋いでサブスク経由で上映会でも開催した方が、色々と気軽じゃないか?」

「よっしそれ採用。今日の放課後行くぞお前ら」



 予想通りロクでも無かった。


「お、おいあんた何してんだよ?!自分が何言ってるかわかんねえのか?!」

「一茶お前何も知らないから軽率にそういうこと言えちゃうんだよ!青仁を舐めるなあいつの基準は壊れてんだよ!」

「は?僕は一介の趣味人として他人に趣味を広めろ方法を伝授していただけだが?」


 完全に余計なことをやらかしやがってくれた一茶に、緑共々梅吉は詰め寄るも、奴はどこ吹く風といった様子で飄々としている。

 なんてことをしてくれたんだ。こんな全てが終わっている会を開催してしまったら、終了後には三つの死体と一人の元気いっぱいな狂人が残るだけなのに。


「つーかお前趣味人名乗れるような御高尚な趣味なんぞな」

「女の子と女の子の関係性を観察するというこの世で最も高尚かつ素晴らしい趣味があるが?!?!」

「あんたそれ趣味じゃなくて性癖って言うんだよ」


 梅吉、一茶、緑がギャーギャーと騒ぎ立てる中。今回の騒動の一番の要因たるバカは、それはもう満面の笑みを浮かべて言った。


「絶対来いよ!」


 それはもう、美少女の持つ顔面の力を無意識的に用いた、この世の大半の男に対して特攻も良いところの火力を持つ笑顔だった。こんな素晴らしいものを曇らすことが誰にできるだろうか。


「……」

「……」

「お前それ卑怯だぞ……」


 一茶は視線を逸らし、緑は苦い表情を浮かべ、梅吉は力なく詰る。いや本当に、誰がこんなにも楽しそうな美少女の期待を裏切れると言うんだ。たとえそれが、自分の死と同義であろうとも。





 さてこうして地獄の会は幕を開けた訳だが。


「クソ、終わったら絶対普通にカラオケしてやる……ホラー映画だけで金を消費したくねえ……」


 四人で放課後即カラオケに突撃し、無事一室に収まった後。早速カウンターで頼んだ揚げ物プレートがやって来た梅吉は、どかりと座り込みポテトやら唐揚げやらをもちゃもちゃと食べ続けるだけの生き物と化していた。というか、そうでもしなきゃやってられなかった。


「あんたその揚げ物の山一人で食べ切るつもりか?」

「僕は一口も食べないから絶対に割り勘するなよ」


 外野が何か言っている気がするが無視である。特に一茶の方、お前が原因なんだから意地でも割り勘させてやる。……まあ、奴に割り勘代を払えるほどの財力があるかは疑問だが。

 ちなみに一茶は金がないからではなく、単純にドがつく偏食かつ少食の為拒否しているだけである。


「安心しろ、俺が絶対に梅吉に割り勘させないから」

「は?なんでだよ別にいいだろ付き合ってやってんだから!」

「だってお前との割り勘はほら……新手の罰ゲームだろ」

「知ってっか、お前の好みのホラー映画見せられるのも十二分に罰ゲームだぜ」

「は?何言ってんだお前」

「は?オレとの割り勘だって罰ゲームじゃないんだけど?」

「おーいセッティング終わったぞ」


 物の見事に自分のことを棚に上げて困惑する美少女達に、青仁のスマホを借りてガチャガチャとやっていた一茶が声を上げる。地獄への道は善意で舗装されている、とは本当に上手いことを言ったもんだ。頼むからやめてほしい。


「サンキュー一茶。おー確かにスマホの画面がモニターに映ってる。こっからア○プラ開けばいいんだよな?」

「ああ。それでできるはずだ」

「マジでやるのかよ……」

「もっと言ってやれ緑。一茶、今からでも思い直さないか?青仁はな、お前が思ってる以上にマジのガチでやべえんだよ」


 着々と準備を整えていくホラー狂いと何も知らない一茶に、梅吉と同じくぐったりとした様子の緑が苦言を呈す。それに梅吉も言葉を重ねた。


「何をそんなに恐れているんだか。ホラーがやばいのは当たり前だろ」

「いや青仁のはマジで度を越してるんだってば……」

「そうだぜ木村。空島はマジのガチでやべえんだ。そこんとこをちゃんと考えろ」

「いやだって」


 しかしどれだけ二人が青仁の恐ろしさを説こうとも、一茶は理解する様子を見せない。それどころか未だきょとんとした顔のまま、とんでもないことを口走った。


「どうせホラーなんだから、マジのガチでヤバかろうがヤバくなかろうが、等しく僕は死ぬぞ?」

「は?」

「へ?」


 今なんかおかしなこと言わなかったか?


「おーい準備終わったぞー!これで再生ボタンをポチッと」

「まあそういう訳だから、僕は遠慮なくギャン泣きするんでそこんところよろしくな」


 青仁による死刑宣告を聞き逃してしまう程に、一茶の宣言はいっそ清々しいほど潔く、悲しいほど情けなさにあふれたものであった。


「お、おい木村……あんたまさか」


 緑が震える手で一茶を指さしながら言う。それを受けた一茶は、いつも以上に自信満々かつ偉そうな態度という使用場面を明らかに間違えたそれを持ってして緑の言葉を肯定した。



「僕はクソビビリだ」

「じゃあなんでお前こんなことやっちゃったんだよ?!つか自信満々に言うなムカつくんだけど?!」

「えっ一茶ってビビリなの?」

「あんたマジでふざけんなよ」



 何故そうも堂々と言い張れるのかまるで理解ができないが。とりあえず一茶が本気で奇行に走っているらしいことだけはわかった。いや奴は元々「僕にとっての柔道の『道』は百合が咲き誇りすみっこのほうで男共が爆発四散している道であり、それを成し遂げる為の武力だが?」とか意味不明な主張をほざくような奴なので、奇行なんて今に始まった事ではないのだが。

 それはそれとして見たことのない類の奇行ではある。一体何故こんなことを、と梅吉が考えていると。


「なんでこんなことをやったか?そんなこと決まっているだろう?!」

「何も決まってないから聞いてんだよはよ言え」

「『きゃっ?!ご、ごめん怖くて、つい……』って言いながらさりげなく隣に座ってる女の子の肩とか腕とか掴んじゃう展開が見たいんだよ!お前ら二人でな!!!」

「頼むからちょっとはブレろ!!!!!」


 普通に平常運転だった。勘弁してほしい。何故そこで一貫性を発揮してしまうのか。絶対他にもっと有益な発揮場所があっただろう。ていうかそこまでして百合を摂取しようとすんな。


「どうせならおっぱいでも良いぞ。ていうかどさくさに紛れておっぱい揉んじゃう女の子を再現してくれ。僕のオカズの原料にするから」

「最悪だよこいつ!」

「堂々と俺らをオカズにする宣言してんじゃねえよ!」


 青仁共々一茶に抗議するもののどこ吹く風、と言った様子で奴は言う。


「でもお前ら、この話を聞いて『なるほどその手があったか』って一ミリぐらいは思っただろ」

「……」

「……」

「あんたらそこで否定できないから木村のおもちゃになってんだよ」


 沈黙こそが答え、とはよく言ったものだ。外野から死ぬほど冷静な指摘が飛んできている気がするが、聞かなかったことにする。

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