予想外から襲い掛かるのマジでやめろ その3
「俺っていう彼女ができたんだから、そこだけは本当なのかな」
「っ?!」
梅吉が驚いて振り向くよりも早く、ゆるく細い腕が梅吉の体の前面へと回される。むにゅり、と背中に押しつけられた乳房が、絶対に梅吉を逃さないと何よりも物語っているようだった。
今お前が接触している魔の膨らみの持ち主は彼女(仮)であり、紛れもない青仁そのものであることがさらに梅吉を狂わせていく。
「ね?」
今まで梅吉が聞いたことがないような、いやに優しい声で青仁は言う。それは梅吉が理想としているような包容力だとか、年上の余裕だとか、色気だとか、そういうものには欠けていたけれど。
「ひゃいっ?!」
梅吉の思考を焼き切るには、十分だった。
「あ、ああああああおひ、と?ど、どうしたんだよその、え?マジで何?替え玉???」
「いや流石に替え玉はひどくない?」
混乱のままに吐き出した言葉にすらも、余裕ぶった返しをされ、更にはくすくすと低音の笑い声すらも続けられてしまう。一体何が起きた?というか今自分は何をされている?こんなのオレが知ってる青仁じゃないんだけど?と梅吉の中で疑問がぐるぐると回っているが、使い物にならない脳みそでは、いつまでたっても答えなんて出そうにない。
「本当はさ、後ろから抱きつく感じでこう、梅吉のこと抱抱えられたら良かったんだけどね。流石に今の身長差だとちょっと厳しかったから」
「だ、っからなんでそんなことをしてんのかってオレは聞いてんだけど?!」
「?」
やっとこさ、本題を聞けた。なんだかMP的なものが加速度的に消費されている自覚はあるが、仕方ない。だってこれは何かが違うのではないか、と梅吉の中の何かが言っている気がするから。
一方問われた側の青仁は何故そんなことを聞かれているのだろう、と不思議そうにしながら答えた。
「だって梅吉が俺にやりたいことをやったみたいに、俺が梅吉にやりたいこともやって良いんでしょ?」
「……あ。」
そういえば、そんな話だった。いや本題を忘れていたわけではない、ないのだが。
「と、突然すぎるだろ?!一声かけろよ!」
「お前だって初手で不意打ちかましてきたじゃん。俺を怒る資格無くないか」
「そ……うかもしれねえけど!でも、こんな……」
流石にこの言葉の先は、梅吉の口から言うのは憚られた。
だって言えないだろう、恋人関係のような、友人関係のような奇妙な相手に『そんなピュアな欲望を向けられると思わなかった』なんて!
当然、先程までの自分がやっていたような劣情120パーセントな事をされる覚悟は決めていたものの、こんなドがつくほどピュアな事をされる覚悟が決まっているはずもなく。
「こんな?」
特に深いことを考えていなそうな無邪気な声が背後からする。そのビジュアルと行動パターンから、実行者が紛れもなく青仁であるという証拠を出さないでくれ。自分に背後から抱き着いている自分好みの美少女と青仁を、等式で繋いでしまうような情報を出すな。
自分の中の絶対に壊れてはいけない、それこそアイデンティティの中核をなしていそうな何かが、壊れてしまいそうになるから。
「……お前の事だから、もっとギリギリを攻めたことしてくると思ったんだよ」
回らない脳みそを必死に動かして、どうにかこうにか当たり障りない言葉を捻り出す。正直何に当たり障るのか何もわからないが、嫌なものは嫌なのだ、うん。
「んー?そうか?」
割といつも通りの間抜けな声を耳にして、はたと気が付く。
そうだ、こいつが自分の欲望通りに行動しているなら、それはもう顔面が大変なことになっているのではないか、と。梅吉だっておそらく先程の膝枕実行中は「ぐへへ」とかの効果音を後付けで入れられても違和感がない絵面を晒していた筈なのだ、青仁がそうなっていないとは思えない。
いくらガワが美少女だろうとも、流石に男子高校生が滲み出ている表情を見たらちょっとはこのイカれた心臓も治るはずだ、そうに違いない。ならばとにかくあいつの顔面を見て、可及的速やかにこの湯だった脳みそを冷水に浸そう。そうすればきっと、梅吉は正気を取り戻せるは──
「直接的にエロいことできないってんなら、普通にいちゃいちゃしてえなってなるだろ。まあでも、お前みたいに抜け道狙うのも悪くねえよなあ……ん?どうしたんだ梅吉」
「〜〜〜〜ッ?!」
砂糖と幸福をたっぷりと入れて煮詰めたような、ゆるっゆるの甘い笑顔を浮かべた美少女に梅吉はノックアウトされた。青仁の方に向けていた顔を速攻前に固定する。
そう、梅吉はあろうことか青仁の性癖を忘れていたのだ。
すなわち「ゆめかわ系の美少女とイチャラブしてえ……!」というめちゃくちゃ明確かつ存外にピュアで甘々な方向性だった事を!
「おーい梅吉ー。大丈夫かー?」
「……だ、だだだだだ大丈夫だ、いける、オレはまだいける……!」
「それヒロインに『あなたは十分頑張ったんだから、お願いだからもう休んで!』って言われる主人公ムーブ以外の何物でもなくない?」
「な、なわけないだろ何的外れな比喩表現してんだお前」
的外れどころか割と的確な指摘ではあったが、今の梅吉はそれを認める訳にはいかないのだ。どこからどう見ても完全にパニックになっている人のそれを、今の自分が一から百まで実行している自覚はある。まあ自覚したところで最早後には引けないのだが。
「ほ、ほら好きにしろよ!オレも大分好き勝手やったしな!」
「お?言ったな?」
どこまで奴に梅吉の余裕のなさが見透かされているのかはわからない。それでも梅吉はまるで動揺していないように振る舞い続けなくてはならないのだ。
だってこんなピュアの塊みたいなのに絆されたら、それこそ男として終わりだろ?!
「じゃ、好きにさせてもらうな」
残念ながらここでお手柔らかにどうぞ?などと言って青仁を煽れる程の余裕はなかった。というかそんなことをしてしまったら、梅吉の死が迫るだけだろう。そうでなくても変わらず背中に当たっている魔性の柔らかさが、梅吉の理性をゴリゴリとわかりやすくすり潰しているのに。
「……っ」
梅吉を逃さないと、優しく捉えていた手の片方が梅吉の髪に伸びる。男だった時とは比べ物にならないほど細く、ふわふわとした毛質と化しているそれに、細い指が絡んだ。
思わず反射的にびくりと肩を跳ねさせる。一体何をやっているんだ、いや意図はわかるけども。心情が理解できたところでそれを受け入れられるかと言われれば、それはまた別問題だろう。
「た、たたた、楽しい、のか?それ……!」
「?めちゃめちゃ楽しいけど。お前だってこういうの好きじゃねえの?」
「そうだけどそうじゃ無えんだよ……!」
確かに梅吉は近所に住んでる数個年上のお姉さん(巨乳)(幻覚)に甘やかされたいと常日頃から思ってはいるが、それはあくまで自分が男であるという前提の上で成り立つものであると梅吉は認識している。
だからこれは違う。受け入れられないし、受け入れてしまったら終わりだろう。
女の子として女の子(中身は以下略)に愛でられる事に喜びを感じるとか、あってはならないのである。逆ならまだしも。
「はあ。でもお前だってこれ良いだろ。背中におっぱい当たってるんだし」
「それとこれとは話は別だ。あ、もっと押し付けてくれても良いんだぞ」
「絶対に嫌だ」
「ていうかそれぐらいしてもらえないとやってらんないんだけど」
「……ふーん」
何やら意味深な反応を返す青仁に、梅吉は何故か背筋に寒気が走った。
いやこの場合、本当に寒気だったのか怪しいのだが。その後の展開がその後の展開だったので。
「俺は、梅吉にこういうことしてもらえたら嬉しいのになあ」
普段ファミレスでドリンクバーできゃっきゃしてる狂人はどこに行ったんだ、と叫びたくなるような甘い声が、梅吉の鼓膜に突き刺さった。
「う、うううう嬉しいのか?!オレだぞ?!」
「えっうん。だって俺、梅吉みたいな女の子といちゃラブしたいなって常日頃から思ってるし。そりゃやりたいって思うだろ。でも梅吉絶対そういうことしないじゃん」
「す、する訳ねえだろ?!」
「だから今俺がこうして自分の手番を消費してやってるんだよ。つか俺のやってることの方が、膝枕とかよりよっぽど難易度低いと思うんだけど?だってめちゃくちゃ健全じゃん」
梅吉は頬が発火しそうな程熱を持っている自覚がある上、先程から顔面を前方に固定している為直接的にはわからないが、奴はきっと間抜けな顔を浮かべているだろう。それこそ頭上に疑問符でも浮かべていそうなツラで、だ。
既に自らが圧倒的に劣勢であり、敗北が目に見えている事なんてわかりきっている。そして現実という最も残酷なものは、着実に梅吉の精神を蝕んでいた。故にこれも、仕方のないことだだろう。
「いや健全な方が小っ恥ずかしくて辛いだろ?!?!少なくともオレはそんなに純粋じゃ無えんだよ!!!!!……あっちがこれはだなそのっ、ひ?!」
梅吉の口から、もうほとんど自爆と変わらない発言が飛び出てしまったのだ。慌てて弁解の言葉をつなげるものの、それこそ時すでに遅しと言うべきものであり。
緩く回されていただけの筈だった手が、梅吉を強く抱き寄せた。
「……梅吉は、健全なのよりエロいやつの方が恥ずかしくないんだ?」
多分こいつは先程梅吉が耳かきがどうの、と言っていたのを覚えていたのだろう。青仁はほとんど耳に唇がくっついてしまいそうな距離で、わざと作っていることが丸わかりな低い声で囁く。
ぶわり、と青仁にまでも伝わってしまいそうな程自分の体温が急上昇してしまったことを感じ取ってしまった。恥ずかしくて堪らなくって、ここから逃げ出してしまいたいぐらいなのに、どういう訳だか体は動かないし、動きたいとも思えない。相反する思考と感情の板挟みになりながら、身を縮め、ただ時が過ぎるのを待つ。
でも多分、これは完全に悪手だった。
「梅吉は、えっちな女の子なんだね」
とどめのようなロクでもないセリフを、青仁心底楽しそうに口にする。しかしそんなどうしようもないセリフにノックアウトされてしまった梅吉も、きっともうどうにかなってしまっていた。既に使い物にならなくなっていた思考が、更にその動きを鈍くしていき。
「~~~ッ!」
「痛っっったおいお前突然暴力に走るのはおかしいだろおいちょっと待てぇ!」
羞恥心やら何やらでキャパオーバーした梅吉の拳が青仁の腹に直撃した為、強制終了となった。
「……もう、こういうのは絶対に、しない」
「お前発案者のくせに俺よりボロボロになってやんの」
「うるせえ黙れ。今日のお前、ヤバすぎなんだよ」
「いや梅吉も大概だっての」
もうほとんど死体と化した梅吉は、冷えたフローリングに頬をくっつけて床に転がっていた。その横で青仁が色々言っているが、それもこれも全て青仁が悪い。梅吉は悪くない。
「オレはただ欲望のままに膝枕を要求しただけだし~お前が勝手に死んだだけだろ」
「そっくりそのまま返してやるよ」
「いや最後のセリフは色々と確信犯だったよな?どっから出てきたよそんな語彙」
「……」
「なんだよその目は」
こちらを非難するような、やけにじっとりとした視線が梅吉に向けられる。何故ほんの少し悪態をついただけでこんな目に遭っているのだろうか。
言語化するならば「お前のせいだよ」あたりになる視線の意図までは、流石に梅吉には伝わらない。
「お前も苦しめ」
「は?お前さして苦しんでないだろ」
「そういうことじゃ無えんだよな~!」
「どういう意味だよ」
いやしかし、相変わらず青仁はよくわからないことを言っているが、先程の青仁は本当にやばかった。実のところお姉さんとイチャイチャする、という一点においては当たり前だが梅吉だって普通に好ましいことである。問題はそのお姉さんがお姉さんらしい演技をする気が一切なく、完全に純度100パーセントの青仁だったというのに、梅吉がああなってしまった事なのだから。
というか完全にあの時の青仁は梅吉のことを女の子扱いしていただろう。それで興奮してしまったら本当に一巻の終わりではないか。……だと、言うのに。
「……はあ」
「なんだよお前。アンニュイにため息なんかついちゃって」
「うるせえ黙れ」
「さっきからお前何をそんなにキレてんの?」
別に、嫌じゃなかったのだ。青仁に、ああされることが。少なくとも本心から拒絶することはできなかった。それこそもう一回同じことをやると言われたら、その時の梅吉がどのような行動を起こすのか、自分でもわからない程度には。
まあでも、あれを心の底から本当に受け入れたら、それこそ身も心も女の子になってしまいそうだから、結局受け入れないのが正解なのだろう。何に対しての正解なのか、そのうちわからなくなりそうだけど。多分それがきっと、一番恐ろしい。
「キレてはねえよ。ただその、なんつーか……」
「?」
先程までの態度が嘘のように、平常運転に戻った青仁を見る。
ふと、気が付いたのだ。そういえばこいつは先程、「梅吉にこういうことしてもらえたら嬉しい」なんて世迷言を吐いていたっけ、と。それが本当に、「梅吉」が青仁に恋人同然の甘々な態度を取ることが好ましい、なんて、それこそ奴が好きそうなどうしようもなくピュアで甘々で都合の良い妄想じみた意味だとしたら。
少しだけ、嬉しいかもしれない。
……むしろさっきの仮説よりこの思考の方がヤバくないか?主に現在進行形って辺りが。よし忘れよう今すぐに。大体あんなやつの思う通りになってたまるか。あいつは梅吉の欲求を一部拒否したくせに。それこそ等価交換が成立しない。
「梅吉、どうしたんだ?」
「あーいや、どうせなら『梅吉くんはぎゅってされるだけで興奮しちゃうえっちな男の子なんだね♡』とかだったら素直に喜べたのになあって」
梅吉としては先程の砂糖漬けの思考と青仁を誤魔化すために、適当にクレームをつけただけだったのだが。何故か青仁が正気を疑うような眼差しをこちらに向けて、言った。
「……え、お前やっぱMなの?」
開戦のゴングが鳴り響いた(幻聴)。
「は?おいお前何言ってんだよえっちなお姉さんにそういう事言われながら膨らんだ股間をズボン越しに撫でられてそれに止めてとか言いながらもお姉さんに気押されて全然抵抗できなくてそのまま下着の中に手入れらて愚息を弄ばれたいってのは全人類共通の夢だろ?!つまりオレはノーマルだ!」
「絶対に違うが?!後前から思ってたけどやっぱお前の性癖高速詠唱マジでキモいんだよ!」
「緑よりは絶対にマシだが?!」
「比較対象があの性癖が完全に終わってるロリコン野郎って時点で疑問に思えよ!」
「うるせえ黙れ『性癖は みんな違って みんなキモイ』って名言を知らねえのか?!」
「知るかよ!つかそんなピンク色した名言があってたまるか!」
正直こうして性癖バトルの流れに話が進んでよかったかもしれない、いい感じに気を逸らせて。と後々の梅吉は語ったとかなんとか。
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