合法的なお着替えシーン その1

 水泳の授業である。改めて言うことでもないが、見学でもない限り水着に着替える事が必須である。

 と、いう訳で二人はプールに一番近い適当な特別教室にぶち込まれていた。残念ながら空き教室なんてロマン溢れる代物はこの高校には存在していないのだ。ちなみに被服室である。ここまですれば特に何も起きないだろうという学校側の思惑が透けて見えるが。


 その程度で収まるほど、二人はまともではなかった。


「う、梅吉。これタオルで隠しながら着るとか絶対無理だと思うんだけど!」


 片やいつも通り不器用が災いして、タオルを巻きながら水着に着替えるなんてできるわけが無い、絶対大事なところがポロリすると絶叫する青仁。


「そっか。着替えろ」


 片やボタンを留めるとポンチョになるタオルを装備した上で青仁をガン見し、自分好みの美少女のお着替えシーンを脳内録画する気満々の梅吉。

 どう考えても何かが起きるしか無い状況であった。ちなみに梅吉はラッキースケベを全力で待機している。だってこれはそういう流れだろう。あられもないとこがポロリして幸せな気持ちになれるイベントが発生するはずだ。


「じゃあお前ちょっとあっち向いてろよ」

「嫌だが。なんでどっか向く必要が?オレ達は今も昔も同性同士、一緒にトイレ行っても風呂入っても怒られないんだぜ?」

「そういう問題じゃないってお前だってわかってるだろ?!」

「チョットナニイッテルカワカンナイナー」

「こういう時だけ都合良くすっとぼけやがって……!つか着替えなら普段の体育の時も見てるだろ?!」

「別腹」

「クソがよ!!!!!!!!」


 どう罵ってもらっても構わない。梅吉は己に認められている権利を全力で行使するまでである。


「つかそのポンチョみたいなタオルが小学生サイズ以外も存在してるってなんで教えてくれなかったんだ?!」

「いやこれはオレも昨日たまたま会った姉貴が『そういえばこんなのあったけど使う?たしか買ったけど結局使わなかったのよ』って持ってきただけで。言っても間に合ってなかったと思うけど。つかそれぐらいちょっとネットで調べりゃわかるだろ」

「そうだけどさあ……!心の片隅で俺の事思い出したりしてくれなかったの?!」

「うん」


 実のところ思い出しはしたが黙っていたほうが面白そうだと思い、言わなかったのだが。素直に真実を口にするつもちはなかった。人間なんてこんなものである。善意とは脆いものなのだ。


「うん、じゃねえんだよこういう時だけ素直に頷きやがって!てかなんでもう着替え始めてるの?!おかしくない?!」


 未だに水着やらなんやらが入ったままのカバンを抱きしめたまま叫ぶ青仁に、制服のファスナーを降ろしすとんとスカートを床に落とした梅吉は淡々と答えた。


「いや着替え始めなきゃ授業間に合わないだろ。何言ってんだお前」

「あっ」


 水着に着替える時間なんて、高校生相手にそう長々と用意されているはずもなく。精々前の時間の授業をほんの少しだけ早めに切り上げるぐらいしか、情けは与えられていないのだ。

 つまりこうして青仁が駄々をこね、水着に着替える時間が減れば減るほど、青仁が焦ることにより、梅吉の脳内録画フォルダが潤う確率が上がっていくのである。


「ほらほら〜早くしないと授業遅刻するぜ?」

「くっ……!つかお前なんでそんな慣れてんだよ!」


 へらへらと笑いながら青仁を煽る。その間にも梅吉はスカートのファスナーを後ろ手に降ろし、シャツとブラジャーをするりとタオルの下から抜き取っていく。


「こんなんジャージの下で体育着に着替えるのと同じだろ。つか小学生の時スイミングスクールに通ってたら、誰だってこれぐらいはできるようになるわ」

「俺やってないし男子用と女子用で形違うし無茶だろ?!男物はただのパンツだけど女物は結構複雑な形状してるし!っていうかお前今ブラジャー取ったよな今日のブラジャーはピンクか、ならパンツもピ」

「お前ちょっと黙れ。な?」

「ふむむむむぐむぐぐむ!」


 余計なことを言語化し始めた野郎(美少女)の頬を笑顔で思い切り掴む。たしかに隠そうとしていなかった梅吉が悪いかもしれないが、だからといって声に出す必要はないだろう。改めて言われると、余計に自分の状況に脳がやられそうになるのだ。

 自分のブラジャーという概念は、元男子高校生からすれば意味不明なものであり。それが現実だと認めるのには、いささか困難が生じるのだから。


 とはいえいつまでもこんなことをしているわけにもいかない。無情にも時間は過ぎ去っていくものなのだから、と梅吉が青仁のすべすべな頬から手を離すと。


「ぷはっ、いやだってつまり今の梅吉はタオルの下でパンツ一枚ってこむぐっ?!」


 再び失言を吐き始めたのでまた頬を掴んだ。柔らかい。最高。


「お前美少女で良かったなあ!じゃなきゃ殴ってたぞ。つ、つかそういう状況はいちいち口にするもんじゃねえんだよ!」

「むぐぐぐむむ」


 うっすらと頬を染めながら梅吉は言う。水着に着替えるのだから、タオルの下は裸に等しい状態になるのは当たり前だ。当たり前とは言え──こうして現実を突きつけられて耐えられるかどうかは別だろう?

 少なくとも梅吉は無理である。何故好みの美少女の前でほぼ裸になってて、その裸自体も女体なんだ?は?どうなってんだよこの世。


「ぷはっ、で、でもタオルって結構分厚いからか乳首浮……ナ、ナンデモナイデス」

「よろしい。なら早く着替えろ。」

「うう……」


 本日の青仁はろくでもないことしか言わない日らしい。性懲りもなくまた失言を繰り返そうとしたアホを眼力で黙らせた梅吉は、青仁の死角になるように気をつけながらパンツを脱いだ。

 まだぬくもりが残っているパンツ、と書くとなんとも変態くさいが残念ながら自分のものである。なんだかなあ、と思いつつも梅吉はカバンから水着を手に取った。


「……おい、なんで今こっち向いた」


 諦めて、とりあえず教室の隅っこに移動しこちらに背を向けていた青仁が、じろりとこちらに振り向く。


「いやあ?お前、オレの着替えシーン見なくていいのか?」

「割に合わない。お前、どうせタオルの中で全て終わらすし」

「そりゃ当然だろ」


 何を言っているのやら。自ら見せるような真似をするはずがないだろう。この手のものはあくまで一方的であるからこそ良いのだから。安地が犯されることに興奮するのはまた別の性癖だろう。

 そう言っている間にも、梅吉は水着に足を通していく。なお、学校指定で購入したこちらの水着は何の面白みもない紺色であり、なんだったら股の部分も特に際どくなく、太ももがそれなりに布地に覆われているタイプのやつである。というか股の部分が際どいやつだったら死んでた。


「……よし」


 梅吉にガン見されているという状況を諦めたのだろう。小さく悲しげな声を漏らした青仁が、背中のファスナーへと手を伸ばす。その様子を梅吉は、水着を着る手を止めてまで注視していた。

 白魚のような手が小さな金属を握り、じい、とゆっくりとファスナーを降ろしていく。ぺろりと布地がめくれて、白いシャツが露出する。完全にファスナーを降ろしきった途端、ぱさり、とスカートが落ちて──



「おいちょっと待てお前水着着てたのかよ?!」

「あったりまえだろ授業で水泳やるんだからさあ!」



 太ももを覆う紺色の艷やかな布地を露出させた青仁が、見事なまでのドヤ顔を浮かべていた。


「お前、お前それは卑怯だろ?!ていうかさっきまで着替えどうしよう的に言ってたくせに!騙しやがって!」

「いや自分でもど忘れしてた。いやー助かった助かった過去の自分、よくやってくれたなー!」


 タオルから片腕だけ出してずびし、と青仁を指し糾弾する。奴にそんな器用な真似ができるとは思えないので、忘れていたとかいう意味不明発言の信憑性が増してしまうところが、奴が奴たる所以だが。まさかこんな馬鹿みたいな偶然で、梅吉がラッキースケベを享受する機会が失われてしまうとは。


「クソが、オレの期待を返せよ!」

「返すかよバーカ!ああでもいいもの見れたしな」

「いいもの?」


 はて、そんなものあっただろうか。梅吉が首を傾げていると、青仁がにやりと顔を歪め、心底楽しそうに言った。


「お前、ちょっと下向いてみろよ」

「下?なんかあるのか、よ……?!」


 言われるまま、梅吉は視線を下に向ける。一体何があ


「〜〜〜〜〜ッ?!」


 おそらく先程梅吉が腕をタオルから出した時、ぷちりとボタンが外れてしまったのだろう。タオルがぺらりとめくれ、たっぷりとした乳房が覗いていた。


 何だったら水着に着替えている途中であったが故に、水着の布地と肌のコントラストが殊更におっぱいを強調していて、余計にそそられる。

 しかし悲しいことに、そんな美味しいシチュエーションは何故か他人ではなく、紛れもない自分自身であった。


「眼福眼福!やっぱおっぱいは最高だな!」


 もうそれは清々しいまでの笑顔でサムズアップする青仁に構う余裕すらなく、梅吉はば、とタオルの布地を掴み乳房を隠す。顔が熱い。きっと今の梅吉は、鏡を見るまでもなく奴にとって美味しい事になっていることだろう。己があいつのオカズにならねばならんのだ、おかしいだろ。


 そもそも需要と供給のサイクルを元男子現女子同士で回している現状の異様さに、どちらも気が付かぬまま、事態は進行する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る