合法的なお着替えシーン その2

「いや自覚がない美少女って最高だな!うん!」

「な、なななななんも最高、じゃ、無え、から……!」


 途切れ途切れの抗議の声すらも、尻すぼみに消えていく。ラッキースケベを求めていたはずが、自らがラッキースケベとなってしまったのだ。おかしいだろ。まさかこのオレが青仁ごときに出し抜かれるなんて、と期待が裏切られた気持ちも相まって、余計に沈んでいく。


「お前にこんな無様を晒してしまうなんて……」

「ありがとうな、梅吉」

「おいやめろその顔マジでムカつくんだけど!」


 緩みきった表情で梅吉を褒め称える青仁。頼むからそのツラでそんな顔しないで欲しい。あらゆる意味で夢が壊れる。ちょっとえっちで美人な隣に住んでるお姉さんはそんな嫌な感じに頬を緩めないんだよ。


「負け犬にごちゃごちゃ喚かれても何一つ響かねえな〜!それにほら、勝者の義務として喜びは噛み締めないと!」


 調子に乗りに乗って、偉そうに言い放ち胸を揺らす青仁に。水着に着替え終わった梅吉は未だどんよりとした空気をまといながらも、ぽつりと呟く。


「……ごちゃごちゃ言ってるけどよ、お前の状態も中々だよな」

「ん?いや俺は……あ」


 そう、梅吉の失態に覆い隠され、二人は完全に見落としてたが。現在この美少女、水着の上にシャツ一枚のみ、かつリボンは首元にきちんと結ばれたままという、それこそ着替えを合法的に見れる同性同士でなくては中々お目にかかれない状態なのである。


 ところで今梅吉の手元には都合よく、体育後の水分補給用にと先程自販機で買ってきた水がある。


「お、おい馬鹿梅吉。は、話し合おう。話し合おうだから頼むからその凶器を降ろしてくれ!俺達は文明人だろ実力行使に走るのはその後でいくらでも遅くないはずだ。水泳とは水着だけを着て行う授業であり着替え中の今水遊びをするのは控えめに言って小学生以下の行」


 今己が何をされようとしているのか、流石の青仁にも察しがついたらしい。

 つまりはいつかの雨宿りの時に二人で話していた、濡れ透けである。シャツが透けて水着が見えるとか、どう考えても最高だろう。少なくとも梅吉はそう思っているし、多分青仁も似たようなことを考えている。


 窮地に追い込まれた青仁は梅吉からペットボトルを奪い取ろうと必死だが、そんなちんけな説得が、羞恥心に完全に頭をやられている梅吉に通じるわけもなく。


「うるせえ黙れエロは全てに置いて優先されるッ!!!!!!」

「いぎゃあああああああああ!!!!!!!」


 もうそれはそれは勢いよく、青仁の胸元めがけて水がぶちまけられた。我ながらナイスショットである。こういう時それなりに器用かつ運動神経があって良かった、とつくづく思う。


 かくして梅吉の目論見通り、白いシャツが水を吸って肌と水着にしっとりと張り付き、羞恥のまま胸元を抑えぺたりと座り込む美少女は完成した。


「青仁……お前、今のオレにちんこがなくて本当に良かったな。絶対間違いが起きてた。てかここで濡れちゃったわ、とか言われてたらどっちの意味なのかわからずオレのちんこがいきり」


 そんな青仁をガン見しながら、梅吉は真顔で語る。先程はラッキースケベを得るどころか自らが

 ラッキースケベを提供するという有様だった上、これも偶然と言うよりかは限りなく作為に近しいが、そんなことはもはやどうでも良い。エロい自分好みの美少女、これ以上の至宝がこの世に存在するだろうか、と梅吉は眼前の光景を脳に焼き付けていたのだか。


「……」


 何故か青仁は、大きく目を見開いたまま口元を抑えて、梅吉に抗議をするでもなく固まっていた。


 無論その頬は疑いようもなく真っ赤に染まっていた事から、状況に恥ずかしさは覚えているようだが。それだけだったらオチも見えていたのだし、硬直することは無いだろう。というか真っ先にこちらを罵倒してくるはずだ。


 それがない、ということは。


「お、おい青仁。大丈夫か?」

「……」


 梅吉が自分の興奮を投げ捨てて青仁に声をかけるも、奴は呆然としたまま動かない。見開かれた瞳は、未だ虚空をさ迷っている。


「………………マジで?」


 しばらくの間を置いて、青仁が漏らしたのはなんとも言えない言葉だった。おそらくは困惑から生まれた言葉だろうが、それにしたって意味がわからない。この状況からどうしたら困惑が生まれるのか。この場合、発するべきは怒りとか復讐心とかなんかそういう類のやつだろう。


「いや何がマジでだよ。話が読めないんだけど?お前何を……って、あ」


 しかし梅吉の言葉は、空気を読めない授業開始を知らせるチャイムによって、見事に遮られた。


「あー……これ、遅刻確定だよな」

「もう諦めようぜ。とりあえず俺、今からこのシャツを絞ってこの教室に干しとくから、お前は先行ってろ。後から行って、お前の罪状ごと通報するから」

「……ノリでやっちゃっておいてあれだけど、お前着替えあんの?」

「多分教室に体育着あるし、まあなんとか」


 一旦冷静になってみると、友人に無断で水をぶっかけるとか、やらかした気しかしないのだが。どうにも青仁はこちらに怒りを向けるでもなく、梅吉以上に冷静な言葉をつむいでいる。いや教師に梅吉のせい、とチクる気はあるようなので完全に怒っていないわけではないようだが。それにしたって、という話だ。

 先程の困惑と、何もかもがつながらない。一体青仁は、何に対して困惑したのか。


「オレだけ先に行くのはどうなんだ?」

「いても意味無いだろ。早く行ってろ」


 やけに強引なその態度自体も不可解だ。梅吉を排除しようとする以上、梅吉に原因があることは火を見るよりも明らかだが。原因がわかったところで、その原因がどう作用したのかわからない以上大した意味はない。


「いやでも……」

「いいから早く行け」


 有無を言わさぬ態度で、青仁は言い切る。どうやら梅吉に反論の余地は与えられていないらしい。それに実際、早く行った方が良いのは事実である。正論だ、青仁が遅刻を許容していることを除けば、だが。


「……早く来いよ。サボるなよ」

「今日サボってもまだプールの授業はあるんだから、いくらでも水着は見れるだろ。行けっての」


 青仁の説得を諦めた梅吉は、半ば捨て台詞に近い言葉を吐いて教室を後にした。



 そうして梅吉が去り、教室に残った青仁の耳では聞き取れなくなったあたりで、青仁はいつの間にか張り詰めていた気を緩め、呻いた。


「あ〜……マジかあ……」


 背中を壁に預ける。肌にまとわりついた冷えた布は、火照った体温を奪ってくれなどしなかった。まだ、イカれた感覚が抜けきらない。本来一生味わうことが無いだろう感性に振り回されるのは、全く気持ち悪い。


「性転換病の真骨頂というか……結局人間、ある程度体に囚われるんだなあ……」


 苦く笑いながら、青仁は天井を見上げた。

 実のところ青仁は、今の梅吉をどう捉えているのかと問われると、もう答えることはできないのだ。おそらくこれについては梅吉も同じだろうから、そこまで気にしてはいなかったが。少なくともその認識に、同性の──男の友人、という認識は確実に含まれたままなのである。



 つまるところ青仁の身体に引きずられた脳みそは、梅吉に向けられた男としての性欲に、興奮を覚えてしまったのだ。おそらく、女として。



 兆候はあった。おそらく青仁だけがそんな目に遭っている理由も知っている。悲しいことに肯定材料はいくらでもあるのだ。

 つまりはゆめかわ系の可愛らしい美少女から放たれる、少年そのものな言動というギャップに脳をやられ続けた結果。今現在青仁が少女になってしまったことが噛み合い、こうなってしまった。


「いやほんと怖いなこれ」


 誰もいない教室に、青仁の乾いた声が響く。とはいえこの話題には、いくらか救いがある事だけが幸いだ。

 梅吉だって、体に引きずられている。だから青仁が興奮してしまった例のアレだって、もはや完全に男のものとは言い切れない。故にまだ、青仁は致命傷で済んでいる。軽い言葉を使って、乾いた笑いを浮かべながら流せる。


 それに一番大事な事だが、あくまで青仁が自覚するのが早かったのは、梅吉のせいである。つまりいつかは梅吉だって、似たような感情に気がつくのだ。青仁だけが、こんな受け入れ難い状況に陥るわけではないのである。要は同じ穴の狢なのだ。



 そして、それを梅吉に突きつけるのは、このまま行けば青仁がやることになるだろうから。自分に男への興奮を叩きつけられる自分の好みの美少女なんていう代物を、青仁はいつか得ることになるのだ。



 あのツインテールを調子良く揺らす少女が、自覚してしまった姿。しかも対象は自分。男として、見たくないわけがない。


「……行くか」


 混乱していた思考も落ち着いてきたし、流石に完全にサボるのはマズい。精々遅刻ぐらいにしておかなくては、と青仁は立ち上がった。


 ということで青仁は目の前にぶら下げられた人参に目が行き、自らが精神的に男として道を踏み外しつつある事実から見事に目を逸らしていた。ついでに言えば、友人に女としての感情を覚えてほしいという欲求の歪みにも。いつも通りに見落としまくったままであった。

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