女子用(私物)とかいうイカれた概念
「やっぱさ、風呂って難題だよな……」
冷房の効いた電車にガタゴトと揺られながら、青仁がおもむろに呟く。
「まあ、そうだよな。さっきも話してたけど、いつまで経っても慣れないよな」
「つか慣れたら終わりだろ」
「でも慣れなきゃ今後きっついのは事実では?」
梅吉と青仁がなんの話をしているのかと言えば、美少女化後のお風呂事情である。本日の昼休みにて、緑を交えて少々話題になったので、それの延長戦が放課後となった今も行われていた。
「じゃあ言うけどよ。俺ら、今後もしどこかで温泉とかに行く機会があったら女湯に入らなきゃとっ捕まる訳だが。それについては?」
「行かなければいいんだよ」
「修学旅k」
「もしかしてお前他人に現実を突きつけるのが趣味だったりする?」
二学期の後半辺りに確定で訪れる催しに言及しやがった青仁をじろりと睨みつける。
「まあ現実問題、女湯なんか入れたもんじゃ無えよな。合法的に女子の裸が見れるのは最高だけどよ、同時に自分の裸も見られてる訳で」
「それだよな。女湯のロマンって、大体自分の裸は女子に見られない前提で成り立ってるだろ。見られた上で興奮できるほど振り切れて無えしな……」
つまりは、深淵をのぞく時深淵もまたこちらをのぞいているのだ案件である。こんなしょうもない話題に使うべきではない大層かつ厨ニ感マシマシな用語な気もするが、まあ大体あっているし別に良いだろう。
思春期男子(元)の心は繊細なのである。いつだって自分の心が傷つかない形のエロを求めているのだ。
「しかもオレらが見られるの、美少女化した自分の体だからな。完全に特殊なプレイだろ」
「そういう方向の特殊さ求めて無えしな」
「な。こればっかりは一茶も拒み……いやあいつは喜びそうじゃね?」
「あー……どうだろ?あいつ女子更衣室には夢見てるっぽいけど、女湯までは聞いてないな」
そこそこ真面目な話が、友人の性癖の考察へと流れていく。まあそう長く真面目な空気感なんか保てないので、既定路線ではあるのだが。
この後「僕はあくまで百合が百合してる部屋の壁になりたいだけであって自分で百合をやりたい訳じゃない!!!」と力説して二人に盛大にスルーされる一茶が発生する事になるのだが、この時の二人は知る由もなかった。
「でもこの前女子更衣室の現実を突きつけたら死んだぞ」
「女子更衣室なー……なんかもう、無の気持ちになってきた。女子、着替え速度早いし隠蔽能力桁違いだし。下着なんかほとんど見えねえよな。ジャージ上から着たと思ったら一瞬で下からシャツとかリボンとか出てくるの、最初見た時手品かなんかかと」
「お前気づいたらあの手品できるようになってたじゃん。んなこと言う資格無えから。どーすんだよ、未だに律儀に一枚一枚脱いでる俺」
「可能な限り奥の方に行って着替えてるけど、オレ的には逆にそそられるから無意味だぞ」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
青仁が絶叫するが、こればっかりは梅吉も習得した手品じみた手腕を習得する以外道は無いと思う。そして青仁がそう簡単に習得できるとも思えないので、梅吉の心のオアシスはまだしばらく継続しそうである。
「クソが……梅吉ばっかり得しやがって……!」
「お前が隙だらけだからじゃねーの?」
「いやそれはお前も大概では?つまり損得は平等と」
まあ青仁だしな、と高みの見物を決め込んでいたらいきなり低レベルな戦地へと引きずり落とされた。
「おいちょっと待てやゴラ!お前じゃないんだしオレは隙とか無えから!」
「そうかそうかーほーん」
「圧倒的窮地で余裕ぶるタイプのラスボスやってんじゃねえよ!」
隣でニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる奴に掴みかかるも、奴はむしろそんな梅吉の態度こそを楽しそうに眺めている。どうやら今回ばかりは梅吉の方が不利らしい。梅吉はIQが五百万あるため引き際はわきまえている。
決して青仁の体が柔らかくて正気を失いかけたとかそういう理由ではなく、大人しく手を離した後。
「なあ青仁、お前、風呂でおっぱいをどう洗ってるんだ?お前のことだからどうせ洗おうとおっぱいを触ったらうっかりスイッチ入っちゃってそのまま揉んだ痛ッてえなァ?!」
「なんなのお前俺ん家に監視カメラでもしかけてんの?!?!やめてくれない?!?!」
意気揚々と妄想120パーセントの話を垂れ流していたら、腹に一発いい感じの拳が叩き込まれた。酷くないか。我美少女ぞ、美少女の腹を損壊しようとすな。
「へー、お前これマジでやってるんだ?」
「〜〜〜っ、あーもうなんでお前に燃料与えちゃったかなあ!」
まあ、照れ隠しの拳一発程度水に流せる程の情報が手に入ったので別に構わないのだが。それに照れ隠しで手が出るのも可愛いし。と、考えていると青仁の苦し紛れの反撃が飛んできた。
「つ、つーかさ!そんなんがさらっと出てくるってことはお、お前だって一回ぐらいはやったんだろ?!なあ!!!」
「……」
すん、と梅吉は瞬間的に無の境地へと至る。
「青仁、電車の中では静かにしなくちゃいけないんだぞ」
「おいお前その反応は絶対にやっただろ」
いつになく真面目な顔で青仁をたしなめた。これ程までに真剣な顔をしたのは、エロ画像が開きっぱなしのスマホをリビングに放置してトイレに行ってしまい、それを母親に発見された時以来であろう。あれ以降梅吉はスマホの設定を無操作状態時30秒でスリープする設定に切り替えざるを得なくなったのだ。あまりにも悲しい事件だった。
「は?当たり前だろ何言ってるんだ。自分にでっけえおっぱいがついてんだぞ。風呂場だぞ。誰も見てないんだぞ。おっぱい洗ってる最中にムラっと来たらそりゃちょっとは揉むだろ。それでも男か?」
「一秒で矛盾すな」
「なんでオレ、こんな当たり前なこと言ってるだけなのに秒で矛盾するような生き物になっちまったんだろうなあ……」
「当たり前要素あったか?」
「あったろ。主におっぱい揉む辺り」
「自分におっぱいが備わってる前提の話は何一つ当たり前じゃないんだよなあ」
当たり前、なんて個々人の価値観で変動するこの世で最も信用できないものを過信している青仁の方が馬鹿なのである。少なくとも今の梅吉(ゆめかわ美少女系男子高校生)はそう思っている。
『まもなく──』
「おい梅吉俺を止めるな、ガイアが俺にここで降りろと囁いているんだ!」
「囁いてんじゃなくてアナウンスだし、今日はもっと先まで行くから降りちゃだめなんだよ」
反射的に立ちあがろうとする、往生際の悪い青仁を物理で押さえ込む。車内アナウンスが二人の最寄駅に列車が到着することを伝えてくるが、今はここで降りるわけにはいかないのだ。
「くっ……!何故だ、俺はただ早く家に帰りたいだけだと言うのに……!」
「いやお前逃げたいだけだろ」
「なんでこんなことしなくちゃいけないんだ?」
「オレ達が高校生だからだ」
「もうちょっとカッコいい言い方ないの?モチベ上がんねえんだけど」
「……」
沈黙し、少々思考する。
「……青少年に定められし、カルマ?」
「つまんねえなお前。そこはもうちょっと頑張れよ。恥を捨てろ」
「は?んなこと言ってないで唐突な無茶振りに答えたオレの頑張りを褒め称えろよ。何だったら感激して一食ぐらい奢ってくれてもいいんだぞ」
「いやお前に奢ったら俺の財布ペシャンコになるわ」
「そんなことは……まあ、他人の金だしないとは言い切れないが」
他人の金で食う焼肉が一番美味い、という素晴らしい名言(?)が存在しているのだから。美味しすぎてうっかり食べ過ぎてしまうことはあるかもしれない。
「言い切れないのかよ!そこは友達だし配慮しよ、とかにならねえのかよってあ゛ー!扉閉まりやがった!」
ドアが閉まります、ご注意ください、のいつものアナウンスを聞き逃していたらしい。音を立てて閉まっていく電車のドアに、青仁が悪態をついた。梅吉が時間稼ぎの為に青仁の無茶振りに乗ったことも無駄ではなかったらしい。
「おいドア!開けろー!」
「もう逃げられねえよ。諦めろ」
「嫌だー!俺は、俺は絶対に諦めねえからなー!」
梅吉は緑の話を聞いて早々に諦めたと言うのに、つくづく諦めの悪い奴である。
「梅吉お前はいいのかよ?!」
ここが一応、真昼間とはいえ多少は人が乗っている電車内であることを覚えていないのだろうか。公共の場という概念が完全に抜け落ちているるしい青仁が言う。
「──い、今から自分のスクール水着(女子用)を買いに行くんだぞ?!」
「良くねえけどどうしようもねえだろ単位がかかってるんだからよ!」
二人の今日一番の叫びに、まばらに乗っている乗客達からの視線が突き刺さった。
つまりは、青仁はこれから近所のショッピングモールに学校用の水着を買いに行くことに抵抗しているのである。二人と違って男子側の体育でひいこらやってる緑の方から「来週から体育プール始まるらしいぞ」と情報提供が来たので。
「だ、だだだだって水着だぞ水着?!お前あ、あんなの着れるのか?!よくよく考えなくてもあんなんほぼ下着だろ?!」
「お前は今までそれについてどう思っていたんだ?」
「エロいなあって思ってたけど何か?!?!」
最大限声量を押さえて、お互いに距離を詰めてコソコソと騒ぐ。ちなみに梅吉も水着についての感想は大体青仁と同じである。
「そうだ。じゃあそんな下着同然の衣服を着たオレをお前はどう思う?」
「ウルトラスーパーベリーえっちだと思うが?ていうか見せてくれんの?」
「いや授業なんだから見せるも何も。まあつまり、オレも水着なんか着たくないけどさ、お前の水着姿も見れるっていう点で無理矢理モチベ保ってんだよ」
そう、青仁は何かを忘れているようだが。二人が水着を着て水泳の授業に出れば、両方とも互いの水着姿を目におさめることができるのである。
この世は慈悲にあふれているが故に、行いにはそれに見合った対価が与えられるのだ。
「だからこうして水着を買う必要があるんだよ、お前だってオレの水着見たいだろ?オレもお前の水着見たいからな!」
いやしかし、ここで青仁の水着姿が見られる権利がなくては、梅吉の心はぽっきりと折れていただろう。というか大分前に折れていた気がする。この前の定期検診の帰りで姉が言っていたこともあながち間違いでは無かったんだな、と梅吉が妙な納得感を得ていると。
「お前さあ……それ、どうかと思うよ」
自信満々に「自分の水着姿を見たいんだろ?」とか言ってくる、あらゆることに無自覚な好みの美少女に青仁がノックアウトされていた。
「は?何が?」
「自分の発言を思い返せ」
しかし己の問題発言に気がついていない梅吉にとって、青仁の反応は不可解そのものだった。なので素直に従うことは癪だが、と思いながら言われた通りに思い返す。
「……お前も言え。どうせお前だって同じようなこと考えてんだろ」
それはもう見事に自らが自滅したことに気がついた梅吉は、熱を持つ頬を誤魔化すように口をまわし、ついでにそっぽを向いた。
「嫌だが……なんでお前に燃料を与えなきゃいけねえんだよ……」
「は?お前が言おうと言うまいと、オレの中では既にお前は『俺の水着姿見たいんだろ?』とか思ってる美少女だから言わなくても燃料にはなってるんだが?」
「一人称それでいいんだなお前……完全にただの俺だろ……」
「だって一人称『私』は破壊力がヤバすぎて無理だし」
「そんなに私が私って言うのだめな」
「今すぐ口を閉じろ!」
軽率に爆弾をぶち込んできた野郎を黙らせる。なんてことをしてくれたんだ。梅吉をいじめるのはそんなに楽しいのか?
「いやこれいいな、楽に嫌がらせできて」
「お前アホなんだからもうちょっと学習能力落としとけよ!」
「は〜?クソみてえな言いがかりやめてくれるか俺はめちゃめちゃパーフェクトに頭が良いんだが?」
「その発言がシンプルに馬鹿を露呈してるぞ馬鹿」
こんな馬鹿なことを言っていても、ツラが良ければ抜けてるのもかわいいな、となってしまう為やはり罪深い。どうしてこんな奴にここまで梅吉の好みドンピシャの美少女のガワを与えてしまったと言うのか。
そして残念ながら二人がやり合っていればいるほど、時間は無慈悲に経過していくものなのである。
『まもなく──』
「おら青仁降りるぞ。そして道案内を頑張れ」
目的地であるショッピングモールの最寄駅にそろそろ着くことを、アナウンスが伝えた。
「お前本当にいい加減駅からショッピングモールへの行き方ぐらい覚えろよ、胸張って言ってんじゃねえよかわ……本当に行かなきゃだめか……?」
「成績が惜しくないなら止めれば?まあオレはお前の水着姿が見たいから全力で連行する所存だが。てかお前かわって何言いかけたんだよ。他になんか買わなきゃいけねえもんでもあるの?」
「ああうん、なんかあった気がするな」
青仁が遠い目をしている気がするが、梅吉の勘違いだろう。そんなどうでも良いことよりも、今は目先の「自分の女性用水着を購入する」とかいう気の狂ったミッションを完遂せねばならない。青仁の水着姿でも報酬にしなくてはやっていられないのだから、報酬を得る為にも動かなくては。
故に梅吉は、胸を張ると巨乳がいい感じに強調されるという事実に気が付かぬまま、青仁を引きずって電車から降りた。ちなみに何口から出ればいいのかもよくわかっていない。
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