これが正解だって縋ってる

「おちんちん……いややはりここはちんちんか」


 先日のアレは十中八九一茶辺りの入れ知恵だろう、と梅吉は奴をシメに行ったのだが。その手のことで奴に敵うはずもなく、普通に「僕は友人の頼みを聞いただけだしむしろお前がクレーム入れてるなら僕は最高に有能ってことなのでは?!」とか言われて終わった。何故苦情を申し出に行って、どうでもいい野郎の自慢を聞かされているのだろう。

 それにしたって青仁の「口調いつも通りで一人称私」戦法は強すぎて。アレはだめだ。本来の目的を全力で放り出してしまう程度には破壊力がヤバかった。


「でもなあ、やっぱ王道のおちんぽも捨てがたいよな」


 なんというか、現実味がありすぎたのだ。例えば梅吉が好むお姉さんムーブを青仁が素で常時できるようになることはまずありえないだろう。ついでに言えばそれらを抜きにして完璧に女の子として違和感がない話し方を常時できるようになるとしても、おそらく相当な時間がかかる。

 しかし一人称だけが違って、話している内容やらなんやらが同じというのは、青仁が即座に実行できたように大した労力がかからない。故に、現実的な落としどころなのだ。


 青仁という友人が、正真正銘の女の子として在ることの。


「陰茎とかペニスとかは堅すぎて個人的にはちょっと微妙だし」


 つまり梅吉にとっては「現実的に青仁が精神含めて今以上に女の子化したとしたら」といういつかは訪れそうな未来を前借りしてぶつけられたのである。そんなものをぶつけられて正気が保てるか?否、保てる訳がない。少なくとも梅吉は無理だった。

 ちょっと抜けてるけど気が合う男友達のノリで接することができる、自分好みの見た目の美少女と話して平静を保てる男だけが石を投げると良い。いや待てこれで平静を保てる男は非童貞どころの騒ぎではないのでは?むしろオレに石を投げさせろ。生かしておけねえ。


「梅吉は何が良いと思う?」


 というか一人称が違うだけで、ほぼ素の青仁を可愛いと感じてしまった自分は多分そろそろ本格的にヤバい。今までのようにふとした瞬間が性癖に突き刺さった訳ですらなく、全体的にあ、かわいい女の子だなあと思ってしまうとか、完全にどうかしてる。

 もっと言うと奴を可愛いと感じてしまった時、梅吉は青仁の事をどう捉えていたのかが一番アレなのだが。流石にそんな厄ネタを直視する気は無かった。


 青仁のことを心の底から女の子だと捉えて可愛いと思ってしまったとしても、いつも通り男として捉えた上で可愛いとかいう頭湧いてる感情を抱いてしまったとしても。どちらにせよマズいだろう。最早何がどうマズいのかわからなくなってきているが。それでもなんとなく危機感がある。


「おーい梅吉、聞いてる?」

「あ、すまん聞いてなかった。もう一回言ってくれるか?」


 てっきりまだ昼食の弁当に熱中していたと思っていたのだが。どうやら梅吉は青仁に話しかけられていたらしい。顔を除きこむように話しかけられて、やっと気がつく。そういう仕草が可愛いんだよいい加減にしろと思いながら、思考の海から精神を引き上げ、青仁の言葉に耳を傾ける。ついでに思考を切り替える為にコーラを口に含む。


「梅吉は女の子にちんこの事なんて言って欲しい派?」

「ぶごっ?!」


 盛大に吹き出した。


「ちょ、お、おまなんで急にそんな話を?!」

「いや〜さっき緑と納戸と話してたんだよ。ちんこって色々呼び方あるけど、どう呼んでもらえたら一番嬉しいかって」

「それ本当に教室でやっていい話か???」


 先程までの梅吉のシリアスな思考回路が完全に吹き飛んでいく。流石青仁、まさかドリンクバーすら必要とせずにこうもシリアスを破壊してのけるとは。


「え、なんかまずいか?」

「……わからん。うちの男子ってその辺相当女子に諦められてそうだから」

「ああ……じゃあもう諦めようぜ」

「諦めたらそこで試合終了って言うだろ!」

「逆に聞くけどどうにかできると思うか?」

「……ちんこの呼び方だっけか」


 普通に打開策が思いつかなかった梅吉は、少々の虚しさに襲われながらも話題を戻す。本当に戻して良い話題だったのかは疑問が残るが、先程梅吉の頭を悩ませていたことよりは精神的に健康でいられるだろう。


「うーん、まあ普通におちんちん呼びかな。『このおちんちん、おねーさんの中に入れてあげるね』とか言われたいし」

「……『梅吉のおちんちん、私の中に入れてあげるね』」

「あああああああおい馬鹿やめろ!!!!幼気な男子高校生いじめて楽しいか?!」


 ぼそ、と不意打ちで理想のシチュエーションが垂れ流された梅吉は無事耳を塞いで絶叫した。一瞬で茹蛸のような有様になってしまった梅吉を、顔を顰めながら青仁が眺め言う。


「自分で言ってて思ったけど他人のちんことか絶対受け入れたくねえよ。もっと言うと知り合いのちんことか本気で嫌だわ。後男子高校生っていう名称に幼気って言葉を繋げるな」

「マジで自分で言っておいてだな!あと不意打ちは条例で禁止されてるって知らねえのか?!」

「知らねーーーーよ!じゃあ俺とお前のために黙っておいたこと言うけどさ、お前のちんこっていうもうこの世に存在してないもんをどう入れるんだよ!」

「あ、あれだよオレのちんこの亡霊をナニとは言わんが棒状のオモチャに憑依させてだな……!」

「前も言ってた気がするけどちんこの亡霊って何?あと憑依させても別に感覚が繋がるわけでもないんじゃねえの?」

「知らねえよオレも自分で自分が何言ってんのかわかんねえから!」


 気が動転したまま意味不明理論を吐く。それほどまでに青仁の発言と自らの息子を失ってしまった事は受け入れ難いのだ。というか。


「……どうしたんだ梅吉。黙り込んで」


 青仁が不思議そうにこちらを見る。その仕草には特段女の子らしさは見受けられない。男だった頃から変わることのない、大体青仁ってこんな感じだよな、を踏襲している。

 だからきっとこれは、梅吉にのみ発生している現象であり、後遺症だ。


「おーい。もしかしてちんこの亡霊とか言ってた辺りからお前壊れてたのかー?」

「うるせえ黙れそのツラでちんことか言うな!!!」

「は?さっきから散々言ってるだろ。何を今更」


 ──いつも通りに振る舞っている青仁が、普通の可愛い女の子に見えて仕方がないのだ!


「そうだけどそうじゃねえんだよ!クッソお前のせいで……!」

「なんの話か知らねえけど勝手に俺に責任押し付けないでくれるか?」

「こればっかりは明確にオレじゃなくてお前のせいだろが!」

「はあ。俺、何やったんだ?」

「……ぐっ」


 そう言われると素直に答えられない。と言うか、ここで素直に答えたらあらゆる意味で一巻の終わりだろう。


「教えろよ。それネタにお前で遊ぶから」

「うるせえ黙れオレと大食い競争でもしろ。オレに勝ったら教えてやる」

「は?誰が負け確レースに出場するかっての。お前下手したら校内でもトップクラスなのに」

「……はっ!もしかして、文化祭でオレに大食いで勝ったら賞金、オレに負けたら金払うってやったら結構儲けられんじゃね?」

「普通に儲け出ると思うけどどっから出てきたよそれ。あと文化祭って大分先だぞ」

「そうだな。去年何やったけ」

「お前が屋台を全制覇してもなお『腹減った〜』とか言ってたことしか覚えてない」

「そんなこともあったかもしれない」


 死ぬほどどうでも良い思い出で積極的に思考を逸らしていく。あと梅吉が屋台を全制覇しても満腹になれなかったのは、単純に飲食をやっているクラスが少なすぎただけだろう。梅吉は悪くない。


「その程度で片付けるなよ、あれシンプルにホラーだったんだからな。片っ端から超大盛とか個数制限ギリギリとかを注文しては貪り食って、まだ足りないとか言ってたし」

「そんなこと言ったらお前だって、文化祭にドリンクバーがないからやべえ奴扱いされてないだけだろ。あったら絶対ドリンクバーの狂人って呼ばれてるから」

「文化祭にドリンクバーはないだろ。何言ってんだ?」

「そういう時だけ真人間ぶってんじゃねえよ」


 こうして馬鹿話をしていると、相手がの中身がただの男子高校生なのだと、間違っても可愛いなんて感想を抱くべき対象ではないことを自覚できる。そうだこの調子で正気に戻れば良いのだ、そもそも近頃の梅吉は気軽に青仁に可愛いと思いすぎなのだ。いくら恋人関係(仮)だとしても、それが関係ない時に可愛いなんて形容詞を使ってしまうのは常識的に考えて健全な友人関係とは言えな


「……面白味はマジでないけど、たまにはこういうシンプルに珍しいのも良いな」


 紙パックのジュースを片手に、頬を緩める美少女が可愛くないわけがないだろ!!!!!


「(無言で拳を机に叩きつける)」

「うっわどうしたんだよ梅吉。なんか今日ちょっと様子おかしくないか?俺が普通の飲み物飲んでるのがそんなに嫌なのか?」


 だめだ。どう捉えても青仁が可愛い女の子にしか見えない。青仁が積極的に梅吉の認識を粉々にしてきたせいだ。どうしてくれる。


「……中国語っぽい商品名が書かれたジュースのどこが普通なんだよ」

「そりゃMADE IN CHINAだし」

「知ってるかここは日本なんだぜ?パッケージまで外国語仕様のジュースはあんまり売ってないんだよ」

「だろうな。俺これ通販で買ったし。あと一応訂正しておくけどこれジュースじゃなくて豆乳だぞ」

「うるせえ知らねえ何なんだよその無意味な行動力は!」

「むしろ俺からこの手の行動力を取ったら何も残らなくないか?」


 くだらない会話をイカれてしまった感性に叩きつける。お前がとにかくかわいいと感じている目の前の美少女の中身は、単なる男子高校生でしかないのだと。間違っても素直に「かわいい」と捉えて良い存在ではないのだと。


 初めて美少女化した青仁に出会った時はできる限り目を逸らそうとしていた事を、逆に思い込ませるようにしている事自体が全てを物語っていることに、気が動転していた梅吉は気がつけなかった。


「まあそれはそうだよな……お前ただのチキンヘタレ童貞だからな……」

「それはお前も同じだろ」

「だとしてもお前よりはマシだ」

「こういう時に最適な言葉があった気がする。えーとなんだっけか……あああったあった、どんぐりの背比べ」

「やめろ一緒にするな!」


 スマホを取り出して検索してまでこちらを詰る青仁に吠える。そうだ、自分たちは普段からこのような馬鹿なやり取りを繰り広げ続けていた筈だ。そもそも最近の青仁がおかしいのだ。素で梅吉にかわいいと思わせるような挙動なんていままでしていなかっただろう。それこそ一人称を変えるだけで本当に女の子に見えてしまうほどに。というか根本的に外見が好みなのがいけない。


 つまり梅吉は悪くな──いやこの理論ならばむしろ梅吉が青仁のことをかわいいと思うことは正常では?


「……」

「え、どうしたんだ梅吉。急に黙り込んで」


 そうだ、梅吉はなにもおかしくない。ただ己の性癖に従い現在の青仁はかわいいと判断していただけだったのだ。だって青仁、かわいいし。梅吉の性癖は何一つおかしくなってなどいない。変わったのは青仁の方だ。

 というか先程自分で気づいていたが、『ちょっと抜けてるけど気が合う男友達のノリで接することができる、自分好みの見た目の美少女』なんていう爆弾が効くのは当たり前なのだ。むしろ動揺しない方がおかしい。要は梅吉は男子高校生として正常な反応をしているだけなのだ。


「……」

「ちょ、なんなんだよおま」

「いやあ何でも無い何でも無い。ちょっと悩み事がめっちゃすっきり解決しただけで」


 気づいてしまえばなんてことのないことだった。つまり梅吉が青仁のことを可愛いと思ってしまっても、向こうが可愛いことをしているのがいけないのだ。間違っても友人(中身男)をそういうものとして見た上で、可愛いと感じてしまっていたわけではないのだ。

 ならば問題ない、と清々しい表情で梅吉は青仁相手に語った。


「はあ。お前悩みとかあったの?馬鹿だから何も考えてないのかと」

「青仁じゃあるまいし」

「は?俺はIQ500万ぐらいあるから馬鹿じゃないが?」

「その発言そのものが己の低能を証明してるじゃん」


 同じ状況なのだから、青仁が可愛いと断じざるを得ない挙動をしているのならば逆も大概然りであり、その変化そのものが感性に影響しているという真実には気がつけぬまま。梅吉は自己正当化を終えた。

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