多分復讐ってこういうこと その2
「ふっふっふっ……さあ梅吉!かかってこーい!」
「突然ちょっと待ってろとか言いながらどっか行って帰ってきたかと思ったら、なんでお前そんなハイテンションなんだよ怖……つかそういう趣旨じゃないだろこれ」
さて、無事教室に戻ってきた青仁はやる気満々で梅吉に挑んだのだが。当の梅吉には何故か軽く引かれてしまった。
「いや実質バトルみたいなもんだろ。さっき俺完膚なきままに叩きのめされたし」
「元は女の子との会話練習だからなこれ。本質を見失うな。あと叩きのめされたって言う割には最後反撃かましてきただろ」
「それまでやられ放題だったし。あの程度じゃ俺の溜飲は下がらねえよ」
「はあ。大変だなお前」
「ちっ、自分の攻撃ターンが終わったからって一気に冷めやがって……!」
「だってオレこれから確定で無様を晒すんだろ?そりゃ冷めもするわ」
梅吉の気持ちもわかる。何故なら青仁だって先程同じ気持ちになっていたので。だからこそ青仁は、正論で梅吉を突き刺した。
「でも元はと言えばこっち側が本題なんだぜ?」
「……」
梅吉が沈黙する。
「……よし腹は括った。だから一思いにやってくれ──!」
「介錯前の武士か何かか?」
謎のやり取りが挟まったが、とりあえずこれで例の「片方が女子のフリをしてもう片方が女子との話し方を練習する」という狂った催しの幕は上がった……のだが。
「なあこれ何話せばいいんだ?」
「お前さあ……」
そういえば話題を考えていなかった、と今更ながらに青仁は気がついた。
「それぐらいは考えとけよ」
「マジで考えてなかったんだから仕方無えじゃん。ってことでなんか話題ない?できれば女子が話していそうなやつ」
「それをオレに聞くことの無意味さに早く気がついてくれ」
三人寄れば文殊の知恵とかいう言葉があった気がするが、童貞は二人寄っても何の知恵も生み出せないようだ。もしかしたら童貞が三人寄ったら知恵が生まれたりするのだろうか、と適当な事を内心考えつつも。青仁はつとめていつも通りに口を開いた。
「でも
「いやそこはネットで調べるとかし……あ゛?」
梅吉がフリーズする。どうやら奴は、青仁が何をしようとしているのか気がついたらしい。正直青仁は一茶にこの作戦を聞いて半信半疑だったのだが、効果のほどは中々のようだ。
目を見開き、青仁を直視したままの梅吉を煽るように言う。
「どうしたんだ梅吉。私の顔になんかついてるか?」
「……い、いや何も」
「つか女子が話してるやつってどうすれば検索結果に出てくるんだ。そもそも検索ワードを何にすればいいかがわからん」
「そ、そうだな」
『中途半端に女子のフリをするより、一人称を変えるだけの方が破壊力が高い』と一茶は言っていたがまさかこれほどまでとは思わなかった。物の見事に視線が合わない。
とはいえ正直青仁には、これのどこにそこまでの破壊力があるのかわからないのだが。まあ梅吉が死んだなら別に良いか、と適当に納得する。
「ってことで話題がない。梅吉、なんとかしてくれ」
「だからオレにもどうしようもないっての。ていうかその、お前……」
「どうしたんだ?」
露骨にニヤニヤと笑みを浮かべながら梅吉を見れば、頬を赤く染めながらぷいと顔がそむけられる。最高にかわいい。
「し、しらばっくれてんじゃねえよ!なんでそうなったんだよお前!」
「はあ。お前の練習台として、女の子のフリをしてるからだけど」
「そうだけどそうじゃねえというか?!きょ、今日のお前なんかおかしいぞ?!」
「いや私はおかしくねえよ。おかしいのはお前だろ。私は特別お前が好きそうなお姉さんムーブも何もしてないのに、勝手に自滅してるじゃん」
実際、本心から梅吉の心情は理解し難い。青仁が一人称を少々変えた程度で女の子っぽく振舞えているとは思えないのだ。そもそも本題の趣旨とは大分外れているだろう。
「そうだけどそうじゃねえんだよお前の場合はよ!」
「は?意味わかんねえんだけど」
「なんでわかんねえんだよ?!お前だってオレに似たようなことやられたら脳みそ壊れるだろ?!」
「いやしないが……ていうか脳みそ壊れるって何」
精神を揺さぶられるとしたら、どちらかというと青仁は梅吉が度々繰り出す、女の子ムーブと平常運転の切り替えの方がヤバいと思うのだが。いつか、パブロフの犬的な何かになってしまいそうで。
後例の本日の昼休みの梅吉の所業の方が、一般的にも火力が凄まじいだろう。少なくとも青仁にはそうであった。
「はあ?!じゃあ後でやってやるよ思い知らせてやるから首洗って待ってろ!」
「何でだよ。私の番はもう終わっただろ」
「〜〜〜っだからそれをやめろマジで!本当に!性癖が狂いそうになるから!」
きょとんとしたまま、青仁は梅吉を見やる。そのような態度こそが梅吉を狂わせていることに無自覚なまま、青仁は冷静に指摘する。
「今日の梅吉過去一意味わかんねえんだけど。て言うかさ、これ練習になってなくないか?」
「お、おおおおお前が悪いんだろそれどころじゃなくしたから!て言うかお前だってさあ!ボロボロだったろ?!?!」
「そうだけど今のお前、ただひたすらに逆ギレしてるだけになってるぞ。これ会話じゃねえよ」
「こんな状況でまともに会話なんかできるかっての!バーーーーーーカ!!!」
「つまり私のさっきの無様もノーカンってこと?」
「は?それとこれとは別だろ棚上げするな黙れいい加減にしろ」
前々からわかっていた事だが、どうにも青仁と梅吉では性癖の観点が違うらしい。青仁のこの挙動は、奴にとっては煽りを幼稚園児レベルにまで落としてしまうほどの火力はあるようだ。
「ふーん」
「おいお前何ニヤついてんだよ!」
「梅吉もさっき似たような感じだったから別に良いだろ」
「良くない!オレはこんなんじゃなかった!」
なるほどたしかにこれは楽しい。ちょっと方向性は違う気がするが、ガワはやはり青仁好みの美少女であるが故に、喚き散らす様は愛らしい。なお中身は見なかったことにした上での話だ。
「はあ……つまり何だ、お前は私がこうして話してる方が刺さるってことか?」
だから青仁はそのままの調子で、にまにまと笑いながらからかうように、軽く問いかけたのだが。
「……っ」
「……え?」
梅吉が、真っ赤になって黙り込んでしまった。それこそ、本当の女の子みたいな反応で。
流石にこの反応は青仁にとってはまるで予想外だった。だってそんなの、どう解釈したって。
「……え、マジで梅吉こういうの好きなの?なんで?」
「……」
青仁の困惑を全面に押し出した言葉が、発されても。梅吉はただ肯定も──否定もせず、うつむいていた。なおぱさりとツインテールが覆いかぶさった耳も、見事なまでに赤く染まっているものとする。
当たり前だが、青仁はこのよくわからない友人(恋人関係(仮)だったかもしれない)の謎性癖告白に正直どのように対応してよいのかわからなかった。というかそんなアブノーマルシチュエーション、(元)一般的な男子高校生がわかってたまるものか。そしてついでに言えば、青仁は梅吉とは違って取り繕う能力が無いに等しい。故に、青仁の感情はそれこそ死ぬほどダイレクトに顔に出た。
とろけるような、甘い笑みが。
「……っ、お、おまえ、それ……?」
それを見た梅吉が困惑と未だ過ぎさらない照れをないまぜにしたような、なんとも言えない奇妙な反応を見せた。
「いやあのさ、オレが言うのもなんだけど、えぇ……?」
「だって今後は私が必死にお姉さんムーブしなくてもお前に立ち向かえるってことだろ?便利だなって」
当たり前だろう。低コストで友人をいじれるネタなんていくらでもあって良い。
「そ、そんなくっだらないことかよ!それであんな……つ、つかそれまだ継続なのか?!」
「お前終始逆ギレしてるだけじゃん。逆ギレは会話に含まれねえよ」
実のところ口では適当なことを言っているが、これは半分ぐらいしか真実ではない。
もし仮に詳細に全てを語るとするならば、「嬉しい」という非常に単純かつ何かが危うい答えになってしまうから、深く考えたくないのだ。世の中には深く考えたら死ぬ事が大量にあることを、最近青仁は学習したので。
「……」
「あれれ〜梅吉どうしたんだ黙っちまったのか?」
ニタニタと笑いながら、馬鹿にするように青仁は梅吉を詰る。相対する少女の姿をした友人はただ、死んだ目を晒しながらぼんやりと教室の椅子に座り込んでいる。
「ほらほら私とおしゃべりしようぜ?これそういう趣旨なんだろ?私もやったんだかっ?!」
青仁が全身全霊全力を持ってして梅吉を煽っていたその時。
ぶちり、と奴の堪忍袋の緒が切れる音を妙にはっきりと聞いた気がした。少女の華奢な細腕にしては強い力が、青仁の顔を引き寄せる。無論それは、梅吉の方へと寄せられた。
常ならばぱっちりと開かれている愛らしい瞳が、いびつに歪んで青仁だけを映し、睨みつけている。威嚇するように口角を獰猛に釣りあげようとも、白い頬は薄らと染めたままであるのが味わい深い。
「──やめろって言ってんだろ。聞こえてねえの?」
外見上は可愛らしい少女から繰り出されるぞくりとするほど鋭い眼差し、背筋が冷たくなるような低い声、そのどちらもはっきり言って外見に似合わない。というか確実に、梅吉本来の性質からのものである。つまりは青仁好みの可愛らしい少女という概念の対極だ。本当ならば、死ぬほどどうでも良い。
だが青仁の振る舞いがこの状況につながったのだと思えば、あまり悪い気はしないのだ。むしろここまでの横柄な態度を引き出せたという事実こそが、青仁が得た最大の報酬だろう。だとしたら素直に、自分に向けられたこの態度を甘受するべきなのではないか。
そうやって長ったらしい理由をつければ、無意識に歓喜に緩んでしまった口元にも説明がつく、はずだから。
「ちっ、わかったよやめればいいんだろー。お前ノリ悪くね?」
平常心を装いつつ、梅吉を押しのける。うるさい心臓の鼓動と、懸念してたパブロフの犬云々は普通にもう手遅れなのではという最悪の気づきと、手触りが良すぎる梅吉の手のひらの感触の全てを無かったことにしながら。
「うるさい黙れ。お前にはあの火力が理解できないのかよ」
「まあ、俺とお前じゃ性癖違うし……」
「お前のその一人称に安心する日が来るとは思わなかった」
「そんなに?」
「そんなにだよ!」
さっきのお前の方が俺にとっては余程効くよ、という最悪の真実は飲み込んで。青仁はなんてことのないように首をひねった。
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