多分復讐ってこういうこと その1

 いやに熱を持つ頬を誤魔化すように、コンクリートの壁に頬を押し付ける。その冷たさに心地よさを感じてしまった青仁は、改めて自分が平常心を保てていないことを自覚した。


 正直、女の子になってしまってから前例はいくらでもある。だとしてもこれは、これだけは受け入れがたい。


『──知ってる』


 今日の昼休み。楽しくてたまらないと言わんばかりに口角を歪め、純粋とは口が裂けても言えないような感情を含んだ笑みを浮かべる、少女の姿をした友人が脳裏にこびりついて離れない。

 わかっている。誰だって自分好みの美少女に女の子扱いをされながら、その美少女自身が好みだと言わされて、あまつさえ恋人同士(仮)であると突きつけされたら精神が大変なことになるだろう。だからきっと、青仁がこうして放課後になってまで本日の昼休みに囚われている事自体は何もおかしくない筈だ。……というか、一番の問題は。


 心のどこかで、それに喜んでいる自分がいたことだ。


 突然だが青仁はどっちかというと女の子とひたすらにいちゃいちゃしてえな……と思ってるタイプの男である。具体的に言うと砂糖菓子みたいに可愛い女の子と睦言を囁き合いながら、甘いひととき(意味深)を過ごす感じのやつがオカズ(意味深)である。

 何が言いたいかって?女の子に一方的に翻弄されるのは普通に趣味じゃない。あくまで主導権は平等、もしくは自分が握っておきたいのだ。……少なくとも青仁は、自分の嗜好をそのように認識している。


「……うう」


 学校の廊下の隅で膝を抱え、顔を埋めながら呻く。なんというか着実に、梅吉に性癖を破壊されているなあと改めて思う。まあ多分、これから破壊されると言うよりかは既に破壊されていると言うべきなのだが。しかも現在進行形である。は?


 というか、受け身で翻弄されることを好ましいと感じるとか、本格的に自分の精神まで女の子になってしまったみたいで普通に嫌だ。いやそういうのが好きな男もいるのだろうけど、ていうか梅吉はそっちよりっぽいけど。それつまりマゾってことじゃないの?マゾか女の子かって究極の二択じゃない?と一般性癖者の青仁は思うのだ。

 なおこの場に梅吉はいなので、「オレはマゾじゃ無えよ!」という真っ当なツッコミは飛んでこなかった。


「あ、いたいた空島」

「一体何の用だよ」


 青仁が物思いにふけっていると、こちらを覗き込むような姿勢で声をかけられる。顔を上げれば、青仁が呼び出した二人が立っていた。


「いやちょっと。緑がやらかしてくれたというか?」

「は?俺何もしてないけど」

「話が見えないからとにかく全部吐け」


 呼び出され、首をひねっている二人──緑と一茶に、立ち上がった青仁は淡々と事情を説明する。青仁は気がついていなかったが、それが淡々と、なんて言葉で片付くレベルに収まるはずもなく。


「は?!?!おい待て何故僕が呼ばれていないんだ?!呼べよ!」

「なんで?」

「僕のオカズの原材料だからだが?!」


 約一名堂々と友人をズリネタにすると言い切ったカスが衝動のままに緑を締め上げ、無事(?)事態が混迷を極めた。

 つまりは小柄な少年が、それなりに上背のある少年を完封するという最悪の光景が爆誕してしまったのだ。しかしいくら一茶がスポーツ枠の特待で高校にへばりついているタイプだとしても、緑は少々弱すぎやしないか。こうも簡単にやられてしまうなんて情けない。


「痛い痛い痛い痛いギブギブギブ!!!!なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんだよ?!あいつらに頼まれたからアドバイスしただけだってのに!こんなのプリン三つじゃ割に合わ無えよ空島ァ!」

「うるさい黙れ!お前だって自分の妹の萌えシチュを見逃したらこれぐらいするだろ?!」

「……何言ってるか全くわかんねえけどさ。とりあえず一茶お前、友人をオカズにすることを本人に宣言するのはどうかと思う」

「あくまで原材料だそこをはき違えるな!僕だって流石に純度百パーセントのお前らじゃイケないからな?!」

「それもどうなんだよ」

「お前らがそんなツラしていちゃついてるからだろ!」

「は?キモ。いちゃついて無えし。お前目ぇ腐ってんの?」


 青仁と梅吉はあくまで全力でお互いをおちょくっているだけである。いちゃつく、なんて浮いた単語は一体どこから出てきた。少なくとも知り合いの前ではそのように捉えられるような事をした覚えはないのだが。


「僕は正常だ。四六時中いちゃついてるお前らが悪い。お前だってそう思うだろう緑」

「あー……ノーコメントで」

「何故?!」

「ほら緑も肯定してないじゃん。やっぱお前がヤバいんだよ」


 緑がノーコメントとした真意に気が付かぬまま、青仁は一茶をばっさりと切り捨てる。その様子を見ていた一茶がぼそりと「まあそれはそれで美味い」と不穏な言葉を漏らしていた気がするがきっと気のせいだろう。

 青仁が現実から目をそらしていると、状況が不利であると悟った一茶がごほんと咳払いをした後、改めて口を開いた。


「青仁。今後そんな最and高シチュエーションをやる時はすぐさま僕を呼び出せ。しないと言うならば、お前のとこの教室に壁として常駐してやる……!」


 絶対にわざとらしく咳ばらいをしてまで言うべき発言ではない。


「だからなんでお前はそう無機物になろうとするんだよ!そんなに壁って良いのか?!」

「お前らだって女子更衣室の壁にはなりたいだろ?!僕は男としての一般常識を述べているだけだ!」

「小学校は女子更衣室と言うよりかは空き教室を女子更衣室として使ってるから厳密には女子更衣室じゃない」

「なんで即レスでそんなキモい知識が出てくるんだよ怖……」


 青仁をほったらかしに変態VS変態のスーパー変態大戦が開戦しかけているのだが。何もかもがおかしいだろ。どうして友人二名を適当に呼び出しただけでこうなるんだよ。


「ま、まあいい。それより青仁、録画とかないのか?あるなら買うんだけど」

「あるわけないだろ。つか買おうとするな」


 す、と一茶が懐から財布を取り出そうとする。何故この男は暴力に走る仕草と金を取り出す仕草がこんなにも素早いのだろうか。


「この世って何事も金で解決するのが最速手段だから……」

「なんで一番金欠の奴が一番金に走るんだ?」

「金が全てだと思ってるから金が消えてくんじゃねえの?」

「でも金が全てなのは真実だろ。どうしたら僕は金欠じゃなくなるんだ」

「バイトしろ」

「してるが……?これ以上どこを削れと……?部活削ると僕は普通に留年しかねないんだが……?」


 ちなみに一茶は文系も理系もどっちも壊滅しているせいでどっちにも分類できないレベルの馬鹿である。伊達にスポーツ枠の特待で高校にへばりついているタイプ(悪口)ではないのだ。

 無論、そんなアホにかける言葉は決まっている。


「内臓」

「腎臓って良い値段つくらしいぜ。しかも二つあるから一個ぐらいはあんたでも売れるって」

「嫌だが?!」


 一茶の絶叫が響くが、そんなことは関係ない。青仁が緑と一茶を呼び出した理由は、こんなしょうもないやり取りをするためではないのだから。


「てか一茶の懐事情はどうでもいいんだよ。それより俺は、どうしたら梅吉をぎゃふんと言わせられるかが知りたいんだっての」


 そう、青仁の真の目的とは例の「片方が女子っぽく振る舞ってもう片方が応対する」という練習において、報復手段を二人に相談することなのである。

 しかしこの言葉を聞いた一茶は、何故だか不思議そうな顔をして逆に青仁に問いかけた。


「なんでそんな簡単なことがわからないんだ?」

「えっ。……い、いや言っとくけど、俺は梅吉みたいなことはできないぞ?何も簡単じゃないからな?」


 青仁は梅吉程器用ではないのだ。というか、あんな芸当がそう簡単にできてたまるか。正直あれは奴の才能的なサムシングだろう。知らんけど。

 というかそれができないからこそ、青仁はこうして問いかけているのだが。


「誰が梅吉と同じ手を取れと言った。僕が言っているのは……まさか、本当に気がついていないのか?」

「そのまさかだけど何か?もしかして俺のこと馬鹿にしてるのか?」

「気にすんな空島、木村が意味わかんないこと言ってる時は大体どうでもいいこと話してるだけだから」

「それもそうだな」

「僕をなんだと思っているんだ?……まあいい、アホな青仁にこの僕が教えを説いてやろう」

「いよっしゃー」


 色々と腑に落ちないが、協力はしてくれるらしい。ならまあいっか、と青仁は疑問点を見なかったことにした。そうして大人しく一茶の言葉を待っていると。


「普段勉強教わる側だからって露骨に調子乗ってイ゛ぃっ?!」

「シメた」


 緑が自ら死亡フラグを立て爆速で回収していった。具体的に言うと一茶によるヘッドロックである。


「事後報告やめろ木村ァ!」

「それで青仁、僕の案についてだが」

「おいあんた無視すんじゃねえよッだだだだだ!タンマタンマタンママジでやめぁ゛ッ」


 ヘッドロックを緑にカマしたまま平然とした様子で話し続ける一茶。ツッコミどころ満載の光景であったが、ツッコむ方が面倒くさかったので青仁は鮮やかにスルーした。













「──という訳だ」

「そんなことでいいのか?」


 結構長く話していそうな行間の空き具合ではあったが、実のところ三行ぐらいで一茶の提案は収まった。それ程までに一茶の提案は正直言って大したものではなく、ついでに言えば難易度も相当低い。これならば青仁にも問題なく実行できるだろう。


「ああ。今の梅吉ならこれだけで確実に死ぬ」

「そうか……ところでそこのマジで死にそうな奴については」

「ツバつけとけば復活するだろ」

「絶対それじゃ復活しないと思う……」


 百歩譲って外傷にはそれで良いとしても、首締めには意味が無いだろう。と、見事に敗北した緑を眺めながら青仁は思う。


「つかこんな死体どうでもいいだろ、早く行って来い。じゃなきゃ梅吉の事だし、逃げたとかなんとか言いながらお前のこと死ぬほど煽ってくるだろ」

「それもそうだな。行ってくる」


 全力で煽り散らかしてくる梅吉なんて想像がつき易すぎるもの、絶対に遭遇したくない。故に青仁は、大人しく梅吉の待つ放課後の教室へと向かった。

 そこからさして経たぬ内に、死体がむくりと起き上がる。


「……発案しておいて何だけどさ。あいつら、どこに向かってるんだ?」

「さあ?僕はオカズの材料ができてハッピー、あいつらは彼女ができてハッピー、Win-Winの関係ってやつだろ。ていうかお前、そういうの気づくんだな」

「別に俺はそういうの鈍く無いからな……まあ、見るからに手遅れだし、どっちかが拒否ってる訳でもないっぽいし、別にいいか」


 無論このやり取りは、青仁には届かなかったが。


「ところで木村、お前部活は大丈夫なのか?」

「?何がd」

「きぃぃぃぃむぅぅぅぅらぁぁぁぁ!」

「ぎぃゃああああああああああああああああああ!」


 突然背後からムキムキマッチョの巨漢こと部活の先輩に襲われた一茶の悲鳴は届いたとかなんとか。

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