対女子コミュ力をどうにかする会 その2

「青伊ちゃん、どうしたの?」

「え、ええ、とそのっ!」

「わたし達、でしょ?仲良くしようよ」


 わざとらしく、『女の子同士』という言葉を強調して言う。普通に梅吉にもブーメランは突き刺さっているが、この程度の痛みは必要経費と割り切るしか無いだろう。


「ひゃ、ひゃい……」


 というか実際、梅吉のせいで頬を真っ赤に染めて、呂律が回らなくなってしまっている美少女を堪能できるというのは中々の報酬である。後が怖かろうと、こればかりはやるしかない。後悔先に立たずとかいうやつである。


「青伊ちゃんは最近どう?」

「ど、どどどどどうって?!お、おおお俺はその、えと、あの……あ、え、英語の予習をや、やんなきゃなあって」

「英語の予習……そういえばあったね!わたしもやらないと!」


 話題のセレクトセンスが死滅しているし、そもそもこれは近況という話題に含まれるのか怪しいだろう。わかっていた事だが、青仁の対女子コミュニケーション能力は壊滅的なようだ。

 しかしてっきりいつものようにドリンクバーについての話が苦し紛れに飛び出てくると思ったのだが、そうでもなかったらしい。何故なのだろうと内心首をひねりつつも、梅吉は会話を続ける。


「あれめんどくさいよね〜まあ今週は小テストないからまだましだけど」

「そ、そそそうだな!小テスト無いもんな今週!」

「でしょ?ある時は多少は勉強しなきゃじゃん。しかもテスト期間中に全く関係ない範囲の小テストとか来るの、あれなんなんだろうね〜」

「そ、そそうだな!」


 まだ開始五分も経っていないというのに、先攻たる青仁選手がbot化してしまった。早すぎないか青仁選手、無様過ぎるだろ青仁選手。こうなってくると後攻たる梅吉選手こと己もbot化が危ぶまれてくるが、大丈夫だと思いたい。本当に、マジで。流石にあれと同レベルになりたくない。


「もー。相槌打つだけじゃなくって、もうちょっとお話してよ!」

「ご、ごめんなさ……ぁ、ぇ?」


 青仁が困惑と興奮がないまぜになったような奇妙な声を漏らす。

 もしかしてこれも許されるのではないか?とちょっとした思いつきを実行してみただけなのだが、流石青仁である。まともに指摘すらもできないとは。


「どうしたの?青伊ちゃん。わたし何かおかしなことしちゃったかな」

「い、いいい、あ、あのその、ち、近い!近いかなって……き、ききき気のせいかもしれないけど!」


 わざとらしく眉を下げながら問いかければ、単純な青仁はどもりながらもどうにか問いを口にする。梅吉が何をしたのか?簡単である。


「何言ってるの?女の子同士なんだし、近くても問題ないでしょ?」


 椅子ごと青仁の方へと移動し、わざと青仁と密着したのだ。白いすべすべの太もも同士が至近距離で触れ合う。控えめに言って最高である。


「そ、そうなの……?」


 梅吉に聞かれても知る由もない。適当なことを言っているだけである。多分一茶は肯定するし良いだろう。


「あ、じゃあさあ、わたし青伊ちゃんに聞いてみたいことあったんだけど、聞いていい?」

「え゛」


 そして動揺する青仁に、梅吉は全力で追い打ちをかけた。


 たった一言で、青仁はただでさえ悪い旗色が再起不能レベルになったことを悟ったらしい。濁りきった半ば悲鳴のような声を挙げる。それを聞いた梅吉はニヤリと口角を釣り上げて言った。


「青伊ちゃんって好きな人とか、いる?」

「っ」


 青仁が息を呑む。ああ、最高に楽しい。己の一挙一投足で精神を揺さぶられる己好みの美少女を好きにできるだなんて。後先はまるで考えず、彼女を弄ぶことが楽しくて楽しくて仕方がない。

 愉悦を隠す素振りすら見せずに、梅吉は追い打ちをかける。


「あ、いないなら好きなタイプでもいいよ~」


 あくまで可愛らしい、青仁好みの少女のような素振りをしたまま。にっこりと、たのしそうに笑った。


 はてさて青仁はどの様に返すつもりなのだろうか、と梅吉は完全に観客のような気持ちで眺めていた所で。意外なことにおそるおそるといった様子もなく、びし、と青仁がその白い人差し指を梅吉に向けた。


「……」


 未だその頬は言い訳がまるで無意味なほどに赤い。それでも精一杯強気な顔をして、青仁は言う。



「お、お前……だよ」



「──知ってる。だって、わたしの……だもんね?」


 ふ、と薄く笑みを浮かべて梅吉は健気な言葉に応えた。梅吉だけに向けられた、世界で一番愛おしい言葉に。


 流石に教室で堂々と恋人関係(仮)なんて言うわけにはいかないので、肝心なところはぼかして言ったが。それでも十分青仁には通じたようだ。ただでさえ赤い頬を殊更に染め上げて、小さく呻いた。


「お、前、卑怯、だぞ……」

「えー?なんのことー?恋バナ楽しいじゃん、青伊ちゃんは楽しくないのー?」


 卑怯ではない。どうせその内やり返されるのだから、盛大に花火をドカンと一発撃ちあげてしまおうという大したことのない計略だ。そんな事を言われるいわれはない。


「う、うぅ……な、ならそ、そそういうお前、は……」


 しかしどうやら、青仁は回らないなりに頭を使って反撃を試みるつもりのようだ。やられっぱなしではいられない、なるほどこういう意味では自分たちは似ているのだろう。一体何をするつもりなのだろうか、と途切れ途切れの言葉を待つ。

 なんて、呑気に観客ぶっていたのがいけなかった。


「──梅だって、私の見た目が好きなんでしょ?」


 伏せられた長い睫毛に少しだけ隠れた瞳が、じい、と梅吉を見ている。さりげなく頬に伸ばされた柔らかい手を冷たく感じないことに、熱を持っているのはお前も同じだと思い知らされ、梅吉から余裕を奪っていく。

 そのまま少しだけこてんと首をかしげて、は言う。


「私にだけ言わせるなんて、ひどくない?」


 わざとらしく、声を低くして。こちらを詰るように。


「ねえ、言ってよ」


 甘い毒を、ゆっくりと、されど確実に梅吉に盛る。あまりにも甘美なそれに、梅吉が耐えられるわけもなく。


「……す、すすす、好き、だけど」


 女の子のフリをする、なんていう大前提をすっかりと忘れてしまった童貞丸出しの答えを返すことしかできなかった。


「ほら。な、なら何も問題無いでしょう?」


 精一杯演じられる付け焼き刃のお姉さんムーブですらも、先程の言動と合わせてしまえば、梅吉はひとたまりもない。むしろ青仁も梅吉の言葉で動揺しているのだと思うと、おかしくなってしまいそうだった。

 暫くうっそりと微笑んだままの青仁を惚けたようにただ眺めることしかできなくなってしまった梅吉であったが、そう長く保つ訳が無く。


「あ゛ーーー!何この苦行、辛すぎるんだけど!もう無理絶対やらない梅吉覚悟しておけ!」


 青仁は一瞬でいつも通りに戻った。先程までの梅吉の理想のお姉さんが幻のように、どこにでもいる、普通の男子高校生(中身のみ)の絶叫を上げる青仁に梅吉は笑った。


「これやる方は楽しいな。つかお前だって反撃してたし別に良くないか?」

「良くない!無理!死ぬかと思った!」

「この程度で死んでたらお前の命がいくつあっても足りないって」

「今からでも良いからコイン100枚集めたら残機が増える体になれねえかな……」

「お前のことだからてっきり緑キノコを望むのかと。ヤベー色のキノコってお前好きじゃないの?」

「1upするってことは美味しそうだし、なんとなく青リンゴっぽいからあんま興味無い」

「ちょっと何言ってるかわからん」


 しかし、こうしていつも通りの調子でじたばたとしているこのポンコツさすらも可愛く思えてしまうのだから、外見というものは偉大であると言うべきか、それとも単に梅吉の目が腐っているのか。できることなら前者が良い。


「つか緑キノコのことはどうでもいいんだよ。梅吉、次はお前の番だからな」

「お、お手柔らかに頼むぜ」

「は?さっきのお前は手加減とか考えてたか?」

「……いやほら、後悔先に立たずっていう言葉があるじゃん?やれるだけやっとけっていう先人のありがたーい教えが」

「その意味であってるかは知らないけど、とりあえず俺のポリシーはやられたらやり返す、倍返しだ、だからさ……」

「そのドラマ結構古くね?オレらいくつの時だよ」

「うるさい黙れ」


 予想通り、青仁は仕返しとして思う存分振る舞うつもりらしい。覚悟は決めていたが、それはそれとして今から自分がどのような目にあってしまうのか気が気でない。十中八九無事ではいられないが、せめて青仁よりはマシでいたい、と梅吉が願っていると。


「……」


 青仁が無言でスマホを取り出した。


「……」

「あれ、青仁?やらねえの?」


 親指がそれなりの速度で動いているので、おそらく何か調べものをしているのだろう。この状況でそんなことをし始めるとは一体何を、と思いながら梅吉が青仁のスマホを覗き込むと。


『近所のお姉さん 女性優位 R18』


「予習禁止!」

「俺はお前の性癖にそこまでの理解がないんだよ!」


 悪足掻きの言葉を吐くアホからスマホを奪い取る。梅吉は特に事前学習もなく対応してやったというのに、まさか自分だけ情報収集を行おうとするとは。卑怯にもほどがあるだろう。


「つか他人の性癖を完璧に理解してる方がキモいだろ」

「じゃあなんでお前は百点満点の回答出してきたんだよ!」

「え、あれお前的百点なの?オレはただ適当にやっただけなんだけど」

「……」


 青仁が黙り込んだまま、梅吉からスマホを取り返す。防ぐ理由もないので大人しく返した。そのままぽつりと青仁が呟く。


「天性の才覚……?」

「お前の性癖を体現できることを天性の才覚にしたくないんだが。つかお前だって……」

「俺はお前の性癖に対応できてる自信無いけど」


 きょとんとした顔で青仁が不思議そうに言う。どうやらこの点については、二人ともどっちもどっちらしい。認めたくないが、これも性転換病が与える精神への影響とやらが絡んでいるのだろう。


「まあわかった。この話を掘り下げたら多分全員不幸になるだけだからやめよう。ってことでとりあえずお前は予習とかいう不正を働かずにはよや──」


 梅吉の言葉を遮るように、空気を読まない五限の予鈴が鳴り響いた。なお、本日の五限は移動教室である。


「ちっ、命拾いしたな青仁。覚えておけよ」

「今の内に予習するわ」

「スマホ没収してやろうか」


 流石に廊下で衆目にさらされたまま先程の茶番を実行する気はない。梅吉は大人しく追及をやめ、移動教室の準備を始めた。

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