対女子コミュ力をどうにかする会 その1

「……何がしたいんだ?」

「見てわかるだろ」

「賄賂……じゃなくてなんだ?心づけ?」


 緑の机の上にプリンタワーを作り上げた梅吉と青仁は、当の本人に困惑されていた。とはいえその程度で止まる二人ではないのだが。


「絶対ロクでもないやつじゃん。あんたらなに企んでるんだ?てか安定性に欠けるからせめてタワーじゃなくてピラミッドにしろよ」

「流石にピラミッド作って見栄えがするほどプリン買えなかったから……」

「高校生の財布事情でプリンピラミッド作れるわけないだろ。お前求めすぎ」

「いやそれは知ってるけども。で、これを俺に賄賂もしくは心づけとして渡すような面倒事って何?」


 露骨に嫌そうに顔を顰める緑を見なかったことにして、梅吉と青仁の二人はすうーっと息を吸う。そして互いに互いの言葉に被せるように口を開く。


「「オレ/俺達に女の子とのコミュニケーションの取り方を教えてくれ!!!」」

「あ、俺ちょっと太陽を西から昇らせる仕事が忙しいんで……」


 金曜日から練っていた綿密(当社比)な計画が、とてつもなく雑な言い訳で破綻した。


「逃げるなよお前賄賂受け取っただろ?!」

「こんなのただの押し売りだろ!」

「押し売りでも良いんだよ受け取ってもらえたら」

「クーリングオフ!クーリングオフさせろ俺こんな難易度ナイトメアなのに挑みたくない!」


 青仁と二人全力で責め立てるものの、今日の獲物は活きが良い。そう簡単には二人の手中に落ちてはくれないようだ。しかし難易度ナイトメアとは酷すぎる言い草ではなかろうか。


「おい緑オレらってそんなに手遅れなのか?」

「そんなことないよな?」


 尋常ではない抵抗を見せる緑に、二人がかりで圧をかけつつも問いかける。それを受けて冷や汗をダラダラと流した緑は、口ごもりつつも答えた。


「……そのツラで女子に混ざれてないって事が答えじゃないのか?」


 致命的すぎる、間違っても他人に突きつけてはならない現実を。


「お前……言って良いことと悪い事があるってことぐらい知らないのか?!」


 確かに薄々感づいていたとも。人間は身体的に同性の方が関わりやすいと考えているものが多い。だというのに外見はすっかり女の子になってしまった二人が、今もどちらかと言えば男子のコミュニティに属している。つまりは外見の補正を上回る程中身がアレという証明に異ならないのだと。

 だとしても何故口に出した?!と梅吉が絶叫している横で青仁も口を開く。


「緑ひどーい(棒)」

「ふざけんな空島今のあんたにそういう事言われると」


「裁判長!森野が空島に手を出」


「ほらなあ!」


 青仁の雑な非難に、アホ共がアホの速度で緑を糾弾し、緑が絶叫する。何が起きるか目に見えている無責任な発言からのあまりにも早すぎるフラグ回収に、地の文が追いつかないほどであった。


 この場合は緑と青仁、クラスメイトの童貞共、どれに称賛の言葉を授けるべきなのだろうかとどうでもいいことを考えているうちに、青仁の悲鳴(笑)を聞きつけたナイト気取りのクラスメイトがわらわらと飛び込んでくる。

 が、今の二人には緑の処刑を鑑賞している暇などないのだ。


「も〜大丈夫だよみんな心配しないで!森野くんがわたし達のお願いを聞いてくれないだけだから!」


 と言うことで、梅吉は彼らを利用して己に有利な状況を作り出すことにする。利用できるものは何だって利用してでも目的を達成する、とかなんとかいう一見泥臭いカッコよさマシマシの思想の下に実行しているが、状況が状況なので何もカッコよくない。


「そうなのよ。森野くんったら、嫌の一点張りで……」


 梅吉の意図を悟ったらしい青仁も乗ってくる。伊達にそれなりの年数友人をやっていないものだ、こちらに合わせる速度が凄まじい。しかしこういう事をしていると、やはり結局人間顔面が全てなのだろうなと思う。特に、自分もクラスメイト側だったとしたら容易に流されていただろうという一点において。


「何?!おいおい森野お前美少女二人からのお願いを断るとかそれでも男か?!股間に血ィ通ってんのか?!」

「俺の股間はJKに反応する仕組みじゃ無いんだよ!」


 そして事態は面白い程二人に有利に転がっていく。これならば問題ないだろう、とホッと胸を撫で下ろしていたその時。


「素朴な疑問なんだけど、森野って妹がJKになったらどうすんの?ロリコンならJKになった妹には興味ないんじゃないか?」


 事情を知らないらしいアホが、禁句を言ってしまった。


「あっ」

「言っちまったな」

「逃げよ」

「早めの撤退が大事って中破以上で服が脱げるゲームでもよく言うしな」


 クラスの男子達がぞろぞろと昼休み開始直後の教室を後にする。勿論梅吉も青仁と共に、度々ゴミ袋と揶揄されるパンが詰まった袋を抱えながら退出した。


「は?え、ちょ、ま」


 哀れなアホは知らなかったようだが、これはそれなりに有名な話なのである。


 森野緑がロリの成長を絶対に許せない、一番どうしようもなくて救えない類いのロリコンであることは。









「お前さあ、いい加減地雷踏まれると盛大に爆発するのやめない?ってことでとっととオレ達の頼みをだな」

忘れていてふぁふれてて欲しかったほふぃかった

「プリン食いながら言われても説得力がない」


 しばらくして、二名ほどの偵察要員という名の生贄を出しながらも、教室の安全が確認されたので梅吉と青仁は戻ってきた。なお梅吉が抱えていたビニール袋は見事にしぼんでいる。


「だってプリンもらったら食うだろ」

「報酬もらったらそれに見合った働きをするだろ」

「……」


 緑が死ぬほど面倒臭そうな顔をする。そこまで二人は厄介事なのだろうか。流石に心が傷つくのだが(対女の子コミュ力を絶望視されている的な意味で)。


「諦め方なあ、俺も妹と結婚するの諦めきれてないし」

「何勝手に話をすり替えてんだよお前!」

「お前のは法律が絡んでるだろこっちは違うんだよ!」

「いやあんたらはもう諦めたほうが早いって」


 諦めという言葉は梅吉と青仁にとって直視せねばならないものではあるが、それとこれとは話が別だろう。むしろ諦めの先にあるものでは?あってほしいものでもあると言えるが、都合の悪い現実からは目を逸らした。


「決めつけるのは良くないってことぐらいしらないのか?!」

「だよな。俺もたかが法律のせいで妹ととの結婚を諦めちゃいけないよな」

「いやそれは諦めろ」

「諦めが肝心って言葉、知ってるだろ?」

「そっくりそのままお返ししてやる」


 何故緑はこうも執拗に法律に歯向かおうとするのだろうか。法律を変えられる自信でもあるのか。


「つか正直俺もあんたらのコミュ力がどうしたら改善されるかなんかわかんねえよ。どうしろって言う……あ」


 なんてことを考えていたら、総括するとお手上げ、の四文字に集約されてしまいそうな悲しい話をぶつくさと言っていた緑が、おもむろに声を挙げた。


「お、緑なんか思いついたか?」

「ちゃーんとオレらに実行できるレベルなんだろうな?」


 青仁が意気揚々と問いかける。そこに梅吉も言葉を重ねた。さて、梅吉と青仁よりも対女子へのコミュ力が圧倒的に高い緑が導き出した答えとは如何に。少なくとも二人で頭を悩ませるよりも有益な意見が得られるはずだ、と期待十分に問いかけたのだが。



「あんたら見た目は完全に女子なんだから、片方が女子のフリしてもう片方が対女子訓練を積めばいいんじゃないか?少なくとも純粋培養女子よりは会話難易度が低いはずなんだから、良い練習台だろ」



「……」

「……」


 梅吉と青仁は互いに顔を見合わせた。なるほど緑が言いたいことはわかる。技能を習得するためには練習あるのみという事はまさしく正論だ。それに一般的な女子よりも互いに話す方が圧倒的に難易度が低いし、意図も理解してくれているからこそ、練習相手として最適だろう。


 互いの全力女子ムーブには耐えられるかどうか微妙である、という最大の問題点を除けばだが。


「うん我ながらナイスアイデアだな!もしかして俺ってめちゃくちゃ天才なんじゃないか?いや〜良かったな解決して!ってことで頑張ってくれ!」


 面倒ごとが無くなってすっきりした!という感情を全面に押し出した緑は、これ以降は関わりませんと言わんばかりにイヤホンを取り出して動画を見始めてしまった。どうやらここまで投げやりになってしまうほど、奴は二人の対女子コミュ力を絶望視しているらしい。


「……なんか、体よく見捨てられなかったか?」

「……気のせいだろ。一応アイデア自体は出してくれたし」


 後に残されたのは、こめかみをぴくぴくと動かすばかりの元男子現女子達のみ。


「いやそうだけど、そうだけどさー……梅吉はこれ、実行できるのか?」

「……」


 問いかけられ、梅吉は反射的に青仁の顔面を見る。近頃の梅吉は素の青仁のふとした瞬間にやられることが多く、奴の意図的なお姉さんムーブはそもそもあまり直撃していないが。

 現在の自分が、青仁による意図的な「梅吉好みの女の子」を演じてきたらどうなってしまうかわからない。そしてきっと青仁はそれをわかって故意に梅吉に刺さるように振る舞うだろう。梅吉だって逆の立場だったら絶対にやるので。


「でも、正直まだ実行できて有益そうな案ではあるだろ……」

「本当に実行できるのか?」

「少なくともオレら二人で顔つき合わせてうだうだ言ってるよりマシ」

「くっ」


 残念ながら二人に対策を諦めるという選択肢は無いのだ。女の子になってしまったのに女の子とお近づきになれないとか、控えめに言って悲しすぎるので。

 確かにお互い好みの美少女と常日頃話している現実は、性転換病を発症する前の自分からしたら刺されても仕方のない事は理解している。というか確実に贅沢言うんじゃねえぞ殺すって言いながら刺す。


 しかしそれは、何も知らないから言える外野の意見に過ぎないのだ。


「……緑にすら見捨てられた俺らが、たかがこの程度でどうにかなるのか?」

「でも女の子と話したいじゃん」

「結局そこに行き着くよな」


 真面目な話、二人の不純な欲望を抜きにしても女子とある程度は会話ができるようにならなければ、この先生活していく上で確実に困難が生じるだろう。

 まあ、二人共目先の欲望に弱いので、結局現状はクラスメイトの女子と話したいという欲望が全てなのだが。


「やるしかないのか」

「ないな。青仁、どっちが先に女子側やる?多分先だろうと後だろうと地獄が待ってるけど」

「じゃあじゃんけんで負けたほうで」


 腹を括ってじゃーんけーん、と過去一やる気のない掛け声をあげる。完全に空気が通夜状態であり、どう考えても今から片方が女の子の素振りをして、もう片方がそれと話す訓練をするなんていうイカれた状況が始まる場面ではなかった。


「あー……負けたから、オレが先に女子側やるわ」

「了解……とりあえず椅子座るか」

「そうだなー」


 勝っても負けても意味がないので、負けた所で大した感慨もない。なんだったらこの後やり返されることが確定している以上、憂鬱な気持ちはどうしたって拭えない。使われていない椅子を適当に近くの席から拝借して、お互い隣り合うように座る。


 隣に座る青仁の緊張がこれでもかというほど伝わってくる。きっと数分後の梅吉も大体似たような状態になって、青仁からの言葉を今か今かと待ち続けることになるのだろう。

 だからこそ、梅吉は全力で振り切った。


「じゃあ青伊ちゃん、お話しよっか!」

「うえっ?!」


 きゅるん、とか効果音がつきそうな勢いで可愛い子ぶって言う。この後やり返されても悔いがないように、できる限り奴にダメージを与える少女を演じるのだ。

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