逃げられるわけが無いだろ その2

 さて、姉と意味がないようである話をうだうだと話したりスマホを手持ち無沙汰に眺めたりしながら、二人は無事最寄り駅に戻ってきたのだが。


「あれ、青仁じゃん。何してんの?」

「いや俺は……って、お姉さんもいるのか……」


 ブラジャーの身につけ方を教えた時のことを引きずっているのか、少し顔を顰めた青仁にばったりと出会った。歩いてきた方向的に、どうやら梅吉達が乗ってきた電車とは逆方向の電車に乗っていたらしい。


「青仁くんこんにちは。久しぶりね」

「こ、こんにちは……」


 姉が外行きスマイルで青仁に笑いかけているものの、やはり奴は居心地悪そうにしており、助けを求めるように梅吉を見ていた。


「つか青仁、お前……服考えるやる気、なかっただろ」


 そんな青仁に対し、梅吉は助け舟を出すつもりはなかったが、疑問を提示したことにより結果的に助ける形になった。話題が逸れたことに少しだけ表情を明るくした青仁にわかりやすいな、と思っていると青仁が口を開く。


「だって一人でちょっと出かけるだけだし。やる気なくたって良いだろ」

「そうだけどさあ……もうちょっとなんかなかったのか?」


 どうやら青仁は男だった時から服の好みがまるで変わっていないらしいということだけがわかる、最早ワンピースのようになっているオーバーサイズのシンプルなロンT。足元は無論ジーンズに飾り気のないスニーカー。極めつけには一応結び方をマスターしたらしく常ならば緩い三つ編みになっている髪は、適当にひとまとめにされているだけであった。紛うことなき手抜きファッションである。


「こういうのが一番楽なんだよ。つかお前、休日までよくそんなファッションキメてるよな。俺にとっては眼福だから全然そのままでいいけど」

「うるせー。オレは姉貴といるから手抜きすると目をつけられるんだよ」

「その素材を活かさないのはちょっと、ねえ?」


 手抜きして目をつけられて玩具にされるぐらいならば、自らそれなりの判断をした方がまだマシという判断である。つまり現在の梅吉の服装はドレスシャツにミニスカートという如何にもなものであった。

 ……実の所梅吉は隣でしたり顔をしている姉に自分で着たらどうだ?と問いかけた事があるのだが。人形遊びと自分は別物だと言われた。その時の梅吉の脳内には乳がないと着れない服が着たいのか、という発想が真っ先に浮かんでいたが、無論実際とは異なる。


「た、大変なんだな梅吉は」

「……」

「いやなんだよその視線は」


「自分じゃなくて良かった」という副音声がはっきり聞こえてきそうな青仁の言葉を聞きながら、じとりと頭からつま先まで奴を眺める。

 こういうゆるいファッションは別に梅吉の好みではない。むしろ「あ、これ青仁の趣味だなあ」とパッと見でわかってしまい、野郎が透けてるという意味では微妙な気持ちになっているはず、なのだが。


「っは〜〜〜〜〜……」

「だからなんなんだよ嫌味か?!」


 苦い顔で盛大にため息を吐きながら思う。妙に可愛く見えてしまうのは、何故なのだろうか。そう簡単に趣味の幅が拡張されるとも思えないのだが。


「頭痛が痛い」

「日本語が崩壊してるぞ自称文系」

「自称理系、お前受験で理系挑む気あんの?理系受験する気がない奴は理系とは呼べないぜ?」


 ヘラヘラとしている青仁が憎い。何故自分がこのように苦悩しなくてはならないのだろう。そう考えた辺りで梅吉は一つ良いアイデアを思いつく。


 どうせどこかしらで遊びに行ったりするのだから、次遊びに行く時に梅吉個人の趣味の服を着てけば良いじゃないか、と。すなわちやられたらやり返す精神である。


「いや受験ってワードは禁止カードだろふざけんな」

「そうだなー」

「……梅吉どうしたんだ?ニヤニヤして。なんか良いことあったのか?」

「べっつにー?」


 青仁に会うまでは悪いことしかなかったが、梅吉は単純なので目前の良いアイデアのおかげで機嫌が良くなっていた。


「嫌な予感がする。っていうかお前お姉さんと一緒に何して、あ」

「こいつを病院のカウンセリングに連れて行ってたのよ。未成年は保護者必須って言うから、私が保護者ってことで」

「そうだぞ青仁。お前がいつ行くか知らないけどお前も行くんだぞ」


 赤山家の両親は仕事大好き人間の為、土日に両方不在であることも珍しくないのだ。その為保護者が必要な場で成人済みの姉が招集されることもまた、既に数回程度は発生しているのである。


「うわ、梅吉お疲れ様……参考までに聞くけど、どうだった?」

「地獄」

「二文字で端的にヤバさを表現するのやめようぜ」


 詳細に語る方がショッキングな話になってしまう為できる限りオブラートに包んだつもりだったのだが、まだ足りていなかったらしい。まあ何が起きたかはある程度伝わったようなので良しとするが。


「ってことでお前も苦しめ。つか一人でちょっと出かけるって具体的に何してたんだ?」

「映画」

「あっ……これはオレの地獄への感想なんだけど」


 青仁が他人を誘おうともせず見に行く映画など、あらすじすらも聞きたくない為自分から聞いておいてなんだが積極的に話を逸らしていこうとしたのだが。


「映画って何観てきたの?」


 背後から二人の会話を眺めているだけだった姉が、タイミング悪く会話に参戦してきてしまった。梅吉が露骨に顔をしかめたのにも気が付かないフリをして、青仁は口を開く。


「悪魔に取り憑かれた女の子が、父親を監禁した後、日をかけてちょっとずつ体を切断して、父親の目の前で切断した体をちょ」

「うっげえお前それ年齢制限かかってるやつだよな?!」


 梅吉が遮りつつ問かければ、なんてことのないように青仁は肯定する。


「十五才未満が見れないやつ」

「そんなことだろうと思ったよ!」

「だって誘っても誰も着いてきてくれないから」

「お前が見るやつは一般向けじゃ無えんだよ!そこまでの耐性を求めるな!」


 例によって例のごとくスプラッタやらホラーやらが好物の男()であった。当然ながら梅吉はあくまで人並み程度の耐性しかない。なんて、思っていたのだが。


「へえ、面白そう。青仁くん、タイトル教えて」

「は?」


 よりによって姉が食いついてしまった。


「何?」

「いや、姉貴そういうの興味あんの?っていうか十五歳未満が見れないやつって言葉の恐怖を理解してないのか?スプラッタ方向でそういう規制がかかってるやつってマジでヤバいんだぞ?」


 梅吉は青仁に連行されて一度見に行ったので知っているが、明確に年齢制限がかかっている映画を見たことがある者は中々いないだろう。それを踏まえての忠告だったのだが。


「知ってるわよ、見たことあるし。ってことで青仁くん、タイトルは?」

「え、えぇっと……」


 挙動不審になりながらも青仁がタイトルを口にする。すぐさま姉がスマホを取り出したので、どうやらそれなりに本気のようだった。


「……だから何なのよその目は」

「お前もかっていう目だよ」

「お姉さんは見れるのに、なんで梅吉こういうの見れないんだ?やっぱビビリ?」


 何故かこの場で少数派のようになってしまっているだけで、梅吉は本来多数派のはずなのである。故に今この場で呑気に首を傾げているヤツは後でシメる。


「無理なもんは無理なんだよ。あとグロ耐性はビビリと関係ないだろ」

「でもお前ビビりじゃん」

「だから言ってるだろお前と比べちゃ人類の八割ぐらいはビビリになるって」

「そんなことないと思うんだけどなあ。まあいいや、感想語ってていい?」

「良いけどちゃんとグロ描写はマイルドに説明しろよ。ってかその話もしかして長いか?」

「多分長い」

「じゃあ今からマ○クにでも行くか……姉貴、行ってきていいよな?」


 メインの用事は既に終わっているとはいえ、流石に同行者に断りを入れない訳にはいかないだろう。そう思って梅吉は姉に問いかける。


「良いわよ、いってらっしゃい。私がいたらお邪魔だろうし。あとネタバレ聞きたくない」

「よっしゃ行くぞ青仁。たしか東口の方にあったよな」

「いや東口そっちじゃねーぞ」


 無事姉の許可が出たので、梅吉は意気揚々と真逆の方向へと歩き出そうとして青仁に止められた。いつものことである。


「お前そんなんでよく通学してるよな」

「家が何口側かなんて普通に覚えてなくないか?」

「じゃあこう覚えろ。お前の家がある反対側が東口だ」


 いつも通り二人で騒ぎながら東口へと向かっていく。その様を眺めていた梅吉の姉の呟きは、二人の耳に届くことはなかった。


「……ああしてると、本当にただの仲良しな女の子達にしか見えないわね。不思議」

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