デートと勘違いを組み合わせるな その2

「なあ青仁。たしかにオレは自分で服を選んでねえのにオレだけ浪漫を味わってしまったのは悪かったと思う。だから埋め合わせってわけじゃねえけど、カフェ行った後服買いに行かないか?お前が選んでいいから」

「乗った。行く。てか俺も夏物が足りない」

「やっぱそうだよな。急ぎで買ったからオレも春物しか持ってないんだよ」


 性転換病患者あるあるな気がする、発症した季節の衣服は必死に買い集めたもののそれ以降は気を抜いてしまった何も買っていない、という奴である。双方ともにノープランで生きていることが大半故に、本日の予定は例のカフェに行くこと以外何も決まっていなかったため、丁度良いだろう。


「いや〜お前にどんなの着せようかな。覚悟しとけよ梅吉」

「えっ怖。んなこと言うならオレもお前の服に口出しするけど」

「それは別に良いぞ。だって自分一人で選ぶの面倒くさいし」

「それはそう」


 不吉な言葉を発する青仁に対抗しようと梅吉も言い返すが、あっさりと受け入れられてしまう。もしや本日の梅吉は運勢があまりよろしくなかったりするのだろうか。先程から全然勝てていない。


「ていうかさ、本当は俺メンズである程度代用しようとしたんだよ、もったいないし。でも春物の時点でなんでかしらねえけどオカンに怒られたんだよな」

「そりゃんなことやったら怒られるだろ」

「いやでもセーターとかトレーナーはメンズ流用しても別に良くないか?」


 確かに青仁の言うように、その辺りのものなら一般的には流用してもまだどうにかなるだろう。一般的には、だが。


「オレの記憶が間違ってなけりゃ、お前の私服って大体オーバーサイズだったと思うんだけど」

「?そうだな。そっちのが楽だし」

「今のお前が男だった時のオーバーサイズの服をまともに着れる訳ないだろ、ずり落ちてくるっての」

「あーだから最近朝起きると寝間着が脱げてたのか」

「その時点で気づいとけよ!あと脱げてるの見せろ!」


 ベッドの上でぼんやりと座り込む、Tシャツがずり落ちて肩やら乳房やらが露出した色気たっぷりの美少女を高解像度で脳裏に思い描き、目前の天然馬鹿に向けて叫ぶ。どう考えてもこの世でいっとうエロい瞬間の一つであり、絶対に梅吉が見なくてはならない構図であった。


「は?見せるかよ。ていうか見せようがなくね?」

「お前忘れたの?うちの学校の修学旅行は二年にやるんだぞ」


 そう、高校という場所には宿泊を伴う行事がつきものなのである。そしてそれは受験が絡んでくる三年生ではなく、比較的ぷらぷらしていられる二年生までのうちに実施される事が多い。

 ようやく気がついたらしい青仁が濁った声を上げる。


「あ゛っ。い、いやでも梅吉考えてみろよあれって男女別だろ俺らは女の子と一緒の部屋で寝るんだぞ?その時点でさ」

「都合よく二人以上いるしってことで隔離されるに一票」

「なんでそんなひどいこと言うんだ?!そうじゃないかもしれないだろ!多分!」

「ところでオレ達はクラス女子グループL○NEから拒否られてクラス男子グループL○NEに押し込まれて久しい訳だが」

「……」


 無言で青仁がスマホを取り出し、何事かを入力していく。そのままスマホに視線を落としながら、青仁は口を開いた。


「『元男子の女子への馴染み方〜L○NE編〜1.女子だけのグループに招待された場合』」

「呪いの文書読み上げやめてくれるか?!」

「どこにも受け入れ拒否についての記述がねえんだけど、もしかして俺たち平行世界のネットに接続する能力に目覚めてたりする?ゔっ」

「自傷行為やめろやオレまでなんか辛くなってきただろ……」


 誰だって認識したくないだろう、女の子になっても女の子との接点が元男子の友人しか存在しないなんて現実は。現実を直視してしまい顔を覆う梅吉と額を抑える青仁は、傍から見ると公共の場で葬式的空気感を纏う美少女の二人組という中々に異様なものであったが、ツッコミを入れられる者はどこにもいなかった。


「……あ、もうつくらしいぞ」

「そうだな。頑張れよ青仁」

「えっ何を?」


 そんなことをしていると、車内放送が二人の降車駅へと到着することを告げ、梅吉はぽんと青仁の肩を叩いた。その目には、いつになく優しげな慈愛が込められている。


「お前だけが頼りなんだ」

「いやだから何を」

「オレは地図読めないし方向音痴だし道を覚えられない。だからオレは何もできないし何もしないほうがいい」

「そうだな、お前ゴミだったな」


 かわいそうなものを見る目で青仁に見られている気がするがこればっかりは仕方ないだろう。人には向き不向きというものがある。梅吉は偶然絶望的にその手の能力が欠けていただけだ。なにせ未だに梅吉は自分が通っている高校でたまに迷子になるので。


「まあわかってたから元々その辺は俺がやるつもりだったし別に良いよ。ていうかこんなの、アプリに従って適当に歩けばつくし」

「それができたら苦労しない。まず自分がどこにいるのか、どっちを向いているのかわかんねえからな!そしてスマホをぐるぐる回して首をひねり始めてからが本番だ」

「無意味にドヤるな」


 ガヤガヤと話しながら電車を降り、何口がどうのこうのと呟く青仁の後を追う。ちなみに梅吉は完全に諦めているので最初から最寄り駅以外何も調べていない。


「お前さあ、努力とかする気ないの?」

「青仁、時には諦めることだって大事なんだぜ?」


 梅吉は微笑んだ。主に梅吉が面倒ごとを回避するために最近習得した技の一つである。


「そうか。なら梅吉、お前はちんこを諦めきれたのか?」

「は?それとこれとは別問題だろ一生諦めずに縋るに決まってんだろ。だって生涯の相棒だぞ相棒」

「そういうことだよ」

「だからどういう。ところで相棒って字、ぼうの部分を木の棒とかの棒って書くあたり確信犯じゃねって常々思ってるんだが」

「……あーたしかに。だって無二の相棒ってはっきり言って己自身しかいないよな。結局他者は他者でしかないんだから、絶対に裏切らないって保証はないんだし」


 議題が相棒という言葉はちんこを指すのではという不真面目極まりないものであることを除けば、妙に真剣な表情も相まって、人が大量に死ぬタイプの暗い小説に出せそうなシリアス具合である。とはいえこの小説はラブコメなのでこんなシリアスシーンの使い所は無いのだが。


「まあ己の身体についてる以上、本来は裏切りようのない存在であるはずなんだよな。そこでそんな文字通り一心同体の存在に裏切られた自分自身にコメントをどうぞ、空島青仁選手」

「この世ってやっぱカスじゃね?己のちんこぐらい信じたかったよ」

「わかる己のちんこすら信用できないこんな世の中〜〜〜!」


 聞く人が聞けば幻聴を疑われそうな内容ではあったが、残念ながら二人にとっては純然たる現実である。


「俺らこれから何を信じて生きていけばいいんだろうな」

「わからん。多分疑心暗鬼のまま生きるしかない」

「なるほど。人生ハードモードってことだな」

「でも一つだけ確かな事はあるぜ?」

「何が?」


 瞳をぱちくりとさせて首を傾げる青仁。どうやら自分からもちかけておいて事態に気がついていないらしい奴に、梅吉はこれから降りかかる試練を口にした。


「今から食べに行くチャレンジメニューってカップル限定なんだろ?つまりオレら二人でか、カップルに見える程度にはそれっぽくしなきゃないけないんだぞ?」

「……あっ」


 なお肝心の店は梅吉ですらたどり着ける程度には近づいているものであり、青仁を無理矢理引きずることもできなくはないものとする。

 明らかに羞恥由来で少し言い淀んでしまった言葉だとしても、青仁には効いてくれたらしい。


「ま、待て待て待て、カップルらしさってなんだよ。そんな定義があやふやのもの常識的に考えて求めねえだろ」

「でも世間一般だと未だに男女恋愛が普通って感じだから、余計それっぽく振る舞わないと逆に疑われて痛い目見そうじゃないか?忘れてんのかもしれねえから言うけど今のオレら傍から見たら女同士だからな」

「そ、そこまで厳密にカップル判定するのか?」

「いやそこまでするとは思えないが、なんとしてもあのクソデカパフェを食べたいから万全を期したいんだよ」

「うわ怖。そんなんだからお前パン食い競走の最終兵器とか言われるんだよ」


 先程までどことなく甘い雰囲気が漂っていた気がするのに、一気に青仁の表情がドン引きに塗り変わった気がするのは気の所為だろうか。後この話とパン食い競走云々は関係ないと思う。


「ってことで一応手ぇ繋ぐぐらいはやっとこうぜ?」

「…………まあ、露骨にいちゃいちゃしてるリア充の真似よりは、マシか」


 たっぷりと沈黙を挟んで、青仁から了承を引き出す。たかがこの程度の事で制限時間以内に食べ切る程度で無料で食べれる巨大パフェを逃すわけにはいかないのだ。


「……ん」


 少しだけ視線を逸らされながらも、差し出された小さな手を取る。とはいえ今の梅吉の手はその手よりも小さいから、結果的に大きな手になってしまう。それに、不思議な心地を覚えながらも

 そのまま、本日の主目的たるカフェへと歩みを進めた。


 男が足を踏み入れるのを戸惑うようなものではなく、すっきりとした現代風のおしゃれな内装のカフェに手を繋いだまま飛び込めば、愛想の良い店員による「何名様ですか?」というハキハキとした声がかけられた。


「に、二名です」

「わかりました!でしたらこちらの席にお掛けください!」


 先ほどから手を繋いでいる青仁と目が合わないがきっと気のせいだろう。ついでに青仁の手汗がえらいことになっている気がするのも、多分気のせいだ。なんだったら梅吉の精神もあらゆる意味で大変なことになっている気がするが、これも気のせいである。

 店員が二人を席に案内し、メニュー表を置いて去っていく。この辺りでやっとこさ、繋いだ手を解いた。


「〜っは、な、なんか、心臓がバクバクする……ていうかめっちゃ疲れたんだけど……」

「おい青仁、本題はこれからだぞ。あとお前手汗やばすぎ」


 まだ肝心の巨大パフェどころか注文すら終えていないというのに、疲労困憊といった様子で椅子に座る青仁。お姉さん系美少女の絵面でやってはいけない行動でしかない。


「し、仕方ないだろてかお前だって若干ビビってたじゃねえか!」

「そりゃ多少は。だって手なんか早々繋がねえし」

「つまり俺は悪くねえ!」

「はいはいわかったから早くメニュー決めろ……なんか紅茶の種類めちゃくちゃ多くないか?オレなんもわかんねえんだけど」

「名前が一番変なやつか味が一番想像つかなそうなやつにする」

「相変わらずだなお前。まあいいや、パフェがメインなんだし紅茶は知ってるやつにしとこ」


 ドリンクバーが存在しない飲食店におけるいつもの行動パターンを披露している青仁を放置して、梅吉はなんか名前を聞いたことがある気がする紅茶を選ぶ。大体飲食店でのメニュー選びにそれなりに時間をかける青仁を待った後、梅吉は店員を呼んだ。

 青仁が自分の分の注文をそつなく終えた後、梅吉が口を開く。


「えーと、このカップル限定チャレンジパフェを一つ。後ダージリン一つ」


 特にこれといって口調も荒くなく、至って平凡な少女を装って話したつもりだったのだが。


「あの、その、本当ですか……?」


 店員は、梅吉達が本当にカップルなのかと疑ってきたのだ。


「ど、どうしたんですか?オ、わたし達はちゃんとか、カップルですからね?!ね、青……伊!」


 このままでは肝心の巨大パフェが食べられなくなってしまうではないか、と梅吉は硬直した青仁に手を伸ばす。そのままじろりと青仁を見て、同意しろと圧をかけた。


「お、う、うん?!お、私たちはか、カップル、だ、よ?」


 傍から見たら偽装カップルですと大声で言っているような程に不審な振る舞いではあったが、これでも青仁の精一杯であろうことは梅吉も理解している。故に明らかに視線を泳がせ、動揺し、頬を赤らめていることについてはスルーした。大体世の恋人達だって余程羞恥心が機能してない奴でなければこんなものだろう、と。


「だからなんの問題もないですよね?ね?!」

「い、いやそういう事ではなく」

「ま、まだなんかあるんですか?!か、カップルであることを証明しろとかそういう」


 これ以上の羞恥プレイを強いられるとは。一体何をしろというのかと梅吉が思わず素で掴み掛かりかけたその時。


「その、当店のチャレンジパフェは男女での攻略を推奨しておりまして。お客様方では達成は難しいのではないか、と」

「あー……」

「あっそういう?」


 梅吉と青仁の暴走が、完全に思い違いであることが判明した。

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