デートと勘違いを組み合わせるな その1
さて、某青仁はデートだなんだと言っていたが。結局はいつも通り遊びに誘われただけだろう?と梅吉は楽観的に捉えていた。捉えていた、のだが。
「……よくよく考えたら、明確にデートっていう体をやるのは初めてでは?」
自室のベッドでぐるりと転がりながら、梅吉は呟く。
確かに梅吉と青仁は恋人関係のようなものになってからも何回か二人きりで遊んでいるし、実質お家デートのようなことも実行しているが。そこまで「これはデートである」ということを重視してやっていたわけではないのである。せいぜい普段の遊びの延長線で「これってもしかしてデート?(笑)」程度に言っていたぐらいで。
あれ、これもしかして結構ちゃんと構えないとヤバい?と梅吉は周回遅れ気味に気がついた。そう、青仁は梅吉を誘う際明確にこれはデートであると宣言している。つまりは向こうも、その体でやってくるのだ。
そしてこれは双方同条件だが、元彼女いない歴イコール年齢の野郎どもは、女の子の休日デートコーデなぞ普通に存じ上げない。故にここで手抜きをかましたら、手抜き箇所を全力で互いに突くであろうことも
「……」
梅吉は無言でベッド脇に転がしておいたスマホを手に取り、デート 服 女の子 と馬鹿丸出しの検索ワードを生み出す。それはもう色々と検索結果が表示されたが、当然レディースファッション有識者ではない梅吉に、それらが十全に理解できるはずもなく。わかることと言ったら、漠然としたこういう服着てる女の子って最高に可愛いよな、ぐらいのものさしであり。
やはり、梅吉は覚悟を決めるしか無いのだろう。ベッドからおもむろに立ち上がった梅吉は、のそのそと歩き自室の扉を開ける。そして廊下に向けて、思い切り叫んだ。バイトが無いらしくぐだぐだと家にへばりついているであろう、我が姉に向けて。
「おい姉貴オレを好き勝手コーディネートしていいぞ!!!」
「言ったわね梅吉!!!!」
すなわち、梅吉は己の身を着せ替え人形として姉に売ったのだ。背に腹は代えられない、己の髪型やら制服の着方やらに手を出し現在の梅吉の私服購入にも関わっているこの女こそが最大の有識者であろう。
猛烈な勢いで階段を駆け上がってくる音を聞きながら、こういう身体能力は姉弟で一緒なんだなあ、と梅吉は思考を飛ばす。これからやって来る苦行を考えたら、現実逃避でもしていないとやっていられないので。
「梅吉、今から買い物に行くわよ」
「……えっそこまでする?有り物でよくないか?」
「折角あんたが手出しさせてくれるんだから思う存分やるに決まってるでしょ!大丈夫よちゃんと家の財布からお金出すから。どうせあんた食費に全部突っ込んでるから大した金なんて持ってないんでしょ」
「それはそう」
こうして想像以上の熱量を持っていた姉により、梅吉は買い物に引きずられていくこととなった。
さて時間は飛んで当日。特別に時間にルーズでもないがかといってきっちりとしてもいない梅吉は、程ほどの時間に待ち合わせ場所たる自宅からの最寄り駅へとたどり着き。
「おい待て聞いてないんだけど何そのオレの理想のお姉さんルック?!」
「それはこっちのセリフだスーパーゆめかわ美少女!」
無事、互いが揃えてきた渾身のデートコーデに悶える羽目になった。
「お前さあ!そういう多分一般的にはどぎついやつが似合っちゃうから美少女なんだよ!やめてくれるかめちゃくちゃかわいいな?!」
「それ褒めてんの?貶してんの?」
「めっちゃ褒めてる。最高。後で写真撮っていい?」
「……おう」
方や梅吉、姉という現在の梅吉に少女趣味な服装を着せることに執心している女によるコーディネートとは即ち、苺柄のワンピースにヘッドドレスといういかにもなものであった。詳しいことはわからないが着方によってはとんでもない大事故を引き起こしかねない気がするそれ、しかし美少女と化した梅吉には似合う素地が十二分にある。故に無事青仁の好みに見事に直撃したらしい。
素直に真顔で褒め称える青仁に、なんとなく照れくさくなって少しだけ視線を逸らしつつも。今度はこちらの番だと梅吉は口を開いた。
「青仁、お前いつの間にそんな透けてるやつを上から羽織るみたいな高等技術身につけたんだよ?!素ン晴らしいじゃねえか!」
「……ネットで頑張った」
「えっお前自力?」
本当は褒め言葉を続けるつもりだったのが、疑問が先に来た。てっきり自分のように他者に頼んで選んでもらったものだと思っていたのだが、そうではなかったようだ。
「当たり前だろうちのオカンがこんなザ・若者向け!みたいなのわかるかっての」
「あー、まあそうだな」
言われてみればおそらく青仁の母親が服を選んだと思われる、美少女になってしまった後の初対面であるファミレスでの青仁の服装は特別現代風なものではなかった。どちらかというと素材を生かす方向性の清楚なものであったと記憶している。
故に現在の、キャミソールの上にシースルーのシャツを重ね、丈の長いアコーディオンスカートを合わせるという服装は純然たる青仁の意思らしい。……なるほど?
「……もしかしてその反応、お前自分で選んでねえの?」
「姉貴に頼んだ。有識者に頼んだほうが確実だし」
「ふーん、そうか。ふーん」
「な、なんだよその反応」
どことなく非難するような青仁の視線にたじろぐ。何故そのような態度を取られなくてはならないのだろう、特に梅吉は何もやらかしていないと思うのだが。
「いやあ?なんでもねえよなんでも。ただちょっと、俺の為に頑張って着る服を必死に考える女の子が選び抜いたコーデが見たかっただけで」
「あっそれはマジですまん。確かにオレが悪い」
完全に梅吉側のやらかしであった。確かにそうだ、常識的に考えて自分の為にデートに着ていく服を考える女の子は滾るものがある。己がひたすらに女物について調べることを面倒くさがっていた為忘れてしまっていた。
確かに今目の前にいる美少女の服装が女の子が必死に考えて選び抜いたものであると思うと、初見以上の破壊力がともな
「……冷静に考えると、野郎が野郎の為にそいつの性癖ドンピシャの恰好を遊びに着てくるってなんかキモくないか?たとえガワが最高に美少女だろうと、控えめに言って限界童貞の傷の舐めあいでしかなくないか?」
うかもしれないがそれはそれとしてなんかなあと梅吉は思った。
「は?何頭良さそうなこと言ってるんだよ梅吉。お前だって
「何を言ってるのかさっぱりわかんねえなあ!」
「とぼけるな彼女いない歴イコール年齢がよ!」
「ぐはぁっ」
青仁の心無い一言により梅吉にクリティカルヒットが決まる。大袈裟に胸を抑え、傍から見てもわかるほどにHPのゲージを赤く染めあげながらも、梅吉は青仁に反撃の一撃を与える。
「……青仁、何を忘れているのか知らねえけど、オレは既に彼女いない歴イコール年齢を卒業したんだぜ?そう、お前によってなあ!」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
梅吉が目をかっぴろげて放った反撃は、無事青仁の急所へと吸い込まれていった。見事なまでの両者痛み分けである。なおこの反撃は梅吉にもある程度のスリップダメージをもたらすものであり、叫ぶ梅吉の頬は少しだけ赤みを帯びていた。
「……梅吉、こんな争いはもうやめよう。平和こそが最も尊いものだ、争いは何も生まないって中学の歴史の朱崎が言ってたじゃんか」
「そんなやついたっけ」
「あれだよあれ、あのいつヅラが校長にバレるかトトカルチョしてたやつ」
「あーいたなそんなん。あれ結局どうなったんだ?」
「後輩に勝負が引き継がれた」
「……ん?それオレらの代全員負けてね?」
「まあ中学の時なんて大したもんかけてないし別に負けたって大した痛手じゃねえだろ」
「それもそうだな」
終戦願いがシームレスに昔話へとシフトして行ったが、稀によくあることである。最後の方朱崎植毛に手を出したって噂だったけどどうなったんだろうな、と梅吉が思いを馳せていると駅に掲示された電光掲示板を眺めていた青仁が口を開く。
「あやっべ。梅吉急行来るぞ」
「マジ?行かなきゃ」
乗る予定の電車が来る時間となってしまった為、本格的に終戦した梅吉と青仁は慌ててICカードを改札に押し付け、ホームへと向かった。タイミングよく見慣れた電車がホームに停車した所で、平日の昼間故にがらりとした車内に乗り込んだ。
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