あまりにも恐ろしい後始末

「バカだバカだとは思ってたけどここまでとは思わなかったよ本当に!」

「うぅ……ごめんって」

「ごめんで済んだら警察はいらねえんだよなあ!」


 学生は金がないため、流れるように梅吉と青仁は某ファーストフードに吸い込まれた。体育祭の疲れとやけ食いも兼ねて傍らに五つほどハンバーガーを積み重ねながら、梅吉は青仁に罵声を浴びせる。美少女がうなだれる様は良心の呵責があるが、残念ながら中身は青仁であり今回のやらかし犯だ、情けは必要ない。

 デートに誘おうとして緊張してしまい、声量をミスってしまうのはとてもかわいいとは思うがそれはそれ、これはこれという話である。


「い、いやでもさ。カップルとかデートとか言っても、普段の俺ら見てたら冗談なんだなーって思うだろ常識的考えて。な?」

「そんなまともな思考があいつらにあると思うか?」


 据わった目つきで梅吉は青仁にスマホを見せる。


『キマシタワー!!!!』

『やっぱあいつら付き合ってたのか』

『最高かよ』

『つまりあいつらとよく話してる森野はやっぱ大罪人なのでは?』

『処刑するか』

『だな』

『おいなんで俺の処刑が決まってんだよ?!』

『おかしいだろ?!』

『[投票]緑の処刑について』


「よくわからないけど緑を処刑するかYes/はいに投票しとけばいいんだな?」


 梅吉達にとっての惨状も良い所な男子のみのクラスL○NEを見た青仁は、現実逃避に走った。その気持ちは理解できるが、原因はお前なのだから直視しろよという話である。

 ちなみに男女混合のクラスL〇NEの方は、至極健全に体育祭の打ち上げについて話し合っており、これといって二人のことは話題に上がっていなかった。


「それは好きに投票しろってかどこに投票してもあいつ吊られるだろ。んなことより見たよなあの地獄。申し開きはあるか?」

「誠に申し訳ございませんでしたッ!……それはそれとしてどうすりゃいいんだこれ」

「とりあえず放っておいたら悪化しそうってことしか。そして多分手を出す手段をミスったらもっと悪化する」

「俺知ってる、こういうの八方塞がりって言うんだよな」

「まだ塞がってねえから、きっとどっかに光があるんだって」


 正直状況が詰んでいる気もするが、そんなことを認めるわけにはいかないのだ。あれを聞かれてしまったらこのように解釈されるのは当たり前なのでは?と梅吉の中の冷静な部分が言っている気がするが聞かなかったことにする。

 それよりも、聞き捨てならない箇所があったので。


「『やっぱあいつら付き合ってたのか』ってなんだよ。どこから漏れたんだ」

「だよな、そこが謎すぎる」


 そう、やっぱりということはそもそも今回の青仁のやらかしがなくてもそいつは二人が付き合っていると思っていたということなのだ。


「普段のオレらを見ててどう思ったら付き合ってるとかいう発想にいくんだ?だってなんかこう世のリア充共みたいに公衆の面前でいちゃこらしたりしてないだろ」

「幻でも見てたんじゃないか?妄想って童貞の基本スキルだろ」

「あーそれはあるな。じゃああの意味不明なアホは妄想と現実の区別がつかなくなった哀れな童貞ってことで」


 最悪の偏見が繰り出されたものの、あながち間違いではないことを外でもない梅吉と青仁自身が知っている。故にそう片付けられ、己の身を省みる方向性には話は進まなかった。


『こういうのを応援したい場合ってどうすればいいんだ?』

『ご祝儀用意するとか』

『俺らが消える』

『ご祝儀はまだ早いだろ』

『ちょっと隣のクラスの有識者に話聞いてくる』

『おい投票にYes/はいしかねえんだけど?!』

『森野の処刑は決定事項だから』


 そうしてそんなやり取りを続けている間にも、誤解は鎮火するどころか更に加速していく。なお一人己の処刑に抗っている奴がいるようだが、おそらく目の錯覚とかの類であろう。


「なあ青仁、これどうしたら誤魔化せると思うか?」

「何言っても火にガソリンぶちまけるだけってことしかわからん」

「おい犯人もう少し頭を使え」

「そうだけど!だってこれは無茶だろそう言う梅吉はなんか思いついたのか?!」

「いや全く」

「ほらあ!」


 思いつくわけがないだろう。あんな妄想と幻覚だけで飢えを凌いでいるような童貞共を現実に連れ帰る方法なんて。少なくとも自分があっち側だったとしたら、生半可な理由では帰って来れないだろうから。


「でも放置すればするほど悪化するやつだよなこれ」

「でも手を出しても悪化するぞ」

「……詰んでね?」

「そう言うことだよやっと気づいたのか馬鹿野郎!」


 さあ、と今更ながら顔を青ざめる主犯を梅吉は罵る。そう、状況は最早二人の手には負えないのだ。自らの手で悪化させるか放置して悪化させるか、その二択なのである。


「……梅吉、俺の骨はなんかいい感じのところに埋めといてくれ」

「お前が死んだらオレも死ぬから埋められないんだけど」

「つまりお前も俺と一緒に埋まるって事か」

「何故そう無意味に覚悟を決める速度は早いんだその速度をもう少し別のところに生かしてくれ」

「そうだよな、やっぱもう少しドリンクーの手際を良くして速度を上げなきゃだよな」


 状況のどうしようもなさから辞世についての話題が浮上していたというのに、いつのまにかドリンクバーの狂人の狂人たる部分が露出していた。とはいえこれ自体は青仁と付き合う上で稀によくあること故に、梅吉はさらりと流す。


「なんかもう全て忘れてハンバーガーを貪り食い心地よい疲労感と満腹感による眠気に誘われるまま眠りたい」

「言いたいことはわかるけどさ、お前そのハンバーガー何個目?」

「三個目だけど何?」

「うわあ。お前それで夕食も食うんだろ?」

「当たり前じゃん」


 最早諦めの境地に辿り着きつつあり、状況は控えめに言って詰んでいると思われたそんな最中。机の上に置きっぱなしにしていたスマホの中に一縷の光がさした。


『早く現実に戻ってこいよ、あのふざけた奴らが大真面目にデートするとか言うわけないだろ』

『絶対あんたらをおちょくってるだけ』

『は???』

『何言ってんだこいつ』

『夢ぐらい見させろ』


「……?!」

「青仁どうしたんだー……?もしかしてこれ以上悪化し」

「見ろ梅吉」


 呑気にもごもごとハンバーガーを消費していた梅吉の目の前に青仁がスマホを差し込む。ネットというもうひとつの現実が詰め込まれた長方形の中では、先程まで頭の沸いた事をほざいていた連中が、たった二つの弁護によって一気に現実という名の嘘へと引きずり込まれていた。


『でもここで話してるメンツより既読が2多いのは事実だろ』

『あいつら絶対どこかであんたらを見て笑ってるぞ』

『やっぱ緑処刑するわ』

『男子高校生に現実を突きつけた罪』

『まあそんなことだろうと思ったよ(震え声)』

『なんか一人ガチで信じてたアホがいるな』


 その弁護者の名前は、妹に見られる恐れがあるとかなんとか言いながら特段変な名前をL〇NEに設定していない面白みのない男、緑である。


「……」

「……」


 無言で食事の手を止めた梅吉と、手にしたナゲットを口に放り込んだ青仁が視線を交わす。徐に双方スマホを手にした。


『ちっ緑め』

『ネタバラシが早い』

『もっと女に飢えた童貞で遊びたかったのに』

『急に来るじゃん』

『おい馬鹿やめろ!!!』


 折角緑が作ってくれた機会を無駄にするわけにはいかない。各々追撃をしていく。明らかに動揺し始めたクラスの男子の面々により、トークは加速する。


『ウメェ!吉とあほひととかいうのは教室でイチャコラしてたゆりっぷるとは別物』

『だってそんなアホな名前を美少女が使うわけない』

『現実を直視できない馬鹿がいるぞ』

『いくら中身が美少女でも中身はただの俺らだぞ』

『↑に日本語すら上手く使えないアホがいるんで処刑しよ、裁判長』

『よし来た』

『[投票]日本語不自由者の処刑について』


 なお梅吉と青仁のアカウント名がふざけ倒したものであるのは、何かの報復で青仁が梅吉のアカウント名を勝手に変更した際に、それに対する報復で梅吉が青仁のアカウント名を勝手に変更したものを、戻す事を面倒くさがって互いに放置している為である。


『おい待て緑の処刑は?!』

『そう言えばあったなそんなの』

『まああいついつも処刑されてるしおすし』

『処刑にもさ、新鮮味って大事だと思うんだよ』

『あとクオリティーも大事だと思うんだ』

『つまり日本語不自由野郎の処刑に尽力すべき』

『そっちのが絶対楽しい』

『そうだな!!!』

『結局裁判長美少女に惑わされてるじゃん』

『まあ裁判長も結局ただの童貞だし』


 梅吉と青仁、二人揃って緑の処刑をさりげなく回避させる。緑がどこまで意図的にやっているのかわからないが、二人が命拾いした事は事実なのだ。これぐらいは行うべきだろう。

 なおそれに伴い新たな犠牲者が発生しているが、それについては二人の管轄外である。この世は何かを成し遂げるためには必ず犠牲を伴うものなので。


 さて無事青仁のやらかしも誤魔化され、緑も救出された事が確認された後。


「……これで、どうにかなった、よな?」


 梅吉は体育祭由来では無い疲労感を滲ませながら、スマホを放り出して机に沈んだ。


「ふぁふん……」


 冷めてしなしなになってしまったポテトを口からはみ出させながら、青仁がそう答える。そう、確かに危機は去った、去ったのだが……。


「これさ、緑どこまでわかってんだ?」

「わからん」


 そう、緑がどこまで理解した上でやっていたのかという話である。ただ自分の被害を逸らすためにあのようなほら話をでっち上げたのか、それとも梅吉達の事をわかっていて隠蔽工作に協力してくれたのか。これがわからない限り、二人には真の安寧は訪れない。


「まあでも、前も話してたけど最悪緑にはバレてもそんなに問題なさそうだよな。どっちかってとそっから芋蔓式に一茶とかに漏れる方がマズいよなって」

「だよな。緑本体はそういう意味ではめちゃくちゃ無害だし。だってあいつ多分俺らがどうにかなるより自分が妹とどうにかなる方が大事だろ」

「だとしても、面倒な奴らにバレるリスクは格段に上がったんだよなあ」

「ごめんて……」


 じとりと梅吉が青仁を睨めば、居心地悪そうに体を丸める。


「とりあえず緑になんか聞くか?いやでも今オレらが何か言ったらそっちのが怪しいか」

「もしかしてまた詰んだ?」

「おいやめろ青仁そんな不吉なことを言うんじゃなうおわっ?!」


 今後についてハンバーガー(五個目)を消費しながら議論していると、唐突に梅吉のスマホがピンロン、と軽快な通知音を発した。

 思わず取り落としかけたハンバーガーを握りしめた梅吉は、震える手でそれをトレーの上に安置する。怖々と視線を向けた先、画面を上にして放置されていたスマホには当然、通知内容がきっちりと表示されていた。


「……」

「う、梅吉どうなってたんだ?その反応ってことは十中八九緑だよな?な?」


 死んだ魚のような目をした梅吉は、手にしたスマホを無言で青仁に見せた。


『流石に哀れだったから誤魔化しといた』

『どうせ空島と一緒にいるんだろ?』

『こういうミスはしないように言い聞かせとけよ』

『あと処刑阻止サンキュー』


「……どっちだ?!これ気づいてんの気づいてねえの?!」

「わかんねえ。わかんねえけど賄賂としてあいつに何かあげといた方が良い気がする。念のために」

「緑って何あげたら喜ぶの?」

「確か妹とほぼ同じ好みしてるって言ってたから、女子小学生が喜びそうなものあげとけばいいだろ」

「それ緑が喜ぶんじゃなくて緑の妹が喜ぶんじゃないの?」

「あいつの妹が喜べば緑も喜ぶだろ」

「それもそうだな」


 梅吉達に都合が良いようにも悪いようにも取れる緑の返答を前に、ひとまず物で懐柔する方向へと話が進んでいく。ここで追撃をかましてしまったら、仮に緑が気がついていなかった場合気づきのヒントとなりうる情報を与えてしまうことになる故に、二人に取れる手段はそう多くはないのだ。

 なお、後日唐突にコンビニで売っているちょっとお高めのプリンを献上された緑は、首をひねりながらも普通に嬉しそうに食べていたものとする。


「ひとまずこれで一件落着、でいいのか?」

「多分。はぁ〜〜〜何かめっちゃ疲れた気がする」

「でもこれお前の自滅だぞ」

「うっ」


 梅吉がジト目で指摘し、青仁が呻き、事態が収束ムードへと向かっていくだろうところで。

 そんな幻想をぶち壊すかのように、再び梅吉のスマホが通知音を発した。


「……」

「……早く見ろよ梅吉、お前のスマホだぞ」

「……」


 青仁に促され、梅吉が無言でスマホを手に取る。死ぬほど見たくないが、この世にはこうして腹を括って挑まねばならないことが無数にあるのだ。これもその一環だとして、梅吉はスマホを見た。


『あと女子に確認取っておいたけど』

『女子の方だとあんたらのいつものおふざけって思われて最初からスルーされてるっぽいぞ』


「……あっ」

「そういえばそんなんあったな」


 なんてことはない、緑による女子のみのクラスL〇NE、及び女子側の捉え方についての連絡であった。自分達が参加を拒否されていた為か完全に頭から抜けていたが、男子のみのものがあるならば女子のみのものがあるのも必然であろう。


「なんで忘れてたんだろ、俺ら」

「まあ、参加してないし」

「とりあえず本当に本当に一件落着だよな?そういうことでいいんだよな?」

「いいんじゃね?」


 その場で緑にお礼のメッセージを送り、梅吉はやっとこさスマホを机の上に置くことを許された。ひとまず青仁のやらかしについてはどうにかなっただろう。というか、そのように仮定しないと話が進まない。

 何せまだ、奴に言わなくてはならないことが残っているのだ。


「ところで青仁」

「何?」


 諸悪の根源はすっかり忘れてしまているようだが構わない。何せ梅吉は諸々抜きにしても例の大食いメニューを食べたいので。完全に油断し切っている青仁に、梅吉はにやりと口角を釣り上げ言った。


「お前がさっき言ってたで、デートとやら。いつ行くんだ?」

「〜〜〜〜ッ?!」


 若干どもってしまったが、まあまあ及第点だろう。わたわたと手を動かし、青仁なりに必死に考えてきたであろう日取りやら何やらを、梅吉は少しだけ頬を赤らめながら聞いた。

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