エンジョイ勢なので本番は楽しい その2
さて、こんなくだらないやり取りをしている間にも体育祭は進行していくわけで。
「行きたくないよ〜なんで俺アンカーなんだよ〜」
「やれ、青仁。やるしかないんだよ」
「どうして」
体育祭も終盤に近づき、そろそろどこの体育祭でもトリとして用意されているであろうもの、リレーの時間が近づいてきた。そうなれば当然、出場者である青仁が駄々をこね始める訳で。
「もう諦めろって」
「お前、自分が既に終わってるからってお前!」
「そうだよオレはもう昼食抜きとかいう最悪の所業から生還してんだよ!ってことで行け」
「うぐぐぐぐぐぐ」
このように性懲りもなく椅子にへばりついていた青仁だったが、勿論そんな抵抗が長く続くはずもなく。
「はーい空島くん一緒に行こうねー」
「ぴぃっ?!」
「行ってこーい」
青仁の対処法をこの短い期間で学習したのか、実行委員女子が青仁の手首を掴み、女子の接触に青仁がてんぱっている間に連行していった。流石の手腕である。
そうして梅吉は運動神経が悪い為出場競技数が少ない緑と共に、応援席で青仁の走りを眺めていたのだ。いくら女の子になってしまい身体能力が全体的に低下しているとはいえ、元々青仁の運動神経はそれなりに良い方である。バトンを渡された時は下位の方にいたのに、ぐんぐんと追い抜き二位まで巻き返した。
「おー青仁中々やるじゃん。これもしかして一位行けるか?」
「いやどうだろ。さっき放送席の実況が一位は陸上部って言ってたし、厳しそうじゃね?」
「ガチじゃん。なんでうちのクラスからはあいつなんだよ」
「うちのクラス陸上部いないんだよ」
やいのやいのと二人が話している間にも、陸上部VS青仁の勝負は続いている。傍から見れば接戦だが、一位の彼女を青仁は一度も抜けていない。そうこうしている内に、青仁がちょうど梅吉達のいる応援席の前の方へと走って来る。それを見て、梅吉はふとあることを思いついた。
「ちょっと行ってくるわ」
「?」
緑に一応断って、梅吉は今いる場所よりも前方、競技が行われている場所に近寄っていく。目玉競技故に本格的に応援している生徒の群れに首を突っ込み、梅吉は叫んだ。
「青仁くーん!がんばれー!」
思い切りしなを作って、あいつの好きそうなかわいい女の子のフリをして声援を送る。とはいえこれを聞いた後の奴の反応が楽しみで、最後の方は素でニヤリと笑ってしまったが。
現金なアイツには、それで十分だったらしい。
『おーっとここで赤組が青組を抜きました!』
放送で聞かずとも、目視で確認できるような距離で。青仁は露骨に大きく加速し、一位の少女を見事に追い抜いた。それを見届けた梅吉は満足気な笑みを浮かべた。
周囲の怪訝な眼差しを振り切るように、緑の方へと戻れば、微妙な顔をした緑に迎えられる。
「あんたらやべえな」
「いやオレはやばくないだろ。青仁が単純すぎてやべえってのはそうだけど」
「いやそうじゃなく、あー……まあもういいや面倒くさい」
「なんか馬鹿にされてる気がする」
緑が抱いた疑問と指摘に気がつけぬまま、梅吉は首をひねる。もっとも、それを気づいてしまったら梅吉はその時点で大変なことになっていただろうが。
なにせそれは、こんな事をするような関係性は本当に友人と呼んで良いものなのか?という指摘だったので。
『ゴール!赤組が青組を抜いての逆転勝利!』
「その通りだから自力で気がついてくれ。ああほら、青仁無事一位取れたらしいぞ」
再び放送がかかり、そちらの方に緑が話を戻す。
「流石煩悩の塊」
「それでいいのか」
苦笑する緑と共に、そのまま梅吉は暫く雑談に応じていると、喜色満面にあふれた様子の青仁が応援席に戻ってきた。
「俺の勇姿見たか?!後梅吉あの応援は卑怯だろ!」
「勝ったんだから別に良いだろ。勇姿についてはまあ……良いんじゃねえの?多分」
この手の場面で素直に称賛の言葉がかけれるような性格をしていないので、梅吉は若干視線をそらしながら、申し訳程度に褒め言葉を贈った。
「いよっしゃー!引き受けたかいがあった!」
それに対し青仁が、いささか過剰ではないかと言いたくなるほどに全身で喜びを表現する。梅吉の理想の女の子からは程遠い仕草ではあるが……ここまで喜ばれると、悪い気はしない。それはそれとして疑問は残るが。
「そうか?」
「いやだってお前のツラ思い出してみろよ、好みの美少女に褒められたら嬉しいだろ」
「わかる」
特に過剰ではなかった。完全に正常な行動だった。
「それでいいのかよあんたら」
「お前だって妹にこういうこと言われたら嬉しいだろ」
「は?当たり前だろ何言ってんだ」
「そういうことだよ」
「腑に落ちない」
何が腑に落ちないのか全く理解できないが、緑にとっては何かあるのだろう。まあどうせ梅吉には関係のない話だろうと適当に切り捨てた。
この後の種目は男子の方のリレーのみな為、運動神経が悪い緑も含めこの場にいる面々は既に体育祭の出場種目が全て終わったこととなる。故にのんびりとリレーを観戦する方向性へと向かっていったのだが。
「やっぱ男子の方が迫力はあるな」
「当たり前だろ、速度が違うし」
「そ、そうだな」
観戦している間、特に何もなかったはずなのに、青仁の様子がどことなくおかしかったのだ。挙動不審な青仁そのものは見慣れているが、それにしたって前触れがなさすぎる。
何故だろうと考えてみたものの、これといって理由は思いつかず。結局青仁は全ての競技が終わり、閉会式やらなんやらをしている間もそのままだった。
故に考えてもわからないならば直接本人に聞いた方が早いな?と梅吉が思い至るのは自然なことであり。そそくさと帰宅準備を整えていた青仁の華奢な肩を掴み、荷物を置いていた教室の壁に押し付けるのもまた自然なことであった。
「う、うう梅吉?!なんで急にこんなことするんだ?!」
ちなみに梅吉は完全に気がついていなかったが構図が完全に壁ドンであった為、青仁は大いに混乱していた。
「いやだってなんもなかったのに挙動不審だったから、こうでもしないと理由を聞き出せなさそうだな、と。お前面倒臭いし」
「面倒じゃないしお前もうちょっと客観視とか備えたほうがいいんじゃねえのって俺は思うんだけど?!」
客観視。はて今の己はそれほどやばいことをしていただろうかと梅吉は振り返る。
「……」
やばいことをしていた事に気がついた梅吉は、無言で手を離した。どうやら今回に限っては青仁の方が正論を言っていたらしい。
「で、なんでお前さっきっからオレと目が合わねえの?またなんかやった?」
「い、いやなんもやってないけど」
「なんかないとそうはならねえって事ぐらい知ってんだよ」
「……」
ものの見事に青仁が露骨に視線を逸らす。
「やっぱなんかあるんじゃねえか!早く吐いた方が楽になれるぞ?」
「くっ、これで吐いたらなんか悔しいから言わねえ!」
「めちゃくちゃ意味不明なところでプライド発揮するじゃん。もっとなんかあったろ」
「意味不明ではないが?超正統なプライド発揮場所だが?」
「何故そこで胸を張るんだ胸を。んで結局何が原因なんだ」
向き合ったまま教室の隅でぎゃーぎゃーとやり合う。その調子自体はいつも通りであったが、変わらず青仁と視線は交わらない。どうやら奴は随分とやましい何かを抱えているらしい。
「いやなんも原因とか無いから。俺はいつもどおりの俺だから。梅吉なんか勘違いしてんじゃない?」
「それ絶対なんかある反応だろ。本当に隠したいならもうちょっと隠蔽工作を頑張ってくれ」
「これが俺の全力だよ悪いか?!?!」
ついに逆ギレし始めた青仁を眺めながら、梅吉は青仁が言い淀んでいる事について予想する。ほぼ確実に己がなんらかの形で絡んでいる事自体は確定している。となれば梅吉が女の子になってしまったことが原因だろう。
「あ〜〜〜〜〜もう!」
もしやまた一茶に何か言われたのだろうか、と梅吉が答えにたどり着きつつある中。青仁がヤケクソという表現がぴったりと一致しそうな呻きを上げる。
どうやら答え合わせの時間が来たらしい、青仁は頬をこれでもかと赤く染め上げ手にしたスマホを操作している。一体何が始まるのだろうなと、梅吉的には眼福な青仁を眺めていると、ずい、とスマホの画面が梅吉に向けられた。
「……『カップル限定♡チェレンジパフェ!制限時間以内に食べ切れればお代はいただきません!』?こんなのやってんのか。へえ、美味しそうじゃん。行」
どうやら遊びの誘いだったらしい、ならば別にここまで調子を崩す必要はないのではないか。それはそれとして素直に食べに行きたいな、という旨を梅吉はのほほんと伝えようとしたのだが。
開こうとした口が、青仁の白い手によって塞がれる。
「?」
よくわからないが、青仁のお気に召さなかったらしい。素直に青仁を見上げ疑問符を浮かべていると、青仁が頬を真っ赤にしたまま叫んだ。
「俺と!!!お前が!!!か、カップルとして!!!!デートすんだよ!!!!!!」
瞬間、梅吉の脳みそはフリーズした。
なるほどデート、デート?正直今まで遊んでいたのもデートに含まれるだろうけど、改めて言葉にされるとなんとも脳を灼かれるというか。梅吉と、青仁が、カップル?まあ確かにそれは正しい、現在二人は恋人関係のようなよくわからない何かに落ち着いているので。つまりカップルである二人がデートとして一緒にカフェに行くことはこれといっておかしなことではないだろう。なのに何故こうも、胸騒ぎがす
「お、おい梅吉聞こえなかったのか?ならもう一回言ってやるデむぐっ?!」
「バカ!!!お前本当にマジでバカだな!!!!」
青仁の手を押しのけ、語彙力が完全に消滅した幼稚な罵倒を繰り出しながら、梅吉は青仁の口を全力で塞ぎ返す。
そう、このバカは完全に頭から抜け落ちていたようだが二人の現在地は教室なのである。それも、まだまだ体育祭の打ち上げがどうだとか言ってそれなりに人が残っているのだ。つまりはこうも全力で叫んでしまえば、教室上に知れ渡るのは当たり前であり。
クラスメイト達の視線を一気に浴びた梅吉は、自分と青仁の荷物を抱え、青仁の手首を掴み一目散にその場から逃走した。
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