エンジョイ勢なので本番は楽しい その1

「オレの昼飯ィィィィィィィ!!!!!」

「ひっ」


 なんか横から短く悲鳴が聞こえた気がするが、無視。平時の梅吉ならば取り合っていただろう女の子のそれすらも、今は反応できるような余裕などない。なにせ、今の梅吉は食欲に支配されているのだから。


『おおーっと赤組が白組を抜いた!そしてどんどん差が広がっていくー!』

『これは白組、差を取り戻すのが厳しいかもしれませんね』


 放送席で実況を気取っている放送委員の言葉が耳に入る。しかし昼食をお預けされ腹の虫が延々と鳴き続けている梅吉には関係のないことだ。体育祭に謎に付随する万国旗を視界に収めながら、とにかく手足を動かし、鬼気迫る表情で一直線に校庭を疾走していく。


『しかし赤組の選手は大丈夫なんでしょうか。なんかこう、気が狂……失礼、非常に緊迫した表情をしているような』

『ああ、あの人はパン食い競争最終兵器として有名なので大丈夫ですよ。今回女子生徒として出場することにいくらか反発があったぐらいには。曰く、最終兵器と再戦したいだとか言う奇特な方々がいらっしゃったようで』

『なんて?』


 放送委員がクソみたいな実況解説をしている気がするが、別に知り合いでもなんでもない為この後殴り込みに行くわけにもいかない。というかそれよりも己の昼食の方が重要である、と走り出す前からロックオンしている対象を改めて睨みつける。つまりは数秒後の梅吉が味わっているであろう対象、いつもお世話になっている購買のおばちゃん謹製のフランスパンだ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


 空腹に絶叫しながら梅吉は走る。走り続ける。嫌味のように長いコースに、何いっちょ前にだだっ広い面積誇ってんだ殺すぞと意味不明な殺意を抱き、美少女としての体裁を殴り捨てた凶相を浮かべ爆走する様は控えめに言って絵面が最悪であった。しかしそれも、もう終わる。

 飢えた梅吉には棒に吊るされたフランスパンは、長年恋い焦がれた運命の人のように思える。運命の人を食べちゃったらジャンル変わらない?という冷静な指摘を下せるような人物は、残念ながらこの場にはいない。


 そしてついに運命(フランスパン)にたどり着いた梅吉は、今までの速度を利用して大きく跳躍した。食欲に任せて口をがばりと開き、フランスパン(推定50cm以上)が口内に入った事を確信した瞬間口を閉じた。


「〜〜〜〜〜〜ッ!」


 そして口内に広がる香ばしい風味、飢えが満たされる感覚に梅吉は声にならない声を上げる。なお表情だけならば美少女が口に棒状のものを咥えゆるゆるの顔を浮かべているというなんとも言えないものだったが、結局咥えているのがフランスパン(推定50cm以上)でしかないので普通にギャグだった。

 本当ならばこのまま立ち止まって味わいたい所だが、そんな事をしたら体育委員に殺されかねないので、仕方なく梅吉は走る。先程の走りとは比べ物にならない速さだが、元々梅吉の運動神経は良い方なので白組との差はそれなりにある。問題はない。


『ゴールッ!赤組一着です!』


 そうして順当に走りきり、梅吉はゴールテープを切ったのだ。つまり去年、今年と二連続でパン食い競争一位となった訳である。特に嬉しくない称号ではあるが。












「おい実行委員!ちゃんと一位取ってきたぞ!早くオレの弁当返せ!後応援合戦の動画よこせ!」

「あのフランスパン完食しておいてこれも食うの?怖……」


 無事応援席に戻ってきた梅吉はそう叫ぶ。実行委員こと納戸がブツブツ言っているがどうでもいい、それよりも梅吉は早く己の昼食と再会したかったのだから。渡された弁当をぶんどった上で、スマホに午前中に行われた応援合戦の録画も送ってもらった。


「青仁ー!これでオレは一抜けだー!」

「くっ、清々しい顔しやがって!俺まだリレーが残ってるんだぞ?!」

「頑張れよ、アンカー(笑)」

「本当になんで俺がアンカーなの???」


 弁当と録画データを得た梅吉は、今は競技に呼ばれておらず座っていた青仁の方へ向かう。そちらに梅吉の席もあるので、当たり前といえば当たり前だが。


「青仁……やっぱり人間食い物がなきゃ生きてけねえな……」

「なんか山で遭難した人が救出された時みたいになってるけど、お前パン食い競争のために飯抜かれただけだからな。つーか午前中に結構お菓子食ってただろ」


 早速席に座り、弁当として用意したタッパーを開けて貪る。中身は昨日の夕食のおかずと冷凍食品、適当に炊いた米を敷き詰めて上からふりかけを振ったものだ。特別凝ってはいないが、第三者から見た場合異常なまでに量が多いものではある。


「空島放っておいてやれ、そいつにとっては食が全てなんだ」

「あっ緑だ」

「個人競技玉入れしか出場してない緑だ」


 たまたま応援席から離れていたらしい緑が、のそのそと二人の所にやって来た。


「別に良いだろ。俺はあんたらと違ってさして貢献できないんだから。むしろ何も出ない方が貢献だろ」

「そうだけどさ〜オレらみたいにプレッシャーに晒されたり昼飯抜かれたりはしないじゃん」

「昼飯抜かれてるのは梅吉だけだと思う」

「いや本当になんでこんなひどいことできるんだ?もしかしてあいつら心とか無いのか?」

「遠目からしか見てねえけど、勢いやばかったもんな赤山……」


 むしろ昼飯を抜かれたら勢いがヤバくなるのは自明の理では?と優秀な梅吉の頭脳は答えをはじき出していたが。それを口にしてもお前は異常すぎるとか言われる未来も同時に算出してしまったが故に、梅吉は大人しく飢えを満たす方向に進んだ。


「ていうかなんか梅吉が食べてたパンだけ妙にデカくなかった?他はなんか普通にあんパンとかクロワッサンとかだったのに」

「あー、なんか赤山が出場するって聞いて購買のおばちゃんが頑張ったらしい」


 青仁と緑の会話をBGMに、梅吉は猛烈な速度で弁当を貪っていく。当たり前だが既に普段の梅吉が昼食を摂っている時間を随分と過ぎている為、腹は異様に減っている。故に弁当は一瞬でなくなった。


「ぷはっ、ごちそうさまー」

「はっや」

「だって腹減ってたし。てか応援合戦の動画まだ見せてもらってないから見たいんだけど」

「俺なんかデータすらもらえてないぞ。リレー無事に走ったらなって……」

「じゃあ一緒に見るか?青仁に見せるなとは言われてねえし」

「見る!」


 どうやら青仁も梅吉と同様に録画データのお預けを食らっていたらしい。確かに二人とも応援合戦の演者側という中々のポジションから見てはいたものの、自らもある程度動かなければならない為本格的に互いを見ることはできなかったのだ。故にこうして録画データで改めて全景を見返そうという算段である。


「あーあれか。俺もまだ見てないけど、なんでも写真部の奴らがガチで録画してたらしいぞ。なんか一眼レフでも動画は撮れるとかなんとか」

「マジ?!」

「この学校写真部とかあったんだな」


 わいわいと騒ぎながら、梅吉のスマホを囲んで動画を再生する。すると想像していたものよりも遥かに画質がよく、近距離の映像が表示された。


「うおおおおお!」

「えっ画質が良いな?!?!至近距離で生足見れるじゃん」

「……あんたら、自分達がフォーカスされた映像であることにはツッコミ入れないんだな」


 何か呆れたような緑の声が聞こえた気がするが、それよりも梅吉達にとっては眼前の映像の方が大事だった。最初話を聞いた時はチアじゃないのか?としか思わなかったがいざこうして見るとこれはこれで良いものだ。主に短ランの中に押し込まれはち切れそうな乳房とか、翻るスカートとそこから覗く眩しい生足とか。


「最高……何故オレはこれを直接見ることができないんだ」

「だよな。世界が間違ってる」

「いやあんたらやる側なんだから当たり前だろ」


 映像という第三者視点から眺めていれば、画面の中の美少女をイコール自分として捉えずに済む。つまりは素直に最高に可愛い女の子と最高に可愛い女の子がいるな……と尊べるのである。


「つかこう、スカートの中が見えそうで見えな」

「いや見えたところで体育着だろ」

「それでもスカートの中が見えると何となく幸せな気持ちになれるじゃん!中身が何であろうと普段隠されてるものがチラリズムするから興奮するのであって例えば全世界の女の子が下着だけで生きてるのが普通だったら多分今ほどありがたみがないだろ!」

「青仁にしては有益なこと言ってんな。確かに中身で貴賎をつけるべきではない。オレたちが求めているのは秘匿された聖域を垣間見ることなんだから」


 実際に女の子になってしまって実感したが、そもそも女の子はスカートの下が即パンツということは中々ないのだ。基本的にスパッツやら何やら履いているものなので。


「まあ確かに中身に貴賎はないってのは俺も同意だな。でも中身に個々人の好みはあるだろ。例えば俺はキュロットだからーって言って気にせず自ら捲り上げ」

「緑の好み聞きたくないから黙って」

「相変わらず拗らせてんなお前」

「いや一般性癖だろ。最高に可愛い俺の妹に俺が惚れるのは当たり前だが?」


 頼んでもいないのに性癖を開示し始めた緑は、またもや妄言を吐いている。とはいえ梅吉達の間では緑の語る常識は非常識、という共通認識がある為追及はしなかった。


「ていうかきゅろっと?って何だ?」

「あれだよ、スパッツとスカートが繋がってる感じのやつ」

「すぱっつって何だ?」


 しかしそんなことをしていたら、別方向からとんでもない事が明らかになってしまったのだ。


「……」

「あんたそれでよく今まで無事で生きて、あーあんたいつもタイツ履いてたな」

「?」


 青仁は首を傾げている。どうやら本当にスパッツの存在を知らないらしい。まあ確かに青仁ならばあり得ない話でもないか、と梅吉は適当に捉えていたのだがふと気がつく。

 これ、放っておけば衣替えで夏服に変わった時に青仁がタイツを履いてなかったら、パンチラが拝めるのではないか?と。


「大丈夫だ青仁、知らなくても生きていける」

「嫌な予感したからググるわ」


 梅吉が汚い欲望を隠すために、いっそ怪しいほどに綺麗すぎる笑顔を浮かべていたのがいけなかったのだろう。知らなければいけないものだと勘づいてしまったらしい青仁が自分のスマホを取り出してしまった。


「あ、青仁ほら動画を見る方が」

「もう退場シーンだぞ」

「……」


 無言で梅吉は青仁の手からスマホを奪いにかかった。


「ほらなんか知られたらマズイことがあるんじゃねーか!」

「そ、そそそそんなことねえし!なあ緑!」


 青仁とやり合う為の加勢を求め、梅吉は緑に話を振る。ここは空気を読んで梅吉の方についてくれると踏んでの行動だったのだが。


「?別に知られても困んねえだろ。スパッツってスカート着てる時に、風が吹いたとかでスカートがまくれ上がっても下着が見えないように履くものってだけだし」

「おい緑ぃ!」


 そう言えば奴は頭と股間がちょっと大分アレだったので、男子高校生的一般常識に迎合していない節があることを完全に忘れていた。悪意も自覚もないままに梅吉を裏切った緑に叫ぶも、時すでに遅し。


「梅吉……?」

「なっ、なな何でもないぞよかったな青仁また一つ賢くなれ」

「これ絶対俺だけがパンチラされる流れだろ?!」

「そういうとこだけ察しが良いからお前は青仁なんだよ!」

「あーそういう事だったのか」


 特定方向には察し力が働く青仁と、特定方向にだけ察し力が著しく低下する緑が合わさり、梅吉にとっての最悪の事態が発生してしまったらしい。


「良いだろ別に!ちょっとぐらい!」

「小学生のうちに卒業しとけ!」

「でもお前だってやりたいだろ!」

「そりゃ当たり前だろならお前も俺にパンチラを差し出せるのか?!この前みたいに等価交換と行こうじゃねえか!」

「くっ……!」

「パンチラって等価交換の交渉材料になるのか?ていうかあんたら前例あんの?」


 そう言えばこの場には緑がいた、ということを二人は即座に思い出す。こういう時だけ無駄な連携力を見せる二人は、揃ってぴたりと動きを止め、真顔で呟いた。


「あるわけないだろ、前例なんて。なあ青仁」

「そんなバカみたいなことするわけないだろ。なあ梅吉」

「……木村に見つからないようになー」


 緑をどこまで誤魔化せたか定かではないが、ひとまずこの場は引いてくれたらしい。なお緑の懸念は既に現実になっているのでもうどうしようもない事とする。青仁からL〇NEで報告された時は反射的にしばらく既読無視を決め込んでしまった。

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